リザベル様、ニヤる
「…………………え!?」
目が覚めて最初に目にしたのが
見知らぬ天井だった事に驚き、
イズミルは飛び起きた。
「ここは………どこ?」
知らない部屋の知らない寝台の上、
そして知らない夜着を着ている。
「???」
昨日、ソフィアからグレアムの妃になるかどうかの
返事を貰い、その後でグレガリオの部屋へと
行ったのは覚えている。
師匠に色々と聞いて貰って……
それでチョコレートボンボンを頂いて……
それから、えっと…えっと…
それから?
………まったく覚えていない………。
一体、あの後に何が起きてどうしてこんな
見知らぬ部屋で目覚めているのだろう。
イズミルは戸惑い、ベッドの上でオロオロした。
するとその時、部屋の扉が開かれる。
「……!」
入って来たのはリザベル付きの侍女だった。
「お目覚めでございましたか」
侍女が寝台の上のイズミルに気付き、
声をかける。
「ここはもしや太王太后宮……?」
イズミルが恐る恐る尋ねると
侍女は笑顔で答えた。
「はい、さようにございます」
「な、なぜ、わたくしがリザベル様の宮で?」
「それについては太王太后様からご説明がございますでしょう。朝食を共にしましょうとの太王太后様からのお誘いがございます。さぁ、お召し替えを」
見るとそこにはイズミルの自前の
ワンピースドレスがあった。
わざわざ後宮から持ってきてくれたようだ。
それなら昨夜、イズミルが戻らなかったとしても
ターナとリズルが心配している事もないだろう。
イズミルは身支度を整えて、
リザベルの待つ食事室へと向かった。
「おはよう、イズミル」
「おはようございます、リザベル様」
侍従に椅子を引かれ、イズミルは着座する。
「あの……リザベル様、昨夜はなんだかご迷惑を
お掛けしたようで、その…申し訳ございません」
「うふふ、なかなかの見ものだったわよ」
「え?み、見もの……あの…リザベル様、
昨日は何があったのでしょうか……?
何故わたくしはこちらで?」
「あら、貴女何も覚えていないの?」
「はい……まったく……師匠の部屋に居たこと
までは覚えているのですが……」
「まぁそうなの。イズミル、貴女はチョコボンボンで酔っ払ってしまったのよ」
「え」
「ふふふ……!
今思い出しても笑ってしまうわ、それはそれは
上機嫌で楽しそうで。グレアムが四苦八苦していた
のがもう面白くて」
思いがけない者の名が出て、イズミルは慌てた。
「ちょっ……お待ち下さい、陛下?
陛下がどうかされましたか?」
「貴女ホントに何も覚えていないのね、
貴女をここへ連れて来たのはグレアムよ。
こんな状態では帰せないからと言って、ぷっ……
あの狼狽えよう、見ものだったわ」
な、なんて事だ……。
どうやらグレアムに大迷惑を掛けたらしい。
しかも酔っ払って醜態を晒すなど、
淑女としてあるまじき行いだ……。
〈け、軽蔑されたらどうしましょう……
酒癖の悪い女もグレアム様はお嫌いだったわ……〉
意気消沈しているイズミルを他所に
リザベルは上機嫌だった。
〈昨夜のグレアム、
イズミルを大事そうに抱えて来て……。
以前のあの子なら絶対に酔っ払った女には
近づかなかったでしょうに。他の者に任せずに
自らここに連れて来るなんて、特別な存在だと
言わしめている様なものよねぇ〉
リザベルは一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、
それから運ばれて来た朝食を口にした。
朝食が済み、サンルームに移り食後のお茶を
飲んでいる時に、イズミルは昨日ソフィアから
聞かされた彼女の意思をリザベルに伝えた。
「……そう。やはり貴女には気付かれていたのね、
ソフィアをグレアムの妃にと側に上げた事を」
「はい……その上で勝手に行動した事、
誠に申し訳ございません」
イズミルの謝罪に対し、
リザベルは微笑みながら首を横に振った。
「いいえ。聡い貴女なら気付いて当然だわ。
謝らなければならないのは私の方よ。
貴女の気持ちを知っていながら、貴女という
存在を利用した。本当にごめんなさい。
それにソフィアへの根回しは、グレアムの事を思っての行動だったのでしょう?」
「はい……でもソフィア様は……」
「わかっているわ。
彼女は騎士でありたいと望んだのでしょう?」
「そうなのです。
自分には剣を置いて、誰かに守られて微笑みを
浮かべている人生は考えられない、剣と共に生き、
誰かを守れる存在でありたいと……」
「そう。彼女らしいわね」
リザベルはそう言ってお茶を口に含んだ。
イズミルはリザベルが気落ちするのではないかと
心配したが、そのような事はなさそうだ。
むしろいつもより機嫌が良いとも感じる……。
イズミルは昨日、ソフィアからその返事を
聞かされて、一瞬安堵してしまった自分が
許せなかった。
大恩あるグレアムの幸せを願うべき身であるのにも
関わらず、ソフィアが妃にならないと知り
喜んでしまったのだ。
そんな浅ましい自分が嫌になり、グレガリオに
愚痴っているうちにあんな事になってしまったのだが……。
イズミルはため息を吐いた。
「でも新たな妃選びがまた振り出しに戻って
しまわれましたね……」
「どうやらそうでもなさそうなの」
「え?」
リザベルからの思いがけない返事に
イズミルは目を丸くする。
「まぁもう少し時が必要かもしれないわね。
一度失ってから気付く事があるはずだから。
あの朴念仁にはそのくらいの荒療治が必要だわ」
「どういう意味でしょうか?」
要領を得ないイズミルが尋ねると
リザベルは意味深な笑みを浮かべて言った。
「今にわかるわ」
◇◇◇◇◇
イズミルは太王太后宮を辞して
側近室へと向かった。
侍従が丁度グレアムにお茶を持って行こうと
していたので代わって貰った。
昨日の事を早めに謝罪しておきたかったからだ。
執務室の扉をノックする。
ややあってランスロットが扉を開けた。
「おやイズー、おはようございます」
ランスロットの挨拶にイズミルもすかさず返す。
「おはようございます、ランスロット様」
その時、奥でガタッと大きな物音がした。
なんだろう?と思って音がした方を見やると
デスクの前に座っていただろうグレアムが
立ち上がってこちらを見ていた。
何やら慌てているようにも見える。
〈あぁ……これは、やってしまったようだ……〉
昨日の失態で、
グレアムに嫌われてしまったらしい。
でも、それも自ら招いた事だ。
何をやったかは覚えていないが
謝罪はしなくてはならない。
イズミルは意を決して告げた。
「あの……!昨日は多大なご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ございませんでした……!」
イズミルはグレアムとランスロットに
向けて頭を下げた。
「あぁ、別に構いませんよ、あれくらい。でも貴女があんなにお酒に弱いとは思いませんでした。
これからは気をつけた方がよいでしょうね」
ランスロットのその言葉に、
イズミルの顔色は一気に悪くなる。
「そ、そんなにお見苦しい真似をいたしましたか……?わ、わたし、じつは何も覚えていなくて……」
その言葉に応えたのはグレアムであった。
「覚えていない?」
「はい……」
「何も?」
「はい」
「まったく?」
「ええ、まったく……」
「…………」
それっきり黙り込むグレアムをランスロットが
訝しげに見つめる。
「陛下?」
イズミルは誠意を込めて告げた。
「昨日、どんな無礼を働いたのかはわかりませんが、どんな罰でも受ける覚悟は出来ております。
どうぞ如何ようにもご処断くださいませ……」
それを聞きランスロットは軽く笑った。
「そんな大袈裟な。気持ち良さそうに浮いていた
のを陛下が太王太后宮まで運んだだけですよ。
他の国ならいざ知らず、ウチの陛下はそのくらいでは罰しませんよ、ねぇ?陛下?」
ランスロットに話を振られ、
グレアムが慌てて返事をする。
「あ、あぁ……もちろんだ」
でもイズミルにとっては衝撃的な
発言だったようだ。
「う、浮いていた?……浮遊していたという事
ですわよね……?それを陛下に……?」
イズミルは両手で顔を覆った。
「もう……なんというか……
穴があったら入りたいです……」
恥ずかしそうに消え入る声で呟くイズミルを見て、
グレアムとランスロットは思わず
吹き出してしまった。
「「ぶっ」」
「ええどうぞ、遠慮なさらずお笑い下さいませ」
「「あははははっ!!」」
執務室に男二人の笑い声が響いた。
散々笑った後でグレアムが言う。
「昨日の事は別に怒ってもいないし、罰する気もない。ただ、今後絶対に人前で酒は呑まぬように、
わかったな?」
「わかりました……」
小さく項垂れるイズミルを見て、
グレアムは笑みを浮かべながらも小さくため息を吐いた。
今日イズミルに会ったらどんな顔を
すればいいのかと思い悩んでいたのがバカらしくなるほど拍子抜けすると共に、
昨日のあのキスをイズミルが覚えていない事を残念に感じている自分に呆れていた。
これはもう……かなり重症だ……。




