扉の向こうに
「あり得んだろうっ!!」
執務室のデスクを叩きながらグレアムが叫んだ。
「何故このタイミングで……」
ランスロットが眼鏡のブリッジを上げながら言った。
二人のその様子を見ながらゲイルが報告を続けた。
「一応太王太后宮にも行って確かめましたが人っ子一人、宮には居ませんでした。太王太后宮の侍女や侍従、下僕やメイドにいたるまで全て休暇を取ったというのは間違いないようです。なんでも臨時ボーナスまで出たとか……」
「おばあさまぁぁぁ……!」
後宮に残る第三妃の事を調べるに辺り、リザベルが不在であったとしても太王太后宮の侍女であるならば第三妃の姿を見た事があるだろうと考え呼び出そうとしたのだが、今太王太后宮は無人であるという。
「お手上げですね。もうアンスルに送った者がリザベル様をお連れするまで待つしかないでしょう……しかしなぜ突然、第三妃殿下の事をお調べに?」
ランスロットに尋ねられ、グレアムは椅子を回転させて窓の方へと背を向けた。
「いや、少し気になってな」
知っている魔力に類似しているからといって確信はない。
安易に話して周りを困惑させるのも憚られる。
もう一度魔力を流して感知したいところだが、今日はもうこれ以上魔力を消耗するのはやめておいた方がいいだろう。
今、国土に何か起きたとしても対処出来ない。
てっとり早く医療魔術師に回復を頼むかとも思ったが、グレアムの保有魔力量を回復するとなれば今度はその医療魔術師が倒れてしまう可能性もあるので却下だ。
夕食をしっかり食べて魔力の回復を待とうと一人思うグレアムであった。
その夜いつもよりも沢山の量の夕食を食べ、早めに就寝したグレアムだったが、真夜中に目が覚めてしまった。
昔の夢を見た所為だ。
後宮でのあの惨事の後、奇跡的に助かった第三妃イズミルの見舞いに行った時の夢だ。
青白い顔で力なく横たわる幼い少女を見て胸が痛んだ。
この子はこんな所に居てはいけない。
そして後宮のもの全てに抗えきれぬ嫌悪感を抱いてしまう自分の側に居ても幸せにはなれない。
そう思い、離縁して次の再稼先を探すと告げたのに、成人するまではどうしても後宮に留まりたいと言ったという。
太王太后からの懇願もあり、本人がどうしてもというならばと許可したが、今思えば何故あんなにも後宮に居たがったのか。
以後こちらからは不干渉となるがそれでもいいのかと告げてもそれでもいいと言ったらしいが……。
〈あの時の俺は自分の事しか考えていなかったが、もしかして何か理由があったのかもしれない……〉
それを慮ってやれなかった事が悔やまれた。
自然とグレアムの足があの後宮へと向かう。
この廊下を通るのは実に八年ぶりだ。
思い出したくもなかった。
もう二度来るつもりはなかったのだが……。
やがて後宮への入り口である、あの扉の前へ辿り着く。
忌まわしい記憶を呼び覚ます引き金になるこの扉。
今でもこの扉を開けて目にした光景と匂いが鮮明に蘇る。
思わず吐き気が込み上げたが、どうしても確かめたい事があった。
グレアムは扉に手を付き、扉の向こうのそれを探る。
「…………」
やはりあの魔力だ。
規範の書の解呪の時に肌に感じたあの魔力。
そばにいる時、いつも感じていたあの魔力。
それがこの中から感じる。
やはり……彼女なのか?
彼女はここにいるのか?
何故キミが……という事はないのか。
彼女がそうであるのなら、これまでの事も突然消えた理由も全て辻褄が合う。
ならば何故、何故キミは俺に会いに来た?
キミは、何故……。
長年放置した俺に恨み言を言いに来たわけでもなく、忘れかけていた俺を責めるわけでもなく。
ただ懸命に、ハイラント王室のためにと力を尽くしてくれた。
グレアムは扉に額を付けた。
そして目を閉じる。
閉じた瞼の内側に柔らかく微笑むイズミルの笑顔が浮かぶ。
眦を上げて勇ましく怒る姿が浮かぶ。
彼女はいつもどんな時でも一生懸命だった。
まるで何かに駆り立てられているかのように、何かに追い立てられているかのように。
「イズー……いや、イズミル……」
グレアムはいつまでもその扉の前で立ち尽くしていた。
◇◇◇
次の朝、朝食を終え、身支度を整えたグレアムはいつも通り侍従を従え執務室へと向かった。
丁度、執務室の前で登城して来たランスロットと行き交う。
「おはよう…ございます、陛下……随分と酷い顔をされてますよ、昨夜は眠れなかったのですか?」
「酷いのは顔じゃなくて顔色だろう……。あぁ…いや、昨夜は悔恨の念に耐えられず、夜通し過去の自分にダメ出しと懺悔を繰り返していた……」
グレアムがぐったりと力なく言う。
「それはまた……よくわかりませんが、お疲れ様でした?」
「お前な……まぁいい。俺はもはや誰の事も責める資格のない愚王に成り下がったのだからな……」
「はぁ……?」
グレアムが何を言っているのか全く理解出来ないランスロットが、訝しげな顔をする。
グレアムは昨夜、自室に戻ってから様々な事にようやく気が付いた。
イズー…、イズミルの事を放置し、白い結婚を余儀なくし、没交渉で離縁までカウントダウンの夫とは自分の事だったと……。
グレアムはこれまで自分の影に嫉妬し、苛立ち、猜疑心を募らせていたのだ。
とんだ茶番である。
「はぁぁぁぁ………っ」
その後もグレアムはいきなり大きなため息を吐いたり、
「わぁぁぁっ……」
と、いきなり自身の頭を抱えたり、
「それは全部俺の事かっ!」
と、叫んだり、
「今さらどんな顔をして会えばいい……?」
と、いきなり泣き言を言ったりなど奇行を繰り返した。
ランスロットとマルセルはそれを少し離れた所から見ており、イズーを心配するあまり、とうとう気がおかしくなったかと心配していた同時刻、探索に差し向けられた家臣に伴われ、リザベルが帰城した。




