魔王軍 再集結
「セシリア様が―――攫われました」
「!?」
「ご主人、セシリアというのは……」
ビヨンの言葉に今は答える余裕がなかった。
驚きと同時に頭の中では一連の疑問が冷静なほど解決していった。
同時に自分の思慮の浅さを呪った。考えてみれば結論など1つしかなかったのだから。
どうしてゲーム中のセシリアが、ルイスの漆黒の超越者の存在を知らなかったのか。
根源魔法の存在や魔王であることは看破出来なくても、疑問ぐらい抱いても良かったはずだ。
僕はてっきりルイスが漆黒の超越者を手に入れるよりも前に攫われたのだと考えていた。
そしてこの世界ではシナリオ崩壊により意図せず回避されたのだと。
だが実際には違った。
原作では本来寝込んでいたはずの今日こそが“その日”だったのだ。
風邪や感染症が移ることを警戒して、セシリアはルイスの誕生日であるにも関わらず会うことが出来なかった。
その為、漆黒の超越者を手に入れたことを知らず、そのまま彼女の宝石のような瞳が――――
「今更そんなこと遅いじゃないか!!」
僕は八つ当たりで思わず屋敷の壁を叩いた。
自分の無力さに嫌気がさす。
チート魔法を手に入れて完全に浮かれていた。そのザマがこれだ。
同時に作中ルイスの悲しみが、気持ちが今にして深く理解できた。
自分がうなされている間に大切な人が傷つけられた。
すべてが終わってから最強の根源魔法を手に入れたって―――遅すぎる。
今更そんな力を手に入れても、大切な人の瞳は戻らないのだから。
だからこそルイスは闇落ちしたのだろう。
最愛の人が傷つけられたことへの、八つ当たりの為に。
淡い可能性に縋り、瞳を取り戻す方法を模索する為に。
世界を敵に回したのだろう――――。
だが―――
「シイナ、ビヨン、手を貸して欲しい。
セシリアを助け出す!!」
『!?』
ここはゲームの中とは違う。
今僕はこうして自由に動くことが出来る。
セシリアを我が最愛の妹を助けに行くことが出来るのだ。
目を覚ましてからの無力感ではない。全てを助ける覚悟がある。
(そうだろ、ルイス=ストレイ)
自分の中に押し込まれたルイス=ストレイの人格に呼びかける。
答えてはくれないが必ず彼は同じ場面で同じ行動を取っていたに違いない。
仮にこの世界がシナリオの崩壊した世界なのだとしたら。
もしこの世界が作り手の指先から零れ落ちた世界なのだとしたら。
「僕たち元魔王軍でセシリア=ストレイを助けにいく」
僕たち3人は―――もう一度魔王軍として立ち上がる。
かつて魔王と呼ばれた残留思念。
かつて魔王として世界を敵に回した少年。
かつて魔王軍の幹部として市民を虐殺した従者。
今までとは違う。
勝手に道を逸れたのではない。
自らの意思で、この納得できないシナリオを壊す。
原作を崩壊させて、自分の都合の良いシナリオに生成する。
足掻き、藻掻き、全てを満足した上で―――僕はカッコよく死んでやるのだ。
僕は手を差し出した。
「助け出そう、3人で。
必ずセシリアを―――」
「ご主人わかりまし―――
「ダメです、危ないです、許可できません」
『えー』
シイナに一蹴された。
あのさぁ、せっかくカッコよく言ったんだから許可して欲しいものだとも。
「いくらルイス様の魔力が人より多く技量が人並み以上でも、まだ子供なのです。
対して相手はセシリア様の護衛を殺しています。
相当な手練れであることが容易に予想できます」
セシリアのもつ深淵の瞳は国宝級の品物。
当然その護衛ともなると優秀な人材を派遣されていたに違いない。
「……既に王国側にも事情は伝わっています。
すぐに総力を挙げて救出に出られることでしょう」
「けどそれじゃあ間に合わない!!」
僕は思わず声を荒らげた。
シイナは少し驚き……そして悲しそうな表情をしていた。
だけど……それでは原作と同じなのだ。
もしゲームの世界が存在するのなら、深淵の瞳をもつセシリアを当然王国も助け出そうとしたのだから。
いや、助け出すことに成功したからこそ……セシリアは盲目で済んだのだろう。
通常目をくりぬかれて生きていける人間などいないのだから。
僕が動くしか、原作を壊す方法はない。
だからこそ僕はズルい言葉を使うことにした。
「シイナ。“ルイス=ストレイ”信じて欲しい」
「…………わかりました」
シイナはしばしの沈黙の後、頷いた。
その表情には未だ葛藤の色を覗かせているが、それでも主の命に背くことは今の彼女には出来ない。
“主人が悪の道を進む時、それでも信じようと思います”
以前僕とした約束をこんな形で守らせてしまった。
だが今はこれしか方法はない。
「それに今の僕はシイナ、君よりも強い。
なんなら試してくれても――――」
「―――はい」
刹那の一閃だった。
僕の言葉が終わるよりも前に、僕の裂くかのように刀が切りつけられていた。
いや、よく見ると逆刃ですらなく、本気で切りかかっていた。
だがそんなシイナの渾身の斬撃は、服の繊維に紛れる形で生成した漆黒の超越者によって防がれていた。
攻撃遮断の付与魔法。
実践は初めてだったが、斬撃だけではなく衝撃を含めて完全に防ぎきっていた。
「ちょっと、ご主人!?
シイナ殿も!?」
「本気の一撃だったのですが、本当に防がれるとは……」
「本気だったのですか!?」
「もちろんです。
これでルイス様が倒れれば、助けに行けなくなりますので」
だがシイナの言い分も一理あった。
何より実戦なのだ。不意打ちなんて当たり前。
シイナの攻撃がより僕の気を引き締めさせてくれた。
「これで僕の力を証明できただろう?」
「はい、ですがいつからどうやって……」
「詳しい話は全て終わってからにしよう」
「……わかりました」
流れからして仕方ないが、シイナには漆黒の超越者のこともビヨンのことも、打ち明けないといけないだろう。
「最終忠告です。
死ぬかもしれません。それでも助けにいくのですね……」
「勿論だ。
それにシイナがいれば僕は死ぬことが無いと思っているよ」
「……その言い方はズルいですよ、ルイスさま」
シイナははぁぁぁっと深いため息を吐いた。
まだ若いというのに何とも気苦労の多い仕事で申し訳なくもなるが、きっとこの先もシイナには迷惑を掛け続けることになるのだろう。
だが王国でも指折りの実力をもつシイナがいれば、心強い。
「わかりましたルイス様。絶対に貴方を死なせたりはしません。
「うん、シイナは僕を死なせないでくれ。
僕はセシリアを死なせない。
役割分担と行こうじゃないか」
「ご主人、僕は?僕は!?」
「当然、ビヨンも頼りにしているよ。
この魔法の扱い方だって聞きたいことは山ほどあるからね」
「えへへ、ご主人に頼られたぁ。
ご主人のペットとしてセシリア様?の奪還に協力しますぞ!!」
ビヨンがいるお陰でなんとも締まらないものの、だが確かに心の支えになっている気がしていた。
「必ず助け出そう、三人で。セシリアを」
『はい!!』
時刻は既に夕方―――黄昏時。薄暗くて人の姿の見分けがつきにくくなり「誰そ彼」と尋ねるのが訛って「たそがれ」と呼ぶようになった黄昏時。
薄暗くこれ以上遅くなると目視による発見も、襲撃者からの反撃も十分にあり得てしまう。
当然、翌朝なんて待ってしまうとセシリアの無事が保証できなくなる。
【チャプター1 セシリア奪還作戦】
セシリア=ストレイの居場所を特定し、奪還せよ。
思わずゲームのサブタイトルが頭を過る。
どうやら僕は思ったよりもわくわくしているようだった。
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