第一妃マチルド
マチルドが王太子グレアムの第一妃として後宮入りしたのは17歳の時だ。
エンシェントブラッドを持つ血筋の者しか妃になれないという、王室規範に基づいての縁組であったのだが、第二妃になる隣国の貴族令嬢アマリアと同時に後宮入りという異例の形となった。
グレアムの父である当時の国王のほんの思いつき、ほんの気まぐれでそう決まったらしい。
その異例の事態に王太后リザベルが烈火の如く抗議をしたらしいが、国王の考えは変わらなかったという。
国王には側妃や妾が沢山いたが、後継となる男子はグレアムただ一人であった。
王位継承権を持つ次代の後継を増やさねばならないという名目であったという。
マチルドはハイラントの上位貴族の娘で、エンシェントブラッドを受け継ぐ身ではあったが魔力はほとんど無い。
それでも血筋でさえあればいいとの事なので、マチルド自身もその事に関してはあまり負い目に感じてはいなかった。
第二妃のアマリアも似たようなものであったから。
17歳になったばかりの夫グレアムがあまりにも
美形で、平凡な顔立ちの自分が隣に並び立つのが気が引けたが、グレアムは殊のほか優しく、この婚姻自体にマチルドの不満は一つもなかった。
しかし、後宮という女のヒエラルキーの坩堝にマチルドの気が休まる場所などなかった。
マチルドとアマリアは王太子妃ではあったが、まだどちらが“正妃”となるか定められておらず、とても不安定な立場だった。
これも国王の気まぐれな思いつきで、先に王子を産んだ方を正妃とするとした為である。
そんな二人の王太子妃を、後宮の側妃たちは暇つぶしの余興のように面白がった。
どちらが先に王子を産むか、
どちらの方が王太子の寵愛を得るか、
賭け事までする始末。
マチルドとアマリアそれぞれを唆し、グレアムの気を引かせるように入れ知恵をしたり、挙げ句の果てには媚薬や催淫剤まで渡たりしていた。
それに気付いたリザベルがグレアムに報告。
グレアムは父王の側妃たちに王太子妃二人の住まうエリアへの立ち入りを禁じた。
しかしそれを不服とした側妃たちが、今度は陰で陰湿な嫌がらせをするようになる。
直接介する事はなくとも侍女などを使っていくらでも嫌がらせは出来るのだ。
マチルドは怯え、萎縮し、後宮の片隅で息を殺して生活するようになった。
一方アマリアは泣き寝入りするタイプではないらしく、逐一グレアムに報告して側妃達を罰して貰っていた。
それでも現国王の側妃という立場が彼女たちを増長させる。
悔しい。
いつかアイツら見返してやりたい。
アイツらよりも優位な立場になって、報復してやりたい。
殿下の子を産めば……世継ぎを産めば……正妃にさえなれれば……。
マチルドは段々とその考えに支配されるようになっていった。
なりふり構わず、妊娠しやすくなる薬を飲み、渡りの時には催淫効果のある香を焚く。
艶かしい下着や夜着を身につけ、妖艶な化粧を施した。
それが全てグレアムの嫌悪するものと気付かず、ただグレアムの寵愛が欲しいが為にマチルドは自らを変えていったのだ。
それによりグレアムの後宮への渡りの回数が減ったのは、ただ政務に忙殺されるが為だけでは
なかっただろう。
そんな時だ。
友好国であるジルトニア公国から公女が第三妃として後宮入りする事が決まったと報されたのは。
輿入れする公女はまだわずか九歳。
正妃の座を脅かされる恐れはないと安堵したのは束の間であった。
第二妃のアマリアは言う。
出自的にこの後宮でも一位二位を争うような姫が側妃に収まるわけがない。
公女は高魔力保持者とも聞き及ぶ事を鑑みても、王太子の正妃はジルトニア公女で決まりだろうと。
それを聞き、マチルドの目の前は真っ暗になった。
では、それでは自分は、一生虐げられる立場のままなのか……?
そしてその絶望感は後宮入りしたジルトニア公女を見てさらに深まった。
まだ9歳であるにも関わらず、公女の類まれなる美しさに思わず目が眩んだ。
出迎えたグレアムと並んだ瞬間この公女が成長を遂げ、グレアムと二人並び立つ姿が容易に想像出来たのだ。
なんと似合いの二人なのか……。
マチルドは確信した。
将来、この公女がグレアムの寵愛を一身に受ける正妃となる事を。
その時、自分はどうなるのか。
今より更に侮られ、バカにされ、虐げられるのか。
そんなのは嫌だ。
そんな人生は耐えられない。
なら一体どうしたらいい?
どうすれば力を得られる?
……それは、グレアムよりも上位の者の寵愛を得れば良い。
そう、グレアムの父であり、現国王の寵愛を。
何がマチルドを変えてしまったのか。
後宮の歪んだ空気か。
それとも女達の醜い心か。
朱に交われば赤くなる。
控えめで大人しい性格だったマチルドは、いつの間にか後宮の色そのものに染まってしまっていた。




