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4月1日書籍発売 忘れられた妃ですので 〜初恋の旦那様に贈るしあわせな再婚〜  作者: キムラましゅろう


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王命です!

「リズル、トランクは全部で十個よ、荷物は七つ、忘れ物が無いように気を付けてね」


イズミルの長年の侍女、ターナが新人侍女のリズルに声かけをした。


「はい、お任せ下さい、もう荷馬車に全部積んで貰ってます」


「さすがね、ありがとう。あなたが居てくれて本当に助かるわ。それに一緒に着いてきてくれてありがとう」


「何を仰いますか!わたしは生涯イズミル殿下にお仕えすると心に誓ったのです!どこまでも着いて行きます!!」


「ふふ、頼もしいわね。これからもよろしくね、リズル」


「はい!ターナさん!!」


自身の専属侍女二人がそんなやりとりをしている頃、イズミルは後宮内を歩き、様々なものに別れを告げていた。


今日はいよいよ後宮を去る日である。



後宮入りした当初の面影は見る影もなく変わり果てた後宮。


華やかだった宮は今や廃れ、所々傷みが目立ち、廃墟のようである。


イズミル達が居住空間として使っていた数部屋は昔のまま綺麗に維持されているが、イズミルが去った後は他の部屋と同じように荒んでゆくのだろう。


後宮解散前から数えると計十年、ここで暮らした事になる。


愛着がわかないはずはないし、ここを離れる寂しさは一入(ひとしお)だ。


ありがとう。


さようなら。


イズミルは一つ一つに別れを告げてゆく。


いつかここでの日々を遠い記憶として懐かしむ時がくるのだろう。


その時、グレアムの事も淡い初恋の思い出として懐かしく感じる事が出来るのだろうか。


今はこんなにも痛む胸も、いつか笑って振り返れる日が来るのだろうか。


恩返しのために過ごしたこの一年を決して悔いたりはしない。


でもこの一年で更にグレアムへの想いを募らせてしまい、自分自身を追い詰める事になってしまった。


それでもどうしようもないのだから仕方ない。


イズミルはグレアムの前で歌った、あの精霊の歌を口遊(くちずさ)みながらゆったりとした足取りで後宮内を歩き回った。



「姫さま、そろそろ出立のお時間でございます」


ターナが刻限が来た事を告げると、イズミルは小さく頷いた。


リザベルが見送りに来てくれるはずだったのだが、急用が出来て来れなくなったらしい。


でもこれからイズミル達が滞在するホテルの方にしょっ中顔を出すと言ってくれているのでこれでお別れという事ではない。


むしろ自分の為に無理をして予定を変更される方が申し訳ないから嫌だ。


イズミルはターナとリズルを伴って後宮の出入り口の扉の前へと向かった。


この扉の外へ出れば、完全に全てが終わる。


リズルが先ん出て、ゆっくりと扉を開けた。


イズミルが歩き出す。


そして後宮から出る最初の一歩を踏み出そうとしたその時、


「妃殿下!!お待ち下さいませ!」


と突然大きな声で叫ぶように告げられた。



見ると太王太后宮の古参侍女が慌てて走り寄って来る。


「どうしたのかしら?」


「何か問題でも起きたのでしょうか?」


ターナとリズルが不安気な顔でこちらに向かってくる太王太后宮の侍女を見ていた。


侍女は再び大きな声でイズミルに告げる。


「王命ですっ妃殿下!!出立は見合わせるようにと!後宮から出てはならないとの仰せにございます!!」


「…………え?」




◇◇◇◇◇



イズミルにそんな突然の王命が下る数時間前、

グレアムは漸くリザベルと対面する事が出来た。


リザベルが帰城したのは昨日だが、疲れて話し合いなど無理だとか年寄りに無体を強いるのかとかウダウダと文句が出て、結局その日は諦めざるを得なかった。


そして今日、朝一番で太王太后宮まで出向き、リザベルを捕捉した。



開口一番、リザベルはグレアムにこう告げた。


「わざわざ魔力を使ってまで探さずとも元々昨日、帰るつもりだったのに…ご苦労な事だわねぇ」


「さようですか……」


グレアムは少し半目になりながら答えた。


「それで?大陸中を探し回らせるほど(わたくし)に聞きたい事とは何かしら?今日は忙しいのよ、これから貴方の最後の妃の見送りに出向かないといけないのだから。もちろん最後くらい、貴方も足を運ぶわよねぇ?あ、そうそう、離縁状にサインを忘れないでね?」


リザベルは穏やかな声色だがかなりの早口で捲し立てた。

そしてじっとグレアムを見つめている。

まるで何かを探るような。

何かに縋るような。


グレアムはリザベルに告げた。


「最後の妃……それはイズーの事ですね?」


その言葉を聞き、リザベルは瞠目する。


「………漸く気付いたのね」


「……はい」


「それで?今さら何?まさかあの子が身分を隠して貴方に近付いた事を咎めるのではないでしょうね?」


「咎めなど致しません。だがどうしてもわからない。なぜ彼女はそんな事までして俺の側で補佐官として働いたのです?」


「本当にわからないの?」


「わかりません。恨まれはしても、王家のために尽力してくれるなど、理由がわからない」


「……無頓着というか、まぁ恩着せがましく思ってる男よりはマシなのかしら」


「?」


「あの子はね、ジルトニア事変から後宮でのあの惨事を経て今に至るまで、貴方に恩義を返す為に全てを懸けて生きてきたのよ。祖国を救い、守り続けてくれている貴方の役に立ちたいと、学び、魔力を高め、術を研鑽し、退城のための準備期間として後宮から出る事を許された最後の一年を貴方に恩返しするためだけに全て費やし、側で仕えたの。これからの自分の人生の事を後回しにしてまでも」


一気に言い募ったリザベルの言葉をグレアムは驚きの表情を浮かべながらも黙って聞いていた。


「貴方にとっては責務の一つに過ぎない事だったのでしょうけど、イズミルにとっては家族の無念を晴らし、ジルトニア国民と国土を救ってくれた貴方に言葉では尽くせないほどの感謝をしているのよ。そしてそれは一方的に受け取るだけではなく、どんな形であれ返さねばならない、そう考える子なの、あの子は」


グレアムの脳裏に、あの時の記憶の一部が蘇る。


まだ幼かったイズミルが、生涯を懸けてグレアムとハイラントに恩返しがしたいと懸命に言っていた記憶が。


グレアムは俯いた。


彼女はその為に後宮に留まったのか。


「八年間、誰にも構われず、忘れられた妃などと揶揄されても、それでも懸命に恩返しという目的のためだけに生きて来たの、あの子は」


一年前に再会した時、そばで働かせて欲しいと必死だったイズミルの姿を思い出す。


自身の髪を切り落としてまでも側に置いて役立てて欲しいと懇願したイズミル。


グレアムはたまらず目を閉じ、拳を握りしめた。


その様子を見てリザベルは尚も言い募った。


「そんなあの子に貴方は何をしてきた?何もしない、不干渉、無関心、ある意味何よりも残酷な仕打ちをイズミルにして来たという事実はちゃんとわかっているのかしら?」


「……はい」


「それでこの上、貴方はあの子に何を望むの?あの子をどうしたいというの?」


グレアムはリザベルが自分に自覚を迫っているのだとわかった。

そして最終的な確認をしているのだと。


イズーが自ら遠ざけた妃だったと知った上でやはり過去に縛られ無理だと手放すのか、それとも……。


ここで答えを見誤れば、喩え王家の存亡の危機だとしても、きっとリザベルはイズミルには会わせてくれないだろう。


どの答えれば正解なのか、どのような態度が正解なのかグレアムにはわからない。


しかし、自分の気持ちは、想いはもうとっくに決まっている。


イズミルと共に生きてゆけるなら、あれだけ辛かった過去のなど瑣末な事だと思えてしまうほどに。


グレアムは目を開けリザベルの顔を一心に見つめた。


「……最初は変な娘だと思ったんです。それから面白い娘だと。そして彼女の為人を知るうちにどんどん惹かれていって……自分でも、もうどうしようもないくらいに彼女の事が好きなんです。妃に迎えるならもう彼女しか考えられない。いや、元々俺の妃か…とにかく許されるのであれば彼女を諦めたくない。手放しなくはないのです。どうか彼女に、イズミルに会う許可を下さい」


「なぜ私に許しを請うのです?」


「誰よりも彼女を守り慈しんできたのはおばあさま、貴女です。これからは貴方の代わりに生涯を懸けて、全身全霊を込めて彼女を守り、慈しむ立場を俺に譲って頂きたいのです。どうか、どうかお許しください、お認め下さい」


グレアムは膝に手をついてリザベルに頭を下げた。


リザベルは厳しい眼差しでグレアムを見つめている。


そしてグレアムの手が小刻みに震えているのを見て肩の力が抜けたように大きくため息を吐いた。


「もうっ、本当に遅いわよっ!何年待たせたと思っているのっ?今まで放置した分、イズミルを大切にしないと許しませんからね!だけど貴方の正念場はこれからよ?私が許してもイズミルが許してくれるかはわからなくてよ?誠心誠意、土下座でもなんでもして許しを乞い、愛を叫んでらっしゃい!もし貴方が日和ったり格好つけたりしてイズミルに去られたら、貴女の嫌いなタイプの女性を問答無用で王室に迎えますからね!わかった!?」


「……わかりました、ありがとうございます……!」


グレアムが再び頭を下げるのを見て、リザベルは今度は悪戯っぽい笑みを浮かべながらある事実を告げた。



「でも間に合うかしらね~?本当はイズミルには定刻になったら予定通り退城するように告げてあるの。そしてそろそろその刻限よ?今から走って、間に合うかどうかよね~」


「ちょっ……!?」


その言葉を聞いた途端、グレアムが勢いよく立ち上がった。


そして部屋を飛び出す。

部屋の外で待機していたランスロットとマルセルが驚きながら慌ててグレアムを追いかけた。


「え!?陛下っ!?」


「い、如何なされました!?陛下!?」


二人が大声を出しながら後に続くもグレアムは構わず走り続け、太王太后宮を後にした。


その様子を笑いながら見ていたリザベルが自身の侍女に告げる。


「隠し通路を使って先回りして、後宮のイズミルに伝えて。退城するのを待つようにと王命が下ったと……まったく、世話が焼けるわねぇ」



それを知らないグレアムは礼儀も何も、国王としての体面もかなぐり捨てて城内を猛スピードで駆け抜けた。



〈待ってくれイズミル……!俺は……キミにキミに伝えたい事がいっぱいあるんだっ……!〉



ホントはそんなに必死にならなくてもイズミルは待ってくれてる事を知らないグレアム。


まぁ……頑張れ。







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