第3話
主人公のアブない状態を表現
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彼女、花田 雪は意識高い系に属するらしい。
僕の親友、塚田 条からの情報ではそうらしいのだ。
なんでも彼女は「救急サークル」なるものに入っており、そのサークル活動を通して社会貢献をしているのだとか。
聞いた時は、何の疑問も抱かなかった。
彼女ならそういうのが似合うなと漠然と思った。
だが、いざ入部しようと張り切ってその部室に向かった時に気づいた。
この部活は具体的に何をするところなのだろう。
考えても始まらない。
僕はただ『前に進む』のコマンドしか持ち合わせていなかった。
部室をノックすると、中から巨人、もとい長身の男性が現れた。
「何か用かな?」
柔らかい口調でそう問いかけてくる長身。
「はい、あの、この部活に入りたいと思ったので訪ねたのですが・・・。」
「おー、珍しいね。この時期の入部とは。まあ、ここで立ち話もなんだしどうぞ入って。」
そう促され、部室の中に入る。
部室の中には、20人ほどの部員らしき人たちがいて、それぞれに何かの訓練をしていた。
その中に残念ながら彼女の存在を見つけることはできなかった。
「それで、この部活に入りたいということだけれども、ひとまずお互い自己紹介しようか。俺は五十嵐 啓。最上級生で、この部活の部長です。どうぞよろしく。」
「よろしくお願いします。僕は逆月 冬馬です。3年生です。」
「へぇー、3年生か。これはますます珍しい。歓迎するよ、逆月君。」
「それで、入部したいと言っておいて失礼なのですが、この部活は具体的にどのような活動をするのですか?」
「うん、その気持ちはよく分かるよ。この部活は名前だけ聞くと何しているのかわかんないよね。部室も怪しい雰囲気漂わせているし不安になるよね。よろしい。私が救急サークルの何たるかを教えて進ぜよう。」
それから彼の独壇場だった。
気づいたときには30分以上、一方的に情報が垂れ流されてくる状態が続き、違うことに占有されている僕の頭ではその1%でさえも理解できていなかった。
断片的な情報では、どうやら「心臓マッサージ」や「AED」といったものを扱うことに習熟し、それを一般市民に伝える活動をするということらしい。
「どうだい、少しはわかってもらえたかな?」
余りの長い話に意識が吹っ飛びそうになるのをこらえながら、何とか頷く。
「はい、よく分かりました。」
「それで、今の話を聞いてどうだった?この部活に入るかい?」
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。
僕は絶対の自信を持って頷いた。
その部屋で、部長と手続きの書類を記入していると、部室の扉が開いた。
部長が声を出す。
「おー、雪ちゃん。今日も綺麗だねぇ。」
なんだと。
俺の耳が聞き間違いでなければ『雪ちゃん』だと。
やはり彼女はこの部活に入っていたのだ。親友からの情報は正しかった。
だがそれ以上に彼女の名前を呼び捨てだと。
いくら最上級生で部長だからって許さん。
だが、とりあえず、一度落ち着こう。
この震える手を何とか制御しながら、扉の方に目を向ける。
彼女がいた。
ゆるくふわっとカールのきいた髪。
長い睫の下に覗く大きくクリっとした目。
プルんという擬音の聞こえてきそうな潤いのある唇。
その端整な顔は薄化粧で彩られとてつもない色気を醸し出していた。
来ている服は春色コーデで、靴もキレイ目のパンプスを履いている。
どこからどうみても女神です。
あほ面引っ提げて、あまりに見とれていたのだろう。
彼女が不思議な表情で伺ってくる。
いかんいかん、信仰心信仰心。
自然と伏し目がちになってしまう僕を誰が咎めることができようか。
「あれ、とうま君、この部活に入るの?」
まさか、名前をまた読んでもらえるとは、恐悦至極。
「ああ、そうなんだ。どうやら彼、救急に興味があるみたいで。」
そんなこと1mmも言った覚えはないが、とりあえず頷いておく。
「へぇー、じゃあ、これから同じ部活の仲間だね。よろしくね。」
そういうと彼女は、白く伸びるしなやかな手を差し出してきた。
どうやら握手を求めているらしい。
しかし、卑屈になった僕の内面はただただ畏怖を感じるのみで、その手に自分の手を重ね合わせることができなかった。
もじもじしていると、彼女は強引に僕の手をつかみ握手をかましてきた。
「これで、私たち3年生の部員が2人になったわ。」
だが僕の耳は左から右状態だ。
もはや彼女の手の柔らかさにより、触覚が麻痺し、それが大脳まで波及してしまっている。
正常な機能を保つことができていない。
その後、朧げに時を過ごし虫の息で自宅に帰りつき、ようやく自我を取り戻してきた時、記憶に新しいその手のぬくもりと感触が改めて感ぜられ、ただひらすらベッドの上を転がるという奇行に走るほかはなかったのである。
(隣の住人から苦情の申し出があったことは反省している。)
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