18.
「いらっしゃい、お姉さん、グレンさん!」
ドアのベルが鳴るやいなや、あの日の少年、クラネットがトトトとこちらへ駆け寄ってくる。グレンとは知り合いのようだけど、なぜ私もこんなに歓迎されているのだろうか?
むしろ私の方が歓迎されているのか、彼は私の前までやってくると再び「いらっしゃいませ!」と口を開く。その顔は、おじさんがお肉をお裾分けしに来た時のレオンとよく似ている。
え、私、手土産とか何も持ってきてないんだけど……。大丈夫かしら?
ここは一人で悩んでいても仕方がないと、グレンの知識を借りるために彼の耳に口を寄せる。なぜかお疲れ気味だけど、頼れるのはグレンしかいないのだ。
「ねぇ、グレン。今からでも手土産用意しに戻った方がいいかしら?」
「ん? なんで?」
「だってほら、期待されてるみたいだし……」
キラキラした少年の顔をチラリと見てそう告げるとグレンは何を言っているんだ? と首を傾げる。そして反対方向にもう一度。そこまでしてようやく意味が分かったらしい、グレンはああ!と手のひらと拳を打ち合わせて納得してくれた――と思えば、クラネットの頭に手を乗せて、彼の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜ始めた。
「グレンさん、何するんですか!」
「良かったな、クラネット。ミッシュがまた来てくれて」
「うん! でも手、止めて~。頭がグラグラする~」
「ああ。悪い、悪い」
「もう、グレンさんは自分の力が強いってことを自覚してください! 僕の暗算が遅くなったらグレンさんのせいですからね! 親方にはグレンさんが全部悪いって言いつけますから!」
「その時はカディスじゃなくて俺のところに来るといい」
「え、嫌ですよ」
「即答か!?」
「僕には鍛冶屋の店員が合ってるので。っと、グレンさんの相手なんてしている場合じゃなかった。お姉さんが来たって親方呼んでこないと。怒られちゃう」
「クラネット……。おまえまで年々俺の扱いが雑になっていくのな……。俺は寂しいよ」
「はいはいはいはい」
グレンもクラネットも、言葉とは正反対にずっとニコニコと楽しそうな表情を浮かべている。これが彼らのコミュニケーション方法なのだろう。
その割にはグレンの扱いが雑なんだけど、これはもうギルドで見慣れているしなぁ。仲良くなるほどに遠慮がなくなる、って感じかしら?
そういう感覚って私、よくわからないのよね。
村にいるのはほとんどが私よりもずっと大人で、同世代は私とレオンとクラウス兄ちゃんとレニィちゃんだけだった。
仲なんて深める間もなく、産まれた時からずっと一緒。喧嘩もしたけれど、でもいつだって仲直りして、元通りになる。それが当たり前で、その場に誰かが混ざることなんてなかった。
きっとこうして王都に来なかったら、死ぬまでずっと私はあそこから出ることはなかっただろう。それは決して悪いことではない。だけど知ったらなんだか羨ましく思えてしまうのだ。だからだろうか、奥へと下がっていったクラネットの背中をついついじいっと眺めてしまう。
「クラネットがどうかしたのか?」
「え? ああ、別に。何でもないわ」
「そう、か?」
「ええ。心配しなくてもあなたのお気に入りを取ったりしないわよ」
「お気に入りって、あいつはそんなんじゃねぇ!」
「そうなの?」
「そうだ!」
イドラにはあんなに怒りの感情を向けていたからてっきりお気に入りなのだとばかり……。それとも普通に仲良くする分にはいい、とかかしら?
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めているところからはそれが嘘か真かはわからない。さっきのグレンみたいに首を左右に傾げたところで、私にははグレンのことが分からない。
まぁ、怒られなかっただけいいと思っておけばいいのかしらね。
あんな目で見られたら、今後の王都生活をどうやって過ごせばいいか分からなくなるし。これ以上自分でもよく分からないことを増やしたくはないのだ。
冷静になっていく私とは正反対に、グレンは「クラネットはそういう相手じゃないからな!」と必死で弁解? する。
そういう相手、ってどういう相手なのだろう。守りたい相手とか?
クラネットは男の子だけれど、可愛らしい顔をしているし、グレンと比べれば背もずっと低い。子どもだから当たり前だと言えばそうなのだが、それが庇護欲をかき立てるのだろう。
だが守りたいと思える人がいるのは、恥ずかしいことでも何でもない。
お話の中でいつも守られるのはお姫様だが、別に女性である必要はないのではないかと幼い頃から思っていたのだ。
グレンがクラネットを守る、か……。
さっきの会話だけ見ていると、いいです! って断られそうだけど、グレンはしっかり守りきりそうよね。
想像して、思わず楽しそうだなぁなんて思ってしまう。
あの2人がどんな関係であろうと、グレンがクラネットを特別視していることは間違いないだろう。それこそ、同じパーティーに所属しているというカウンター組の三人と同じかそれ以上に。
目は口ほどに語るとはよく言ったものである。
いくら必死で言い訳をしたところで、あの優し気な目だけは隠せていないのだから。




