こけしちゃんからの手紙
すごい久しぶりの更新です。楽しんでいただけたら嬉しいです。
ムーンの連載とリンクしていて、こちらがネタバレになってしまいそうなので、なかなか更新し辛くて(汗)
ムーンの連載が落ち着きましたら、こちらも本格的に更新していきたいと思います。
「祭くんから手紙来たんだって?」
妹が息を切らせて我が家にやって来た。
瞳がきらきら輝いて、頬が赤らんでいる。
彼女の甥っ子である私の息子、祭に、ちょっと似ている。
私は笑って頷き、手紙を掲げてみせた。
「そうよ、元気にやっているみたい。」
「見せて見せて!」
きゃーっと若い女性らしい歓声を上げて、妹は私から手紙を受け取った。
「うん、楽しく過ごしているみたいね!」
妹が一通り読み終わって、満足げに頷いた。
私も安心したわ、と笑った。
息子は今北の国で有名な魔法使いの弟子になって修行している。
本人は昔からその氷の大魔法使いと呼ばれている人に憧れていた。
息子は魔法の才能はあったので、まず「深き海の学びの国」に留学して、魔法を学んでいた。
そこで息子は噂で、氷の大魔法使いが、
植物と仲良くなれる人をどうやら探しているらしい、と聞いたのだ。
息子は魔法使いであり、魔術師だ。
よその国はどうか知らないが、四季ある国の魔術師の大部分は植物と仲が良い。
おまけに祭、というか我が家は「植物」を専門とした魔術の家だ。
だからこそ他の分野もできるようにと、魔法使いを目指したのだ。
我が息子は、思い切って手紙を書いた。
僕は植物と仲が良いです。僕を弟子にしてください。
世界的に高名な氷の大魔法使いの弟子になりたがっている人はいっぱいいる。
植物となかよくできる魔法使い、魔術師もいっぱいいる。
でも直接手紙を送ろう、と思ってそれを実行したのは祭だけだったらしい。
外相経由ですぐさま迎えが来て、祭は氷の大魔法使いのいる「白き雪の大国」連れて行かれて、試験を受けた。
試験の内容を聞いて悔しがった魔術師は大勢いた。
何せ温室の植物と仲良くなれ、というものだったから。
魔法使いにはどうか知らないが、魔術師にして見たら、それは呼吸をしろ、というくらいに容易いことだった。
何せ自分が専門とする自然に愛されないと魔術師にはなれない。
自然に愛されて初めて魔術師になれる可能性が出てくるのだ。
祭は温室中の植物に好かれ、サボテンが土を変えて欲しがっていることを聞き出し、氷の大魔法使いを驚かせたらしい。
その後、いくつかの簡単な魔法のテストと、質疑応答があった。
あの子は無事に晴れて氷の大魔法使いの弟子になった。
「でも、心配してたみたいに、ふしだらな感じじゃなくて良かったわね。」
「そうねえ。」
妹の言葉に、私も頷いた。
白き雪の大国は強権的な軍事国家と知られている。
近隣諸国に攻め入って領土を増やしている帝国でもある。
国を支配している皇帝は何かと噂の多い人物で、国の人間も女性男性問わずに乱倫な生活を送っていると聞いていて、私はとても心配していたのだが、祭の手紙の様子からだとそんなことはないらしい。
あの国は数年前に政権が変わった。
前政権の噂も混じっているんじゃないかしら、と妹は言った。
妹は楽しそうに息子からの手紙を読み返している。
「宰相閣下は、本当に素敵な人ですって。お会いしてみたいわね。」
話しかけると、妹は本当ね、と弾んだ声で答えた。
「私はやっぱり氷の大魔法使いに会ってみたいわ!祭くんの先生になったんだからいつか会えるかしら。」
そう言ってから、ちょっと考えて
「あ、でも氷の大魔法使いに近くで会うなんて緊張しちゃうかも。祭くんの手紙だと無口な人みたいだし。」
と笑って手紙を丁寧に封筒にしまった。
「そうそう、その先生からもお手紙いただいたのよ。」
「え、そうなの⁉︎」
妹が目を丸くした。
「そうなの、でもあちらの言葉だから分からなくて。あなた第二外国語が。」
「うん、北方語圏。方言みたいなのはあるけど、大体一緒でしょ。見せて見せて。」
妹は私から手紙を受け取り、じっと見つめて読みだし
「本当に無口な方みたいね。」
と笑い出した。
「挨拶と、祭くんは元気だし、見込みはある。ちゃんと大切にする、としか書いてないわ。」
「まあ、短いと思ったら、本当にそれだけ?」
「それだけ。」
と言って妹は原文をそのまま声に出して読み始めた。
するとそれが何かの鍵だったのかもしれない。
きらきらと雪の結晶が部屋中に降り始めた。
私も妹もぽかんとそれを見るしかできなかった。
そうしている間に、部屋中に蔓薔薇が這い回り始め、一斉に満開に咲き誇った。
蔓薔薇だけではない。
様々な種類の薔薇が部屋いっぱいに溢れかえった。
香りが辺り一面に漂う。
そしてそれは消えた。
風に吹かれたようにこの光景は消えた。
妹はうっとりとしている。
「素敵・・・。氷の大魔法使いの魔法なのね。」
凄いわ!と興奮気味に、妹は叫んだ。
「訛りの余白を残して、魔法が発動するように手紙の文章に呪文と魔力を組み込んでいるのよ。しかもなんて素敵な光景。」
妹は頬を染めて手紙に頬ずりした。
確かに素晴らしい光景で魔法だった。
だけど私はうっとりしているどころではなかった。
別の不安がこみ上げて来ていた。
「あの子、魔術を暴走させているんじゃないかしら・・・。」
この蔓薔薇が這い回る様子といい、薔薇が狂い咲きする様子といい、昔とうもろこしで部屋中をいっぱいにしていた頃が思い浮かんだ。
あの時は実が実ってしまって元に戻すことができず、一ヶ月毎日とうもろこしづくめだったのだ。
「ま、周りの方にご迷惑かけているんじゃないかしら。」
私は頭を抱えていた。
別便で、大量の梅が、祭のおかげで収穫出来ました、と送られてきて、私の不安は的中した。
私は大慌てで手紙を書いた。
魔術を暴走させて、周囲の方にご迷惑かけてはいけません、と。
海の向こう北の国で、やっぱり氷の大魔法使いの弟子は魔術を暴走させていた。
今度は季節外れのプラムが意外な季節に大量に収穫出来た。
氷の大魔法使いもプラムが実は好物だったのだが、この国の外相もプラムは好物だった。
おまけに外相には果物を持って行くととても喜ぶ被保護者がいた。
年頃が近いこの二人の結構な権力者は、プラムの分配について揉めた。
大魔法使いは自分の弟子のおかげで収穫出来たのだから、自分の方が多くもらう、と言い、外相は自分が手続きしなければ、その弟子はここにはいないんですよ、と主張した。
このやりとりで二人は一日を費やし、周囲に多大な迷惑をかけていた。
食い物の恨みは恐ろしい。
普段は冷静すぎるほど冷静な大魔法使いも、血が冷たい、と噂されるほど交渉には長けた冷徹な外相も一歩も引かなかった。
余りのことに皇帝に部下が訴え、皇帝は頭痛を覚えながら二人の元に行き、プラムの量に唖然とした。
プラムは、宮殿中の人間がそれぞれ一抱えずつ持って行ってもまだ余りそうな量だったのだ。
それだけ新しく来た黒髪の魔術師が、植物に愛されていることに感心しつつ、皇帝は大魔法使いと外相の頭に拳骨をお見舞いし、皆で公平に分けろ、と至極真っ当なことを二人に「命令」した。
もう皇帝命令くらいにしとかないとこの二人が言うことを聞きそうになかったのだ。
そして皇帝は黒髪の少年に「お願い」をした。
なるべく実るものは、魔術をかけないでくれ、と。
黒髪の少年は、素直に頷いたもののそれ以降も気分が高揚して魔術を暴走させてしまうのだった。