これじゃあわたくしもダンテルマニアですわ
「イズミル、イズミル?聞いているのか?イズミル」
「え?あ、はいっ……」
グレアムの声に我に返り、イズミルは思わずカチャリとカトラリーの音を立ててしまった。
テーブルマナーも完璧なイズミルらしからぬ事である。
グレアムとの夕食の時間にも、ついついダンテルマの事を考えてしまっていたのだ。
グレアムは心配そうな顔をしてイズミルを見る。
「どこか具合でも悪いのか?それとも何か気になる事でもあるのか?」
ダンテルマの事を打ち明けようかとも思ったが、グレアムや他の者にはダンテルマの姿は見えず声も聞こえないのだから、話した所で説明のしようもない。
それに、これはイズミルとダンテルマの勝負なのだ。
グレアムに話してもし反対でもされれば逆らえない。
そうなれば最後の呪詛の在りかを知る事が出来なくなり、その呪詛が発動されるのを黙って見ている外なくなるのだ。
ーーグレアム様に隠し事をするのは心苦しいけれど、ここは黙っておくしかないわね。
イズミルはそう思い、グレアムに笑顔で答えた。
「ごめんなさい。隠し部屋の事を夢中で考えてしまっていましたわ。食事中に、お行儀が悪いですわよね」
「それならよいのだが……。隠し部屋の調査で疲れただろう。今日は早めに休もう」
「グレアム様も一緒に早めの就寝をして下さるのですか?」
「俺が後からベッドに入ってキミを起こしてしまっては安眠妨害になるだろう?だから今日は一緒に休む事にする」
「ふふふ。嬉しいですわ」
後宮を取り壊す事になり、国王夫妻は寝室を一つにして共寝をするようになった。
後宮があった時代は王も妃もそれぞれ別の寝室で眠り、同衾する時のみ“お渡り”として王が妃の寝室へと行くのが慣例であった。
それが変わった事も、ハイラント王室にとって大きな変化だろう。
その夜、グレアムは宣言した通り早めに寝室に入り、イズミルを懐に抱えて就寝した。
グレアムの側にいると心が満たされて何も怖くなくなる。
愛されていると信じる事が出来て、穏やかに眠る事が出来るのだ。
イズミルは明日への活力を貰ったと、
心穏やかに眠りに就いた。
◇◇◇◇◇
次の日、イズミルは恩師グレガリオにだけダンテルマとの邂逅を報告した。
「ほぇっ!?ダ、ダ、ダダダダダンテルマ様がっ!?
ダダダダンテルマ様とっ!?会った!?話した!?な、なんじゃとぉぉ!ズルいぞよズーちゃんだけ!」
グレガリオはイズミルから話を聞くなり地団駄を踏んで悔しがった。
「そうおっしゃると思っていましたわ。仕方ないでしょう?妃にしか接する事が出来ない仕組みになっているのですから……」
「ズルいズルいズルいぞよ~!儂とてダンテルマ様にお会いしたいぞーい!」
「ほら師匠、お好きなカスタードパイをお持ちしましたからご機嫌をお直しくださいませ?ダンテルマ様には師匠の事をちゃんとお話して差し上げますから」
グレガリオはじと…と拗ねた目つきでイズミルを見遣り、
「必ず、儂のダンテルマ様への熱い想いを伝えておいてくだされよ」
と言いながらちゃっかりカスタードパイをその手に取っていた。
そしてイズミルはダンテルマが言っていた最後の呪詛の在りを探るべく、グレガリオ所蔵のダンテルマが愛人や知人に宛てた手紙を借り受けた。
そしてイズミルは公務の合間にそれを読み進め、何かヒントになる文言がないかを探した。
ダンテルマは率直な文章で手紙を綴る時や、詩的な言い回しで文章を綴ってゆく場合など、同じ人物が書いているとは思えない幅広いバラエティの文章力の持ち主だったようだ。
イズミルは特に詩的な言い回しの文章に着目し、その真意を紐解こうとしていた。
例えば……
●母方の遠縁、K令嬢に宛てた手紙より抜粋●
【あぁ大海原をその儚げな姿で漂う草船よ……その身は儚く、眼前に広がる今にも悲しみを吐露しそうな黒き雲に気付かない……】
これは要するに
『貴女のようなちっぽけな田舎娘が後宮に入ればたちまち潰されるに決まっているのだから、身の程知らずな希望はお持ちにならない方がよろしくてよ』
という意味が含まれる。
地方出身の令嬢を草船に例え、迂遠に田舎娘と言い回しているところがいやはやなんとも……である。
こんな感じに綴られた文章の中に何かヒントはないかを探すのだ。
かつて隠された規範の書の一部がユニコーンの封印箱にあるとわかったように。
それとダンテルマの生い立ちから自ら尖塔の上から身投げするまでの軌跡をもう一度見直そうと思っている。
このようにイズミルの頭の中はずーっとダンテルマの事ばかりである。
「これではまるでわたくしの方がダンテルマニアみたいではありませんの」
今のイズミルはおそらく、自称ダンテルマニアのグレガリオよりも彼女の事を考えていると思う。
なんともおかしな事になったと嘆息するイズミルであった。




