200. ヘア
本格的に特殊マイクロゲート対策へ向けて実験を開始した。 この実験でマイクロゲートの先に大き目の物資、できれば探査ロボットとか、“チャネル板”なんかも送り込めるようになれば最高だと思っている。
僕はエミリや拠点でくつろぎながら議論を開始した。
「実験だけどさ、魔法系スキルや、ステータス強化系、そして戦闘系守備系のスキルは取りあえず意味無いかな。 残るのはアイテムボックスとユニークスキルだけか……」
「ゲートがあるのに、その向う側へも作用できるようなスキルって存在すると思う?」
「だからそれをこれから確かめようってんだよ」
「お兄ぃ、それって何となく不毛な努力なんじゃ……」
「一見無駄に思える苦しい足掻きの中からこそ、新たな発見が見いだせるんだよ。 これが僕の実験に対するポロシーだ」
「ポロシー? ……ああ、ポリシーね。 でもそういうスキルに関しての実験って、既にアフィアリアで検証し尽されているんじゃないの~?」
「えっ?」
僕は即座にAIに蓄積されているデータを確認した。 知識などは意識すれば直ぐに回答が得られるけれど、意識から完全に排除していると気づけない。 当然知ってたけれど、うっかり失念してたって良くある話だ。 うっかりさん、という人間的な特性は生身の脳を持っている僕には残ってしまっている。
考える対象が明らかなら、それを意識すれば回答を得ることなど一瞬のことだ。
「AIのデータベースを参照してみたけど、ゲートを隔てて、その向こう側へ影響を及ぼすことができるスキルは一つだけ存在しているみたいだ。 “物資転送”っていう名のユニークスキルだ」
「お兄ぃ、ユニークスキルってことは、それを持っている人、もしくはユニークスキルオーブを探す必要がありそうってこと?」
「う~ん、地球のデータベースをハックした結果からは、オーディンさんという冒険者のオッサンが既に持っているようだね」
「なら、美沙佳さんに頼んで実験に協力してくれるよう、その人に要請してもらう?」
「いや、どうやら残念にも、それ以前にそれは使えないスキルのようだな」
「ユニークスキルなのに使えないスキルなんてあるの?」
「その“物資転送”ってのは物資を視認できる範囲によらず10m程移動できるスキルなんだけど、ゲートを通す場合にはゲートサイズの制限を受けるって話なんだ。 つまり今回のマイクロゲートを通すとなると、1mmφ(直径1mmの円)の制限を受けるってことなんだ。 結局物運びに関してはアイテムボックス持ちの方が優れているっていう結論になる」
「確かに今回のケースだと本当に使えないスキルかも。 ユニークスキルを持っているのに不遇感が漂う人なのね……」
「今まではそうだよな。 だけどこれからは上級ダンジョン攻略メンバーの候補者になるんだから活躍できるようになるはずなのさ。 アフィアリアの時と同じように僕等がパワーレベリングでレベルをあげてやる必要があるけどな」
「それってトゥルーコアタッチを繰り返していく要員としてってことだよね。 今はピーケお姉様達が上級ダンジョンを片っ端から巡って、コアルームに“チャネル板”を設置している最中なのよね。 何だかその任務も微妙な気がするんだけど……」
「そうは言うけどさ、今後のダンジョン攻略の戦闘は、基本AIロボット戦闘に頼ることになるだろ? そうなれば実質的に人が活躍できる場なんてトゥルーコアタッチぐらいしか残ってないのさ」
「お兄ぃ、エミちゃんは違うと思う。 地球のAIロボット戦闘技術は未だ未熟だよ? 今は人による魔物討伐が主流だよ~」
「でもピーケさんと美沙佳さん、そして鈴木さんは、アフィアリア技術を導入を前提にAIロボット戦闘に関する計画を進めるってことで意見が一致しているようだぞ? あの鈴木さんにしても、とりあえずやってしまってから考えよう、なんてことを口に出す人なんだから、案外AIロボット軍団による攻略は早くに実現しそうな気がするな」
「そんなことになっているんだね~。 エミちゃんは知らなかった」
「なにせ僕も今知ったばかりだからな。 全く地球もこれから激変の時代を迎えるんだな」
「お兄ぃにとっては他人事って感じなんだね」
「……」
「ところで話を戻すと、お兄ぃのスキルに関する実験は、始まる前に結論が出て終わってたって事?」
「いや、だからさ、アフィアリアのスキルリストには、“ダンジョン生成”や“ミミック”は存在していないんだ。 だからそれを……」
「無駄だとは思わないの?」
「それでもやってみないとな……」
エミリは呆れた顔をしたが、僕は実験場となるルームへと移動した。 諦めない姿勢こそ正しいと思うのだ。
そのルームの中で、僕はさらに“ルーム板”を取り出して設置した。
エミリは僕の様子を残念な人を見るかのような目で見守っている。
さてと、まずは“ダンジョン生成”からだ。 このスキルは鉱物などのセラミックスに対してのみ有効となっている。 だけど今回は鉱物やセラミックスを対象とせずに、ゲートをセラミックスのような対象として考えてみることにした。
そして“ルーム板”のゲートに向かってスキルを使ってみた。
「ダンジョン生成!」
しかし、僕の期待に反して、スキルは発動しなかった。
まあ当然といえば当然の結果といえるだろう。
このくらいは想定内だ。
「ダンジョン生成!」
「ダンジョン生成!」
「ダンジョン生成!」
「ダンジョン生成!」
僕は性懲りもなく何回も実験を行ってみたが、結局成果は上がらなかった。
こんな時、何かイレギュラーな状況が発生すれば状況が変わる可能性がある。
「お兄ぃ、同じことを繰り返しても結果は変わらないんじゃ?」
「じゃあ、どうすればいいってんだよ?」
「え、それをエミちゃんに聞いちゃう? これはお兄ぃが言い出したことなんだから、責任もって頑張ってね」
エミリに責任を持てとか言われてしまった。
う~ん、だがこれは無理かもしれない。 流石にちょっと疲れた。 潔く諦めることにしよう。
となれば残るユニークスキルで、アフィアリアに無かったのは“ミミック”だけか。
だが“ミミック”もどうやったらゲートを通して使えるようになるのか糸口が見いだせない。
このスキルは、そもそも変身のように姿や使えるスキルを変えるスキルで、場所を移動するスキルじゃないから、これこそどうしようもない気がする。
でもそういえば“ミミック”って変身した対象の人と同じような姿形になるんだから、小さい人が大きい人に“ミミック”した時点で、新たな空間に自分の一部を発生させることができるってわけだ。 となれば……。
僕は、ゲートに接触した状態で“ミミック”を使ってみた。
そのとたん、エミリが息を飲んだ。
僕はアフィアリアで対象として取り込んだ、大柄の男性へと“ミミック”したのである。
「お、お兄ぃ。 それは何の真似?」
「見ればわかるだろう? ほらアフィアリアでパーワーレベリングした時にミミック対象に組み入れた人の一人だ」
「そうじゃなくて、“ダンジョン生成”は諦めて“ミミック”に鞍替えしたってこと?」
「別に鞍替えしたって訳じゃないさ、単に実験対象を変えたってだけだ」
「それは鞍替えしたってことじゃない?」
「う~ん、広義的に解釈すると、そうともいえるかもな」
「……」
「それで?」
「ん? それでって言われてもな」
「“ミミック”で何か進展があったのかな~と思って」
「ああ、分かったことがあるぞ」
「教えてほしいかも」
「ええとな、“ミミック”を使えば、体をいきなり大きくしたり小さくできるんだ。 その際、ゲートに接触しておけば、大きくなった体はゲートの先へ入り込むようだな」
「な、なるほど。 それで?」
「それだけだな」
「それの何処が進展があったって言うの?」
「それはだな、例えば腕の短い人がゲートに手を押し付けたままで腕の長い人にミミックすれば、腕はゲートの先に突き出るってことだ」
「う~ん、でも直径1mmの小さな穴に腕が入るとは思えないんだけど……」
「それはやってみなきゃ分からないな」
「じゃあ、やってみる?」
「い、いや、もし仮に出来たとしても腕が千切れちゃうとかありそうで危険だな」
「じゃあ、“ミミック”は意味ないってこと?」
「う~ん、例えば髪の毛とかなら1mmより細いから無事なんじゃないかな。 だから髪の毛の長い人に“ミミック”すれば……」
「お兄ぃ、そんなのは、最初から毛の長い人に“ミミック”しておいて、その髪の毛を特殊マイクロゲートに差し入れればいいだけじゃないの?」
「……わかった。 “ミミック”は失敗だったって認めよう」
「ということは実験は失敗だったという結論?」
うぐっ、確かにこのままじゃ実験は失敗ってことになる。
このままじゃ面白くない、何か他にないだろうか。
アフィアリアで知られているスキルは全て試したはずだ。 これは僕のユニークスキルを除いて完全に地球で知られているスキルをカバーしている。 もちろん今の検証で僕とエミリのスキルも試したことになる……。
あれ? そういえばエミリのスキルに“遠視”ってのがあったな。 あれは深海の未踏破ダンジョンでドロップしたやつだ。 ということはアフィアリアでも新参のスキルだったはずで、当然検証などできていない。
そう思った瞬間に僕はエミリに“ミミック”した。
エミリが何かわめきたてたが、相手する気はない。 僕は実験に集中した。
そのまま僕は“ルーム板”のゲートの先を“遠視”のスキルで覗いてみた。
その結果、ゲートの先の光景が、まるでゲートなど存在しないかのように遠くまでハッキリと見通せることが分かった。 どうやらこのスキルはゲートを貫いて有効みたいだ。 だがこれだけでは不十分だ。
僕は実験室のルームを出て、エミリに“ミミック”したままで例の特殊マイクロゲートの所へと移動し、“遠視”のスキルを使ってみた。
その結果、部分的ではあるものの“遠視”により同様に特殊マイクロゲートの先の空洞内部をハッキリと視認することができたのだった。
「お、お兄ぃ。 さっきから何なの? 何かわかったの?」
「ああ、お前の“遠視”っていうスキルを使えば、こんな小さなゲートの先から中を覗くことができたんだ。 つまり実験は成功だったってことだな」
「お兄ぃはあくまでも実験の成否に拘るんだね。 ならわかった。 そういうことにしてあげる」
「何事もやってみれば明らかになることがあるってことだ」
僕が胸を張ると、エミリが小さな声で呟いた。
「だからって、何か有効な進展があったってわけじゃない……」
僕はそれを聞かないフリをして、応用を考え始めることにした。
ゲートの先がハッキリと見通せるということは。 それはもしかしたら火魔法とか風魔法とかも発動可能かもしれない。
そう思い、即座にやってみた。
すると、思った通り、特殊マイクロゲートの先で火魔法が発動できた。
この“遠視”っていうスキルは使いようによってはチート級だな。 距離には制限があるが離れた位置に対して魔法攻撃が可能ってことだからな。
思いも寄らなかった成果を冷静に分析してみた。
「お兄ぃ、考え込んでどうしたの?」
「ああ、今さっき“遠視”と組み合わせることで、そっちの空洞の中で火魔法を発動させることができたんだ」
「……“遠視”って“ダンジョン内探知”以外とも組み合わせが可能だったんだね。 じゃあまさか、“アイテムボックス”とも組み合わせられるの?」
成程その可能性はあるかもしれない。 思わぬ指摘に僕はちょっとだけ狼狽えたが、素振りには見せずに平静を装った。
「ああ、僕もそう思ってこれからやってみようと思ってたところだ。 さてアイテムボックスが使えるかなっと」
期待に反して“遠視”と組み合わせても“アイテムボックス”は使えなかった。 ゲートの手前では“遠視”を使って今までよりも少しだけ遠くにアイテムを出現させたり格納したりできたのだが、ゲートの向こう側では無理だったのである。
同様にエミリもやってみたようで、僕と同じようにガッカリした表情を浮かべていた。
「後、もう少しだけのような気がするんだよな~」
「その少しってのが大問題だったりするんだよね~」
「しかし、なんでこちら側では”遠視”と“アイテムボックス”の組み合わせで多少なりとも効果が出るのに、ゲートのアッチ側だとさっぱりなんだろう。 そもそも“アイテムボックス”のスキルって完全に接触していなくても使えるスキルなのに」
「逆に見えていなくても“アイテムボックス”は触れれば取り込めたりするんだよね」
「う~ん、これのスキルって、体から何かオーラのようなのが出て、それが対象物に作用して“アイテムボックス”っていう異空間に取り込んだり出せたりするってことかな」
「お兄ぃ、そういえば、オリジナル人類の異空間収納庫ってどうなってるの?」
確かにそう言われれば、異空間収納庫ってのは“アイテムボックス”の劣化版のような位置づけだ。 早速その原理を調べてみたが、当然ながら複雑すぎて詳細の理解は不能だ。 だが簡単に言えば、異空間を形成するために特殊粒子をアンテナから射出して対象に作用させるというの原理となっている。 そしてそのアンテナは構造上かなりの大きさが必要となる。
「うん、異空間収納庫では、アンテナから粒子を放射するような感じになるようだな。 これと“アイテムボックス”が似たようなものなら人体のどこかがアンテナになってるってことかも」
「見えてなくても手で触れれば発動は可能だけど、足で触っただけじゃ“アイテムボックス”に物を取り込めないから」
「ということは、手が“アイテムボックス”のアンテナってことなのかもな……」
そうやって自分の手を見て閃いた。
「も、もしかして爪の先?」
「お兄ぃ、ま、まさか何か突飛なことを閃いちゃった?」
「ああ、ポータブル強化ガラス板にプライベートダンジョンを作った時に試したことがあったんだ。 あれは手だけではなくて爪の先でもスキルが発動したんだ」
「そうするともしかして“アイテムボックス”って見えてなくても爪の先だけ物に接触してれば取り込めたりするの?」
「ちょっと試してみるか」
そうして試したところ、見えてなくても爪の先が物に接触しているだけで取り込むことができることがわかった。 同様に見えてなくても爪の先に接触させるようにして物を“アイテムボックス”から出現させることができることがわかった。
ちなみにこの実験は、オシャレに目覚めたとか言って微妙手の指を伸ばし始めていたエミリにお願いしてやってもらった。 更に言えば付け爪は駄目だったことを付け加えておく。
「ふ~、あとは特殊マイクロゲートに入るように爪の先を鋭利な針のように加工して試すことだな」
「えっと、エミちゃんは拒否します。 そんな怖いことできません」
「まあ、これについては誰かに無理言ってお願いすればいいさ。 ゲート本体の厚みは10cm程もあるんだ。 つまりゲートの先で“アイテムボックス”を使えるようにするには、針のように加工した爪を10cmも伸ばさなきゃだ。 これは流石に時間がかかりそうだ」
「あのさ、お兄ぃ。 オリジナル人類の治療装置って、もしかして爪を伸ばしたりできる技術があったりしない?」
「そういう手もあるな。 ちょっと待ってろ」
調べてみたが、爪を伸ばすためだけの技術は存在しなかった。 そのような変態嗜好の技術は例え存在していたとしても禁止技術になっているのだ。 必要とあらばすぐに開発は可能だもだが、僕のAIには決して全権限が付与されているわけではない。 そのせいで見つからなかったのかもしれない。 だかそれよりも代わりになる技術が見つかった。
「どう? お兄ぃ?」
「ああ、髪の毛だ」
「髪の毛? なにそれ」
「髪の毛は、ヘアのことだよ。 他に何を思い浮かべれるんだお前は」
「お兄ぃ、人を変態みたいに言う癖は治した方が身のためだと思う」
「あ~、コッホン。 えーとだな、爪を伸ばす技術は見つからなかったけど、植毛と育毛の技術は見つかったんだ」
「それと今の状況とどう関係するっていうの?」
「お前な~、植毛と育毛は男性にとってはすっごく意義ある医療技術なんだぞ? 僕にはまだ必要ないけど、そのうちどうなるかわかったもんじゃないからな」
「自分でそれを言ちゃう? まあそれを置いといても、頭の毛とかは“アイテムボックス”と関係ないんじゃないかな」
「植毛は、別に頭だけ可能ってわけじゃないんだ。 例えば手の平や、指の先にも毛根細胞を植え付けることが可能なんだ」
「うげっ、それってお兄ぃは指先に長い毛を生やすつもり?」
「ま、まあ、永久脱毛の技術もあるようだから、実験でロングヘアを指先から伸ばしてみるのも一興かな」
「一興って、やはりお兄ぃは変態嗜好?」
「兄貴に向かって変態とはなんだ! 僕が変態なら、お前は変態の妹ってことになるんだぞ?」
「わ、わかった。 それはイヤかもだから。 エミちゃんはお兄ぃを変態って言わないことにする」
「それでよし!」
ということで、カプセル型の治療装置を使って僕は、自分の右手の人差し指の先に毛根細胞を移植し、それを育毛技術で即座に20cmほどに育てた。
その処置に要した時間はたったの1分ほどだった。
一本とはいえど指からロングヘアが生えているのは実にシュールである。
早速僕は指先から伸びるそのヘアを特殊マイクロゲートに突っ込んで“アイテムボックス”を試した。
「あはは、思った通り成功だな。 どうだエミリ、一見無駄と思える実験でも色々と試せばそのうち報われることも有るっていう事だ。 まぁ、あくまでも可能性があるってことで毎回成功するとは限らなんだが、僕にはちょっとした才能があるみたいだ」
「……」
こうして僕等は、特殊マイクロゲートの先に“チャネル板”を送り込むことに成功した。
ちなみにこの作業を行うためには、“遠視”のスキルは必要ではなく、“アイテムボックス”のスキルだけで十分だったことが後で判明した。