第85話 失楽園の槙島
ヒデンソル王国の王都。王城の隠されし最上階にて。
槙島は愕然としていた。
議場が、その象徴とも言うべき円卓が割れるなど、荒れ果てていること。
この階層に隠遁する陰の権力者【神々】の内の七人が、身体中血まみれの状態で倒れていること。
この突然の事態と、殺伐とした現状が飲み込めず、槙島は瞳孔を開いて、固まっていた。
「う、うう……」
その時、倒れていた老人の一人がうめき声を上げつつ、微かに指を動かした。
槙島は状況を飲み込むべく、すかさずその男の元へ寄り尋ねた。
「おい貴様、ここで何があったんだ……!」
神々の一員の老人は、力を振り絞るように、蚊の鳴くような声で伝える。
「我々【神々】の十三人の中に……裏切り者が現れて、仲間たちを殺し始めた……」
「裏切り者が、この中に現れたと……!?」
「何人かは空間転移魔法で、安全地帯へと逃れたが……儂らは間に合わなかった……ゴホッゴホッ!」
「もう喋るな。待て、今医者を呼び出す……」
「ああ……すまない……」
槙島は一旦老人から離れ、グングニルを虚空に突き刺し、黄金のゲートを作り出す。
「【英霊顕現】」
と、槙島が詠唱すると、蛇が巻き付いたような意匠の杖を持つ医者――【英霊】アスクレピオスが、黄金のゲートを潜り現れる。
「……グッ!?」
その瞬間、槙島の腹部にナイフが突き刺さる。
さっきまで倒れていた老人は、槙島からナイフを引き抜いた後、思い切り歯を見せて笑って、
「甘いぞ槙島ぁ……こういう時は何があってもいいように構えておかねば、たとえ王でも神でも死ぬときゃ死ぬぜェ〜」
「……ほざくなァッ!」
槙島はグングニルを老人めがけ射出し、向こうの壁に打ち付ける。
それと同時に、本来は老人の手当する予定だったアスクレピオスは、主の槙島の傷を手当する。
「こらこら、人生の大先輩のありがたい説法に『ほざくな』とは言ってはいけないぞ?」
回復の最中、アスクレピオスの元にグングニルが弾き飛ばされた。
槙島はそれを制御し、アスクレピオスから槍を逸らし、直撃を止めた。
だが直後、アスクレピオスは全身に火魔法を浴びせられ、丁度槙島の傷を治しきったところで消滅した。
老人はグングニルで磔になっていなかった。彼は、両手を突き出したまま――魔法の発射した後の体勢のまま、槙島の視野のど真ん中で平然と立っていた。
「流石は古代からの支配者、神々の一員だ……」
「お褒めいただき光栄であります、槙島様」
と、老人はさっきの軽口と打って変わって、急に畏まって言った。
その老人の飄々とした態度に嫌悪しつつ、槙島は問う。
「……貴様、何故俺たちを裏切った!?」
「答えるメリットがどこにもないんじゃあ、こちらも答える気にはなれんな」
「……ならば異議を唱える間もなく咎めるだけだ! 【凍裁擲槍】!」
槙島は無数の氷の槍を作り出し、一斉に老人へ放つ。
「【ブレイズ・ラッシュ】」
これに対抗して、老人は両手を連続で虚空に押し出し、火の弾を連射する。
氷の槍は、ちょうど槙島と老人の間合いの中間で火の弾に相殺されて防がれた。
「たった一人で奴隷たちを導き、わずか一夜にして国を簒奪した英傑、槙島……あなたの力はこの老いぼれ程度なのですか?」
この口調の不安定さに、槙島は神経を苛立たせる。
「うるさい……! 【双狼猛弾】!」
その八つ当たりのように、槙島は両脇に二体の氷狼を作り出し、老人へ突撃させる。
しかし、炎を帯びた両拳によってそれらはあっけなく打ち砕かれた。
「やはり、この程度でしょうかね?」
「何度言えばわかる……やかましいッ!」
槙島はグングニルを虚空に突き刺し、暗黒のゲートをこじ開けて、
「【兵霊詔令】……!」
次々と暗黒兵を呼び出す。
老人は自分へ向かって大勢を成して迫りくる暗黒兵を見据えて、
「そろそろ、『頃合い』かな……」
と、つぶやいた後、左手に深紅の炎を纏わせる。
「その程度の雑兵を並べても無駄無駄、こんなんじゃあこの勝負は終わらないぞ! 【怪焔を喰らうフェンリル】ッ!」
老人は神狼を象った炎を纏う左拳を、床に叩きつける。
刹那、この議場一帯が猛焔に包まれ、暗黒兵は瞬く間に灰と化す。
「【極氷神楯】!」
槙島は周囲に氷の障壁を展開する。
猛焔はそれを多少溶かしたものの、槙島本体に届くことはなかった。
しかし、老人はそんなことはどうでもよかった。
なぜなら彼が本当に狙ったのは槙島でも暗黒兵の大軍でもなく、この場所なのだから。
先程の老人の一撃は議場に激しい衝撃を与えた。
猛焔を追い打ちとし、この部屋は徐々に損壊していき、ついには壁が、屋根が、そして床が崩れ始めた。
「そうか、これこそが貴様の真の狙いか!」
「さぁ、ね……とにもかくにも倒壊に飲まれて消えちまいな槙島! お前の墓石はこの真の最上階の素材のどれかだァーーッ!」
そして王城の外にいた者たちは、あるはずもない場所から城の一部が崩れていく様を目撃した。
槙島は、彼らが見える限りの城の最上部――隠し部屋へ通じる仕掛けの乗り場がある大広間に、瓦礫と共に落下する。
槙島は氷のバリアを展開しつつ、グングニルを掴んでゆっくりと落ち、崩落によるダメージはどうにか無効化した。
そして槙島は塵埃が舞う大広間の中で、あの老人を探し出す。
その時、自分の背後に人影が見えた。
槙島はすかさずグングニルを向ける。だが、
「ご無事ですか、槙島様!」
その人影は老人ではなかった。
下で待機させていたはずの、オリヴィエ、デイビス、イスラ、ニックの四人だった。
「貴様ら、何故俺の命令を無視した」
デイビスはまず先に礼をして、
「すみません、槙島様……違反は承知でありました」
続いてニックは軽く会釈だけして、
「けど、何か本当にヤバい感じがしたから、居ても立ってもいられなくてよ……」
そしてオリヴィエは深々と頭を下げる。
「実際、このようなことになっていますし……どうかお許しください、槙島様」
槙島は『全く』と、ボソッとつぶやいた後、彼らに背を向けて、
「貴様ら、今からここで老人を探せ。奴は強大な力を持つから、決して油断するな」
「「「「はい!!!!」」」」
と、四人は嬉しそうに返事した。
刹那、槙島は後方からバタリと異様な音を聞いた。
槙島はすかさず踵を返す。
「今度は何だ……なっ!?」
するとそこで、デイビスとニックが、首筋に刻まれていた深い切り傷から、大量の血を流して、息絶えていた。
「まさか……今度は貴様にか……!?」
動転する暇を与えず、イスラは槙島めがけ両方とも鮮血を帯びた一対の短剣を振るう。
「槙島さんっ……ここはお任せください!」
オリヴィエは槙島の手前に現れ、自慢の剣技でイスラの凶行を防ぐ。
直後、イスラは素早く背面の瓦礫の山の上にジャンプし、槙島とオリヴィエとの間合いを空ける。
「……イスラ! 仲間を斬るとはどういうつもりだ貴様!?」
「急にどうしたのですか、イスラさん!」
「イスラ……そうか、それがこの小娘の名前か」
「その言い草……さては貴様!」
イスラは瓦礫の山を、舞台俳優のように毅然として下り、近くにあった一枚の瓦礫をめくりあげる。
「正解だ」
そしてイスラはイスラの死体を見せびらかす。
首に切り傷が刻まれた、明らかに人為的に殺されたイスラの死体を。
今生きているイスラはイスラではない。イスラの姿をとった先程の裏切り者の老人である。
「い、イスラさん……! そんな、一体いつの間に、私たちはずっと一緒にいたのに!」
「簡単な話でしてよ。あの崩落の中、ドサクサに紛れて『成り代わった』んですわよ……えーっと、お前ら、コイツはどういう口調だったんだ?」
「そんな俺たちの仲間の愚弄に加担するような真似、するわけないだろうがァァッ! 【双烏舞刃】!」
槙島は仲間を討たれた怒りを込めて、氷で生成した一対のカラスを偽イスラへ放つ。
偽イスラは、本物よりも巧みな双剣さばきで容易く砕いた。
「【英霊顕現】ッ!」
続いて槙島は黄金のゲートを開き、四人の【英霊】――ジャンヌ・ダルク、ニコラ・テスラ、項羽、ヴラド三世を召喚し、偽イスラの討伐を命じる。
ジャンヌ・ダルクは後方で旗を振り回し、仲間たちの強化に専念する。
真っ先に攻撃を仕掛けたのはニコラ・テスラ。偽イスラめがけ、膨大な雷光を勢いよく射出する。
「それくらいなら……【プラズマ・ラッシュ】」
偽イスラは二本の短剣を連続で振り、無数の雷の斬撃波を撃ち出す。これによりテスラの雷撃は打ち消された。
続いて項羽とヴラドが二方向から迫り、偽イスラへ挟み撃ちを仕掛けた。
二体の武人の一閃が二方向から同時に襲いかかる。
偽イスラは逆手に持った双剣を的確に振るい、その両撃を完全に凌ぐ。
二撃、三撃……と、項羽とヴラドは主の仇敵を討つべく、何度も苛烈に攻撃を繰り出した。
だが偽イスラの腕前は、ことごとくそれを防御し尽くした。
「【凍裁擲槍】!」
前線で二体が奮闘する中、槙島とテスラは氷魔法と雷撃を放った。
それでもなお偽イスラへ有効打を与えることはできなかった。
何故なら、偽イスラは二人の近接攻撃を防ぐ合間、
「【ブレイズ・ラッシュ】」
器用に火魔法をばら撒き、槙島とテスラの援護射撃を相殺したのだから。
「どうしたァ〜槙島? お得意の『復讐』はいつ終わるんだ?」
「貴様が罪を自覚すればすぐに終わるぞ……!」
「それは主語を入れ替えても成立するぜ、槙島。貴様自身が弱いばっかりに仲間を死なせたって罪を……」
「槙島様は……弱くなんてありませんッ!」
英霊四体と槙島の力をもってしても尚、一切押されることはない偽イスラに、オリヴィエは怯えていた。
しかし、仲間たちを殺されたことと、自分たちの救世主たる槙島を侮辱されたことを再度自覚し、オリヴィエは義憤によって恐怖を吹き飛ばした。
そしてオリヴィエは勇気を振り絞って、偽イスラとの間合いを詰め、剣を振るう。
偽イスラはオリヴィエの初太刀を左手の短剣で受け止めて、
「ほう、これはなかなかだな……だが、こんなもんか?」
「いいえ、まだです!」
オリヴィエはその間合いを保ったまま、幾度と偽イスラに斬りかかる。
項羽とヴラドにオリヴィエが加わっても、相変わらず偽イスラは双剣で完全防御を行っていた。
だが、何としても槙島に恩を返したい――その一心でオリヴィエは剣技をより早く、強くし、偽イスラを僅かながら徐々に追い詰めていく。
「オリヴィエ……その意気だ、行けッ!」
「はい、槙島様!」
「……あーあ、やっぱ『コレ』じゃあダメだ」
偽イスラが右手に持った、刃こぼれした短剣を槙島に投げた。
槙島は手前に浮かせたグングニルを回転させそれを軽々と弾く。
その合間に、偽イスラが唱えた。
「【神器錬成:レーヴァティン】」
刹那、虚空より、陽炎のようにうねり曲がった刀身を持つ長剣――神器【レーヴァティン】が現れる。
偽イスラはそれを空いた右手で順手に持ち、数秒強く握って力を溜めた後、全方位を薙ぐように振り回す。
そこから炎を帯びた衝撃波が放たれ、この大広間にいる全員を襲った。
至近距離におり、防御が間に合わなかった項羽はその炎で全身を焼かれて消滅した。
ヴラドはマントをコウモリのように羽ばたかせ、空中に避難しようとしたが、衝撃波の勢力はそれを許さず、項羽に次いで消滅した。
偽イスラから比較的離れていたテスラ、ジャンヌ、それと槙島は、発源からの距離により、それなりの傷を負ったものの、致命傷は免れた。
そしてオリヴィエは、項羽とヴラドと同じく全身で衝撃波を食らった。
しかし、彼女は咄嗟に離れつつ、剣を振り回して防御をしていたため、かろうじて一命をとりとめていた。
「……逃げろ、オリヴィエ!」
槙島は【英霊顕現】で回復役の英霊を呼ぶべく、急ぎ虚空にグングニルを突き立てた。
しかしオリヴィエは、槙島の命令に従えなかった。傷の深さ故に逃げる余力が無く、片膝をついてその場に残った。
そんな彼女の眼前にレーヴァティンを天へ向かって掲げた偽イスラが立ち、
「……ごめんなさい、槙島さ……」
容赦なく斬り伏せた。
【完】
話末解説
■登場人物
【オリヴィエ】
レベル:34
ジョブ:【戦士】
大陸の住民。ヒデンソルの王都の地下にあるコミュニティ『楽園』に住む元奴隷の少女。
少々おっちょこちょいなところはあるが、礼儀正しく優しい性格。
元々はヒデンソル王国の王族だったが、国王の身勝手な嫉妬と都合で奴隷に落とされた。
戦闘では、王族の頃から訓練した鮮やかな剣技で戦う。
【デイビス】
レベル:26
ジョブ:【狙撃手】
大陸の住民。『楽園』に住む元奴隷で、そこの住民のまとめ役の一人。
真面目な性格な少年。
戦闘では、弓で援護射撃を行う。
【イスラ】
レベル:28
ジョブ:【暗殺者】
大陸の住民。『楽園』に住む元奴隷で、そこの住民のまとめ役の一人。
勝ち気で姉御肌な少女。
戦闘では、素早い身のこなしと、一対の短剣を武器に立ち回る。
【ニック】
レベル:27
ジョブ:【戦士】
大陸の住民。『楽園』に住む元奴隷で、そこの住民のまとめ役の一人。
明るく無鉄砲な性格の少年。
戦闘では、柄の長い大斧を振り回す力押しが得意。




