19.
やっぱりクラネットとはあまり深く関わらない方がいいわよね~。
そう一人で納得していると奥からは2人分の足音がこちらへと向かってくる。一つはとても早い勢いで。もちろんその足音の主はクラネットだ。
「でも僕や親方は取るかもしれませんけどね~。僕はお姉さん気に入りましたし、きっと親方も気に入りますから!」
どうやらグレンに意地悪を言いにわざわざ早足で戻ってきたらしい。
「やらないからな!」
顔をしかめるグレンとは対象的にクラネットはなんだか楽しそうだ。
心なしか、口元が緩んでいるように見える。いや、この顔は確実にニヤケているわね。そう確信に変わったのは、彼がふふ~んとわざとらしく声をあげて腕にぴったりとくっついて来たからだ。
そんなにグレンいじりって楽しいのかしらね?
「お姉さん。お姉さん、グレンさんなんて放ってうちに来ません? 判定待ちとはいえ、ギルドに缶詰である必要はないんですよ?」
これは懐かれたというよりもだしに使われているだけだと私でも分かる。けれど、不思議と悪い気はしないのよね……。むしろチラチラと目配せしてくる彼はまるで私を遊びに誘ってくれているようだ。
仲間に入れてくれるのかしら?
ならお言葉に甘えて……。
「ええ、そうなの!?」
自分でもあからさまに乗っかってきたな、こいつ……と分かってしまうような声だったが、生憎? いや幸運にも? グレンには見破られなかったようだ。
その証拠にグレンは顔を真っ赤に染めながら「クラネット!」と声を荒くする。
そんなに人手不足なのかしら?
それって王都の冒険者ギルドとしては結構問題あるんじゃない?
そんなことをのんきに考えていると、クラネットはどんどん追い打ちをかけていく。
「グレンさんは黙っていてくださいね。僕はお姉さんに聞いているんですから」
「それはそうだが……」
「選択肢を伝えないのはルール違反ですよ?」
「ぐっ……」
痛いところをつかれたのか、それともクラネットには弱いのか。グレンはそれ以上の反撃を返す様子はない。
グレンとしてはなるべく私に働いてほしいというのは、私もよく分かっている。あの夜、私にわざわざ声をかけてきた理由ってそれだし。
だからなるべくは手の届くところに置いておいて、水晶が届くまでに丸め込みたい……と。
こういうとなんだか悪いことをされてしまうみたいだ。けれどここで言い返せない辺り、やはり悪い人ではないんだろうなぁと思ってしまう。
だからといって、ギルドに所属して魔物の討伐を手伝うかどうかは別問題だけどね!
だって魔物とか怖いし、噂だと命を落とす冒険者も多いと聞く。獣と同等レベルだと思って挑んでしまえば、怪我をするのは私なのだ。
どちらの加勢をすることもなく、ただただ近くで見守っていると、もう一つの足音の主がようやく登場した。
「クラネット。あんまり虐めてやるな」
「あ、親方。こちら、この前お話しした、Aランク冒険者をチョップ一つで撃退したお姉さんです」
クラネットはケロリとした顔で親方と呼んだ男――おそらく彼がカディスなのだろう――の元に戻っていく辺り、クラネットにとって先ほどのやりとりは暇つぶしのようなものだったのだろう。
実際、結構楽しんでいたみたいだし。一方で助け船を出された形となったグレンは小さくふぅとため息を吐く。これでようやく解放されると思っているのだろう。




