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M-303 学生達と (1)


「グラフマンといいます。それではお手元に用意したレポートの最後にある折りたたんだ用紙を御広げください。私達が考えた大地から延びる枝は大きく5つあると考えました……」


 自信を持って自説を説く姿を見ると、将来が楽しみになってくる。

 幹は、水棲動物と陸上動物、植物それに虫類になっている。それぞれの幹から枝が伸び、さらに枝が細分化されている。

 系統樹の捉え方は問題ないが、やはり枝を分ける際の区分が問題だな。

 それに、大地から5本の幹というのもなぁ……。大元は1つじゃないのかな。これだと最初に5種類の生命体が生まれたことになってしまう。


「俺達は常に呼吸をしている。呼吸が止まれば死んでしまうことは皆も知っているね。

この5本の幹だが全て呼吸をしている。これは生命の基本として1つにまとめることも出来ると思うんだが、どうかな?」


「5本の幹は同じであると?」

「植物は呼吸をしていませんよ。水中で育つ植物さえあるんですから」


 さっそく色々な意見が出てくる。

 植物の呼吸など聞いたこともないと言うことなんだろうな。


「植物は立派な生物なんだから、呼吸だってするさ。それはちょっとした実験で分かるはずだ」


 その実験方法については、学生達への宿題にしよう。どんな方法を考えるかちょっと楽しみでもある。


「次に、水棲動物というのは少し漠然としていないか? 陸に住むものと水中にすむものとに区別するという考えはちょっと単純すぎるな。少なくとも、このような形でとらえるべきだろう」


 テーブルの上にプロジェクターを乗せると、何もない真っ白な壁に画像を投影する。

 画像は淡い赤と淡い青の2つの円だ。その2つを近づけて重なり合う場所が紫に変わる。


「動物の生態を分ければこの3つになるんじゃないかな。そしてこの3種には大きな共通点がある。それを考えるともう1つこの枝の元から別の枝が伸びることになるんだ。その共通点は分かるかな?」


「全て心臓を持っていますね……」

「ああ、持っているな。だが、心臓を持つだけではこの幹に加えることは出来ないよ。この種は全て背骨を持っているんだ」

 

 背骨を持つことで神経を束ねることができたし、その結果脳を持つまでに進化したらしいからね。全て脊椎動物として1つの枝にまとめることができるはずだ。その先に、生態系を考慮した3種に分化すれば十分だろう。


「背骨ですか……。そうなると、こちらには背骨を持たない動物ということになるんですね?」

「そうなるね。さてどんな動物がここにいると思う?」


 タバコに火を点けて、学生達の反応を見ることにした。

 カテリナさんやキュリーネさんまで真剣に考えているな。


「虫はこっちに入るんですか?」

「分かってきたかな。虫は、こっちだね。その外には?」


 次々と名前が挙がってくる。タコやイカもそうだし、ミミズもそうだ。カテリナさんがカニを上げたし、キュリーネさんはイソギンチャクを上げてきた。


「色々と出てきたが全て背骨を持たない動物に違いない。こっちもいくつかに分ける必要があるんだが、それは後でも良いだろう。先ずはこっちの枝を考えようか」


「この3種にはいろんな共通点がある。内臓の種類は殆ど同じだし、明確な脳が存在する。だが構造的に見れば、魚、両生類、陸上生物の順で少しずつ変わってきているはずだ。

 さらに、地上で暮らす動物に中には、鳥類とトカゲがいる。さすがに同一とここでは考えないことにして、地上の動物を3つに分けることにする。

 さて、それでは両生類とトカゲ、トカゲと鳥、トカゲとその他の動物に区分けるための指標は何か、考えなければならない。君達も分類を考える上で色々と議論を戦わせたはずだ。多分その中にこの区分を行うための指標があると思うんだが?」


「トカゲとイモリの話ですね。それは成体で考えるかそれとも成体までの過程で考えるかで異なると思っていたんですが、もう1つ、水辺から離れることができるかどうかでも区別できるかと」

「なるほど……。色々と区別できる要素があるようだから、1つ整理してみようか」


 プロジェクターが壁に3つの枠を作り出す。トカゲとイモリに分けているんだが、中間に両者が同じようにもつ特徴を書き込む欄まであるようだ。


「自由に発言して欲しい。このプロジェクターはその発言をようやくしてあの中に書き込む機能があるからね。それでは始めてくれ……」


 途端に会議室が大騒ぎになったのは仕方のないことだろう。

 枠内に特徴がどんどん書き込まれていくのを、俺とカテリナさんはコーヒーを飲みながら眺めることになった。

 カテリナさんの隣に椅子を移動してきたキュリーネさんもコーヒーカップを片手にその文字列を眺めている。


「こうしてみると、あまり違いが無いように思えるわね。リオ君はトカゲを爬虫類といっていたけど、爬虫類の中には蛇もいるんでしょう? そうなると海蛇や海亀は哺乳類に分類されそうだわ」

「決定的な違いは、まで出てきてませんね。もう少し待った方が良いかもしれません。あのコーヒーポットはいつでも熱いコーヒーが飲めるんでしたよね?」


 カテリナさんが頷いたので、コーヒーポットを持ってくると、2人のカップに注いであげた。俺のカップにもたっぷりと注いで砂糖を2個入れておく。少し冷めれば砂糖も溶けてくれるだろう。

 15分ほど過ぎたころだった。突然卵の違いが掛かれたことを見付けた。ようやく決定的な違いに気が付いたみたいだな。


 大きく手を叩くと、会議室の騒ぎが静まり、学生達が俺に注目する。


「どうやら大きな違いに気が付いたようだ。色々と違いがあるが、生態を見るとかなり似通っていることにも気が付くだろう。だが決定的な違いはこの部分にある。卵だ。卵を水中に産むか、それとも陸上に産むかがこの2つの種の大きな特徴になる。そのために将来は水中から離れて育つ成体であっても、孵化直後は水中生活をすることになるからこの種には鰓を持つ時期があるんだ。中には成体になっても鰓を持つ種もいるけどね」


「ひょっとして、トカゲの先祖はこの両生類となるんでしょうか?」

 

 学生の1人の問い掛けに、思わず笑みが浮かんだ。

 洞察力があるってことだな。それは生物学を極める上で極めて重要な事だろう


「その問いに答える前に、1つ確認しておくことがある。これから君達が足を踏み入れる先は神殿の教えと必ずしも一致しないだろう。敬虔な信者であればそれは背徳行為でもある。かつて導師にその話をしたことがあるんだが、導師は笑っていたよ。

 神殿は教えに間違いがあればそれを是正するだけの能力があるとね。だから科学という学問を作ることにしたんだが、それを学ぶ君達が必ずしもそうだとは限らない。

 ここから先は、神を知るための行為に繋がるとして進むことになる。決して神の御業を否定するのではなく、神の御業がどのように働いて今日の俺達がいるのだということを学ぶための学問だということを常に胸に抱いて欲しい……」


 じっと俺の話を聞いているようだ。質問も特にないようだし、カテリナさんは早く続きを話せという目で俺を見ている。

 とりあえず、甘いコーヒーを一口飲んだところで話を始めることにした。


「先ほどのトカゲの先祖は両生類かという質問についての答えはある意味正しいと言える。今のイモリがトカゲに変わるわけでは無い。両生類の先祖の中からトカゲに至る道を進んだというのが真相だろう。それを進化という言葉で表すことにする。

 それでは、イモリの先祖は何になるのか……、魚になるんだろうな。その魚の先祖は……、この背骨を持たぬ生物になるはずだ。さらに先祖を辿れば……。何になると思う?

 答えはこの世界そのものだ。

 この世界いや自然といった方が良いのかもしれないが、何も生物がいない世界で最初の生物を作り出した。

 ここで神の御業を感じないわけにはいかないね。

 なぜ生まれたかは分からないし、最初の生物は極めて原始的なものだったに違いない。

 それを生物と呼べるかどうかも怪しい限りだ。

 だが、自分以外から養分を取り込んで自分の複製を作るだけの存在だったに違いないだろうな。俺の推定ではおよそ20憶念以上前の話だ。俺達の歴史はそこから始まっているのだろうが、生憎とそれを証明できるものは無い。これで先ほどの答えになるかな?」


「十分です……。そうなると、私達が大地に立てた数本の幹は1つの大木であったことになりますね」

「でも、納得できないことが1つあるんですが……。動物と植物では大きく異なっています。それはなぜでしょう?」


 これは細胞レベルの話になるんだろうな……。

 アリスが手元に出してくれた小さな仮想スクリーンにその違いが書かれていた。

 ミトコンドリアと葉緑体の違いってことらしい。

 これはかつて細胞同士の共生が起こったということなんだろうな。その機能を持った細胞を取り込んで自らの力にしていったことだ。


「最初に生まれた生命体は極めて脆弱だったし、その能力さえも限定的だったと推測する。そんな生命同志が助け合うのは自然な成り行きだったに違いない。助けるという表現をしたが、場合によっては捕食ともいえるだろうね。そんな生命体の中で頭角を現した2種類がこれだろう。

 1つは動物の細胞で、もう1つは植物の細胞だ。

 植物細胞の方が単純に見えるけど、劣っているとは言えないな。生命体の優劣は俺達で判断できるほど単純ではないだろう。環境変化に強いものが優れた種といえそうにも思えるが、それは君達で考えて欲しいところだ。

 さて、この2つの細胞だが複雑さで判断しないで欲しい。この中で決定的な違いは、この部分だ。これが動物と植物を分けていると言っても過言ではないんだが、持たない植物もいるから世の中は広いというしかないね。

 植物のこの部分は葉緑体と呼ぶ部分だ。機能は、光合成を行う。ある意味錬金術にも思えるが空気中の二酸化炭素を光のエネルギーを使い糖と酸素を作る。糖を使って細胞は増えていき、余った糖を蓄える。植物は呼吸をしていると言った事がこれに当たるんだ。緑の木々が多い場所は酸素が豊富だ。俺達がすがすがしく感じるのは緑を見ることだけではない。酸素が豊富な場所でもあるからだ。

 こっちの細胞には葉緑体が無い。その代わりにミトコンドリアという物がある。これは酸素と糖分を使って細胞に力を与えることができる。すなわち動く細胞ができることになる。

 細胞に酸素を送るために俺達の体には酸素や糖分などの栄養素を送る血管という循環器が存在してるんだ」


「それであれば、動物は植物が無ければ存在できないことになりますが?」

「まさしくその通りだ。さすがに森の木々を直接食べるようなことは出来ないから農業をしていることになる。肉にしても、家畜に餌となる牧草を食べさせることになるから、植物が全滅したなら動物は地上からいなくなるだろうね」


「先ほど、必ずしも葉緑体を持たない物がいると言いましたが?」

「暗闇でも育つ種があることは確かだ。海藻の中には持たないものもいるらしい」


「キノコは植物になるんでしょうか?」

「中々難しいところだね。キノコの生態を考えると悩むことがあることは確かだな。

植物の根元辺りからもう1つ枝を伸ばすことが適切に思える。これは君達で判断して欲しいね。それと、気を付けて欲しいのは進化の過程で、葉緑体を取り込んだ動物もいるだろう。なぜその種がそのような事態になったのかを想像するのも面白いだろう。

 進化は環境変化が引き金になるようだ。それをあらかじめ知っているだけでも分類は容易になると思う」


 栄養価の低い土壌で育つ中には、食虫植物もあるからなぁ。

 動物よりも植物を分類する方が難しそうに思えるんだよね。

 だが、一番難しいのは虫だろう。昆虫ばかりじゃないからね。確か数万種以上いるんじゃなかったかな? 命が短い種だから、それだけ世代交代による進化が進んでいるはずだ。


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