201. 瑕疵
特殊マイクロゲートの問題は、指に植毛されるロングヘアにて解決できた。 それによって特殊マイクロゲートの先へ送り込んだ“チャネル板”を基点として探索が開始された。
もちろん探索は、“チャネル板”のゲートから送り込んだ探索用のAIロボットに任せた。
さて新しい冒険の始まりだ、とか期待したのだが、
初動探索の段階で、何とも期待はずれな結果が見えてしまった。
「その特殊マイクロゲートが、日本のダンジョンに繋がってただけだなんてガッカリだったよ」
「吉田様、それでも今回は人類全体のダンジョン史に残るような発展でございました。 私ピーケも独自にシミュレーションを駆使して特殊マイクロゲート対策を模索していたのですが、何も得るものがございませんでした」
「ピーケお姉様、今回もエミちゃんの貢献度は大きいんだ~。 そうだよね、お兄ぃ」
「ああ、うん。 正直に言っちゃうと、今回はかなりエミリにも助けられたと思う。 だけど肝心の成果がな~、ありきたり過ぎてがっかりだよ」
「吉田様、そう気落ちする必要はございません。 既に別の特殊マイクロゲートが発見されておりますから、今度こそ新発見が期待できるかもしれません」
そうなのだ。
僕とエミリが特殊マイクロゲートの問題を解決し、その達成感に浮かれていた時には、既に次の特殊マイクロゲートが発見されてしまっていたのである。
「それって、いくら何でもペース的にちょっと早すぎないかな? これは僕等が対処しないとだよね? 休む暇もなく働かされるって気分なんだけど……」
今回の件は自分でも上手くやったと思うけれど、結果としての成果は期待はずれだった。
アフィアリアの滅亡阻止も完全な満足とは行かなかったし、今回も煮え切らない結果だった。
もう少し、スカッとした幸福感を得たいものだ。
「今回新たに発見された特殊マイクロゲートも深海に位置するゲートでございました。 この調子だと各地にかなりの数の特殊マイクロゲートが存在している可能性がございますね」
「まったく仕方がないな~、なら、とりあえず特殊マイクロゲートのある場所へ行かないとだね。“チャネル板”設置は、ってもう完了ちゃってるのか……」
「はい、ですから、吉田様には特殊マイクロゲートの先へ“チャネル板”を送り込んでいただきたいのです」
「……わかったよ。 ピーケさんって存外人使いが荒いんだよね」
「申し訳ございません。 スキルが必要になるアクションだけは、お助けいただかないと対応できませんので」
僕はピーケさん達が設置した“チャネル板”から現地へと赴いて、そこにある特殊マイクロゲートへ指の先からロングヘアを差し入れて、あちら側へと通じる“チャネル板”をアイテムボックス経由で設置した。
「それでは、早速探査機を送りこみますね」
“チャネル板”の設置を確認したピーケさんが早速探査機をゲートを通して送り込んだ。
そして送り込んだとたんにR国に入口があるダンジョンに繋がっていたことが判明してしまった。
送り込んだ先のダンジョンの中に既にアマルファ粒子通信網が構築されていたので、その場で瞬時に通信回線に接続できて、どのダンジョンへ繋がっているかが判明したのである。
「こういう特殊マイクロチャネルが既知のダンジョンへ繋がっているかは、発見した時点で探査プローブを用いて調査選別した方が良いよね。 わざわざ現地へ行って“チャネル板”を送りこんでからガッカリするのは、もう御免だよ」
「相変わらずダンジョン関連は仕組み予想できません。 原理は不明なのですが、プローブを通してのアマルファ粒子通信が機能していないようです。 特殊マイクロゲートは普通のゲートとは異なる性質があるようですね」
「通常電波の通信は機能するんだよね。 それを使えばいいだけなんじゃ?」
「調べれば分かることと存じますが、全てのダンジョンの全ての領域に通常電波を用いた通信網を行き渡らせるにはもう少し時間が必要なのでございます」
その後、特殊マイクロゲートはもの凄い勢いで発見され続けている。
流石に僕等だけでは対応できない、いや対応したくない数になってきているので、新規に担当者を採用して任務にあたらせる方針にした。
担当者に要求される能力としてはアイテムボックスのスキルを持ってさえいれば、指先へロングヘアを植毛すれば事足りる。 つまりアイテムボックスのスキル所有が前提なのだが、指先からロングヘアを生やさなければならないという人体改造的な制約が、人によってはかなりの抵抗感があるとのことだった。
仕方がないのでスキルオーブを僕の手持ちから拠出し、スキル取得を餌にして担当者を10名ほど募ることにした。 さらに指先から生やしたロングヘアについては、一日の任務終了時に1分間程時間をかけて永久脱毛処置を施して元に戻す方針にした。
アイテムボックスは特に女性に人気なはずなのだが、ロングヘア縛りが影響したためか担当者は男女フィフティフィフティとなった。 永久脱毛処理とセットなのに女性には思いの外、ストレスの影響が大きかったのだ。
時が経ち、担当者と僕の分を含めて総数で1062件も特殊マイクロゲートの先へ“チャネル板”の設置を繰り返して、もう何も目新しい何かは発見できないだろうなと感じ始めた頃に、やっと今までと異なる結果が出てきた。
「今回の特殊マイクロゲートに繋がっているダンジョン内の空間は未発見領域です。 昨日やっと地球上で発見済の全てのダンジョンとその階層空間にステルスタイプの探査ロボットを配備完了いたしました。 それと同時にアマルファ粒子通信網が確立したわけでございますが、今回はその通信網からの信号をキャッチできておりません」
この報告が上がって来た時には、未知への期待とミレカ姉妹やマリ達の消息調査進展への期待にちょっとだけワクワクしたのだが……。
「それでは、先遣隊としてロボット探査機を送り込みますね」
分かってはいたけれども、未知のダンジョンの初動調査では僕の出番は無い。
未知のダンジョンにおける初期段階の調査はAIロボット探査機も任せれば良いし、その進捗状況は必要とあればリアルタイムで共有することができる。 さらに初めて特殊マイクロゲートを実地で調査した時と同じように、人型AIロボットを遠隔操作して事にあたることも可能だ。
つまり安全が確保できるまでは、今まで通り僕等が直接ダンジョンへ出向く必要は無いということ。 当面は探査機から齎される情報待ちになるのだ。
それに今日は美沙佳さんと鈴木さんからの要請に応える予定日である。
その要請とは上級ダンジョンへのトゥルーコアタッチ候補者の育成である。 トゥルーコアタッチ候補者として選抜された人々はユニークスキル持ちであるため、あとはオーブ食の経験と、レベル100にあげることだけが必要条件だった。 オーブ食については彼等への報酬としてアイテムボックスのスキルオーブやその他のスキルオーブを用意してあるとのことだ。
僕とエミリに求められる役目はパワーレベリングの実施である。 安全且つ簡単にレベル100へあげる方法はアフィアリアの時と同様な手段、つまりユニークスキルである“雑魚掃除”を多用して未攻略の上級ダンジョンで魔物を倒して進んでいくことになるのだ。
アフィアリアの時はダンジョンが発生してから、それなりの年月が経過していたため、ユニークスキルを持っている者が極端に少なくなってしまっていたが、地球上ではダンジョン発生から15年程なので今だに多く人数が所有できている。 今回はその中から選抜された20名を対象にレベリングを行う計画になっている。 レベル上げ自体は少人数編成が効率的で、パーティを組まねばレベリングすることができない。 そしてそのパーティとなるには事前にお互いにお知り合いにならなければならない。
アフィアリアの時は僕たちに馴染みのない異星という特殊な環境だったため、念のために事前に親睦会を開いてパーティとしての認識を高めたものだが、今回はそこまでの必要性はない。
何故必要ないのかの秘密は制服にある。 スポーツ競技や軍隊の演習に至るまで、味方であることを識別するためのユニホームはチームの団結力を高める効果があり、当然ながらレベル上げ対象のパーティメンバーを認識するためには高い効力を発揮することが期待できる。 とはいえ最低限一度くらいは皆で味方であることを確かめ合う必要性はある。
そして僕はメンバーの顔合わせを行うために日本の8867上級ダンジョン、通称阿蘇山ダンジョンへとやって来た。
僕は入口の第一階層に設置されている“チャネル板”を潜り、集合場所として指定されていた広大なセーフティゾーンへと出た。
そのとたん、集まっていたメンバーの視線を一気に集めることとなってしまった。
「吉田さん、ピーケさんから事前に連絡を受けていました。 大変でしたね」
いきなり美沙佳さんからねぎらい?の一言をいただいてしまった。
何の事だろう、と一瞬思ったが、既にメンバーは全員揃っているようだし、エミリが呆れたような顔つきで僕を睨んでいた。
あっ、これって久々にやってしまったかっ!?
僕はすぐに機能補助AIを使って情報収集を行い、状況を把握した。
何でこうなるんだ? こんな大事な場面で遅刻してしまうなんてありえないだろ~。
AIからの事前アラーム機能はどうなっていたんだ? これってピーケさんの策略か何かなのか? でもどうして? 意味がわからない。
僕は少しだけ混乱して狼狽えたが、もちろんそんな様子はおくびにも出さずに堂々と美沙佳さんへ挨拶を試みた。
「お、おはようございます。 いや~、アレは本当に大変でしたよ。 ……遅れて申し訳ありませんでした」
アレが何かはさておき、そんな僕に何となく事情を知っているような顔つきをした美沙佳さんは、挨拶を受け流して後を続けた。
「それではオリエンテーションを開始しますね」
お、オリエンテーションか。 こいつは懐かしい言葉だな。 僕にとっては小学校以来じゃないだろうか。
美沙佳さんの演説が続いていく中で、そんなことを思って辺りを見回していると、ふとメンバーの一人に目がいった。
あれっ? アイツは確か……。
僕が見つけたそのアイツは、僕の小学校時代のスター的な存在だった葉山君だった。 彼は長身で容姿端麗、スポーツ万能、そして地域どころか全国レベルで評判になるぐらい天才的な頭脳の持ち主として知られていた非の打ちどころのない完全体と言える人間だった。
僕が通っていた小学校はエリート校でもない平凡な公立学校だったので、めっちゃ目立っていたのを覚えている。 そんな普通小学校に完全体がいたということは、小学生時代に彼のおかれていた環境だけは完全じゃなかったということだったということだ。
それにしても、奴はそのまま大人になったんだな。
あまりにもレベチ過ぎて、周囲に妬ましさを感じさせる隙すら与えない存在だったその完全体は、そのまま順調に発育していたのである。
よく見ると集まったメンバーは何気に生物的なレベルが高そうな人ばかりだった。 これって美沙佳さんと鈴木さんが集めたメンバーは超優秀な人達ばかりだったということなのではないのだろうか。
まあでも考えて見れば、ここに集結したメンバーは全員がユニークスキルを持っているのだ。 そしてそのユニークスキルをどうやって獲得したかというと、通常は所属している組織から選別されて特別に与えられるものなのだ。 僕のように偶然獲得するのは稀中の稀である。 組織の中のトップクラスに優秀なエリートがその能力に応じて、それを存分に活用できるようにするために取得させてもらうのが普通なのである。 つまりここにいるのは全員がエリート中のエリートばかりであるらしいということなのだ。
でもちょっと危険じゃないかな。
気が付けば葉山君の隣にはエミリが陣取っていて、僕を時々睨みながら葉山君と話し込んでいる。 神をも恐れぬエミリの行動力に少しだけ僕は戦いた。
エミリの奴、美沙佳様の演説中に大した態度じゃないか、とちょっと呆れたが、気が付けばいつの間にか美沙佳さんの演説は終わっていた。
そして自然な流れでレベル上げツアー前の短い懇親会へと突入していたのである。
事前情報では懇親会は必要ないとのことだったが、必要無いから執り行わないという訳ではなかったということのようだ。
そうこうしているうちに、僕の視線に気づいた葉山君が僕を見てニッコリと微笑んだ。
えっ? 僕に向かって微笑むってどういうこと?
かつてのスターからの意外な微笑みの投げかけに戸惑っていると、葉山君はエミリを伴って僕の方へと向かって来た。
ちょっ、これは一体どういう状況だ?
僕はドキマギしながら反射的に機能補助AIを使って情報収集と分析を行った。
その結果出た結論に僕は思わず眩暈した。
過去のデータを分析して導き出された最も確率の高い可能性は、葉山君とエミリはお付き合いしている仲だったということである。
こうなると今までの僕はエミリの奴を大きく見くびっていたということになる。 これは僕の完敗と言って良いだろう。
それにしても葉山君、そんなんでいいのか?
僕の中の葉山君は完全体だったはずなのに、女子の好みに瑕疵があったなんて残念で仕方がない。 世の中には完全な人間なんて居ないんだなぁと改めて認識させられてしまう。