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第三章 ジルトニア滅亡

今回からイズミルの過去に触れます。

イズミルが何故、グレアムに恩義を感じるのかがわかります。


お楽しみいただければ幸いです。

        

その一報が入ったのは今から10年前、当時まだ王太子であったグレアムに嫁いで2年後、イズミルが10歳の時だった。


「姫さま…!王太子殿下より火急の報せでございます!母国ジルトニアで、ジルトニアで大規模な内乱が起きたとの事でございます…!」


まだ10歳と幼いイズミルであったが

内乱という言葉と、後宮女官長からではなく王太子から直接の報せだという事と、狼狽えるターナの様子でこれが只ならぬ事態なのだという事を瞬時に理解した。


「……お父様やお母様、そしてお兄様はどうなされたの!?ご無事なの!?」


「それがっ……姫さま…!姫さまっ…!」


腹の前で堅く握り締められたターナの手があり得ない程震えているのを見て、イズミルは悟らざるを得なかった。


自分の大切な家族の身に何かが起こったのだという事を。




次に気が付くと、そこは自室の寝台の上であった。


どうやらあの後、気を失ってしまったらしい。


寝台の天蓋をぼんやりと見つめていると、

イズミルの小さな手を包み込む温かな手に気が付いた。


「リザベルさま……」


当時は王太后であったリザベルが寝台の横に座り、イズミルを見守るように寄り添ってくれていたのだ。


「イズミル……かわいそうに……」


リザベルの(まなじり)から溢れ出た涙を見て、やはり夢ではなかったのだと現実に引き戻された。


直接的な言葉はなくとも、皆の態度で最悪の事態が起きたのだと嫌でも悟らされる。


内乱が起きたなどと……全て悪い夢であったら良かったのに。


大切な家族は今もなお、祖国ジルトニアの空の下で笑っていてくれたら良かったのに。


まだ幼いイズミルには現実を受け止めきれず、

涙を流す事も出来ず、ただぼんやりと見慣れた天蓋を見つめる事しか出来なかった。






「………」



久しぶりに昔の夢を見た。


夢で見たあの頃のようにぼんやりと寝台の天蓋を見つめた。


なぜ今日、

あの時の夢を見たのかはわかっている。



10年前の今日、祖国も大切な家族も何もかも全て失った日だからだ。


イズミルはゆっくりと体を起こした。


まだ部屋の中は暗い。


夜明け前のようだ。


イズミルの意識は再び、

あの時の記憶に引き戻される。



ジルトニアで起きた内乱は滅亡への始ま

りにすぎなかった。



ジルトニア滅亡の全容はこうだ。




祖国ジルトニアで起きた内乱の黒幕は宰相であった。


大公家を欺きながら徐々に力を蓄えていったその宰相が陰で第一騎士団を操り内乱へと導いたのだ。


そして内乱の最中の混乱による不幸な事故を装い、大公、大公妃、公子を殺害する。


それを宰相は第一騎士団が大公家の命を奪った事として、大々的に公表したのだ。


大公家を敬愛していた国民が怒りのあまりに暴動を起こす。


そしてそれを鎮圧しようとする騎士団と衝突、多数の死者を出すという最悪の事態が起きてしまった。


それを巧みに利用し、宰相は秩序を取り戻すという偽善の正義の名の下に決起。


その責を第一騎士団の責任者に全て負わせ、暴動と内乱の鎮圧に成功する。


そして宰相は邪魔者がいなくなった国のトップに就き、国家元首として名乗りをあげた。


と、形だけはこれが、大公家を死に追いやり、多数の犠牲を出しておきながら失敗に終わった内乱のお粗末な顛末である。


全ては宰相の掌の上、


その宰相がこのまま国民を欺きながら血塗られた玉座で己の御世を築いてゆくのだと思われた。



が、しかし、彼は知らなかった。



己の父の代で成り上がり、父の基盤を継いで更に宰相まで上り詰めた、いわば新興貴族である彼は知らなかったのだ。


なぜ気が遠くなる程の永い年月をエンシェントブラッドを持つ大公家が治め続けてきたのかを。



その理由はジルトニアの地形にあった。


ジルトニアは大陸有数の山脈に囲まれた広大な盆地にすっぽりと収まった国である。


国の周りを囲む瘴気山

[瘴気を噴出する山。ジルトニアのみならず大陸中に点在する]からは多量の瘴気が盆地に流れ込む。


それを大公家が持つ風を操る魔力で瘴気を浄化、

盆地の外へ吹き飛ばしていたのだ。


その魔力による浄化儀式は大公家だけの秘匿とされ、

側近中の側近しかその事を知る者はいなかった。


そしてその側近達も先の内乱で命を落としている。


宰相は大公家をエンシェントブラッドを受け継ぐ象徴だけの存在だと誤った認識をしていたのだ。


いや、正直なところジルトニア大公国民の誰一人として、その事実を知る者はいなかった。


建国以来、大公家により瘴気の脅威を一度も経験した事もなく守られ続けた国民たち。


その穏やかに暮らす国民たちにわざわざ恐怖を植え付ける必要はないと、代々の大公たちが公表して来なかったためだ。


その大公家が死に絶え、

もちろん浄化される事がなくなった地に瘴気は

蔓延し始める。


気付いた時には国全体が瘴気に覆われてしまっていた。


その時になって初めて、

調べ漁った古い文献から大公家の浄化の力の存在を宰相は知ったのである。


しかし時は既に遅し。


蔓延する瘴気のせいで太陽は遮られ、

わずかな光しか届かなくなってしまう。


それにより農作物は育たず、更には水が汚染され、瘴気を吸い込む事により国民の健康にも影響を及ぼしていた。


そして何よりも深刻なのが

瘴気に惹かれた魔物たちがジルトニア国土に集まり始めたのだ。


それらの事により国民から責を問われ、

急に支持率が下がり失脚の危機に陥った宰相がある事を思い出す。



大公家の生き残りが一人、


今もハイラントにて生存しているではないかと。









まだ幼少の時に婚姻が結ばれるのは王族間では珍しい事ではありませんでした。

でも今思えば、自国内に流れる不穏な空気をイズミルの父であるジルトニア大公は気付いていたのかもしれません。

そして幼いイズミルを大国ハイラントに嫁がせる事によって、その身を守ったのかもしれませんね。

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