最終話 月満ちる夜を何度でもあなたと
最終話です。
よろしくお願いします!
満月の夜に何かの贈り物があるかのような言葉を残した魔術師の魂。
イズミルに降りかかった魔術師の涙に、特別な魔術が掛けられているのに違いないのだが、それが何なのか皆目見当もつかない。
この期に及んで魔術師が何かするとも思えないし、
“お礼”と言われたのだから悪いものではないはずだ。
あの時魔術師は言った、満月の夜に奇跡が起きると。
奇跡とはなんだろう……
まぁその日になればわかる事である。
イズミルはその事をグレアムに話し、とにかく次の満月の日を待つ事となった。
そして迎えた満月の夜。
その日は朝から天候に恵まれ、今も雲の少ない澄み渡った月夜となっている。
グレアムは早めに政務を終わらせ、夫婦の私室へと戻って来ていた。
二人でルーフバルコニーへ出て月を見上げる。
心なしか今宵の満月がいつもより大きく見えるのは気にし過ぎだろうか。
「一体何が起こるんだろうな」
「なんかワクワクしますわね」
「……キミの度胸の据わり方は目を見張るものがあるな」
「ふふふ」
静かに満月へ雲がかかる。
薄く細い、たなびくような雲がふっくらと満ちた月を撫でてゆく。
やがてその雲が月から離れ、イズミルとグレアムに差していた影も流れ去る。
その瞬間、イズミルの身体が月明かりではない光に包まれた。
「え……?」
柔らかく温かな光。
あの魔術師の涙のような淡い光に包まれる。
「イズミルっ?」
グレアムが手を伸ばしイズミルを抱き寄せた。
その瞬間、グレアムの体もイズミルと同じように光り出す。
「グレアム様っ」
不思議な光だ。不快感はまったくない。
遠い昔、母の胸に抱かれたような温もりを感じる。
その光が二人を丸ごと包んでゆく。
眩しくてグレアムの姿はおろか自分の手元すら見えない。
だけど光の中で互いに寄せ合う体の変化を如実に感じ、その感覚に狼狽える。
「え?え?これは……なに?グレアム様っ?」
そう話す自分の声が普段のものから変化し、段々と高くなってゆく事にますますたじろいだ。
そして光が収まり、イズミルとグレアムは互いの姿を見て仰天した。
「グ、グレアム君っ?」
「なんだかもはやその呼び方に慣れたぞって、そなたっ…イズミルっ?こ、子どもの姿だとっ?」
そう言って互いに驚愕し合い見つめる姿は、
イズミルもグレアムも八~九歳くらいの子どもの姿であった。
グレアムはつい先日まで呪詛により変えられていた姿、そしてイズミルはグレアムに嫁いだ頃、九歳の姿となっていたのだ。
「これは……一体、どうした事だというのだ?」
「何故子どもの頃の姿に……」
これが魔術師の礼だというのか。
おそらくは直ぐに消える魔術なのだろうが、どうしてこの年齢の姿なのだ。
しかもあの時のグレアムと違って今現在の記憶もしっかり残っている状態である。
イズミルは久しぶりに見る幼いグレアムの姿をまじまじと見つめた。
「わたくしも子どもの目線であなたを見ると、また違った印象を受けますわね、グレアム君」
「確かにな、あの時は見上げていたそなたが同じ目線だ。いや、少しだけ俺の方が大きいんじゃないか?イズミルちゃん」
「ぷ…ふふふ」「あははっ」
笑っていい状況なのか分からないが、それでもなんだか可笑しくて仕方なかった。
ーーひょっとして……
イズミルはふと思った。
呪詛により8歳児に戻ったグレアムはイズミルが初恋の相手だと言ってくれた。
そして今この九歳のイズミルもまた、かつてグレアムに初恋を抱いた年齢なのだ。
複雑な初恋同士のわたくし達への、
これが魔術師からのプレゼントなら……?
イズミルはその思い浮かんだ考えをグレアムにも話した。
グレアムは不思議とすんなり納得して受け入れた。
「なるほどな。なかなか粋な恩返しをしてくれるじゃないか」
「本当に。ちょっとびっくりしましたけれども」
「かつても思ったんだが……」
チビグレアムがそう言ってイズミルをじっ…と見つめてきた。
「?なんでしょう」
イズミルがこくんと小首を傾げて訊ねる。
「そなたは幼くとも美しく可憐だな」
「ま!グレアム君ったら……え?ちょっとお待ちください、かつてのグレアム様もそう思ってくださったのですか?」
「だからそう言っている」
「十七、八歳頃のグレアム様ですわよ?」
「そうだが、そんなに驚く事か?」
「だって……わたくし、ずっとただの子どもだと思われていると……」
「子どもと思っていたのは間違いないが、ちゃんと妃として認識していたぞ?将来が楽しみだと思っていたのだ」
「ほ、本当ですか?」
「俺はおポンコツだが嘘はつかん」
「まぁ!前にわたくしがそうお呼びしたのを根に持ってらっしゃるのですね」
「あははっ……」
一頻り笑った後に、グレアムはイズミルの前に手を差し伸べた。
「今夜という日の思い出に、月夜のダンスと洒落こもうじゃないか。踊ろう、イズミル」
これは……
本当に夢じゃないのだろうか。
まさか、
まさか同じ年頃のグレアムと踊る事が出来るなんて……
イズミルはそっと小さなグレアムの手に、自身も小さくなった手を重ねた。
「風の精霊、歌をお願い」
そう言ってイズミルは風の精霊を顕現させた。
二体の精霊が宙を飛び交い、やがて歌い出した。
精霊界の言葉で、精霊界のメロディで口遊む。
だけど三拍子のリズムで踊り易い。
チビグレアムは幼いなりにもしっかりとイズミルの腰をホールドし、精霊が歌うリズムに合わせて踊り出した。
まん丸に満ちた月の下、誰もいないバルコニーで幼い二人がダンスを踊る。
精霊の神秘的な歌に導かれて自然と体が動くようだった。
「ふふふ、楽しいですわ」
「ああ。楽しいな」
互いが恋心を抱いた姿で踊れるなんて。
恋心を自覚して直ぐにその恋を諦めねばならなかった当時の自分の心が、救われたような気がした。
なんて素敵な贈り物だろう。
ありがとう、魔術師さん。
ありがとうダンテルマ様。
イズミルとグレアムはしばし、その幻想的な夜のダンスを楽しんだ。
やがて再び月が雲の帯に隠される。
一瞬、不自然に互いの体に暗い影が差した。
そしてまた雲が流れ去り、月が顔を出したと同時に二人の姿が月夜の明かりに照らされた。
「あら」「なんだ、もう終いか」
二人は元の姿へと戻っていた。
それでもグレアムはイズミルの腰から手を離さず踊り続ける。
「せっかくだ。もう少し踊ろう」
「ええ。そうですわね」
子どもの体では出来ない大胆な振り付けをグレアムが仕掛けてきた。
イズミルの身体をふわりと持ち上げ、優雅にターンをする。
「まぁ!うふふふっ」
まるで精霊のように空を飛んだ感覚が楽しくて思わずイズミルは笑った。
それを見てグレアムは微笑む。
「俺は……キミの笑顔が本当に好きだ。そうやってキミを笑わせられるなら、俺はなんだってするよ」
その言葉を受け、イズミルは告げた。
「ではこれから満月の夜は、可能な限りこうやってわたくしと踊ってくださいませ。そうすればわたくしはいつでも笑顔でいられますわ」
「喜んで。愛しき我が妃よ。これからも月満ちる夜を何度でもそなたとすごそう」
「わたくしの陛下。ええ、わたくしもお約束いたします。これから数えきれないほどの月満ちる夜も、あなたの側にいる事を」
自然と唇が重なっていた。
月が満ちるように想いも満ちてゆく。
長く隔たれた期間があった二人だからこそ、今こうして共にいられる奇跡を、喜びを分かち合えるのだと思う。
心から幸せだった。
心から幸せで、満ち足りた夜であった。
「何度聞いてもいいお話ですね~♡」
イズミルの専属侍女リズルがうっとりとして言った。
「恥ずかしくてそう何度も話したい事ではないのだけれどね」
イズミルが頬を赤らめると護衛騎士のソフィアが言う。
「でも既に王都中の人間がそのエピソードを知ってますからね……しかもジンクス化としておりますし……」
そうなのだ。
あの満月の夜の事が何故か王宮内で広まり、そしてあっという間に国中に広がったのだ。
人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。
今では満月の夜に月明かりの下でダンスを踊った男女は結ばれ、必ず幸せになれるというジンクスにまでなっているという……。
「でもどうしてそのジンクスに名前がついて、その名が“ローランの月夜”というのですか?」
と、リズルがイズミルのドレスの裾を整えながら訊ねてきた。
その様子を見ながらイズミルが答える。
「あの魔術師の名前がローランであるとグレガリオ師匠がつきとめたのよ。それならと師匠が魔術師の名をジンクス名にして……それも驚くスピードで広まって行ったわね」
「グレガリオ様は様々な分野の権威で影響力のある方ですからね。狂妃と呼ばれた妃の記実文も恋愛小説のようだと大陸中で評判だと聞き及びますわよ」
ターナがイズミルの真珠のイヤリングの位置を直しながら言った。
「ダンテルマニアの底力を垣間見たわ……」
我が師ながら天晴れだとイズミルは思った。
あの魔術師の名がよいイメージで多くの人々に語られている。
本当に、あの好好爺には感謝してもしきれない。
後で大聖堂であったらもう一度お礼を言おう。
「さぁ姫さま、刻限にございます」
ターナがイズミルに告げる。
イズミルはすくと立ち上がり、もう一度姿見に映る自身の姿を見た。
全身パールホワイトのウェディングドレスに身を包んだ自分を。
どことなく亡くなった母に似ているとイズミルは思い、泣きそうになった。
ターナも同じ事を思ったらしく、そっとハンカチで目元を押さえている。
今日はグレアムとの結婚式が執り行われる日だ。
後宮の解体により見つかった隠し部屋の騒動で一時はどうなる事かと危ぶまれたが、こうやって無事にこの日を迎える事が出来た。
沢山の侍女たちと、沢山の護衛騎士に囲まれて王宮のエントランスまで行く。
大聖堂に向かうために乗ってゆく四頭立ての馬車の前で既にグレアムが待っていた。
「イズミル」
グレアムが眩しそうにイズミルを見てその名を口にした。
「グレアム様」
愛しい想いを込めてその名を呼び返す。
「美しい……想像以上だイズミル。本当はもっと気の利いた賛辞を口にしたいのに……すまん、あまりに美しくて言葉が出てこない……」
「そのお気持ちだけで充分嬉しゅうこざいます。グレアム様も本当に素敵ですわ」
「惚れ直したか?」
「もうこれ以上ないほどに」
その言葉を満足そうに聞き、グレアムはそっとイズミルに手を差し出した。
イズミルはその手を取り、馬車へと乗り込んだ。
グレアムもその後に続く。
見送りに出てくれた王宮勤め者達から誰かれともなく声が上がる。
「両陛下、万歳っ!!」
「国王陛下!妃殿下!!おめでとう存じます!!」
「ハイラント万歳っ!!」
その声に見送られながら馬車がゆっくりと走り出す。
二人の人生の出発のように。
随分、回り道をしたといえばそうだろう。
だけどイズミルとグレアムには必要な過程だったのかもしれない。
大国ハイラント王室史上で数少ない一夫一妻と決めたグレアムとイズミルの国王夫妻。
互いを唯一とし、一生を共にする。
そんな当たり前のようで奇跡と言える事が起きたのも回り道をしたおかげともいえよう。
事実二人は生涯、愛し愛される仲睦まじい夫婦であったという。
そのハイラント国王夫妻に触発されてか、その時代より後世になっても王族であれど状況が許すのであれば一夫一妻制を選択する夫婦が多くいたそうだ。
今この時のイズミルとグレアムには、そのような事は知る由もないが。
イズミルは馬車の窓から外を見て言う。
「今日はそれほど寒くもなく、良いお天気でようございましたわね」
「本当だな。天も俺たちの婚儀を祝福してくれているようだ」
「ふふ。そうですわね」
「イズミル」
「はいグレアム様」
「幸せになろうな」
その言葉を聞き、イズミルはこれ以上ないほどの笑みを浮かべて返事をした。
「はい。みんなで幸せになりましょうね」
馬車はもうすぐ、大聖堂へ到着しようとしていた。
終わり
この後、あとがき的なものが続きます。




