魔術師の涙
「え……今、なんて言ったの?」
数百年前にダンテルマの遺骨を盗み出し、後宮にこっそり隠し部屋を作りそこを墓所として守り続けてきた魔術師の魂が唖然とした面持ちでそう言った。
イズミルはもう一度魔術師に告げる。
「ダンテルマ様の遺骨を、王家の霊廟に納骨する事になりました」
だけど同じ言葉を告げても信じられないらしく、魔術師の魂は目を瞬かせるだけであった。
「どうかされましたか?」
イズミルが魔術師の魂に問いかける。
「あ、いや、だって……狂妃に仕立て上げた王家がそんな決定をするなんて思っていなかったから……」
「それに関しては当代の王と王妃として、過去の王室の者の非道を心よりお詫び申し上げますわ。その上で、狂妃とされたダンテルマ様の名誉を回復する事もお約束致します」
「名誉を……?」
「はい」
「回復……?」
「はい」
イズミルはにっこりと微笑んだ。
イズミルがまずグレアムに願い出たのは後宮解体により行き場を無くすダンテルマの遺骨をきちんと王家の霊廟に納める事であった。
幽閉を嫌い、自ら命を絶ったダンテルマだが、その肩書きは最期まで妃であったはずだ。
きっと当時の国王は彼女を無理やり離縁して、その名を王室から除籍したであろうが、本人の署名がないものはいつの世も正式な離縁状とは認められない。
よって彼女は王族のまま。
王家の霊廟に入る資格があるのだ。
イズミルはその事をまず、グレアムに了承を得た。
勿論グレアムに異存はなく、霊廟への納骨を快く認めてくれた。
そしてもう一つ、これは王家の威信にも関わる事ではあるが、
当時の国王によって捻じ曲げられた人一人の真実を、王家の名を以って訂正した上で謝罪し、公表をするという事だ。
稀代の悪女、狂った妃などの汚名を被せ続けられるのは故人を冒涜し続ける事になる。
まぁ奔放な人であった事だけは間違いないが。
そうやって真実を明らかにし、世間の認識を正す。
それが王家に出来る罪滅ぼしの一つだとイズミルは考えた。
汚名返上の記実は、既にダンテルマニアのグレガリオに一任してある。
恋して止まない愛しのダンテルマのチャーミングさをようやく世間に知らしめる事が出来、ダンテルマのお役に立てるとグレガリオは張り切っていた。
記実文が出来上がり次第、王家の名の下にグレガリオが発表する事になっている。
その事も告げると、魔術師の魂は信じられないものを見るような目でイズミルを見た。
「ど、どうして……どうしてそこまで?僕はとりあえず、ダンテの骨をきちんと納骨出来ればいいとだけ思っていたんだけど……」
「あら、でも貴方もやはり最愛の方が人々に悪く思われ続けるのはお嫌でしょう?」
「そりゃあ当然さっ……でも、本当に?本当にそんな事までしてくれるの?それが本当に可能なの?」
イズミルは得意気に微笑んだ。
「ええ勿論。ここにいるわたくしの愛する旦那様が約束して下さいましたから」
と言って、隠し部屋の壁にもたれてイズミルと魔術師の魂のやり取りを険しい顔で見ているグレアムの方へと視線を移した。
同じようにグレアムを見た魔術師は眉間にシワを寄せてイズミルに言う。
「……なんか凄く怖い顔をしてるんだけど?本当に大丈夫?」
「それはグレアム様には貴方の姿が見えないからですわ。魂を感じ取ろうと必死なのでしょう」
「まぁ最初にそういう風に顕現しちゃったから今更姿を現すのは無理なんだよね」
「まぁ残念。そうなのですね」
「それなのに現国王はここにいるの?僕の姿が見えないのに?」
「わたくしのボディガードをしてくださっているのですわ」
魔術師の魂の存在を知ったからにはイズミル一人では会わせられないと付き添ってくれているのだ。
……若干顔が怖くはあるが。
魔術師はややあってイズミルとグレアムに頭を下げた。
「……ダンテの遺骨をよろしくお願いします。ようやく然るべき所で眠らせてあげられるよ……本当にありがとう」
イズミルは柔らかく微笑み、首を横に振った。
それを見たグレアムがイズミルに問う。
「どうした?」
「魔術師がよろしくと、ありがとうと申しておりますわ。姿を現すのはやはり無理そうですが」
「……そうか」
ダンテルマの納骨はその日の内に行われた。
隠し部屋に置かれた寝台の目眩しの術を解くと、そこに陶器で出来た壺が現れた。
昨今、遺骨を納めるのは魔術の施された木箱だが、数百年前当時は陶器の壺に入れるのが一般的であったようだ。
グレアムは霊廟の一画に、ダンテルマの為の棚を設置してくれた。
当時の国王や王家の者達とは離して遺骨を安置出来るようにしてくれたのだ。
「誰だって嫌な奴の側で眠りたくはないだろうからな」
「ふふ。そうですわね」
二人でそう言いながら、ダンテルマの遺骨を納め、その御霊を弔った。
そしてイズミルにはもう一つ、仕事が残っていた。
これもグレアムにはちゃんと許可を取ってある。
グレアムは政務があるので今度はソフィアが付き添ってくれた。
でも術を用いるのでソフィアには隠し部屋の直ぐ外で待機して貰っている。
イズミルは隠し部屋に入り、
遺骨の無くなった部屋で一人残る魔術師の魂に告げた。
「ダンテルマ様のご遺骨は無事に納骨できましたわ」
「ありがとう……!これで思い残す事はないよ」
清々しい顔で魔術師が言う。
イズミルはその様子を見ながら魔術師に言った。
「この部屋に魂を定着させてしまった貴方はどこにも行けないわ……」
イズミルのその言葉に、魔術師は肩を竦めて肯定する。
「そうだね、知ってるよ。やがてこの部屋ごと解体されて、僕の魂は有耶無耶な状態でやがて消えゆく運命さ。でも悔いはないよ。ダンテが安眠出来る事が僕の全てだから」
イズミルは静かだが力強く言った。
「そんな悲しい事にはならないわ。貴方の魂はダンテルマ様の元へと行くのよ」
「そ、そんなの無理だよ、一度定着させた魂を引き剥がすのは。いずれ部屋ごとめちゃくちゃに壊されて、陽の光の下で消えゆくしかない」
「引き剥がして再び定着させるのは不可能ですが、貴方はべつにそれを望んではいないのでしょう?もう眠りたい、本当はそう思っているのでしょう?」
「……でも……それはやっぱり無理だよ。自然の理を無視した僕の魂はただ消え去るしかない」
「わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?風の精霊の加護を受けたジルトニア大公家の娘ですわよ。精霊の浄化術で、貴方の魂を浄化して昇華させます。東方の国風に言うと成仏というやつですわね」
「……そんな事が可能なの?」
「ええ。勿論ですわ。貴方はこれまでずっと一人で頑張って来られた。だけどもう、安らかに眠ってもいいはずです」
「……本当に?ダンテの側に逝けるの?」
「ええきっと。きっと彼女の魂の元へと辿り着けますわ。そして貴方の頑張りをダンテルマ様に告げて、沢山褒めて貰って下さいまし。あ、でもグレアム様に掛けた呪詛だけは許しませんともお伝えくださいませね」
「うん。うん……!」
魔術師が大きく頷くのを見て、イズミルは微笑んだ。
そして魔力を高め、その魔力で精霊文字で形作られた円陣を魔術師の足元に出現させた。
その途端、室内に風が吹き荒ぶ。
風の精霊が魔術師の周りを飛び交った。
まずは魔術師の体から色が失われ始める。
透明になってゆくのではない、無色…魂の色が失われてゆくのだ。
浄化され、魂は無に帰してゆく。
その術を受けながら魔術師が言う。
「イズミル妃…と言ったよね。この隠し部屋を初めて訪れたのがキミのような人で本当に良かった……ダンテを、僕を救ってくれてありがとう……」
イズミルは真っ直ぐに魔術師を見据えて言う。
「わたくしこそ、あの悲しく美しいダンテルマ様に、貴方の様な方が居て下さった事に感謝したいですわ……そして本当に、今までお疲れ様でした…どうか、どうか安らかに……」
円陣から光を纏った風の力が放出された。
その風と光に掻き消されるように魔術師の魂は姿を消し始める。
魔術師は消えゆく声でもう一度告げた。
「ありがとう。イズミル、あり…が……っ!?」
その瞬間、魔術師の目が大きく見開かれた。
イズミルではない誰かを一心に見つめている目だった。
そしてもう声は聞こえなかったが、その唇の動きをイズミルは見た。
“ダンテ……迎えに来てくれたんだね”と。
そして嬉しそうに笑みを溢し、風の中に消えていった。
最後に一粒の涙を残して。
その涙の粒は下に落下する事なく、イズミルの眦の端に滴り落ちた。
まるで雨粒が降りかかったかのように。
そして心の中で魔術師の声が響いた気がした。
『偉大な王妃さまに僕とダンテからのお礼を一つ。満月の夜に奇跡が起きるよ』
と告げた魔術師の声が。
それが何を意味するのかイズミルには分からない。
問い正したくても彼の魂はダンテルマと共に旅立って行った。
最後に魔術師が言っていたように、
あの瞬間、彼の魂が愛する人の魂と再会出来たのだと信じたい。
イズミルはそう思った。
魔術師の涙……
お礼だと言っていたそれの効果を、
次の満月の夜にイズミルは知る事となる。
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次回、グランドフィナーレ。と言ったら大袈裟ですが、
この物語の最終話となります。
よろしくお願いします。




