表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無銘雑貨店 ~存在しなかった記憶の代償~【完結済】  作者: 伊勢吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/15

第2話:いじめの記憶を消したい少女

──放課後のおり


昨夜の光景が、まるで悪い夢だったかのように、今日のオフィスは相変わらず退屈な事務処理に追われていた。けれど、デスクに座っていても、時折あの琥珀色の光が網膜の裏で明滅する。


定時を過ぎ、吸い寄せられるように商店街へ向かうと、昨夜と同じ場所で少女がうずくまっていた。


紺色のセーラー服。肩を震わせる彼女の耳元には、絶え間なく鳴り続けるスマートフォンのバイブ音が響いている。


「……っ、もう、やだ」


画面には、匿名掲示板やSNSから溢れ出した、鋭利な刃物のような言葉が並んでいた。


「大丈夫か」


声をかけると、少女は怯えた目で俺を見上げた。


「……忘れさせてくれる店があるって、聞いたんです」


その瞳に宿る絶望に、俺の自責思考が共鳴する。誰かが傷ついているのを見過ごせないこの衝動は、自分でも制御が効かない。


「……あるよ。すぐ、そこだ」


──中継点への再訪


店に入ると、店主は昨日と変わらぬ静謐さでカウンターに座っていた。


「再びお越しですね」


「…バイト扱いかよ」


軽口を叩く余裕はなかったが、店主は俺を無視して少女をじっと見つめる。その視線は、彼女の背負っている「記憶の質量」を測っているようだった。


「ここなら消せるんですよね。教室で笑われた、あの瞬間の記憶を」


少女は吐き出すように言った。


店主は淡々と硝子瓶を並べる。


「ええ。ですが、あなたが取った行動まで消えるわけではありません。魂には『痕跡』が残る。それでも、構いませんか」


「いい。あの日さえなければ、私は明日も学校に行けるから」


──ピンポイントの削除


抽出が始まる。


瓶の中に吸い込まれていくのは、教室に響く嘲笑の声、スマホから放たれる青白い光、そして床に散らばった教科書の光景。


少女の胸から引き出されたのは、毒々しい紫色の光だった。


作業が終わると、少女の表情から「毎朝の吐き気」を伴うような恐怖が、潮が引くように消えていった。


「……あれ? 私、なんであんなに泣いてたんだっけ」


彼女は少しだけ明るい顔で店を出ていく。「明日は行ってみます」と、小さな希望を口にして。


──代償の足音


「これでよかったんだよな」


俺が自分に言い聞かせるように呟くと、店主が古時計の針を調整しながら言った。


「彼女の精神的な負荷は、世界のどこかで等価の質量に変換されます」


店を出て駅へ向かう途中、俺は奇妙な光景を目にした。


商店街の端で、見知らぬ中年女性が突然立ち止まり、頭を抱えていたのだ。


「……何か、すごく大事なことを忘れている気がする。今日は娘の誕生日だったはずなのに、名前が、思い出せない……」


俺の心臓が、昨夜以上の激痛を訴える。


少女が捨てた苦しみの質量は、無関係な誰かの、大切な記憶を削り取って補填されたのではないか。


振り返ると、無銘雑貨店は霧の中に溶け込むように消えていた。


俺はこの店に通うことで、救済の「共犯者」になっている。その確信が、冷たい汗となって背中を伝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ