063(努力の天才)
ケーイチの後に市子の母親が、病室に入ってきた。
「瀬奈ケーイチ…………君」
「おばさん、おはようございます。市子の症状は?」
「大丈夫よ」
市子は頭を強く打ち、意識不明が続いてる。心電図には問題はない。失神だ。
「脳に異常は?」
「ないわ。ケーイチ君、私がどうかしてた。市子からドローンを取り上げるつもりで、閉鎖病棟に入れたのが間違いだった」
「閉鎖病棟でもドローンの腕を磨いていた。おばさん……市子が里子だからって、キツく当たっちゃダメだよ。家族間のトラブルで苦しむのは、俺だけでいい」
「知ってたのね、里子だと」
「直接、市子から聞きました」
「いつどこで?」
「先週、病院を抜け出した時に」
「ケーイチ君が手引きしたのね。目的は? 大変だったんだから」
「中学校の体育館で開かれた、ドローンレースに出場するために。市子に頼まれて、ホスピタル・ブレイクしました」
「そう。ケーイチ君も忙しいでしょ? 市子はその内すぐに治るってお医者さんも言ってたし、今日のところは帰りなさい」
「分かりました。おばさん、1つ提言が」
「何?」
「ドローンレースで俺は優勝しました。でも市子は俺より才能があります。練習では歯が立ちませんでした」
「市子に才能があるのね」
「才能は努力して磨いて、初めて真価を発揮します。才能云々で考えるのはナンセンスです。市子は強いて言えば、努力の天才です」
ケーイチは、市子の無事を確認して、駒ヶ根市に向かう。服部ドローンレースチームのトレーニング会場を視察するためだ。
R35GTRのシートに座ってるお陰か、脚の痺れが和らいできた。
ナビゲーションを頼りに、30分ほどで服部飲料の本社前に着く。空いてる駐車スペースにGTRを停めて、ドローンキットを取り出す。
服部飲料の本社は広大で、10階建てのビルディングに200台は停めれる駐車場、屋内外ドローン練習場がある。儲かってるようだ。
ケーイチはドローンキットを持って屋内ドローン練習場に行く。ドアの前には、男が数人たむろして雑談をしている。
「どいてちょうだい」
ケーイチは勇気を振り絞って言った。
「あっ、はい。もしかして、瀬奈ケーイチさん?」
「そうだけど」
「高橋ドローンレース大会の生中継を観ましたよ。だが、我々のレベルに着いて来れるかな?」