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フォーチュン・ライト  作者: おじさま
幕間其の参 懊悩撞着
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第六十七話 アヴァルの一幕 其の二

 アヴァルに帰還した灰狐のヴィシオは、ヴォルフガング城の王広間にてラヴィーネでの活動内容を報告していた。

 報告する相手は、当然アヴァルの王であるゼノ。狼の彼は、その端正な顔を神妙な面持ちに変えながらヴィシオからの報告を聞いている。


 「以上が、ラヴィーネでの事件その顛末っす。夢の衝動(ドリーム・インパルス)のミアや、その仲間についても現在調査中ってところで……何か質問があれば、どうぞ」


 少し崩れた口調のまま、ヴィシオはそうして報告を締めくくっていった。

 ゼノは神妙な面持ちを崩さずに、灰狐へと視線を向けながら口を開けていく。


「では、一つ質問をしようか。サイトとは会ったのだよな? 彼のことを、どう思った?」


 ゼノからの問いに、ヴィシオは目を丸くする。

 質問はミアについてか、若しくは厄者関連の何かについてかを訊ねられるかと思っていた為に、少し予想外だったからだ。

 ヴィシオは腕を組みながらうーんと唸り、耳をぺたんと畳みながらも答えていった。

 

「歪ながらに、ひたむきさを出そうと頑張る人、みたいな感じっすかね? なんか違和感というか、本来の彼らしさはもうちっと別なんじゃねぇーかなって思うっつーか。そんな感じっす」

「……なるほど。相わかった、質問に答えてもらい感謝する。ではヴィシオよ、夢の衝動の動向をこれからも探っていってくれ。お前達(シムラクラム隊)を信頼している、頼んだぞ」

「了解しましたっす。ヴィシオ・シムラクラム、ゼノ王の命に従い、粉骨砕身頑張らせていただくっすよ」


 その様に、やり取りが終わった。

 ヴィシオは王広間を後にして長い廊下を歩んでいく。

 厳かで畏まった空気の中から解放されたこともあり、背伸びをしながら獣の口を大きく開いて欠伸をしていくヴィシオ。そんな彼の前方から、ある人物が多数の本を抱えて歩いてくる。

 前が見えづらいのか、少しフラフラとした足取りで歩くその人物は、カーペットの盛り上がった所に躓き転びかけてしまう。


「あわぁ!?」


 そんな人物を、ヴィシオは寸でのところで助けた。

 前方へと倒れかけた体と、落ちかけた本を絶妙なバランスで支えていった彼は、助けた人物に話しかける。


「危なかったすねぇ、ホリィちゃん。ちゃんと前見て歩かねぇと駄目じゃないっすか」

「あっ、ありがとうございますヴィシオさん。すみません、一人で運べると思っていたのですが……流石にこの本の多さでは、無茶でしたね」

「えーっと何々……【はちにんのゆうしゃでんせつ】、【えいゆうヴォルフガングのぼうけん】、それから【エルフのしょうじょはよちをみる】。他のも全部絵本っすね。……と、言うことは?」


 様々な種類の絵本を見比べながら、ヴィシオは恐る恐る訊ねていく。

 すると、ホリィは少しだけ呆れた視線を向けながらその問いに返答した。


「ヴィシオさんが想像している通り、今週はこのヴォルフガング城へと子供たちを招いて絵本を読み聞かせるんですよ。勿論、ヴィシオさんも読み聞かせをしてくださいよ? 隊長格の人が読み聞かせすると、子供たちは特に喜ぶんですから」


 ホリィのその言葉に、ヴィシオはうげーっと顔を引きつらせ尾をだらんとたれさせていく。

 通常の仕事であればそれなりにやる気も出すし、相応の仕事もこなす。痛いのも面倒なのも織り込み済みだ。

 が、この手の子供向けの行事ごとはヴィシオにとってはかなり苦手なものであった。

 幼子。まだ齢にして九歳にも満たないような子に対しては、ヴィシオの観察眼もあまり意味をなさないからだ。

 純粋無垢、穢れを知らない無邪気な子供たちからの視線や言動は、かなりの気疲れを引き起こされてしまう。

 その為、ヴィシオは何回かこの行事から逃げ出している。

 だからこそ、ホリィがこのように釘を刺してもいるのだ。 

 

「ヴィシオさん、この前も用事があるとか言って抜け出しちゃってましたよね? どこにいるのか探して、見つからなくて後で聞いたら、ずっと他の兵士の人の影の中に隠れて寝てたなんて……覚醒石(デザイアギット)の力を悪用しないでくださいよ」

「うぐぐ、確かに悪いっすけど……でも、普通に考えて読み聞かせをするのはおかしいっすよね!? そんなの、教会のシスターとかに任せとけばいいじゃないっすか! いくらゼノ王の命令とはいえ、流石にちょっと駄目っつーかなんつーか……ともかく嫌っすー!」

「駄々こねないでください。貴方、子供たちから尊敬されてるんですよ? 立派な隊長の姿を見せてあげてくださいよ」


 にべもなくホリィに意見を跳ね除けられたヴィシオは、撃沈。渋々といった調子で「分かったっすよぉ」と了承していった。

 そんな彼の返答に、ホリィはニコリと柔らかな笑みを浮かべると、絵本の何冊かをヴィシオへと持たせていく。

 呆ける灰狐に、ホリィは笑顔のまま。


「このままついでに、これらの絵本を書庫へと運ぶのを手伝ってください。後で一杯、奢りますから」


 そう、言ってのけた。

 それに対し、ヴィシオは苦笑いを浮かべて。


「うっす。もうヤケっすやってやりますっすよぉ!」


 その様に、返事をした――――。


 ――――――――――――――――――――――


 絵本を運び終えてそれから。ヴィシオとホリィはアヴァルの街中にある酒場へと足を運んでいた。

 ホリィは約束通り奢るためにやってきて、現在は果実酒で喉を潤しながらヴィシオからの報告を聞いている。


「なるほど、ヴィシオさんもサイト君やソウジ君と会っているのですね。そして、共に翳りの見える状態でもあったと……心配、ですね」

「まぁ、心配なのは分かるっすけど……結局あぁいう根源的な悩みに関しては、本人がどうにか心を強く持って乗り越えていかないといけないんすよねぇ。それに、関わりが薄い俺らが何か言っても逆効果だろうし」

「それは……そう、ですね。覚醒石に目覚めた人に待ち受ける、最も辛い試練。なりたい自分を見つけた後に襲い掛かる、自分自身に対する疑問と問いかけ。これで良いのだろうかと、心を強く乱されるのは中々に堪えますから」


 ホリィの言葉に、ヴィシオはスッと目を細めながら彼女に視線を向けていく。


「そう。覚醒石に目覚めてゴールじゃあない。自分自身を磨いて、研鑽し、そして――――目標のなりたい自分へとなっていかなくちゃならない。覚醒石の力ばかりにかまけて本質を見誤り、力を使えなくなった奴を……この目で何人も見てきたっすから」

「……覚醒石。この力って、本当に不思議ですよね。力を与えるのに、持ち主の在り方によっては効力を失くしてしまう。凄く人類の心に依存していて、正直な力だって感じます」

「言われてみりゃ、そうっすね。災厄に対抗する為の切り札としては、何ともピーキーな力っすし。そういや、覚醒石に詳しい奴が何か話してたなぁ。確か――――」

「覚醒石は持ち主本人の心の在り方で如何様にもその強さを変化させていくのですよぉ!」

「おー、そうそうそんな感じに……ってうぉぉぉ!?」


 話し込んでいた所に後ろから声が割り込まれ、ヴィシオがそれに反応したかと思えば、驚く。

 そんな灰狐の様子に、くつくつといたずらが成功した幼子の様に笑っていく件の人物は、そのまま肩を叩いて話しかけていく。


「あっはっはっ! ヴィシオ君い~いリアクションですねぇ! 君は他の隊長さんよりも感情の起伏が分かりやすいから、からかいがいがあります!」

「あ、あんた()()()()()! 人のことおちょくりやがって、何であんたがここにいるんすか!」

「そりゃあ、ワタクシも仕事が一段落して休息を取ろうと思ったからですよ。んー、この果実酒美味しいですねぇ〜!」


 黒髪に白を基調とした整えられた法衣を身に纏った、大きめのモノクルを着用した人族(ヒューマノス)の男性は、ウィデオーと呼ばれた。

 そんな彼は、いつの間にやらヴィシオ達が丸机においていた果実酒の入ったジョッキを持って飲み進めている。

 自由奔放とも捉えられる彼の行動に、ホリィが一つ咳払いをしながら苦言を呈していった。


「ウィデオーさん、人のお酒を勝手に飲まないでくださいよ。飲むのなら自分で注文して飲んでください」

「んっんー、ホリィさんは相も変わらず真面目ですね―! 分かっていますとも! ちゃんとお代は払います!」

「……はぁ、全く。でも、確かにウィデオーさんならそこらの話に詳しくても不思議ではありませんね。色んな知識を得て研究している方、ですから」


 陽気な調子で話すウィデオーに呆れながらも、ホリィはそのように納得していく。

 そんな彼女の言葉に、ヴィシオは未だに嫌そうな顔を隠すこともせずに答えていく。


「そうっすね。ウィデオー・メンス。ここ三十年程、アヴァルで色んな功績を挙げてる研究者。主に心に関する研究を生業としていて、アヴァルではメンタルケアをする医院とかも開いてるっす。評判も良いし、アヴァルの人々が落ち着いて暮らせてるのもウィデオーのお陰なんすよねぇ……こんなんなのに」

「最後の一言余計だねー! でもまぁ、褒めてもくれてるねぇありがとねぇ! そう! ワタクシは心に酷く関心を惹かれていてね! その過程で、覚醒石についても調べているのさ!」

「なるほど……さっきの心の在りようでという話も、そうした研究の結果からきている、ってことなんですね?」


 ホリィからの問いに、ウィデオーは何度か縦に頷きながら更に言葉を続けていく。


「そのとーりですよ! 今のところの研究の結果は、先に述べた通り。覚醒石は持ち主本人の心の在り方で如何様にもその強さが変化すること! 後は、覚醒石が目覚める要因の多くが、()()()。その人物にとって最も心に深く影響された出来事が起因して自身を見つめ直すことにより、目覚める。そういった感じですねぇ。いやー、人類凄い!」

「……聞けば聞く程、本当に正直な力ですよね。本人次第な所が、特に。もっと精進しないと覚醒石に見限られるかもしれないし、頑張らないとなぁ」

「ちょいちょい、ホリィちゃんはそれ以上頑張り過ぎたら体壊すっすよー。適度に休息はとってほしいっす」


 ホリィの気合を入れる発言に、ヴィシオは呆れ気味に釘を刺していった。ホリィはその真面目な性質上、無理をしがちである為にこうしてヴィシオがたしなめる事も多いのだ。

 そうした会話の中で、ウィデオーはくすりと笑うと二人を見つめていく。


「まぁ、お二方は覚醒石に見限られるなんてことはないでしょう。自身の至らない箇所に向き合い、邁進できる方ですから。じゃあ、ワタクシはこれで失礼しますよー! お二方、これからも頑張ってくださいませー!」


 そのように言い残して、彼は立ち去ってしまった。

 見送り手を振るホリィに対し、ヴィシオは終始嫌そうな表情を崩していなかった。

 気になったのか、ホリィはそんな灰狐に訊ねていく。

 

「あの、ヴィシオさん。なんでそんなにウィデオーさんを嫌がるんですか? 確かに自由奔放な方ではありますが、研究熱心で良い方だと思いますけど……」

「……目、っすね」

「目?」


 ヴィシオはそのまま、ホリィへと自身の感じる事を話していった。


「あれは、観察者の目だ。しかも、何か弱点を探ってる類のそういういやらしいタイプの。俺も似たようなタイプだから分かるんすよ。アイツは相当の食わせ者。だから俺も、心を完全に許しちゃいないっす」

「……ヴィシオさんのその観察眼は、信頼していますけど。うーん、難しいものですねぇ」

「まっ、全部が全部この推察が当たってるわけじゃないんで。気にしすぎなくていいっすよ。ただ————」


 ヴィシオは、ウィデオーに対してある感覚を感じ取っていた。

 それは……ゼーエン。黒い兎の彼と同様の禍々しいような気配を、本能的に察知していたのだ。

 だが、それをここでは言わないとヴィシオは決めた。ここで話しすぎても、ホリィの負担になるだけだと思っているから。

 その為、ヴィシオはニッカリとした笑みをホリィへと向けながら、誤魔化した。


「いや、何でもねーっす。俺も心配性なのかもしんないっすねー」

「……ヴィシオさん。無理、してないですか?」

「なーんも無理してないっすよー。それよりホリィちゃん、今度ヒノモトに向かうそうっすけど……用心するんすよ?」


 ヴィシオからの話題。

 ヒノモトに関する事について、ホリィは真剣な表情で答え返す。


「えぇ、分かっています。ヒノモトで悪行を働いている『アンギョウ組』……突如として国を治める『ホムラ・カンナギ』に牙を剥いた者達。準備は万端にして、向かうつもりです」

「うん、それでいいっす。生真面目に誠実に、何事においてもキッチリ物事に取り組むホリィちゃんの姿勢。それは凄く大事な事っすからねぇ。じゃっ、話もひと段落ついたってことで! 飲むっすよー!」


 ヴィシオの言った言葉に、ホリィは目を丸くする。

 そして、緩やかな笑みを浮かべて小さく笑っていった。

 

「ふふっ。ありがとうございます、ヴィシオさん。では、束の間の休息を……」


 そのまま、二人は酒場で夜を過ごしていった。

 ヴィシオの中に宿る、言い知れぬ不安感。それらを、拭い去っていくかのように————。

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