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俺が正義だ

「おい、俺が嫌いなものを知ってるか?」

 白い学ランを着た男はそう訊ねた。

「あ、知るわけねえだろ」

 そう答えた瞬間だった。白い学ラン男は目の前に立ってそう答えた大男の顔面を殴りつけた。めり込みそうな勢いの拳が大男の顔面をとらえ、大男はなんの反撃をすることもなくその一撃で仰向けに倒れ込んだ。

「俺はな、無遠慮に道の真ん中を堂々と歩くやつが嫌いなんだ。迷惑を考えろ」

 白い学ランの男は、気を失った大男の体を踏み越え、歩道の端を歩き始めた。





 午後。

 ナオキと愛理は駅前のカフェにいた。

「なあ、もう一週間経つけどこんなんでいいの? 俺たち何もやってないけど」

「いいのいいの、平和なのはいいことじゃん」

 愛理はサーチャーの画面に表示されたお気に入りの動画に見入っている。

 初めて愛理と顔を合わせた日から一週間。世界を守るなんて大袈裟な話を聞かされたわりには、あの日から特に何も起こっていなかった。

「不正なコードが動いてるのを見つけたらコードブレイカーで吸い出して無効化しろって言われたわけだし、不正なコードを探さなきゃいけないんだろ」

「もー、ちゃんと探してるってば」

「それでかよ」

 タブレットの画面いっぱいにケーキ作りの動画が流れている。

 ナオキの言葉に唇を尖らせた愛理は画面を切り替えた。

「バックグラウンドでちゃんと動かしてますぅ」

 二人のいる街を中心に十キロメートルほど表示された地図には小さな点が無数に動いている。

「AR、PCR、NTU、SFN……全部異常なし」

「そうか……」

「……わかってないでしょ?」

「う」

 愛理が口にしたアルファベットの意味をナオキはまるでわかっていなかった。

「同い年でもこれに関しては私が先輩だよ。ナオキよりちゃんとやってますぅ」

「……ごめん」

 返す言葉がないナオキに愛理がタブレットを手渡した。

「ほら見て」

 愛理はサーチャーのカメラを起動し、周辺の映像をディスプレイに表示した。グレーアウトして表示された街の景色の中には粒子のようなものが舞っているのが見える。

「なにこれ、埃?」

「ちがーう。処理の重さを可視化してるの。負荷に関しても周辺に異常なーし」

 何も知らないナオキはまるで子供扱いだ。

「まっくもう、アイスカフェラテもう一杯買ってこよ」

 愛理がカウンターへと向かい、取り残されたナオキはサーチャーの画面を覗き込んだ。地図の上を無数の小さな点が動く様子はただ眺めているだけで妙な心地良さがあった。ナオキはそれをぼんやりと眺めていたが、他の点よりも二回りは大きな点が突然現れた。

「さ、ケーキ動画の続き……」

 アイスカフェラテのカップを手に愛理が戻ってきた。

「ねえ、これは? なんか他と違うのあるけど……」

 ナオキの言葉に画面を覗き込んだ愛理の顔色が変わった。

「うわぁ……ビンゴ……これは確かに不正なコードが動作してる表示、行かなきゃだねぇ」

 いかにも面倒といった表情で愛理がアイスカフェラテのストローを咥え、一口吸った。

「これ隣町でしょ、結構遠いね」

 目的の大きな点はこの場所から六キロは離れている。

「もー、なんのためにそのスマホ持ってるわけ? 移動系のコードも入ってるんだよ」

「移動系?」

「まあ先輩に任せなさい。ネオからコードの使い方を教えるように言われてるから」

 そう言ってナオキが手にしたコードブレイカーの画面をのぞき込む。

「今から瞬間移動のチートを使います。まずは地図アプリを起動して。次に、さっきの点があった場所の辺りを長押し」

 言われた通りに画面をタップすると矢印といくつかのメニューが現れる。

「次は同行者をタップして、そのあと私にカメラを向けて」

 言われた通りにタップをし、画面を愛理に向けると画面にロックマークが表示された。

「よし、これで移動ボタンをタップすれば一瞬で目的地へ到着! さ、押してみよう!」

「って、この場で押していいの? 人とか結構いるけど……」

 駅前のオープンカフェにいる二人の周りには人も多い。そんな場所で堂々と『瞬間移動』などという行為をしていいものかナオキは困惑した。

「プロフィール偽装のチートは動いてるでしょ、それなら大丈夫。不思議なことが起きても私たちだってバレなければへーきへーき」

「わかった。じゃあ押すよ……」

 ナオキが画面をタップすると、体全体が何かに吸い上げられるような感覚に襲われた。そして一瞬の暗転の後、青白い空間の中に体が放り出された。冷たい風が体を叩きつけ、体がぐるりと回転する。その回転する景色を見てようやく自分がどこにいるか理解できた。

「空……なんで!?」

 ナオキと愛理は空の上に飛ばされていた。辺り一面に広がる空と丸く感じるほどの地平線から、かなりの高度なのは間違いなかった。猛烈な風の抵抗を受けた愛理の手からアイスカフェラテのボトルが離れ、中身をまき散らしながらクルクルと回転して飛び去った。

「ちょっと! なんで高度の設定やってないの!!」

 愛理が絶叫した。

「愛理に言われた通りにやっただけだろ!」

 負けじとナオキも絶叫した。

 二人の体は猛烈な風を受けながらどんどん落下してゆく。

「どうしよう! このまま落ちたら死んじゃう!」

 猛烈な風で愛理の髪がハケのように逆立ち、叫ぶ姿にいつもの可憐な姿はなかった。

「ぱ、パラシュートのコードとかないの?」

「あるわけないでしょバカーッ!」

 ナオキは手に持ったコードブレイカーを落とさぬよう、必死で握り続けた。

「そうだ、無敵コード!」

 猛烈な風を受けながら、ナオキは必死に端末を操作し、ダメージ無効、痛覚ゼロのコードをタップした。

「これで一安心」

「ちょっと! 自分だけ助かる気!? 私タブレット出せないんだけど!」

 愛理の肩掛けバッグは激しくバタつき、とても中からサーチャーを取り出せる状況にない。

「そんなこと言われたって!」

 ナオキだって自分のことで手一杯だ。やたら遠く感じた大地が徐々に視界いっぱいに広がり、地表がどんどん近づいてきてるのを感じた。

「ダイレクトリンク! 設定メニューのダイレクトリンクを押して!」

「なんだよそれ!」

 ナオキは端末の画面を操作し、設定メニューを慌てて探した。

「どれだ……どれだ……」

「早くっ!」

 必死でメニューを探すナオキの少し上を愛理がその体をくるくるさせながら通り過ぎる。

「押した! 押したぞ! これでいいのか!?」

「まだっ! 私と手を繋いで!」

「手? 繋ぐの?!」

 愛理の言葉に一瞬ナオキの声が上ずった。

「照れてる場合じゃないでしょ! 死んじゃう! 死んじゃうから早く!」

「そうは言っても……」

 二人は落下で生じる猛烈な風に翻弄されていた。手を繋ごうにも体があちこち振り回せて思うように近づけない。

「くそっ」

 ナオキは手足を広げ、なんとか姿勢を維持する。わずかに体を傾け、慎重に向きを変える。

「もうだめ! 地面きちゃう!」

 二人の絶叫の中、地表がますます近づく。

「そのまま体を前に倒せ! 受け止める!」

「うわぁぁぁぁん」

 愛理が悲鳴をあげながらナオキに猛スピードで突っ込んでくる。

「うおりゃあ!」

 プロレスの力比べのように、ナオキと愛理の手ががっちりと繋がった。その瞬間、リンク完了を示すリング状の記号が愛理の手の甲に浮かび上がった。しかし安心する間もなく地表は近づき、二人は手を握り合ったまま、ビルの屋上へと激突した。

 猛烈な衝撃が二人の体を走る。落下の後、二人はビルの屋上に突っ伏したまま動けなくなった。

「……」

「……」

「ねえ?」

「なんだよ」

「私の体、無事? パシャーンってなってない? 怖くて目を開けらんない……」

 ナオキは顔を起こし、恐る恐る辺りを見た。ビルの屋上の灰色のコンクリートには何も飛び散ってはいないようだ。

「とりあえずなんとかなったみたいだ。ダメージ無効と痛覚ゼロのおかげだな」

 二人はゆっくりと体を起こし、自分の体を確認してみる。

「体の痛みは無くても精神的に何かダメージをかなり受けた気がする……」

 猛烈な風でぼさぼさになった髪を愛理が必死になでつけていた。

「もうヤダ。なんでこんな目に……」

「俺のせいじゃないからな……」

 ナオキは愛理の言葉に被せるように声をあげて制した。高度の設定なんて愛理からは聞いていない。それなのに八つ当たりをされたらたまらない。

「それより不正コードの検出地点はどこなんだ?」

「そこ、ロータリー辺りだったと思う」

 愛理にうながされビルの端から地上に目をやると駅前のロータリーが見えた。不審な人物、物はないかと目をこらす。

「あれ!」

 愛理が指差す先に真っ白な学ランを着た男が立っていた。その見た目だけで十分怪しかったが、その男は路上の車のドアを執拗に蹴り続けている。

 サーチャーのカメラを向け、ディスプレイを見ると粒子が渦を巻くように男の周囲を取り囲んでる。

「処理のディレイが発生してる。やっぱりあいつが何か正常でないコードを動かしてるみたい」

「よし、行こう!」

「待った! どこ行く気?」

「どこってそりゃ……」

 ナオキが階段に繋がる扉へと一歩踏み出したところを愛理が止めた。そして階段ではなく、ビルの端を指差した。

「こっちでしょ」

「……飛び降りるの?」

「何千メートルの高さから落っこちたんだから今更でしょ」

 ナオキは愛理に引っ張られビルの端に立たされた。下を覗き込むとなかなかの高さで一瞬ナオキがひるんだ。

「これちょっと高……たかったっ!」

 振り向こうとした瞬間、愛理がナオキの体をビルの外へと突き飛ばした。よろけたナオキはそのまま不格好な姿勢で地面に激突した。

「押すことないだろっ!」

 潰れたカエルのように地面に伸びたナオキが叫ぶ中、愛理は制服のスカートを上手に押さえながら上手に着地した。

「ほら、早く立って、みんな驚いてるでしょ」

 急に降ってきた人に通行人たちが動揺している。ナオキは慌てて起き上がると周囲の人と目を合わせないように早足で歩き始めた。

「あんなとこ見られて平気なのかよ……」

「いいから早く!」

 二人がロータリーの向かいにある路上までくるとビルの屋上から見つけた白い学ランの男がいた。路上に停車した乗用車を執拗に蹴り続けている。

「ちょっと! なにしてるわけ!」

 どう声をかけたらいいか躊躇したナオキをよそに、愛理が男に向かって声をあげた。

 すると男の動きが止まった。近くで見ると大きい。185センチはあろうかという身長でがっしりとした体形。白い学ランの内側には立派な筋肉が備わっている。

「何をしてる? 見ての通り悪を成敗している」

 そう言って男は右足を高くあげると一気に振り下ろした。

「ここは駐停車禁止だ!」

 男の一撃でドアがひしゃげる。

「悪を成敗って、どう見たってお前の方が悪だろ……」

 ナオキが呆れたようにつぶやくのをよそに男はひたすらに車を蹴り続ける。

「ナオキ、コードブレイカーでやっちゃって」

 愛理の言葉に端末を取り出し、剣のアイコンをタップするとショッピングモールの時と同じように、スマートフォンから青白い刃が伸びた。その青い刃越しに白い学ランの男が見える。

「これ、切っちゃって大丈夫なのか?」

 前回のボートと違い、人間を切るという行為に思わずナオキの体が固まった。

「その刃はコードの抽出と解体をするだけで人の体を傷つけるわけじゃないから大丈夫、思いっきりやっちゃって!」

「わかった」

 とは言ったものの、やはり人を斬るという行為に緊張はする。ナオキはじりじりと白い学ラン男との距離をつめる。すると、そんなナオキに男が気付いた。

「なんだそれは」

 青白い刃を構えるナオキに男の鋭い眼が刺さる。

「そうか、あいつが言っていた不正を働く悪というのはお前たちか……」

 鋭かった男の目がさらに鋭さを増してナオキを睨み付けた。そして、一歩一歩、むしろ男の方からナオキへと近寄ってくる。

 一瞬、男の体が沈み込んだかと思うと次の瞬間、男は前かがみで駆けだして突進してきた。

「!!」

 ナオキは反射的に身構えたが、男はナオキの脇をすり抜けると歩道の奥へと走ってゆく。

「ここは禁煙区域だ!」

 白い学ラン男はナオキには目もくれず、咥えたばこで歩道を歩くサラリーマンに飛び蹴りを食らわせた。

「えーーーっ」

 全く予想外の出来事にナオキと愛理が同時に呆れた声をあげた。

 白い学ラン男はそんな二人をよそに今度は大学生風の男に駆け寄った。

「ゴミを道に捨てるな! ゴミ人間め!」

 学ラン男は大学生風の男をすくい上げるように投げ捨て、叫んた。

「悪は許さん!」

 ナオキと愛理の二人はただ眺めることしかできなかった。

「なにあれ……」

「俺に聞かれても……」

「とにかく暴れさせとくわけにもいかないよね、ほら!」

 愛理に背中を押され、ナオキは学ラン男へと近づく。

「まだ悪が残っていたな」

 ナオキに気付いた男が再び鋭い眼光を向ける。青白い刃を手にしたナオキに怯む様子もない。

「だからどっちが悪だよ……」

 学ラン男は制服のポケットに手を入れると銃のようなものを取り出した。

「武器を使うならこっちも使わせてもらうぞ」

「銃?」

 ナオキが目を凝らした直後、男が手にした銃から閃光が上がり、ナオキの肩に衝撃が走った。

「大丈夫、チートが効いてる」

 左肩に何か当たったがダメージ無効、痛覚ゼロのチートのおかげでナオキは軽い衝撃を受けただけだった。

 だが直後、ナオキは肩に痛みとも違う妙な違和感を覚えた。じわりとした温かさと共に肩が重くなってゆく。コードブレイカーに手を添えることも難しく、左腕はだらりとたれた。

「効果が薄いな、おおかたダメージ無効のチートでも入れてるんだろう。だがその程度でこのZIPガンの弾は防げないぞ」

「ZIPガン?」

「こいつの弾は特別製だ。実体弾ではなく圧縮ファイルを打ち込む」

 男が引き金を引くと、今度は右足に衝撃が走った。

「打ち込まれた圧縮ファイルはほんのわずかなデータ量だが、体の中で解凍され、数百倍のサイズに膨れ上がる。いきなり体の中にがん細胞が現れるようなもんだな」

 ナオキの足に肩と同じような重さが発生し、たまらずその場に膝をついた。

「チートがあれば痛みも物理ダメージもないかもしれんが、解凍された膨大なゴミデータの処理に追われ着弾部の自由は制限される」

 男は膝をついて動けないナオキを蹴り飛ばした。体が数メートル吹き飛ぶほどの猛烈な蹴りをまともに受け、ナオキは地面に転がった。

「くそっ」

 左腕と右足をやられ、起き上がれないナオキを男が踏みつける。

「不正なコードで悪事を働く悪党は成敗する……」

「それはお前のことだろ……」

 男はナオキの言葉に耳を傾けることなく、銃のマガジンを引き抜いた。通常のマガジンとは違う、いくつものボタンのあるマガジンが現れ、男はいくつかのボタンを押し始めた。

「コードが効いててダメージを与えるのは難しいが、データの圧縮を増し、それを脳に打ち込めばタダではすまない」

 男はひとしきりマガジンをいじると、銃本体に押し込んだ。

「ナオキ! 逃げて! 瞬間移動!」

「そうか!」

 ナオキはコードブレイクをキャンセルすると地図を開いた。ボタンをタップし、体をのけぞらせるようにして愛理をカメラに収め、ロックした。

「最後に名前を聞かせてやろう。俺の名前は不破正義。どんなに小さな悪も許さない」

 正義と名乗った男は躊躇なく引き金に手を伸ばす。

 しかし引き金を引こうとしたその瞬間、ナオキの体はその場から消えた。愛理と共に。

「逃げられたか……」

 男はやり場の無くした銃口の行く先を路上駐車の車に向け、引き金を引いた。駐車していた車は真っ黒な火花と煙を上げ、内部から外に向け、猛烈な爆発を起こし、木っ端微塵となった。


「って、ちょっと! なんでまた空にいるのよおおおおおおおおっ」

 地上一万メートル。ナオキと愛理は再び空高く放り出されていた。

「だからっ! 設定の仕方聞いてねえってのおおおおおおっ!」

 二人の絶叫が真っ青な空に響いた。


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