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第一章  5

8年ぶりの夫との再会。

しかしときめく暇もなくその夫と対峙しなくてはならい

イズミル…。

最後に会ったのは子どもの時。

成長した妻に夫は気付くはずもなく……

イズミル、不憫キャラ?

「…どんなに優秀な者だろうが、

 俺は女性と共に仕事をするつもりはない」


その言葉にイズミルは思わず顔を上げた。


「あら何故?規範の解読と捜索は誰にでも出来る仕事ではなくてよ?女とか男とかそんなものに拘る必要はあって?」


リザベルが言うと、

グレアムはイライラした仕草で前髪を掻き上げた。


「しかしっ…女性は体調ひとつで機嫌が左右される事が多いでしょう?その度に振り回されるこちらの身にもなって貰いたい。しかもそれを指摘するとすぐに泣かれる。まるでこちらが悪いかのように責め立てられるのは堪ったものではないっ…」


言葉を吐き出す度にイライラが募ったのか、

グレアムの口調は段々と荒くなっていった。

それに伴い、

部屋の空気がじわりと熱気を帯びてくる。


「それに女はっ…利己的で我が儘で、ヒステリックで

すぐに自分の方が格上だとマウントを取りたがる…!おまけに傲慢で金遣いが荒く、己の欲望のためになら信頼関係など簡単に裏切るのだ!」


普段は感情を抑えつけていたのだろうか、

一度言い始めると出るわ出るわ……


これでもかと言う程

女性への嫌悪を露わにして暴言を吐きまくった。 


初対面〈ではないが〉の女性に対して

このあんまりな言動…。

絶対に女性を側に近づけたくないようだ。


「おまけに!少しでも己の立場が悪くなるとすぐに泣く!怒る!逃避する!感情の起伏が激しく他者の気持ちなど微塵も(おもんぱか)ろうとしない、それなのにこちらの気遣いだけは際限なしに要求する。全て肩書きや上辺だけで相手を判断し、その人間の本質を見ようともしないのだ!」


イズミルは呆気に取られながらグレアムの

罵詈雑言を聞いていた。


(まさか……ここまで拗らせておいでとは……女性への不信感どころか嫌悪感が半端ないわね……)


よくもここまで女性への暴言を

挙げ連ねられるものだと半ば感心…もとい、呆れもするが、過去にグレアムの周りには

そんな女達ばかりであったのもまた事実……。

そしてその者たちに振り回され、

傷つけられたのもまた事実…。


しかしイズミルも引くわけにはいかない。

ぐっと拳を握り締めて自分を奮い立たせる。


「お言葉ですが陛下。上辺だけで判断し、その者の本質を見ようとしないのは今の陛下も同じではないでしょうか」


「…なに……?」



イズミルの発言により

グレアムから発せられていた気が一気に冷たくなる。


部屋の温度が急激に低くなるのを誰もが感じた。

グレアムの魔力のせいだ。


だがイズミルは一歩も引かずに言葉を続けた。


「陛下はわたくしが女であるからと、最初から人間性を決めつけ否定なさいました。わたくしが何を考え、何の目的を持ってこの仕事を引き受けようとしているのか少しも慮っておられません。それは今、陛下が見下されていた“女”達と一体何の差がありましょうか」


「ほう、言うではないか」


グレアムから漂う冷気が更に増した。

窓に霜が張り始める。


「陛下……」

側近のランスロットが宥めようとしたが、

イズミルは構わず言い募る。


「わたくしは女です。生まれた時から女です。

それはどうしようもなく、またどうにかしたいとも思いませんが、それだけの理由で拒絶されるのは理不尽であると思います」


「理不尽……」


グレアムは同じ言葉を繰り返した。


「わたくしはこれまで沢山の事を学んで参りました。それも全てこの国の民としてこの国の役に立ちたい一心からです。その今までの積み重ねをただ女であるからという理由だけで一蹴されてしまうのは我慢なりません」


イズミルはなるべく感情的にならないように

努めて冷静に話そうとした。


この8年、

グレアムの大恩に報いたい、

期限付きでも側にいたいという思いだけで

生きてきた。


それを酷い言葉で拒絶されたからといって

ぶち壊したくはなかった。


しかしグレアムは頑なであった。

室温は下がるばかり。


終いには室内であるにもかかわらず、

軽くブリザードまで吹き始めた。


恐るべし国王の魔力。


侍従達は部屋の隅で震え上がっている。


拗れに拗れた女性不信はそう簡単に

鳴りを潜めてはくれないだろう。


でもそれもまた覚悟していた事だ。


イズミルは心を決めた。


とにかく生半可な気持ちで挑むつもりはないと

態度でそう示そうと思った。


そっと目を閉じ深呼吸をする。


「今、どれだけわたくしが言葉を尽くして誠心誠意お仕えすると申し上げても、信じてはいただけないのですね…ではわたくしは、女である前に臣下の一人であるという決意をお見せいたします」


そう言うとイズミルは

自身の綺麗に結い上げた髪を解く。


長いシルバーベージュを後ろでひとつに編み、

それを緩やかにシニヨンにしていたのだ。


「何を……?」


突然行われ始めたイズミルの行動を

一様に(いぶか)しむ皆を他所に、

イズミルは小さな声で囁くように言った。


「風よ……」


イズミルの周りを風が(まと)ったと思った次の瞬間、

ブツッと乾いた音を立ててイズミルの髪が

編み始めの部分から切り落とされた。


「なっ!?」

「イズっ…!!」


一瞬の出来事に誰もが息を呑む中、

グレアムとリザベルの声が同時に響いた。


切り落とした髪を握り、

イズミルは少し困ったように微笑んだ。


「このような形でしか覚悟を示せない我が身が不甲斐のうごさいます。でもどうか、せめて半年だけでも使ってみてはいただけないでしょうか……」


グレアムは言葉を発することが出来なかった。

女性にとって髪がどれだけ大切なものであるか、

無骨な自分にだってわかる。


それを躊躇(ためら)いなく切り落とした

娘の豪胆さに只々驚くしかなかった。


そこまでさせてしまったという事実に

グレアムは衝撃を受け、もはや拒否という選択は

残されてはいなかった。


「なんというやつだ……」


部屋の中で吹き荒んでいたブリザードは

いつの間にか止んでいた。


ただ、窓を閉めているにもかかわらず、

イズミルの肩につくかつかない程短くなった髪は

風を孕んでサラサラと揺れていた。


こうしてイズミルは

長年伸ばし続けた髪を代償に、

何とか無事ではないがに臨時補佐官として

グレアムの側で働く事が出来る様になったのである。


(やったわ…!!下男たちはこういう巧くいった時にはなんて言ってたかしら…そうだわ、確か……)


イズミルは両手を握り締めて

小さくガッツポーズを取った。


そして囁くように小さな声でこう言った……。


「っしゃっ!!」













自らの体の一部を相手の目の前で傷つけたり、

敢えて大切な物を壊したり。

相手の動揺を誘い、罪悪感や焦燥感を持たせてから優位に事を進める…。

ハイラント王国後宮「後宮処世術48手」、

交渉術の一手なのでした…。

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