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第一章  4

どういうことか、


続きです。

「これはどういうことか」


一瞬でこの場を支配する冷たい声が聞こえた。


8年前に聞いて以来、

一度も耳にする事がなかったその声。


8年前より声は低くなり

硬質化したような印象はあるが、

イズミルの心の深くにまで響く心地よい声色(こわいろ)

懐かしさが一気に込み上がる。


イズミルは声がした方へ恐る恐る視線を向けた。


そしてそこにはやはり彼がいた。


側近の控え室から続いている国王の執務室の

扉の所で腕を組んでこちらを睨みつけている。



ハイラント国王

ハイラント=オ=レギオン=グレアム。


8年ぶりに拝する夫の顔は恐ろしいまでに美しく、

絶対的な存在感を放っていた。


しかしその瞳は冷たく、

明らかな懐疑と拒絶の色を隠そうともせずに

イズミルへと向けている。


(……あぁ…グレアム様だ……)


懐かしさから涙が滲みそうになるのと同時に

威圧感が凄まじく、

思わず後ろへ後退りしそうになった自分の足を

叱咤する。


(しっかりしなさいイズミル!

 あなたは何のためにこの8年を生きてきたの!?)


その時、

場の雰囲気を壊すように笑いを含んだ

鷹揚な声が聞こえた。


「どういうことも何も、

ワタクシの名代を立てる事は事前に話したでしょう?王室の為とは言え、ワタクシはもう高齢者よ。過激な仕事を押し付けられるなんて堪ったものではありませんからね」


太王太后リザベルが

優雅に扇子を扇ぎながら言った。


グレアムは祖母であるリザベルに視線を向けた。


「激務を押し付けるつもりは毛頭ありませんよ。それに、王室の一員なら仕方ないのでは?」


その言葉にリザベルは目を(すが)め、

ため息を()いた。


「貴方が新しい妃を迎えないからいつまでもワタクシが苦労をするのでしょう。そのせいで王室の法律でもある規範の改定も余儀なくされているのだから」



グレアムの眉間にシワが深く刻まれる。


「その事は今はどうでもいいでしょう。しかし、名代の補佐官が女性だとは聞いておりません」

「だって聞かれなかったもの」


悪びれもなく言うリザベルに、

グレアムの眉間のシワはより一層深くなった。


「おばあさま…!」


諌めるようにグレアムが声を発した。


「とにかく!ワタクシはあれこれ雑務を押し付けられるのは嫌ですからね。文句があるならワタクシが推挙するこの娘以上の者を連れて来て頂戴。もっとも、そんな者はそうそうは居ないでしょうけれど」


にべもなく言い放つリザベルに、

側で控えていたランスロットが問う。


「そこまで信を置かれるとは…

 よほどの教育を受けた者なのですか?」


リザベルは斜め後ろにいるイズミルを仰ぎ見た。


「古代語…エンシェントスペルの解読はもちろん、数カ国語を操り、法律、式典、神事、各国の作法は全て頭に入っているわ。そして何より、あの賢人グレガリオの秘密の弟子でもあるのよ」


それを聞き、

ランスロットはもちろん、部屋に居た他の側近や

侍従達が驚きの眼差しをイズミルへと向けた。


「グレガリオの…?」

「弟子は滅多に取らないと有名なのでは…?」

「ていうかあのじーさん、まだ生きていたのか」

驚き、囁き合う声が聞こえる。

若干失礼な発言もあったが、

構わずリザベルは話を続けた。


「そして若さゆえに機動力と体力があります。どれを取ってもこの年寄りをこき使うより余程役に立つでしょう?」


リザベルはこれでもかというくらいに

イズミルを推した。


イズミルは内心

太王太后にここまで言わしめた事に

居た堪れなくなり、思わず(うつむ)いた。


しかし、グレアムは頑なであった。


「どんなに優秀な者だろうが、

 俺は女性と共に仕事をするつもりは、ない」


その言葉にイズミルは思わず顔を上げた。












イズミルの秘密の師匠グレガリオは

大陸の最高学府、王立ハイラント大学の名誉教授の好々爺。

変わり者で、たまに気が向いたら教鞭を取るらしい。

リザベルとは旧知の仲で、その縁があってイズミルを弟子に取ったらしい。

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