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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第一章 落とし人から拾われ人に進化した
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第一節 グラナム号が拾った大海原の落とし人

「おーーい! 生きてっかーー」


 暗く静かな世界に漂っていた意識がスーッと浮かび上がり、世界に狭い線が生まれ眩しさを感じた。


「おーーい!」


 声が聞こえたような気がしたが、スーッと沈み世界がまた闇で包まれた。


「見た感じ生きてっぞ! 引き上げろ。波が上がってっから急ぐぞー」


「グラナム号から信号旗! 大波接近!」


「引き上げたっど、舳先立てろ! 左舷三十!」


 大きな波が迫り、舳先を波に向けた小舟は、翻弄されながらも乗り越えた――。


「ダッ……ドーン、ダッ、ドドッ……」


 意識の隅から音と振動が世界に入り込んできた。音と振動は不規則でかすかに声のようなものが混ざっている。世界は暗いが思考が動き出した。


「うーん……うっ……う……るさ……い」


「おっ、坊主気がついたか?」


 動き出した思考に、意味のある言葉が響いた。


「あー、なんでねてる?」


「おい坊主、起きれっか?」


 閉じていた目を開くと、世界の全てが眩しさだけだった。「目がー」と手で目を押さえゴロゴロと転がった。


「あー、日様は天頂だ。そりゃ眩しいわ」


 傍で「ガハハハハハハ」と大笑いしている声が響く。


 目を片手で塞ぎ、モゾモゾと身体を動かし起き上がった。


「こえ……でけ……え、耳がこわれ……る?」


「おー、わりい。大声は船乗りの命だからな」


 傍で「ブファッハハハ」と吹き出した後に笑い出した。


「船乗り? ここ船?」


「いい加減、目ぇ開けろや。天頂さ見な大丈夫ぞ……プッ」


 少年は目を開け、キョロキョロと周囲を見回す。


『えっ? 船って帆船? 木造帆船なのか? 骨董品か?』


 真っ直ぐに伸びるマストに視線が釘付けとなり、目を細めた。


「拾ったからには、グラナム号への乗船を許可する」


 少年は話し掛けてきた男性に驚きの顔を向けた。


「グラナム号? この帆船の名前? えっ……船長さん?」


 乗船許可を出した男性が船長と、少年は気が付いた。


「メルカド伯爵家所属、連絡船『グラナム号』船長のナンダルだ」


 ナンダル船長は腕を組み笑顔を見せた。


「よろしくな、()()()()よ」


 少年は聞き慣れない言葉に、「おとしびと?」と聞き返した。


「ん?……海にいたんに『落とし人』を知らんのか? 端的に言えば遭難者だな。海に落とっから落とし人や」


「あー、落とし人か。ナンダル船長さんは話し方が変わってますね」


「船で使う言葉に、領主様と話すん言葉が混ざっと。もうグダグダだぞ」


 ナンダル船長は「グワハッハッハッ」とまた笑い出した。


『伯爵家って爵位の伯爵? 貴族! 中世風! 異世界ファンタジーがキター!』


 少年は頭の中で歓喜の雄叫びを上げた。


「坊主、お前どっして落ちとった?」


『転移? いや、坊主なら転生だろ! 異世界転生!』


 ナンダル船長をジッと見ながら、思考だけが暴走した。


「おい、坊主大丈夫か?」


 ナンダル船長は訝しげに少年の顔を覗き込む。


『まずい、ここは色々すっとボケよう』


「えっ?……ここ海ですよね? なんで海なんですか?」


 ナンダル船長は呆れ顔になった。


「あー、海にいた理由は分かりません。というか、ここどこですか?」


「分からんかー、まぁえぇわ。落とし人を拾うと幸運が舞い込んでくるっていうしな。決まりあっから、陸まで連れてったるわ」


「えっ?……陸……助かります?」


「いやもう助かったろ。ボケ……はまぁえぇか」


 ナンダル船長は腕を組んで首を傾げた。


「そやった、幸運は確定しとる。坊主連れてけば領主様から金一封あるやん。任せろ! 生きて届けっぞ」


 ナンダル船長はニカッと笑い、親指を立てた。


「せんちょー、静索の修理が完了したっす。確認願いまっせー」


「おう、今行くぞー」


 ナンダル船長はドタドタと駆けて行った。


『修理? あぁ、破損したから帆が畳まれて停船してたのか。帆船が海の真ん中で帆を畳むとか普通はしないよな』


「えっ?……てことは、修理で停船したから、俺、拾われたの?」


 少年は、限りない偶然に戦慄を覚えた。


「船長が向かった先は……右舷だよな。静索って、たぶん、サイドステイ? えぇぇ、ステイが壊れた? ヤバいヤツじゃん。で、雑談? ナシのナシだろ……」


『そう言えば転生? あれか、太平洋横断でハワイ近海まで来たとき、めちゃ突風でマストへし折れ、途方に暮れてたら大波が来たんじゃん……マジか……』


 頭を抱え、「隕石やろ」と小さく呟いた。


『お客さんだから動くのはまずいな。船上で知らんヤツがウロウロするのが、一番ウザいのは共通認識なはず。先の事は分からんから、船を見てるのが平和か』


 目立つマストを見ると、一本のメインマストがそそり立っていた。帆桁が出ているのを確認し、横帆と判断した。


『たぶん全長は20mぐらいか? こっちの単位覚えないとだな。20m級一本マストのスクエアセイルって気張りすぎやろ。形的にスループってことになるか』


「確か、連絡船って言ってたな。このタイプは鈍足船だと思うんだが、言葉にするのはマズイだろうな。きちんと、船種の考え方を聞かないとだな」


「ん? 船に興味あるんか?」


 通りかかった船員が話しかけてきた。


「えっ?……船に興味はありますが、お忙しいと思うので置いといてください」


 船員は「そっか」と離れていった。


『アブなっ、ソロ航海ばっかしてたから独り言の癖がついてた。せめて陸に上がるまで無口を意識しないとダメだ』


 吹き出した冷や汗を拭いながら、船と船員を観察した――。


「おう、放置してすまんな」


 ナンダル船長が戻ってきて話し掛けてきた。


「いえいえ、助けてもらったのに、そんな我儘は言いません。ところで、修理と聞こえましたが、ここにいて大丈夫ですか? 大人しくじっとしてますよ?」


「坊主やろ、なりは小さっど大人なんか? 坊主らしう、暴れてもえぇぞっ。また、落とし人になるがな」


 ナンダル船長はガハハと笑い出した。


「いや、拾い人から落とし人になるのは嫌です!」


 ナンダル船長は「そりゃそうだ」と、ガハハと笑いながら離れていった。


『ヤベえ、ジョークとマジの境が分からん。できるだけ自虐とボケは封印しとこ』


「ていうか、俺、ちっちゃくね?」


 マジマジと自分を見ると小さかった。結婚はしていたが、子どもはいなかったので目測では年齢不詳。小学生の高学年ぐらいとしか分からなかった。


『高学年って何歳だっけ? あっ、幼稚園が三歳から三年とかだったから十歳以上ってぐらいか?』


 こんがらがったので諦めた。


『いや、ここは名前、年齢は覚えてないことにしとこ。転生物だとステータスとかに年齢あったりするけど……ステータス!』


 特に何も起きなかった。


 少年はため息をつき、『保留だな』と流した――。


「よーし! 陸に向かうぞー! 縮帆展帆! 取舵!」


 ナンダル船長が大声で掛け声をかけ、船員たちが慌ただしく動き出す。


『縮帆? 風がガッツリとランニングか?……てことは海から陸に風が流れてるのか。分かりやすいけど、港出るの大変じゃね? あっこの後は入港か』


 ふとマストに視線を向けると、帆桁には四名の船員が帆の展開をしていた。


「マジか……落ちたら、骨折で済んだら御の字って世界だよ……」


「この揺れで落ちるバカはいねえぞ」


 ナンダル船長が呆れ顔で突っ込みを入れた。


「そうなんですか? めちゃ高いし足が震えそうです」


 ナンダル船長は「坊主はちっちゃいからな」とからかい顔でガハハと笑った。


 少年は苦笑いを浮かべ、『マジ独り言注意!』と心の中で叫んだ。


「帆を開いてるのは、動かすのですか?」


「おう、修理は、まあ大丈夫そうだから陸に向かうぞ。暴風でだいぶ沖に流されたが、浮いてる限り帰れるから問題ない」


 ナンダル船長はまたガハハと笑った。


『ブラック度合いの加減が分からん。ていうか、笑わないと死ぬとかじゃないよな? 距離感が掴めねえ……』


「ん? 暴風ですか?」


 気になった少年が尋ねた。


「おう、季節外れのおっきなヤツが来たんだよ。そいつに巻き込まれって、沖に流れた。帆を畳む時間があったから何とか帰れるってもんだ」


「それが、さっきの修理ですか?」


「いや、ほんの少し前に風が巻いたんだ。裏打ってマストに変な力が掛かって右舷静索の一本がブチ切れやがった」


『あー、ランニングの帆走で、逆風に巻いたのか。そりゃ、ステイも厳しいな。一本切れたんで、逆に過負荷が抜けた感じか。マストの点検は必要そうだけど……』


 ナンダル船長が「ん? どうした、坊主」と首を傾げた。


「ちょっと単語が多くて考えてました。壊れた理由と、修理できたことと、陸に向かうってのは分かりました」


「おお、坊主は賢けぇな。良い船乗りになれっぞ……たぶん」


『たぶんかーい』


 少年は苦笑して頭を掻いた。


 そのとき、船がグラッと揺れ、踵を押され身体を右に押された感覚が襲ってきた。少年は無意識にバランスを取りよろけずに持ちこたえた。


「おっ、坊主分かってんな。バランスの取り方が綺麗だっぞ」


 ナンダル船長がニヤニヤと少年を見下ろしていた。


「動き出したんですね」


 周囲を見回すと、船員たちにも落ち着きが戻り、適当に座って雑談を始めていた。元々追い風で帆走していたからか、帆桁の旋回操作もなかったようだ。


「おう、えらく遠回りになっちたが、やっとこっさレベナに向かえっぞ。暗くなる前にゃ着くっぞ……たぶん」


 津波に巻き込まれ、誰にも会わず異世界転生した少年は、伯爵家の連絡船に拾われた。心機一転、現世も楽しく快適に生き抜くと、まだ見えぬ陸地を睨んだ。


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