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M-302 ゼミが始める前に


 翌日は朝から良い天気だけど、フレイヤ達の顔が優れないのはこれからヒルダ様の授業があるからなんだろうな。

 メイド見習いのネコ族のお姉さんが2人を自走車に乗せてヒルダ様の暮らす第2離宮へと送って行ってくれた。向こうで夕食をご馳走して貰えるらしいから、今夜はカテリナさん達と夕食を取ることになりそうだ。


「カテリナ様達は10時にやってくると連絡があったにゃ。今ようやく9時を過ぎたところだけど、リオ様は毎日鍛錬をしているのかにゃ?」

「俺ですか? そうですねぇ……。特に続けてはいないんですけど」

「なら、軽く庭先で動いてみるかにゃ? リオ様がどれぐらい強いか1度試してみたかったにゃ」


 ネコ族だけにネコ撫で声で、俺に試合を申し込んできたんだけど……。

 昨日の一件でかなり強いのは俺にも十分わかってるんだが、庭先で死闘をするってわけでもなさそうだ。


『内臓器官を戦闘モードに変更します。腹部に強打を受けても、心配はありませんよ』

『メープルさんの方が心配になってしまうけど、やはり強いってことかな?』


『王宮内の記録では、不審者の検挙に失敗したことは1度も無いようです。高齢ということで役目を譲ったとのことですが、まだまだ現役を続けることも可能かと』

『世間向けの配置転換ということかな? 俺達がいなければ今まで通り王宮内に目を光らせるんだろうね』


「メープルさんが強いということは、俺にも十分に分かるつもりです。でも1度ぐらい軽く当たってみたいですね」

「私はこの格好で良いにゃ。リオ様は?」

「元々この服装がリバイアサンの戦闘服のようなものです」


 腰のベルトを外してテーブルに乗せる。大型のリボルバーがホルスターに入っていてもゴトリと音を立てた。

 その音に、メープルさんが一瞬体を固くする。

 

「大型の銃にゃ。連発できるのかにゃ?」

「一応6連発ですよ。ヴィオラ騎士団に拾われるまでは、荒野を彷徨ってましたからね」


 とはいえ、このリボルバーを使った相手は獣よりも人間の方が多いような気がするな。

 身軽になったところでソファーから立ち上がると、メープルさんが先になってリビングを出ることになった。


 館の前は、本来なら花壇か噴水を作った方が見栄えは良いのかもしれないけど、広い石畳の広場も、それなりに合っている気がする。

 周りが森だからなぁ。余分な自然を作らずとも良いということなんだろう。


 広場の真ん中まで歩いたところで、メープルさんが振り返った。


「始めるにゃ。リオ様はこれから仕事だから、軽く行くにゃ」

「そうしてくれると助かります……。では!」


 数歩後ろに下がって体を半身にすると、メープルさんの動きを探る。

 素早い相手だろうし、最初に隠形を使って部屋に潜んでいたぐらいだからなぁ。そんな相手の動きを目で追うなんてことは最初から放棄している。

 目を閉じて余分な情報を削除し、メープルさんの発する殺気をメープルさんの姿として捉える。

 左前方にいるようだ。距離はおよそ3mほど。瞬歩を使えば一瞬で俺に拳を叩き込める位置だが、じっと俺の動きを探っているようだ。


 誘ってみるか……。

 その場で腰を落としながら膝に蓄えた力をバネのように開放する。

 地を這うような姿勢だが、勢いがあれば倒れることは無い。メープルさんが立っていた直ぐ近くで両手を地に着けると、体をひねりながら開脚して足で連撃を加えたが、足は宙を切るばかりだった。

 回転する勢いに合わせて体を立ち上げると、右腕を横に上げる。

 ドン! という感じでメープルさんの回し蹴りを止めると、その勢いを利用して左足で回し蹴りを放った。

 やはり、空を切ったか……。攻撃を行ってからの回避速度はかなりのものだ。


「さすがにゃ。リオ様と一緒なら退屈しないで済むにゃ」

「あまり誉め言葉に聞こえませんよ。防いだものの、かなり重い一撃でした。俺なら良いでしょうが、他の連中なら腕が折れていたはずです」

「折れるはずだったにゃ。でもリオ様の腕は折れなかったにゃ。次に期待するにゃ!」


 今度は殺気まで消えてしまった。近くにはいるんだろうけど……。

 焦らずに心を落ち着かせて、周囲に全身をさらす。

 先ほどまで聞こえていた小鳥の音さえ、ノイズとしてキャンセルしてしまったようだ。

 全身をセンサー化することで、わずかな相手の動きを捉える。

 左前方より、俺の左を回り込むようにして何かが動いている。これがメープルさんに違いない。

 一旦後方に下がると、左側面から突っ込んできた。

 先ほどの俺の動きだな。その場で大きくジャンプして足首を狙った攻撃を回避する。

 空中で体を回転させメープルさんに向かったとたん、俺の前方から拳が飛んできた。

 両腕を十字に組んで攻撃を斜めにそらし、伸びた腕を掴むと下に落とす。

 普通ならこれで前方に転んでくれるんだが、ネコ族だからだろう。柔軟な体の動きで着地すると、再び回し蹴りを放ってくる。

 だが、その足は俺がすでに放っていた回し蹴りと正面衝突したようだ。

 バン! という鈍い音がして、メープルさんが後方に跳ね飛ばされた。


「大丈夫ですか!」

「かなりきついにゃ。申し訳ないけど館に運んで欲しいにゃ」


 どうやらかなり足を痛めてしまったようだ。ひょいっと御姫様抱っこして館に入ると、リビングのソファーに横たえた。


「申し訳ありませんでした」

「気にすることは無いにゃ。それだけリオ様が強かっただけにゃ。私がリオ様波の体格だったなら、また違っていたにゃ」


 俺の半分ほどの体重だろうからなぁ。体力差というより体重差で吹き飛んだということになる。俺も結構足首が痛いんだよね。折れてはいないだろうけど、メープルさんの方はどうなんだろう?


「もう直ぐ、学生達がやってくるにゃ。さすがに、汚れた服では問題にゃ。軽くシャワーを浴びて着替えた方が良いにゃ」

「そうさせてもらいます。メープルさんの方は、本当に大事無いんですか?」

「痛みもだいぶ治まってきたにゃ。リオ様が戻る前にコーヒーを作っておくにゃ」


 やはり鍛えた体なんだろうな。俺の場合は鍛えてもあまり変わり映えはしないだろう。

 サニタリーに行くと、軽くシャワーを浴びて新しい繋ぎに着替える。汚れた繋ぎは、サニタリーの籠に入れておいた。

 

 再びリビングに戻り、テーブルの上の装備ベルトを着用する。

 一服していると、何事も無かったかのようにメープルさんがマグカップに入れたコーヒーを運んできてくれた。


「今度はもう少し時間に余裕がある時にしたいですね」

「また試合をしてくれるにゃ!」


 嬉しそうな大声をメープルさんが上げている。

 やはり手持ち無沙汰なんだろうね。頻繁に不審者が王宮に出入りするとも思えないからなぁ。

 

 外が騒がしいな?

 ソファーから腰を上げてホール越しに外を眺めると、4輪自走車が荷車のような荷台を曳いて学生達を運んできたようだ。

 俺に気が付いたのか、カテリナさんが手を振っている。

 俺も手を振って応えると、学生達を引き連れて屋形の中に入ってくる。

 途端にガヤガヤと屋形の中に若い男女の声が響いてくる。


「賑やかにゃ。早めに飲み物を運べば少しは大人しくなるかもにゃ」

「よろしくお願いします。まだ10分ほど時間がありますから、ここで一服してますよ」


 準備が整えばカテリナさんが呼びに来るんじゃないかな。

 再びソファーに落ち着いたところで、どんな話を始めようかと一服しながら考えることにした。


『対話を重んじるべきでしょう。彼らの考えがどのようにまとまっていったかを知れば、それに付いて指摘や助言を与えることができるかと推察します』

「そうだね。それで行くか……。先ずは彼らの考えた系統樹を教えて貰うことで良いだろうね。場合によってはプロジェクターを多用するかもしれない。上手くバックアップをお願いするよ」

『了解しました。すでに100万を超える画像を作成しましたから、状況に応じて表示することができます』 


 相変わらずやることが素早いな。その上俺の話に応じて新たな画像さえ作り出せるんだからなぁ。

 アリスこそ、本来教授足りえる人物だと思えるほどだ。


 コンコンと扉が叩かれた。

 静かに扉が開かれると、中に一歩足を踏み入れたのは、メイド見習いのネコ族のお嬢さんだった。


「カテリナ様が、リオ様に第1会議室に来るようにと言ってたにゃ」

「了解! このマグカップを下げといてくれないかな」


 さて、いよいよ出番ということだな。

 席を立って、1階に下りていく。

 あれほど賑やかだった館が、いつの間にか水を打ったような静けさだ。

 俺がやってくるのを、じっと待ち構えている感じがするな。


 第1会議室と上部に掛かれた扉をゆっくりと開く。

 円卓の周りには学生達がずらりと並んでいる。学府の女性教授が1人混じっているが、1度あった顔だ。キュリーネさんに違いない。

 彼らを見ていた俺に、カテリナさんがここに座るように手を振っている。

 確かに1つだけポツンと空いているけど、少し立派過ぎる椅子だな。あれでは円卓の意味が無いように思えるから、今夜にでも交換してもらおう。


 俺が椅子に腰を下ろすと、直ぐにコーヒーが入ったマグカップが出てきた。

 いくつか灰皿も出ているのは、俺以外にも喫煙者がいるということなんだろう。

 これならフランクな話が出来そうだな。


「リオ君が席に着いたから、いよいよこのゼミを始めるわよ。リオ君は辺境伯であり、騎士団の騎士であり、現在はブラウ同盟軍の顧問でもあるから、結構忙しい身の上でもあるわ。でも、さすがに体を休めないことには激務を続けることが無理だから、今回のように少し長めの休暇が取れるときに限って、この館でゼミを開くことにしたの。

 導師が作った飛行船を使えばリオ君の館のあるリバイアサンに2日で向かうことも出来るから、場合によってはゼミをリバイアサンで開くことも出来ると思うわよ。

 それじゃあ、後はリオ君に任せるわよ」


 そういってカテリナさんが俺に笑みを向ける。

 後は俺が進行することになるんだな?


「それじゃあ、始めようか。皆から色々と質問書が届いた。一応回答というか、その理由を知るための研究すべき方向を示したつもりだ。導師やカテリナさんに一読してもらい、場合によっては補足説明をした部分もある。

 回答に対する更なる質問もあるだろうが、それは文書でも可能だろう。先ずは、君達の考えた系統樹を俺に説明してくれないか?」


 俺の言葉が終わると直ぐに学生の1人が席を立って説明を始めようとしたので、慌てて彼を席に着かせる。

 これから長い討論が始まるんだ。席を立っての発言など時間の無駄以外の何物でもない。


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