招かれざる令嬢
諦めが悪く、強引に事を進める輩というのは
どこにでもいる。
一度はグレアムが一蹴したのだが、結局ブリソン伯爵令嬢ミレーユが行儀見習いとしてイズミルの側に上がる事になった。
太王太后リサベルは太王太后宮に行儀見習いとして上がる事は許可したが、王妃の行儀見習いとしては決して認めなかったのにも関わらず、だ。
聞けばミレーユ本人が間違えてイズミルのそばに上がってしまったと言う。
慣れない王宮で何度も場所を変えるのは嫌だとミレーユに泣かれ、イズミルはそんなに自分の側がいいならばと仕方なく許可した。
その一連の流れを聞いたグレアムの眉間のシワがかつて無いほどに深く刻まれたのも仕方ない事だろう。
ミレーユとブリソン伯爵の本当の思惑に、聡いイズミルが気付かないはずはない。
イズミルとて本心を言えば側妃の座を狙っているような娘を自分の側には置きたくない。
だがしかし、もしこのまま自分に子が出来なければ、いずれ側妃を迎えねばならないのだ。
グレアムは決して認めないだろう。
だからこそ、その時はイズミルが動かなくてはならない。
グレアムの、この国の妃として相応しい人物を探さねばならないのだ。
……まぁこんな手を使って目的を果たそうとするミレーユに妃としての資質があるかはわからないが何事も決めつけは良くないと、イズミルはしばらくこのミレーユなる令嬢の本質を見極めようと思ったのだった。
このミレーユという令嬢、たしかに自己肯定感の高さを裏付ける見目の良さと聡明さを兼ね備えている。
しかし、マナーや礼節は確かに疎かにして生きてきたようだ。
どんな時でも我を通し、思い通りにならなければ不貞腐れてそっぽを向く。
さすがにイズミルの前では猫を被っているが、ターナやリズルの前では居丈高で偉そうなもの言いをするそうだ。
「……やはり、妃としては無理そうね……」
イズミルがそう一人言ちたとき、ターナがグレアムの訪を告げる。
無論、色めきだったのはミレーユだ。
グレアムはミレーユが行儀見習いに上がってからここ数日、イズミルの自室を訪れる事がなかったのである。
〈ようやくね!ようやく国王陛下にお目通りが叶うわ!わたくしを一目見れば、陛下はわたくし
を側に置きたくなるに違いないわ!〉
というミレーユの考えがまるで聞こえてくるかのようだ。
グレアムが部屋に入ってくるのを確認すると、イズミルはソファーから立ち上がった。
するとイズミルよりも前にミレーユがグレアムの方へと近付いて行く。
「お初にお目にかかります。ブリソン伯爵家のミレーユとも…「あぁ、励め」
ミレーユが猫撫で声でグレアムに挨拶をしようとするも、途中で遮られるような形となった。
それでも別にグレアムは無視したわけではない。
行儀見習いに来たミレーユに頑張りなさい、
と声をかけたのだから、以前のグレアムに比べたら成長したものである。
「っ……」
グレアムはミレーユの横を素通りしてイズミルの元へと向かった。
「イズミル」
「グレアム様、如何なさいました?まだご政務の途中では?ランスロットに叱られませんか?」
「この後も仕事を頑張るために息抜きに来たんだ。いや、力を貰いに来たと言う方がいいかな、イズミルの顔を見ると力が湧いてくる」
「まぁ、お上手ですこと」
グレアムの甘い言葉掛けにもだいぶ慣れたイズミルである。
「お上手ではない、本心だ」
「ふふ」
そう言いながらグレアムはイズミルをソファーに座るように促す。そして自身もその隣に座った。
ミレーユは何故かグレアムの向かいの席に着座した。
リズルと他の侍女が手早くお茶の用意をする。
「今朝はあまり食欲がなかったようだが大丈夫か?」
グレアムがイズミルの手を取った。
それに何故かミレーユが答える。
「はい、妃殿下は昼食は残さず召し上がられ、お元気にお過ごしですわ」
「……そうか」
そしてミレーユは勝手に菓子を勧め出した。
「さ、陛下、お菓子を召し上がって下さいませ。わたくしがサーブさせていただきますわ」
〈この女……グイグイ来るわね、イズミル様を差し置いて…!〉
普段温厚なリズルも、さすがにミレーユの事は快く思っていないようだ。
珍しく眉間に薄らとシワが寄っている。
しかしグレアムは菓子の載った皿を受け取ると、
それをそのままイズミルに食べさせようとした。
「イズミル、食べさせてやろう」
「え!?そんなとんでもない、自分で食べられます」
「たまにはいいだろ、ほら」
「む、無理です……!」
尚も食べさせようするグレアムに、イズミルは顔を真っ赤にして抵抗する。
そこでもミレーユは空気を読まずに言った。
「ではわたくしが頂きますわ」
「……いいだろう」
グレアムはそう言ってミレーユの前に菓子の載った皿をそのまま置いた。
「!」
ミレーユは顔を真っ赤にしながら菓子をフォークで刺して食べ始める。
グレアムはその後もイズミルの事だけを見てイズミルとだけ会話をし、最後にイズミルの頬にキスをして、執務室へと戻って行った。
グレアムに会う事さえ出来れば必ず側妃になれると思い込んでいたミレーユは、当てが外れた悔しさからか「今日はこれで下がらせて頂きますわっ」と、これまた勝手に帰って行った。
イズミルはなんだかどっと疲れを感じ、ソファーに座った。
ブリソン伯爵よ、一体娘にどういう教育を施したらああなるのだと問いたくなる。
肝心のグレアムがまったくミレーユに興味がないようだし、とてもじゃないが妃としての資質もない。
リサベルに相談して太王太后宮に引き取って貰おう。
そこまで考えると、更に疲れが押し寄せて来た。
なんだろう、疲れた所為かとても眠い。
イズミルはいつのまにかソファーでうたた寝をしていた。
こんな所で眠ってしまっては風邪を引くとターナに起こされ、眠るのであればベッドへ行くように促される。
ソファーでうたた寝をした所為か倦怠感が半端ない。
イズミルはゆっくりと立ち上がるも、急に唇が冷たくなるのを感じた。
そしてそのまま足の力が抜けてゆく。
「姫さまっ」
「妃殿下!」
ソフィアが間に合い、体を支えてくれる。
「大丈夫よ、これは貧血だわ……ターナ」
「はい」
イズミルはソファーに座り直しながらターナに告げた。
「主治医を呼んで」
◇◇◇◇◇
イズミルの部屋に主治医が呼ばれたという報せが入り、グレアムは慌てて執務室を飛び出した。
〈先程も何やら顔色が悪いと思っていたんだ……
イズミル……!〉
「イズミル!」
グレアムがイズミルの部屋に飛び込むと、そこには寝台の上で診察を受けたイズミルと王室の主治医の医療魔術師が談笑している姿があった。
「グレアム様」
イズミルがグレアムに向かって微笑んだ。
グレアムは脇目も振らずにイズミルの元へと駆け寄る。
「主治医を呼ぶほど具合が悪かったのか?大丈夫なのか?」
そう言ってぎゅっとイズミルの手を握る。
グレアムの額に薄らと汗をかいているのを見て、
イズミルはその汗をハンカチでそっと拭いてやった。
グレアムは医療魔術師に問いかける。
「彼女は大丈夫なのか!?何か悪い病などではないだろうなっ!?」
主治医の医療魔術師は穏やかな口調で国王を宥めた。
「陛下、落ち着いてください。妃殿下は病ではありません」
「病ではない?ではなぜ体調を崩したのだ!?」
「グレアム様」
イズミルがグレアムの手を握り返す。
医療魔術師は満面の笑みでグレアムにこう告げた。
「おめでとうございます陛下。妃殿下がご懐妊あそばされました」
「……………なに?」
一瞬、理解が追いつかないグレアムがイズミルの方を向き直すと、イズミルは微笑みながら頷いた。
「……本当か?」
「グレアム様、わたし達の赤ちゃんです」
その瞬間、グレアムがイズミルを抱きしめた。
「……っイズミル……!」
力強く、でも優しく抱きしめられる。
「グレアム様……」
「イズミル……!イズミルっ……!ありがとうっ、ありがとうっ……!」
抱きしめられているので顔は見えないが、もしかしてグレアムは泣いているのではないだろうか。イズミルは彼の背中を優しく撫でてやった。
イズミルの心に喜びが込み上がる。
嬉しい。
この喜びを二人で分かち合える事、それが何よりも嬉しかった。
幸せだ。
イズミルの懐妊の報せは瞬く間に国中に広まった。
本来なら安定期に入ってからの公表となるのだが、箝口令を敷く間もなく広がって行ってしまったのだ。
それほど国民の誰もが待ち望んだ慶事であった。
第一報を受けたリサベルは思わずソファーから
飛び上がり、その拍子にギックリ腰になってしまった。
だが痛みよりも喜びの方が勝ったらしく、運ばれた寝台の中で万歳をしたそうだ。
ハイラント王立大学に戻っていたグレガリオの元にも知らせが届き、イズミルの曽祖父のバニシアム大公の姿絵の前で献盃の盃を傾けたという。
国中の誰もが喜び、誰もが祝う中、いつのまにかミレーユの姿は王宮から消えていた。
イズミルの懐妊で側妃の望みが消えたと判断したらしく、さっさと領地に帰ったそうだ。
どこまでも自分本位な令嬢であった。
そしてイズミルの懐妊と共に、超が付くほどの過保護な夫が爆誕する……。




