22.
「あ、それならこのお店の投げナイフが手にしっくりきたわ!」
身体に合うもの、と言ってまず頭に浮かんだのは投げナイフである。あの日、この店に並んでいた武器の全てを触ってみて一番しっくりと来たのだ。
これは先に告げておいた方がいいだろうと、そのことを伝えるとカディスはポリポリと頬を掻く。そして「投げナイフってこれか?」と実物を一本こちらへと手渡してくれる。
「それよ、それ。本当はその日に買って帰ろうと思ったんだけど……」
「ああ、俺がいたからか……」
グレンは私の言葉に傷ついたように目を下げる。けれどグレンが悪いことなんて一つもないのだ。
「気にしないで。単純に待っているだけの時間がなかったのよ。本当はあの日に帰ろうと思ってたし……」
そう、ただ私には時間がなかっただけ。
今ではこんなにも余裕がある訳だが、それは事情が変わったからだ。そしてあの日、私に事情があったのと同じように、グレンもグレンの予定や事情があったはずなのだ。
悪いとすればそれはグレンでも私でもなく、タイミングである。
だからってタイミングに怒っても仕方ないし。うん、やっぱり仕方のないことだったのだ。気にするようなことではない。
「それに今こうして来れているんだからいいでしょ」
気にするなという言葉に納得していない様子のグレンにそう言葉をかけ、それと同時にその話はここで終わりだという意味を込めて背中をたたく。
いつまでもへこんでいられてはこちらも気分がいいものではないのだ。
――そんな過ぎたことよりも私の前には大きな問題が立ちふさがる。
「投げナイフなら一本作っちまえばそれをベースに複製作るだけだから簡単だが……あんた、毒とか麻痺薬とかを用意出来るのか? それとも毒薬錬成の技術でも持っているのか?」
「毒? 麻痺薬? 何それ?」
「やっぱりか……。投げナイフは重さがなく、致命傷を与えることが出来ないからそれを補助するものが必要なんだ」
「ということは普通のナイフとしても使えるけど、投げても使えるんじゃないの? 毒なんて塗ったら果物剥けない?」
それって大問題じゃない!?
特に果物が剥けないという点が!
絶対忘れて剥く。間違いない。
だって目の前によく熟れた美味しそうな果物とかあったら食べたくなるでしょ? 我慢できないじゃない!
ならば私は投げナイフという選択肢を捨てる。今まで通り、短剣でも構わない。いや、むしろナイフや短剣などの小型な武器以外のものに視野を向けるべきなのだろうか。
だって短剣は短剣で家に帰れば今使っているものがあるわけで、そちらを皮むき用としてこれからも使用していけばいい。それなら間違えることはないだろう。
なら、と意見しようと口を開くとカディスは「でもなぁ」と呟く。
「あんたの場合、重くしても投げれそうではあるよな……。よし、試しにあっちの的に向かってこのナイフを投げてみろ」
「え、ええ」
そこまで投げナイフにこだわりがあった訳ではないのだが、どうやらカディスは投げナイフというところをそのままにどうにか考えてくれているらしい。
差し出された投げナイフを受け取って、カディスの指指す方向へと視線を向ける。そこにはこういう時のために用意されているのだろう、丸い的が用意されていた。
私はその前まで足を進め、少し距離をとった状態で的と向き合う。
要領としては村で遊んでいた的当てと同じ要領だろう。あのときの的は大きな木に描いた円で投げつけるのは石ころだった。
だからいくら似ているとはいえ、武器を投げるのは正真正銘、初めてのことである。強張った肩を上げては下げて、とリラックスをしてから息を吐き出すようにナイフを放る。
シュッっと風を切る音に続いて、クサッっと軽い音を立てながらナイフは的に突き刺さる。想像以上に軽かったせいか、少し狙いからぶれてしまったが、的に突き刺さっていることには違いない。
初めてにしては上出来なのでは? と思わず自画自賛してしまう出来である。けれどそれを見ても三人とも口を閉じたままだ。
こんなの当たり前ってことなのかしら?
決して褒めて欲しかった訳ではないのだが、さすがにノーコメントは堪えるものだ。特にカディスなんて顎に手を当てて考え事をしたかと思えば、すぐに店の短剣を二本持ってきて「これも」と言うだけだ。
確認するのは大事なことだし、なるべく私の要望に応えようとしてくれているのだろう。そう思うとむうっと膨らみそうになった頬を萎ませる他ない。
カディスから新たに短剣を受け取り、同じ要領でスッと投げる。
初めの短剣はナイフよりも狙いに近く投げることができたが、結構手のスナップを利かせる必要があった。
それとは正反対のものが二本目の短剣だ。
こちらは手首の動きをあまり意識しなくても投げることができた。だが先端部分が軽かったのか、三回の中で一番狙いから大きく外れるという結果となった。
これって鍛錬あるのみ! ってやつなのかしら?
そう思ってカディスの方を見てみれば彼は「なるほど、わかった」と頷いている。どうやら今ので私の癖や傾向が分かったらしい。さすが職人というべきなのだろう。
その一方でやはりグレンは口を閉じて見ているだけ……かと思えばそうではなかった。今度は口をぽかんと開いているのだ。
お腹空いたのかしら?
あんまりご飯食べていなかったみたいだし……。
「グレン、大丈夫?」
そう声をかければ、彼は遅れたように「あ、ああ」と反応を返す。やっぱりお腹減っているんじゃないかしら。
グレンの心配をしている隣で、カディスはぶつぶつと独り言を呟いている。
かと思えば「完成したらクラネットに持って行かせる」とそれだけそれだけ告げて、さっさと奥へと戻って行ってしまった。
ストックが切れたので不定期更新になります~




