5.
渡されたメニューからとりあえずお酒と前菜、肉料理、魚料理、それにここのオススメだというキッシュをワンホール頼むことにした。
注文を取りに来てくれた、私と同じか少し歳が上なのだろう女性は「かしこまりました!」と嬉そうに伝票を胸に抱えてカウンターへと戻っていく。
「あ、グレンさん。グレンさんは何にします?」
そして会計担当の男の分はカウンターの中から聞くだけである。
扱いが雑じゃないかしら? と思うのだが、男にとってはこれが普通であるらしい。
「俺、ビール。大ジョッキな」
「は~い」
私達の机の伝票に新たに書き加えていると、ほかの机からも声をかけられる。
「ルカ。こっちにもビール」
「こっちはなんか適当につまみ持ってきてくれ」
「はいはい」
むしろここではそれが普通なのかしらね。
「どうぞ~。食事の方はもう少し待ってくださいね!」
ルカと呼ばれた少女は、私が頼んだ果実酒と男の頼んだビールをテーブルに置く。そして私へとウインクを投げてカウンターへと戻っていく。
あの子も勘違いしているのかしら?
まぁ、この男の言い方が悪いのだが。
「それでさっきの話だが……」
「そんなことよりも私、まだあなたの名前を知らないわ。なんて呼べばいいのかしら?」
先ほどグレンと呼ばれていたのはしっかりと耳に入ってはいるが、名乗られてもいない名前を呼ぶつもりはない。
すると男は大きく目を見開く。そして数秒待ってからふっと笑った。
「そうだな、あんたにはまだ名乗ってなかったな。俺はグレン。このギルドではギルドのサブマスターの代理を勤めている」
「代理?」
「ああ、代理だ。マスターが所用でしばらく留守にしていてな、サブマスターがマスター代理に、俺ともう一人がサブマスター代理になったんだ。元はS級冒険者として王都周辺の魔物討伐をしていたし、マスターが帰ってくればまた冒険者に戻るつもりだ」
「そうなの」
果実酒で乾いたのどを潤しながら、やっぱりこのあたりにも魔物はいるのね、と頭の中の帰宅計画メモに書き込んでいく。
「それで、あんたの名前は?」
「私?」
「ああ。ずっとあんたって呼ぶのもなんだし、話を始める前に聞いといた方がいいだろ。言いたくなかったら偽名でもいいぞ?」
どうせありふれた名前だし、わざわざ偽名を使うこともない。
「ミッシュよ」
そう告げると「ん、ミッシュ?」と繰り返して、一瞬グレンは眉間にしわを寄せる。
「何? 私の名前がどうかしたの? いやなら別の名前で呼んでくれても構わないけど」
「いや、そのままでいい。……ミッシュ、別に珍しくもないか。たまたま、だろ」
左右に視線を動かして、記憶の探索を終わらせたらしいグレンは再び「ミッシュ」と口にする。
「何?」
「まずはこのギルドの情勢から話そうと思う」
ああ、名前の下りは解決したのね。
まっすぐに私を見据えて真面目な話をするグレンに倣って私も背筋を伸ばす。
――けれどそんな私達の間に邪魔をするようにあるものがやってくる。
「はいはい、出来ましたよ~」
「わ、美味しそう!!」
焼きたてのキッシュ、これはベーコンとほうれん草のキッシュかしら!
お肉って大抵何食べてもおいしいけど、ベーコンって特に好きなのよね。
まぁお祭りの時のお肉残して燻す父ちゃんほどではないけれど。でもそれを何とかして分けてもらうくらいには好きよ!
その上、ステーキまで!!
このテーブルだけでもこんなにお肉がたくさん!!
お肉パーティーねといいたいところだけど、ここになんとお魚まで追加である!
それにしてもこの魚ってなんていうのかしら?
うちの村って川魚くらいしか食べないから魚の種類ってあんまり知らないんだけど、私の拳2個ほどの大きさしかないなんて、こんなに小さな魚は見るのも初めてだ。
こんなに小さかったら動きも素早いだろうし、標準を定めるのも大変そうね。
いやパワーがない分、子どもでも捕まえられるのかしら。
それなら銛で刺すもよし、手でとるのもよし、網で掬うのもよしでいい訓練にはなりそうよね。
うちの村にもこれくらいの大きさのがいればいいんだけどなぁ。だがそれよりも大事なのは味である!
まずは魚のお皿を手にとってフォークを突き立て、ぺろりと平らげる。
一匹じゃ家族全員分をまかなえるどころか、私のお腹すらも満たされないってところが難点だけど、身も引き締まってて美味しい。
「あ、お皿とかいります?」
「……ああ。大きめの皿を一枚くれ」
「了解です」
グレンのことはガン無視で、次は何を食べようかしらとあちこちのお皿に視線を移す。
すると食事中の会話は早々に諦めたらしい、グレンは少しずつお皿に乗せてプレートを作ってくれた。
「とりあえず一つにまとめたから、好きなのを食べてくれ。食べ終わったらまたよそってやるから」
「ありがとう!」
その言葉に甘えて少し食べては他のものに手をつけて頬張ってを繰り返す。
ああ、美味しい!
これが食べられただけで、馬車が運行しなくて良かったって思えるから食べ物の力って偉大よね~。
「美味しそうに食べるんだな」
「だって美味しいもの」
「そういってもらえて嬉しいです。ミッシュさん、デザートにパフェとかいかがですか?」
「パフェ?」
何それ?
でもデザートがあるなら食べたいし、今のところ外れが一個もないどころかお肉の筋さえも柔らかく処理されているところからしてさぞかし絶品に違いない。
「ルカ、普通のじゃなくてフルーツパフェデラックス改を用意してくれ」
「あれ、まだ食べきった人はいないんですけど……大丈夫ですか?」
「この様子だとそれぐらい食べちまうだろ」
「まぁそうですね。どうせ会計するのはグレンさんですから未払いなんてことにはならないでしょうし。ならもう作り出しちゃいますね! グレンさんはお酒のおかわり、どうです?」
「ビールで」
「二杯目もなんて珍しい。本気なんですね~」
「ああ、逃がすつもりはない」
「ああ、もう! グレンさんなのに今日はカッコよく見えちゃいます」
「おいそれどういう意味だ!?」
パフェという謎のデザートに心を踊らせながら、柔らかいお肉を頬張っているとなにやら二人は二人でいい雰囲気を醸し出している。
私なんて空気も同然である。
食費がものすごくかかる、が頭につくが。




