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4月1日書籍発売 忘れられた妃ですので 〜初恋の旦那様に贈るしあわせな再婚〜  作者: キムラましゅろう


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まさかの人妻宣言 ②    

会議室にグレアムが入室してきたのは予定の時間よりも少し早めであった。


 着座していた者は立ち上がり、皆、一斉に国王の方へと向き右手を胸に当てて臣下の礼を取る。


「よい、みんな楽にしてくれ」


 そう言いながら自身も着座して早々に持参の書類に目を通し始める。


 イズミルは侍従長が淹れたお茶を受け取り、グレアムに差し出した。


「……これはなんだ」


 低くそこはかとなくドスの効いた声にイズミルは首を傾げながら答えた。


「紅茶ですけれども……「要らん、さげよ」


 イズミルが答え終わらないうちにグレアムが切り捨てるように言った。


(もしかしてわたしが淹れたお茶だと思われている?)


「ですが、侍従長がお淹れになったお茶ですし、お毒味もされておりますわよ?」


「たとえ毒味がされていたとしても、差し出す相手が信の置ける人間でなければ決して口にはしない……直前に変な薬でも入れられる可能性もあるからな」


 グレアムが素気なく言った。


(あらま。わたしが信用ならない人間だと言いたいのね。でもそういえば過去に先王の側室や高位令嬢たちに媚薬や惚れ薬を盛られた事があると聞いたわ……本当に大変な女性問題を経験してこられたのねぇ……)


 そう思いながら、イズミルは改めてグレアムの容姿を眺めた。


 サラサラした艶やかな黒髪、目に掛かるか掛からないか程の長さの前髪は半分は下ろし、半分はサイドに撫でつけるスタイルだ。

 襟足は襟に付かないギリギリの長さで、男性的な首筋をより惹きたてている。


 切れ長の二重瞼の奥には深く澄んだ湖のようなブルーの瞳。


 スッキリとした鼻梁に程よい薄さの唇は辛辣な言葉が出てくるとは思えないくらい優しげに感じる。


 長身で細身ではあるものの、胸板の厚さと肩から腕にかけての筋肉の盛り上がりが彼の逞しく引き締まった体を容易に想像させた。


 服装はいつも、ダブルブレストの黒いレディンゴートと足元は軍靴(ぐんか)だ。


 レディンゴートのウエストを剣帯(けんたい)と共にベルトで締めている。


 レディンゴートの襟の縁は金糸の刺繍で彩られ、

 金のボタンと統一感を醸し出している。


 式典用のレディンゴートと違い、これまた金糸で形作られた肩章が控えめなのはこれが国王としての普段着であるからなのだろう。


 首周りは今日は白シャツと黒タイだが、白いクラバットをのぞかせている時もある。


 長身に長いレディンゴートが映え、我が夫ながら(妻だと認知されていないが……)本当に美しい男である。


「かしこまりました。確かに陛下の仰る通りでございます。平にご容赦くださいませ」


 かなり嫌味を含んだもの言いをしたにもかかわらず、イズミルはさほど気にしていない様子だった。あまつさえ笑顔すら浮かべている。


 強がっている様子もなく淡々とした仕草で紅茶を再び下げながら、


「ご無礼致しました。新しいお茶を侍従長にお願いして参りますわ」

 とそう言い残し去ってゆく。


 それを見てグレアムはなんとも言い難い複雑な気持ちになった。


(間違った事は言ってないはずだ。なのに何故、

 こちらが罪悪感を抱かねばならんのだ)


 そんなグレアムの心情を見透かしてか、マルセルが軽口を叩いてきた。


「あーあ、あんな言い方しなくてもいいのに……

 可哀想なアリスタリアシュゼットシュタイン嬢」


 グレアムがムっとした表情で幼馴染に言い返す。


「俺は自身の身を守る為に言っただけだ」


「それにしても彼女、陛下に何を言われても全然堪えていませんねぇ」


 ランスロットがグレアムに書類を渡しながら話に加わって来た。


「どんなに冷たい態度を取られても、時には存在自体無視されたとしても、彼女はいつも泰然としています」


 それを聞き、グレアムが眉間にシワを寄せた。


「おい、その言い方ではまるで俺が彼女をぞんざいに扱う酷い人間みたいではないか」 


「おや、ご自覚がお有りで?」

 ランスロットが揶揄うように言った。


 逸れそうになった話を拾うようにしてマルセルが続けた。


「それ、俺も不思議に思っててさー。それでこの前、彼女に直前聞いてみたんだ」


 マルセルの発言にグレアムとランスロットは引き付けられた。


「……なんと聞いたんです?」


「どうしていつもそんな扱いを受けても平気でいられるのか、もしかして嗜虐趣味でもあるのかな?ってさ」


「おまっ……女性に向かってなんて事言うのです」


 ジト目で見据えるランスロットにマルセルは構わず話を続ける。


「そしたらさ、自分の中で良い教訓があるんだって教えてくれてさー……」


「良い教訓?」


「その教訓をいつも自分に言い聞かせてるらしいよ」


「……なんと言い聞かせているんだ」


 グレアムが不機嫌そうに眉を寄せる。嫌な予感しかしない。


 マルセルは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。


「『陛下の側で仕事するために必要なのは、聖母の如き心の広さと鋼の精神力』だってさ!」


「なんだそれはっ!!」


 グレアムがバンッと机を叩くのと同時にマルセルが腹を抱えて笑い出した。


 対してランスロットは感心したようだ。

「……なるほど、至言ですね」


「おい」


 幼馴染二人の無体な態度に気分を害したグレアムは不貞腐れながら侍従長が改めて用意したお茶を口にした。


「でもさ、逆手に取るとそんな教訓を自分に言い聞かせてまでも陛下の側に居たい……という事にならない?」


 マルセルのその発言にランスロットの眼鏡が怪しく光る。


 ちなみにランスロットは眼鏡男子である。

 シャープな銀のフレームがスタイリッシュなのだ。


「マルセル、お前も彼女には何かあると思っているわけですね?」


「まあね。だって彼女、出来過ぎでしょ~。どこに出しても恥ずかしくない子、みたいな?」


「やはり……」


 見目麗しい三人の男子が額を付き合わせてコソコソする様子は(はた)から見たらなかなかに残念な光景であった……。



 定刻通りに始まった王室規範改定会議は順調に進んでいった。


 今は規範の書の状態についての報告だ。

 イズミルが会議室の最奥にある発言席に立って

 説明をしている。


「……と、お手元の資料にありますように、規範の書自体に呪詛が掛けられていると判断致しました」


 イズミルは手袋をはめ、厳重な結界が施されている保管箱から規範の書を取り出した。


 それは見たところなんの変哲もないただの書物にしか見えなかった。


 とても呪詛が掛けられているようには見えない。


 グレアムだけが規範から漏れる魔力に眉を(ひそ)めている。


「アリスタリアシュゼットシュタイン嬢、一体どのような呪詛が掛けられていると言うのです?」


 ランスロットが挙手をしてイズミルに質問した。


「ここに記されている文字は一見ただのエンシェントスペルに見えますが、じつはコレ、この一文字一文字に呪物が取り憑いているのです。このまま素直に翻訳しても、本来書かれている内容とは別の歪められたものへと導かれてしまいます」


 イズミルが規範の書を見開いて掲げると皆一様(いちよう)に驚いて声を上げた。


「なんて嫌がらせじみた呪いなんだ……」

 誰かがゲンナリした顔で呟いた。


「そういう嫌な気分にさせるのが目的の呪いでしょうから……。皆さん、近くでご覧になられます?」


 イズミルが言うと、興味を示した数名がわらわらと近くに寄って来た。


 呪いが掛けられていると知って近づこうとしない者も当然いる。


「どこからどう見てもただの文字に見えるが……でもまぁ確かに特殊な魔力は感じる」


 グレアムが訝しげに規範を見つめた。


 あまりに顔を近づけ過ぎるのでイズミルが注意を促す。


「それ以上は近づかないで下さいませ。言うまでもないとは思いますが、決してお手も触れないようにお願いします」


 イズミルのその言い方が気に入らなかったのか、

 グレアムはムっとした表情で規範から顔を離した。


(あらま、感じ悪い)


 それでもイズミルは笑顔という武装を貼り付けたまま皆が順番に見終わるのを待った。


「解呪の方法はあるのか?」


 グレアムが腕を組みながらイズミルを見下ろし様に問いかけた。


「幾つかございます。本来ならば呪いの質を見極め、無力化させる方法を何通りか検討するのですが、ページ数を考えるとあまり時間をかけたくありません。短時間で解呪する方法を用いたいと思います」


 イズミルが答えると今度はバイワールが聞いてきた。


「危険はないのか?強力な解呪返しが掛けられている可能性は?」


 その問いにイズミルは頷きながら答えた。


「確かにその可能性は高いと思われます。でも問題ありません、解呪返しよりも強力な術で封じ込めてしまえば良いのです」


「簡単に言うようだが、それはやはり危険ではないのか」


 バイワールが更に警戒を強めて言う。


「そうですね、簡単ではありませんがやるしかありません。本来書かれている文字から呪物を引き剥がし、滅しないとどうにもなりませんから」


「それをアリスタリアシュゼットシュタイン嬢が

 行うというのか?」


 バイワールが怪訝そうに言うのを聞きながら

 イズミルは制するように手を上げた。


「あの、一旦、お話の途中で失礼しますが……いちいち面倒ではありませんか?」


「は?」

 不意に話題が変えられて、皆がイズミルを見た。


「アリスタリアシュゼットシュタインと……呼びにくいでしょう?皆さま、どうかわたくしの事はイズーとお呼びください」


 イズミルがそう言うと、「いやしかし……

 いきなりファーストネームで呼ぶなど……」

「でもホントは長くて呼びにくいなと思っていたんだ。そう呼んでよいのなら助かるが……」

 と、各々が一様に戸惑いを見せる。


「だって長いでしょう?家名が……皆さん器用に噛まずに仰られていますが、いずれ噛みますわよ?その時お互い気まずいではありませんか。それならもういっそのことイズーとお呼びください」

 

 しかし、即座にグレアムが一蹴した。


「噛まない。それに別に面倒ではない。(ホントは面倒くさい名だと思っているが)なんと言われようが女性のファーストネーム呼びなど御免被る。すぐに適切な距離感を崩されて馴れ馴れしくなるのは目に見えている」


 けんもほろろに切り捨てたグレアムにイズミルはふわりと優しく微笑む。


「左様でございますか。では陛下はそのままで。わたくしの長~い家名をそのまま噛む事なくお呼び下さいませ。他の方はどうぞこれからはイズーとお呼び下さいね」


「……」

押し黙るグレアム。


 優しげな笑顔だったが言葉の真意はなかなかに

 有無を言わせない迫力があり、皆は空気を読んでコクコクと頷くしかなかった。


「では本題に戻りますね」


 そう言ってイズミルは近日中に解呪の作業に入る事を告げた。





補足です。

成人するまでは後宮から出る事を許されなかったイズミル。

グレガリオに師事するにあたり、太王太后宮の一室にてこっそりと講義を行なって貰いました。

グレガリオが太王太后宮まで足を運んでくれたおかげで、イズミルは学ぶ事が出来たのです。

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