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2話 人類代表との「交流」(※噛み合わない模様)






撃たれた、という文には、主語が二つある。

地球側は、市民の一人に撃たれた。

私は、その市民に撃たれた。

同じ出来事のはずなのに、この二つの文は、別々の部屋に住んでいる。



南芝生での最初の混乱が、ようやく「混乱のままでも会談は始める」という形に整えられたのは、たぶん誰かが優秀だったからではない。


これ以上止めると、もっとまずい、と全員が同時に理解したからだ。


会談を中止する選択肢も、当然あった。


医療検査を優先し、事案の法的整理を先に進め、儀礼日程を組み直してから改めて、という案は、少なくとも三つの省庁から同時に上がった。合衆国側のNSC――ここでは国家安全保障会議類似の機関と呼んでおく――からは、狙撃の性質をより精密に分析するための四十八時間ルールが提案された。日本側の官邸からは、一度仕切り直して国連総会特別会合の場に移す案も出たらしい。


けれど、すべての案に共通する反論が、最後に通った。


――もう一度日程を組む方が、もっと怖い。


人類は、止めたほうが危険な地点に、すでに到達していた。


止めれば、止めたことで「向こう」に何かを読まれる。再開すれば、再開の日取りをめぐってまた全員の体力が削れる。何より、今止めたら、今日の撃った側の人間の行為に、あまりに大きな重みを与えてしまう。


だから彼らは、震えたまま、前に進むことを選んだ。


それは、たぶん、私が知っている地球人のいちばんいいところだった。



地球側は、撃たれた。


私は、撃たれた。


ただし、どちらの文も意味が違う。


地球側にとっては、異星文明との初接触の初手で自国の市民が発砲したという政治的・倫理的な傷だ。合衆国の治安、同盟国への説明、国際世論、事件自体の司法処理、撃った人間の精神鑑定、銃規制をめぐる政治闘争の再燃、各派閥の思惑、すべてがこの一発に結びついていた。


私にとっては、単純に怖かった。


怖かった、というのは重要である。


なぜなら、私は数百年生きていて、共同圏の一般教育も受けていて、接触用の規約も暗唱できて、身体設計の理論も理解していて、それでもなお、発砲音を聞いた瞬間の感想が「ヒィッ」だったからだ。


たぶんこの文明に来てから、私は二種類の自分を持っている。


ひとつは、長寿命社会の市民としての自分。規約が分かる。制度が分かる。身体調整も、形態設計も、共同体の論理も、ある程度分かる。数百年単位で何かを眺めることに、もう慣れてしまった自分。


もうひとつは、前世の地球人としての自分。突然の大きな音に弱い。偉い人との会話が苦手。相手の目を見て話せと言われると余計に見られなくなる。会議室の水を飲むタイミングが分からない。相手より先に水を飲むのは失礼か、相手より後だと気を遣わせるか、同時は浅ましいか、ずっと考えてしまう。そういう、規模の小さい生き物としての自分。


今日の私は、その二つを両方連れていた。


しかも、地球側には前者だけを見せなければならないつもりでいた。


無理がある。


最初からあった。



会談場所は、南芝生からそのまま歩いて移れる位置ではなかった。


もちろん、物理的には行ける。だが、物理的に行けることと、政治的に正しいことは違う。


警備、記録、儀礼、同席者の選別、導線の見せ方、窓の位置、旗の位置、音の反響。人間は重要な会話ほど、内容の外側を細かく整える。私はそれを知っているし、嫌いではない。嫌いではないが、今日はその整えのすべてが、少し切実すぎた。


芝生の上でいったん対襲撃対応班の手で安全確認が入り、そのあと敷地内の医療棟に似た区画で、私は形式上の「健康確認」を受けた。形式上の、というのは、私の身体が地球の医療機器にほとんど反応しないからだ。彼らは脈を測るふりをし、私は測られるふりをした。お互いに礼儀だった。


そのあいだに、奥の部屋では臨時のプロトコルが最終調整を受けていた。


接触時地位協定――と、あとで公開文書には書かれることになる取り決めの、最も短い版である。本来なら何年もかけて結ぶような文書を、この日に間に合わせるために、数ページに圧縮した応急版。免責、記録、通信、報道、移動、緊急離脱、発砲事案の扱い、通訳の品位基準、同席者の格。


私はその内容のほとんどを知らされていなかった。


知らされる必要がないほど、彼らの側の事情だった。


最終的に通されたのは、白と金を基調にした、だが見た目ほど柔らかくはない部屋だった。楕円ではない。もっと小さい。外交の演出と緊急対応の実務が、途中で握手して妥協したような部屋だった。


壁に掛けられた国旗は三本。合衆国、日本、国連。どの高さに揃えるか、誰の左右に配するかで、たぶん前日まで揉めていたはずだ。カメラは一台だけ入っていた。公式記録のカメラは別室で集中管理され、この部屋にあるのは儀礼用の据え置き一台だけ。音声は遮断同意書のもとで別経路に落とされ、会見の冒頭と末尾の映像だけが限定配信される段取りだった。


Poolと呼ばれる代表取材団は、隣接するプレスルームに詰めていた。彼らはこの部屋には入れない。そのかわり、会談後の三分間、短い公式映像を共有する権利を持つ。映像の長さをめぐって、たぶん彼らもまた、前日まで揉めていた。


私は入る前に一度だけ立ち止まり、接触用の表層安定設定を確認した。


高い。


まだ高い。


下げたい。


でも今は下げられない。


下げると、たぶん私は最初の一歩で床材の切り替わりに気を取られる。絨毯の端に引っかかる。視線を泳がせる。あるいは、ここで誰かがいちばん最初に口を開く前に、妙な沈黙に耐えられなくなって、「あの、撃たれたの初めてで、すみません、ちょっとまだびっくりしていて」と言う。


それはたぶん、駄目だ。


絶対駄目というほどではないかもしれないが、少なくとも私の中の「ちゃんとしなきゃ人格」は、断固として拒否した。


だから私は、口調補助を平坦寄りに保ち、肩の揺れを抑え、歩幅の均一化を一段強くした。


つまり、ますます高位存在っぽくなった。


最悪である。



部屋には、私が知っている顔と、知らない顔があった。


知っていると言っても、実際に会ったことがあるわけではない。通信と映像で何度も見た顔だ。


合衆国の大統領、グラント・リード。日本の城崎玲。


その両側に、それぞれの国のNSC補佐官。合衆国側は主席補佐官のセヴェリーニ、日本側は官房副長官の木原。さらに、国務省主席法律顧問、外務省法務参事官、通訳が二重化で二名ずつ、速記が各言語一名ずつ、医療待機が奥の扉の向こう、宗教顧問――合衆国側はプロテスタント系の倫理諮問委員、日本側は大学の宗教学者を兼任している委員――が、それぞれ目立たない位置にいた。


同席観察者として、英国、フランス、ドイツ、インド、ブラジルの各大使級、国連事務総長特使、赤十字国際委員会の代表、そして聖座特使が、壁沿いの椅子に一列に座っていた。


全員、平静の顔を作るのに失敗していた。


それは責められない。


私だって失敗している。ただ、私の文明の失敗は外から見えにくいだけだ。


同席観察者の顔ぶれを、数秒でもう一度なぞってから、私はひとつ気づいた。


ロシアの席がない。中国の席もない。


用意はされていた、と後で聞いた。だが、当日朝までに、両国とも「代表の席に着かない」という選択をしたのだった。拒否ではない。非難でもない。ただ、席を空けることで、自国の国内向けに「この場に加担していない」という余白を残したのだ。


席を空けることは、ときに出席より雄弁だ。


私はそれを嫌な形で理解していた。


リードが先に立った。


形式としては歓迎の位置にいる。だが、歓迎の顔ではない。相手を値踏みし、同時に自分も値踏みされると分かっている人の顔だった。


「ようこそ、と言うべきなのかどうか、まだ迷っている」


彼は最初にそう言った。


私は一瞬、返答を間違えそうになった。


率直で、いい言い方だと思ったからだ。


人間らしい。分かっていないときに、分かったふりで歓迎するより、ずっといい。


でも私は、感想から先に出すとたぶん駄目になる。


「妥当な迷いです」


口から出たのは、そういう冷たい文だった。


本当はもっと別のことを言いたかった。


たとえば、私でも迷ってます、とか。正直、ようこそって言われたらちょっと泣くかもしれません、とか。そういう、地球人の頃の私なら出せた言葉。


出せない。


いまは出せない。


リードはわずかに片眉を上げた。怒ったわけではない。測っている。


「座っても?」


今度は城崎が言った。


その問いは、奇妙に優しかった。


私に許可を求めているようで、実際には部屋の全員に「先に進みます」と合図している。政治家の言葉だ。個人のための文に見せて、場の手続きを動かす文。


「はい」


私は答えた。


「私もそうしていただけると助かります」


一拍、部屋が止まった。


しまった、と思った。


助かります、は軽すぎたかもしれない。地球外の来訪者が言うには生活感がある。しかも私は座る前から、自分が疲れていると言っているようなものだ。


だが城崎は、ほんの少しだけ口元を柔らげた。


「助かる、でいいんですね」


「はい」


「よかった」


何がよかったのか、私はその時よく分からなかった。


あとで思えば、たぶん彼女は、私がまったく比喩でしか喋らない存在ではないと確認したかったのだ。


全員が席についた。


私の椅子は、人間用よりほんの少しだけ調整の余地が大きい。地球側が、私の身体サイズに合わせて急ごしらえしたのだろう。座面の高さ、背の角度、接地面積。どれも僅差だが、ちゃんと考えてある。


座るとき、座面の革が小さく鳴った。


私はその小さな音に、妙に感動した。


感動したのに、顔には出ない。


この文明の安定補助は便利だが、ときどき残酷だ。内心の小さな感動や動揺を、威厳のために全部均してしまう。



最初の質問は、予想通り、リードからだった。


「あなたは、我々に何を要求するつもりもない、と最初に言った」


「はい」


「技術も、資源も、基地も、服従も、宗教的帰依も」


「はい」


「その前提で訊く。では、あなたは何を見に来た?」


部屋が静かになる。


これは最初の本題だった。


しかも、かなり良い質問だ。私は前世の地球人として、こういう問いかけ方をされるとすぐ「面接だ」と思う。志望動機を聞かれている感じ。どうしてこの会社なのか。入って何をしたいのか。あなたの強みは何か。


就活のとき、私は三次面接までしか行けなかった会社の面接官に、まさにこの構造の質問をされた。覚えている。部屋の広さ、水の置かれ方、自分のハンカチがスカートの上で湿っていく感じまで覚えている。


そこで私は「御社の理念に深く共感しまして」と言った。


言った瞬間、面接官の目の奥が、五ミリほど遠くなった。


あのときの五ミリを、私は今日、絶対にやりたくなかった。


私は一瞬だけ、逃げたくなった。


本当の答えは、半分以上が「懐かしかったから」である。


残りの半分は、「見たいと思ったから」。


それをこの場でそのまま言うのは、たぶん地球全体に失礼だ。少なくとも私の感覚ではそうだった。


だから私は、嘘ではないが、最初からは言わない順番を選んだ。


「あなたたちの、扱い方です」


誰の眉も動かなかった。よく訓練されている。


「何を扱う?」


リードが重ねる。


「孤独、悲しみ、病い、死、能力差、親密さ、競争、救えないもの、救いたいと思う気持ち。その扱い方です」


言ってしまってから、私は内心で頭を抱えた。


重い。


重すぎる。


またやった。


本当はもっと普通のことを言うつもりだった。ご飯の時間とか、家族で同じテレビを見ながら気まずくなる感じとか、友達が帰ったあとの部屋の静けさとか、昔読んだ漫画の台詞を十年後に急に思い出す感じとか。そういうものを見に来たのだと。


でも、大役を前にすると私は、すぐに就活モードになる。


小市民のくせに、言葉だけは大きくする。自分でも嫌いな癖だ。


ところが、部屋の空気は悪くならなかった。


むしろ逆だった。


城崎が、ゆっくり息を吐いた。


ノートに、短く一行を書き込んだ。私の位置からは文字は見えない。だが、文の長さと、ペン先の止まり方から、たぶん羅列された九語のうちのいくつかを写したのだと分かった。


「そういうことを、上位文明が最初の興味として挙げるんですか」


その声は驚きより、確認に近かった。


私は答えに迷った。


上位文明、という言葉が、相変わらずこそばゆいからだ。


「私個人の関心です」


これも本当だった。


文明全体の意思と言い切るほど、私は偉くない。


「共同圏全体の目的とは限りません」


「では、あなた個人が、そこに価値を見る理由は?」


今度は城崎。


また面接だ、と思った。


同じ問いを、より深く言い換えている。逃げ道が狭い。


私は、数秒だけ沈黙した。


ここでまた大きなことを言えば、この会談はそのまま「異星文明の哲学的宣言」になってしまう。そんなもの、私は持っていない。持っていないのに、持っているように聞こえる話し方をするのが、私のいちばん悪いところだ。


だから今回は、少しだけ本当の方へ寄せた。


「失ったことがあるからです」


部屋の空気が変わる。


それは計算ではなかった。


言ってしまってから、自分でも驚いた。


「失われると、価値が分かるものがあります。なくなる前には、たいてい軽く見えるものです」


私の頭にあったのは、地球だった。


地球そのものというより、地球での生活だった。終電。コンビニ。洗濯物。机の上のレシート。豆腐。家賃更新料の通知。再配達の不在票。どうでもいいと思っていたもの。死んでから、それが全部、取り返しのつかないものになった。


けれど地球側は、その文を別の意味で受け取ったらしい。


リードが視線を落とし、すぐに戻した。


城崎も、ほんのわずかに顎を引いた。


壁沿いに座っていた聖座特使が、一度だけ胸の前で小さく手を組み直した。そのしぐさは、祈りというより、祈りを抑えた癖に見えた。


彼らはたぶん、戦争、災害、喪失、社会の分断、死者、そういう大きなものを思っている。


違う、とは言えなかった。


違わないからだ。私の言葉は、個人的な喪失から出ているが、個人的な喪失は人類の喪失と無関係ではない。


こういう偶然だけは、なぜか私の言葉に味方する。


厄介だ。



同時刻、モスクワはほとんど動かなかった。


深夜枠のニュースでは、短い通訳付き字幕だけが流れ、コメントは付かなかった。通信社はドラフトを三種類用意していたが、当局側からの論調指示はついに最後まで出なかった。彼らは「何も言わない」という選択を、もっとも雄弁な発言として選んでいた。


北京では、党内回覧だけが動いていた。


公開されない紙が、官庁から官庁へ手渡しで運ばれ、二時間後には内部意見が統一されていた。翌朝の新聞第一面には、一行だけの短い声明が載る予定だった。「歴史的接触に際し、平和と対話の原則を支持する」。たったそれだけで、何について語っているのかは書かれていなかった。


ベルリンでは、平日夜の教会が、平日にしては珍しく明かりを落とさずにいた。


ラゴスのマーケットでは、露天の店主が携帯電話を高く掲げ、群衆がそれを取り囲んでいた。通信は何度も途切れ、そのたびに誰かが冗談を言って、笑いが起き、また笑いが消えた。


サンパウロの家庭では、食卓で子どもが質問をしていた。


「お父さん、あの人、悪いの?」


父親は、答えに長く時間をかけた。


バラナシのガンジス河畔では、老いた僧侶が短い沐浴を終え、河の向こうを見つめていた。彼は午後の礼拝を、いつもより長くした。


コペンハーゲンの大学図書館では、閉館時間を過ぎても学生が席を立たなかった。司書は電気を落とさず、かわりに入り口の鍵をそっと掛け、誰も出入りできないようにした。


東京の深夜帯報道では、キャスターが二度、言葉に詰まった。


彼はベテランで、過去に震災も戦場も原発も伝えたことがあったが、このテーマについては、三分の持ち時間のうち四十秒を沈黙に使った。視聴者は、沈黙をチャンネルを変える理由にしなかった。


SNSの反応は、すでに言語の形を失いかけていた。


短い文。一単語。絵文字だけ。祈り。茶化し。陰謀論。称賛。嘲笑。翻訳された私の台詞が、十分後には別の文脈の画像と合成され、また五分後には別の宗教の引用と並べられ、また三分後には企業の広告バナーの背景に転用されていた。


すべてが、あの部屋の外で、同時に起きていた。


部屋の中では、聞こえなかった。


私は少しだけ、そのことに救われていた。



次に口を開いたのは、日本側の同席者だった。宗教と倫理のあいだに立つような肩書の人で、年齢は私より若く見えるが、地球ではそれに意味がある。


「あなたは先日の補足文で、身体改造、能力補助、生殖系列への介入を、長い時間の中で分けなくなったと説明しました」


「はい」


「それは、個人の自由の拡張として行われたのか、それとも社会規範として固定されたのか」


厳しい質問だった。


とても良い質問でもある。


私は少しだけ嬉しくなった。


嬉しくなったこと自体が危険だ。嬉しいと人は饒舌になる。饒舌になると、私はだいたい余計なことを言う。


「両方です」


短く答える。


「最初はたいてい、個人の都合です。治療、利便、美観、恋愛、職能、恐怖の回避。理由は低いところから始まります」


ここで、私は自分の足元を見ないようにした。


怖いから安定設定を上げている今の私も、まさにその「低いところ」だからだ。


「それが普及し、世代を越え、制度と教育が追いつくと、後から生まれた個体には環境になります。自由に見えるものが常識になり、常識に見えるものが階級になります」


部屋の端で誰かがペンを止めた。


ああ、またちょっと言葉が大きい。


本当はもっと簡単に言えた。


みんな最初は便利とか可愛いとかラクとかで始めるんです。けど、何世代か経つと「やってないと不便」「やってないと遅れてる」「やってないと可哀想」になって、そのうち生まれたときからそういう身体が普通になります。


そう言えばよかった。


でも、ここでは出ない。


私は緊張すると、すぐに概念の階段を駆け上がる。


駆け上がるたびに、階段の下に置いてきた具体的な記憶が、いちいち足を引っ張る。矯正歯科の待合室で読んだ古い雑誌、整形外科の広告の下に載っていた「術後三日目」の写真、コンビニで売られているダイエット飲料の棚、電車の中吊りに並ぶ育毛クリニックの価格表。階段を上りきった頃には、私はその具体たちを一段ずつ踏みつけてきたことになる。嫌な上り方だ。


その質問者は、私をじっと見ていた。


「では、あなたの社会において、それは幸福でしたか」


私はそこで、初めてほんの少しだけ黙った。


幸福。


難しい言葉だ。幸福という言葉はだいたい、聞かれた瞬間に逃げる。


「一様ではありません」


私はゆっくり言った。


「死が減り、苦痛が減り、選択が増えたことに救われた個体は多い」


そこまでは簡単だ。


「同時に、選べることそのものが圧になる個体もいます。最適化し続けることに疲れる個体もいる。どの身体であるか、どの能力帯にいるか、どの補助を許容するか。自由は、いつも少しだけ人を追い立てます」


今度は、部屋がもっと静かになった。


私はまた内心で困った。


困ったというか、やってしまったと思った。


だってこれは、そこそこ普通の話だからだ。


地球でもたぶん同じだろう。勉強、就職、整形、ダイエット、年収、子育て、住む場所、老後資金。選べるようになるほど、人は「選ばなかったこと」を責められる。


そんなの、地球人なら誰でも薄々知っている。


なのに部屋の空気は、まるで高位文明の深い警句を聞いたみたいに重くなっていた。


違う。


これは偉い答えじゃない。


元社畜の、そこそこ普通の愚痴である。


そう言いたくてたまらなかった。


もちろん言えなかった。



会談は、奇妙に穏やかな速度で進んだ。


誰も声を荒げない。


誰も机を叩かない。


そのかわり、質問が少しずつ深いところへ入ってくる。


悲しみをどう扱うのか。


家族は制度の中心か。


能力差は競争によって測るものか。


病いが治せるとき、治さない自由は残るのか。


死が遅くなると、愛は変質するのか。


共同体は広がるほど冷たくなるのか。


私は一つずつ答えた。


答えるたびに思う。


これ、本当に私が答えていいのだろうか。


共同圏の哲学教育を受けているから、言語化はできる。数百年生きているから、前世の私より経験も多い。だが、だからといって私は代表ではない。しかも、答えの核にあるのは結局、自分が生きてきた生活の手触りだ。


たとえば城崎に、


「ケアとは、何ですか」


と聞かれたとき、私の頭に最初に浮かんだのは、前世のコンビニのホット飲料棚だった。


風邪気味の夜、温かいペットボトルを一本買うだけで少しだけ生き延びられる感じ。誰もそれを倫理とは呼ばない。国家も文明も、たぶんあそこから出来ていない。けれど人はそういう小さな「先に温めておいたもの」に何度も救われる。


棚の前で立ち尽くした夜の数を、私はもう覚えていない。


終電を一本逃して、次の始発までの時間をどう潰すか考えながら、コーンスープの缶を一本握りしめて、まだ少し温かい、と確認しては棚に戻し、また別の一本を手に取った。結局、買わずに出たこともあった。買えなかった夜もあった。家賃更新料の通知を開いたばかりの夜は、百五十円がひどく重かった。


あの棚にいた店員の誰かは、私より先に、温めた飲料を棚に並べていた。私が何時にそこに来るか、どのくらい困っているか、そもそも来るのかどうかも、知らないまま。


あれが、私にとってのケアの原型だった。


私は、もちろんそのままは言わなかった。


いや、半分は言った。


「ケアは、多くの場合、大きな理念ではありません」


声が平坦すぎる。もっと人間らしく言えればいいのに、と私は思う。


「相手が壊れる前に、壊れやすい場所を少しだけ先回りして支えることです。完全に救うことではない。今日を越えるための条件を、一つ減らすことです」


今度は誰もすぐに書かなかった。


リードが、しばらくしてから低く言った。


「国家にも当てはまる」


「はい」


私は答えた。


「個人にも、国家にも、たぶん当てはまります」


まただ。


また、普通のことを言っているだけなのに、部屋の重さが増す。


なんでだろう。


私はその場で少しずつ理解し始めていた。


たぶん彼らは、答えの中身だけを聞いているのではない。


この答えが、どの位置から来ているのかを聞いている。


もし本当に私が「自分たちよりずっと上の場所」から来ているのなら、ありふれた言葉が急に箴言になる。逆に、私がただの元地球人なら、だいぶ気まずい。


私は今、そのどちらでもある。


どちらでもあるのが、最悪にややこしい。



城崎が、水を一口飲んだ。


飲むタイミングが、うますぎる、と私は思った。


早すぎず、遅すぎず、相手に「いまは沈黙してもよい」と合図するための一口。水を飲む動作は、本来生理的なものだ。それを手続きの道具として使えるのが政治家なのだと、私は前世でも何度か遠くから眺めたことがあった。


彼女は、水を置いてから次の問いを出した。


「交流とは、相手を理解することですか」


私は少し考えた。


「完全には」


「完全には?」


「理解できなくても、扱いを決めなければならない場面があります」


これは、地球でもたぶん同じだ。家族でも、友人でも、政治でも。全部理解してから接することなんてできない。人はたいてい、よく分からないまま関係を作る。


「交流は、理解の完了ではなく、理解が足りないまま壊さずに近くにいる技術です」


言った瞬間、私は心の中で両手で顔を覆った。


まただ。


またそれっぽい。


いや、たしかに意味はある。あるのだが、文として整いすぎている。こういうの、一話に一個までにした方がいいんじゃなかったのか、と別の自分がツッコむ。だが遅い。もう出た。


部屋では、沈黙が少しだけ長くなった。


城崎は、その文を頭の中で一度ほどいてから置き直しているように見えた。ノートに、今度は二行書いた。一行目は短く、二行目はそれより少し長い。たぶん、私の文をそのまま写した上で、自分の言葉で短く要約したのだと思う。


「それは、あなたたちの文明でも簡単ではない?」


「簡単ではありません」


これは即答だった。


「長く生きると、相手を理解した気になる時間が増えます。理解した気になるほど、相手を乱暴に扱いやすくなる」


そこで私は、少しだけ口を止めた。


言ってから、自分が自分に刺さったからだ。


私は地球を知っているつもりだった。


元地球人で、言語も生活も分かるつもりだった。


その「つもり」が、最初の送信文も、セーフモードも、補足文も、たぶん全部少しずつ失敗させた。


理解した気になった相手を、人は乱暴に扱う。


私は、共同圏の高位存在どころか、ただの悪い里帰り客だったのかもしれない。


その自覚が喉まで上がってきて、私は初めて少しだけ言葉を探した。


「だから、今回の接触も」


まずい。何を言う。


「私の側に、誤りがありました」


静かな一文だった。


でも、それはこれまででいちばん本当だった。


リードがすぐには反応しなかった。


その代わり、指先で机を一度だけ叩いた。癖だろう。交渉のときの。


彼の指は、長くて、節の太い、働く手の指だった。その指が机を叩く音は、たった一回でも部屋の空気を少しだけ引き締めた。


「あなたは、自分の何が誤りだったと考えている?」


これも、良い質問だった。


きついが、良い。


私は答えた。


「脅威ではないと言えば、脅威としては読まれないと思ったことです」


誰かが小さく息を吸った。


「安全のために兵器を止めれば、安全だと伝わると思ったことです」


さらに部屋が静かになる。


「補足すれば誤解は減ると思ったことです」


そこで私は、一瞬だけ目を伏せそうになった。


安定設定がそれを抑えた。ありがたいような、ありがたくないような。


「私は、理解が先にある前提で動きすぎました。理解は、ありませんでした」


リードの顔が、初めてほんの少しだけ人間的に崩れた。


怒りではない。疲れに近いもの。


「それは、よく分かる」


その返答に、私は少し救われた。


救われたのに、たぶん顔には出ていない。


壁沿いに座っていた国連事務総長特使が、ノートの端を小さくめくった。赤十字代表は、指を組み直した。聖座特使は、最初に祈りを抑えた癖をもう一度繰り返した。


誰も、私を高位文明の住人としては扱わなくなりはじめていた。


扱えなくなったわけではない。扱い「だけ」ではなくなったのだ。



会談は後半に入ると、急に「文明」から「生活」に近づいた。


たぶん誰かが意図したのではなく、限界が来たのだと思う。


大きな問いだけでは、長く座っていられない。


城崎が訊いた。


「あなたたちの社会でも、家族は面倒ですか」


私は危うく咳き込むところだった。


そんな質問が来ると思っていなかった。


「面倒です」


即答した。


今度は、本当に即答した。


部屋の空気が、ごくわずかにずれた。


たぶん全員、この答えを予想していなかった。


日本側の若い補佐官が、ノートに書きかけていたペンを、音を立てないように止めた。速記の一人が、一瞬だけ視線を上げ、すぐに戻した。


「どう面倒なんですか」


城崎。


どう面倒か。


そんなの、説明できるだろうか。


前世の家族。今世の共同体。寿命が長くなっても、近すぎる相手が面倒であることは変わらない。むしろ長いぶん、蓄積が増える。


親からのLINEの既読スルー。何度か怒られたあとも直らない、その場しのぎの返信。年末に実家に帰るか帰らないかで、十二月の前半を全部使ってしまう感じ。帰ったら帰ったで、テレビの音を少し下げてほしいと言えない感じ。数百年経っても、あれと似た構造が共同圏のどこかには残っている。


「相手を大事にしたい気持ちと、相手から離れたい気持ちが同時に起きるからです」


私は言った。


「近いほど、相手の痛みを自分の責任だと誤認しやすい。逆に、自分の責任でないものまで抱え込んで、相手を支配しやすい」


また概念っぽい。


だが、これも本当だった。


「だから、家族は共同体の最小単位であると同時に、最初の過干渉でもあります」


しまった。


今のは少し尖っていたかもしれない。


しかし、思ったより誰も困った顔をしなかった。


むしろ、日本側の若い補佐官が一瞬だけ下を向いた。笑いを殺したのかもしれない。


私はその小さな崩れに、ものすごく助けられた。


人間だ。


この部屋にはまだ、人間がいる。


いや、私も元人間だが。


リードが、珍しく少しだけ椅子の背にもたれた。


「では、国家はどうだ」


まだ行くのか、と思った。


でも仕方がない。彼は大統領で、私は来訪者で、いまこの部屋ではたぶんそれが最も正しい問いなのだ。


「国家は、巨大な家族ではありません」


私は慎重に言った。


「巨大な家族だと思い始めると、だいたいろくでもないことになります」


これは、前世の私でも知っている。


地球の歴史が証明している。民族、血、祖国、父なる、母なる、兄弟なる、そういう語彙が政治に流れ込むたびに、誰かが死んでいった。たいていは、実際の家族の中で最も弱かった人に似た誰かが、最初に死んだ。


「ただし、国家もやはり、他人のままでは維持できません。完全に他人である相手のために、税も兵役も再分配も長くは続かない。だから国家は、家族ではないのに、家族っぽい語彙をずっと借り続ける」


また部屋が静かになる。


私はもう、途中から諦めていた。


たぶん私はこういう場では、どうしてもこう喋る。


怖いから、抽象へ逃げる。抽象へ逃げると、たまたまそれっぽく見える。見えるだけで、中身は元社畜の処世感覚だ。


上司に怒られないように、少しだけ大きい言葉を使う。会議で発言を求められたとき、結論を先送りにするために、分析の言葉で時間を稼ぐ。新入社員の頃から、私はずっと、そうやって切り抜けてきた。共同圏に来てからも、ほとんど手癖は変わっていない。


数百年経っても、手癖は人格の芯より先に治らない。


そのとき、城崎が初めて、少しだけ笑った。


「あなた、意外と普通のことで悩んできたんですね」


私は止まった。


リミッターがかかっていなければ、たぶん目を丸くしていた。


「……そう見えますか」


「ええ」


彼女はためらわなかった。


「言っていることは大きい。でも、悩みの出どころが生活に近い」


その一言は、たぶん今日いちばん私を動揺させた。


見抜かれた、と思った。


共同圏の監督者たちにも、ここまで正確には言われたことがない。彼らはもっと大きな分類で私を見る。元地球由来、境界文明適応者、外銀河接触候補、対話偏重、非軍事的傾向、そういうラベルだ。


でも城崎は、たったいま、もっと嫌なところを突いてきた。


私は、普通のことで悩んできた。


そう。まさにそうだ。


死があるかないか、文明が低いか高いか、その前に私は、今日をやり過ごすとか、変なことを言わないとか、相手を怒らせないとか、洗濯物を取り込むとか、そういう人生をしていた。


数百年経っても、それが核のままだ。


「……はい」


私は、少し遅れて答えた。


「たぶん、そうです」


このとき初めて、私の声はほんの少しだけ、本編の通信より柔らかくなったと思う。


城崎は、それ以上は深追いしなかった。


深追いしないことで、私の崩れを公式記録から守った。政治家の優しさだった。彼女はおそらく、私が「普通の悩みを抱えている」ということを、この部屋の外に出す瞬間を、自分の側で選びたかった。


それも、政治だった。


悪い意味ではない、政治だった。



会談の終盤、リードは最後の問いを出した。


「我々は、あなたをどう扱うべきだと思う?」


部屋がもう一度、深く静かになった。


たぶんこれは、外交的には極めて重要な問いだ。


来訪者を、客とみなすのか。脅威とみなすのか。観察者とみなすのか。使節とみなすのか。個人とみなすのか。文明そのものとみなすのか。


客なら、もてなしの語彙が動く。脅威なら、抑止の語彙が動く。観察者なら、距離の語彙が動く。使節なら、儀礼の語彙が動く。個人なら、人権の語彙が動く。文明なら、条約の語彙が動く。


扱い方の違いは、そのまま動員される語彙の違いだった。


彼らは、どの辞書を引けばいいのかを、私に訊いている。


でも私の頭に最初に浮かんだのは、別のことだった。


そんなの、私にだって分からない。


私は自分をどう扱えばいいか、ずっと分からないままここまで来た。元地球人として懐かしむ自分と、共同圏市民として規約を背負う自分と、小市民として怒られたくない自分と、接触相手として超然としていなければと思う自分。全部が同じ器の中にいて、いまだに折り合いがついていない。


地球側にその整理を求めるのは、少しずるい。


だから私は、珍しく、少し長く考えた。


「文明として扱うのは、たぶん早すぎます」


私は言った。


「兵器として扱うのも、宗教として扱うのも、たぶん違います」


自分で言っていて、ようやく少し息が整ってきた。


「個人として扱うには、影響が大きすぎる。ですが、個人であることを無視すると、会話が壊れます」


これもたぶん、本当だった。


「なので、当面は」


そこで私は、少しだけ間を置いた。


どう言うのがいい。


変にうまく言わない方がいい。


でも、雑すぎても駄目だ。


「……扱いに困る客、くらいが妥当かもしれません」


言ってしまった。


終わった、と思った。


あまりにも生活感がある。扱いに困る客。銀河共同圏の接触使節が、自分をそう言った。規約違反ではない。たぶん。たぶんだが。だが軽い。


ところが、部屋は崩れなかった。


崩れなかったどころか、ほんの一瞬だけ、空気がほどけた。


リードが、今日初めて、明確に笑った。


大きくではない。口の片側だけ。


「それは、分かる気がする」


城崎も視線を落としたまま、小さく息を漏らした。笑いか、安堵か、その中間。


壁沿いの観察者たちの列で、英国大使がひとつうなずき、ブラジル大使が肩の力をわずかに抜き、インド大使は最初に浮かんだ笑みを手で抑えた。赤十字代表の目尻が、わずかに柔らかくなった。聖座特使は、初めて、胸の前の手を解いて、膝の上に置いた。


私は自分の中で、何かが少しだけ緩むのを感じた。


全部は無理でも、ここには少なくとも、通訳不能ではない笑いがある。


その事実だけで、ずいぶん違った。



会談が公式記録上の一区切りに入ったとき、私はものすごく疲れていた。


身体が、ではない。


身体の方は設定が持たせてくれる。


疲れていたのは、中の、役者の方だ。


私はこの数百年、ここまで長時間「ちゃんとしている」ことを要求されたことがない。共同圏では、ちゃんとしていなくても大抵どうにかなる。周囲が高度文明すぎると、一人の挙動不審くらい吸収される。だが地球では、いまの私は一挙手一投足が全部、文明間のサンプルである。


荷が重い。


荷が重いのに、それを引き受けてしまった。


たぶん、前世からそうだ。


断りきれない。やれるかどうか分からないことを、場の流れで引き受ける。で、後から頭を抱える。職場の歓送迎会の司会、結婚式の余興、転勤する先輩への寄せ書きの取りまとめ。断れば済んだものを、全部、なぜか引き受けた。そしてそのたびに、前夜、自分の部屋で頭を抱えた。


今日は、その夜の版が、地球規模で行われようとしている。


そのとき、城崎が書類を閉じる音がした。


「今日はここまでにしましょう」


私は、本気で助かった。


助かったのに、外から見える顔はたぶん相変わらず平坦だ。


「ありがとうございます」


今度は、わりとそのまま出た。


リードが立ち上がりながら、こちらを見る。


「次は、もっと小さい話をしよう」


私は少しだけ迷った。


「小さい話は、得意です」


そう答えると、今度こそ、部屋の何人かがはっきり笑った。


たぶん彼らは、それを謙遜か、高位存在の余裕か、あるいは何かの比喩だと思ったかもしれない。


違う。


あれは本音だ。


私は本当に、小さい話の方が得意なのだ。


生活の話。食べ物の話。夜に何を読むかの話。つらいときに誰へ連絡するかの話。そういう話。


なのに今日ここで私は、文明、死、国家、ケア、家族、自由、幸福について喋った。


しかもそれが、それっぽく通ってしまった。


ひどい。


ひどいが、たぶんこれが交流の始まりなのだろう。


噛み合っていないのに、壊れていない。


完全には理解していないのに、相手を追い返していない。


それで十分だと、今日だけは少し思えた。



部屋を出る直前、私は自分の安定設定をほんの一段だけ下げた。


廊下の敷物の端で、わずかに足裏の感覚が乱れた。


転ぶほどではない。だが、もしあと二段下げていたら、私はたぶん普通に躓いていた。


その想像をして、私は少しだけおかしくなった。


世界史的会談の直後に、私が考えていることが「ここで転んだら最悪だな」なのだから、文明の差なんて案外、あってないようなものかもしれない。


いや、ある。すごくある。


身体設計の差、寿命の差、エネルギー制御の差、情報処理の差、兵器セーフモードを遠隔でかけられる圧倒的な非対称性。ある。明確にある。


でも、人間くささの方は、思ったよりしぶとい。


数百年経っても、廊下で転びそうになる恐怖の方が、銀河間接触の重圧より先に頭に来る。


私はそれを、少しだけ嬉しいと思った。



廊下の途中で、私は一度だけ振り返った。


接客室のドアは、もう閉まっていた。


向こう側ではたぶん、記録担当が公式記録と非公開記録の切り分けを始めている。通訳はメモを突き合わせ、速記はタイプへの起こしを始め、NSC補佐官は大統領に「最初の評価」を耳打ちする。国連特使は本部へ衛星経由の第一報を送る。聖座特使は教皇庁へ、赤十字代表は自分の本部へ。観察者たちは各国大使館へ、公式文と非公式文を分けて送る。


Poolの三分間映像は、すでに編集が始まっているはずだった。


映像は音なしで、会談の開始と終わりの、立ち上がる瞬間と握手のない別れだけを映す。世界はそれを見て、この数十分で何が起きたかを、それぞれの立場から勝手に読み始める。


SNSでは、私の「扱いに困る客」という一言が、すでにどこかから漏れて、別の言語に訳され、別の文脈に置かれ、ミームになって、広告になって、宗教的解釈になって、政治的皮肉になって、恋愛相談の引用になって、翌朝の新聞の見出しになっていく。


それを止める権利は、もう私にはなかった。


止めたいとも、思わなかった。


私は、数百年生きた元社畜として、もう一つだけ前世の手癖を思い出した。


送ってしまったメールは、送る前には戻らない。


送ってしまった発言も、そうだ。


できることは、次のメールの一行目を、少しだけ丁寧に書くことだけだ。



廊下の先で、同行の儀礼担当者が待っていた。


彼は、私を見ても何も言わなかった。


何も言わないでいてくれることが、今の私にはとても助かった。


私は歩きながら、安定設定を元の高さにそっと戻した。


歩幅が、また一定になった。


肩の揺れが、また均された。


口調補助が、また平坦寄りになった。


外から見た私は、ふたたび、高位文明の使節の顔に戻った。


中の私は、相変わらず、扱いに困る客のままだった。


この二層構造を、いつか一枚に溶かせる日が来るのかは分からない。


来なくてもいい、とも思った。


二層のままで誰かと会い続けられるなら、それで十分だった。


噛み合っていないのに、壊れていない。


完全には理解していないのに、追い返していない。


たぶんそれが、交流の、最初の定義でいい。


私は、ほんの少しだけ顎を引いた。


ドアが、ひとつ、閉まった。


別のドアが、どこかで開く気配がした。

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