第六十六話 蒼狼の決意
サイトとアリスがそれぞれの日々を過ごしている中で、ソウジもあることを伝えようと動いていた。
月の光がギルド内部の廊下を窓から照らす、夜の時間帯。その時間帯に、ソウジはギルド長がいる執務室前へと足を運んでいた。
扉をノックして、小気味よい音を立てて来訪を知らせていく。
「イニティウムギルド長、ソウジです。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
ソウジの要件に対し、すぐに返答が為される。
「いるぞ。入って構わない」
低く威厳のある声を聞いたソウジは、扉を開いて執務室へと入っていった。
椅子に腰掛け、机に肘を置いた状態のイニティウムは、ソウジを出迎えた。
ニッ、と優しげに微笑みながら、赤髪のギルド長は蒼狼へと話しかけていく。
「お前から要件だなんて、昔を思い出すな。あの頃はよく色々なことを聞いてきてたもんだが……かなりやんちゃだったよなぁ、お前は」
「やめてくれよギルド長。俺もう二十三なんだぜ? んな子供を相手するみてぇな言い方、恥ずかしいって」
「ははっ、悪い悪い。それで、何を話したいんだ?」
少しの雑談を交えた後、イニティウムは姿勢を正して聴く姿勢に入った。
そんな彼の姿をしっかりと見つめていきながら、ソウジはゆっくりと口を開いていく。
「俺の、故郷。ヒノモトに帰郷しようと、思って。別にここを辞めようってわけじゃなくて、ちょっと整理をつけようと思ったっていうか」
「ヒノモトに、か。……それは、お前のお兄さんとの確執の整理、ということか?」
「……そう。兄貴とは、喧嘩別れみたいなもんだったから。ちゃんと謝って、そんで意志をしっかりと見せて。俺らしい俺を見せられたらって、思ったんだ」
ヒノモトへの帰郷。
それが、ソウジがイニティウムに話しておきたかったことだった。
兄であるホムラとの決定的な差に悩んでいた、若き日の自分。そんな自分と今の自分の考え方は、随分変わっているだろうという自覚は、ソウジにはあった。
長年抱いていた兄に対しての苦手意識も、薄らいではいる。
何よりソウジにとって後押しとなったのは、ラヴィーネでのミアとの一件。
『貴方は誰かがいなければ、何者にもなれない。誰かと共に在らなければ、その存在を確立する事もできない。貴方自身に、誇れるものは何もない。空虚で寂しい存在ねぇ』
『どうして、自分のお兄さんと向き合おうとは思わないのかしら? 貴方が実家を飛び出した根源、劣等感の源と決着をつけないのは……何故? 貴方の在り方って、何なの?』
ミアによって、ソウジは自身が今一度向き合わなければならない事柄と向き合うことになったのだ。
兄と、ホムラと向き合った時に。ソウジは己が己であると面と向かって言えるのか。
それを、確かめたくもあったのだ。
――――情けねぇ、のは情けねぇんだよな。敵であるミアの言葉で、改めて向き合わされちまうなんて。
――――けど、ここで向き合わねぇと駄目だ。じゃないと俺は……パクスさんやティムさん、アリスやサイトに、顔向けできなくなる。
眉間に皺を寄せ、考え込むソウジ。その尻尾と耳は下がりきり、元気がないのが目に見えて分かってしまう。
そんな彼の様子に、イニティウムはスッと椅子から立ち上がると――――そのままソウジへと近づき、ギュッと抱きしめた。
「あっ、えっ?」
背中まで回された腕、その力強い抱きしめ方にソウジは戸惑いを隠せない。
デジャヴを感じるシチュエーション。サイトにも似たような行動をやったことがあるソウジは、まさか自分にも同じことをされるとは思っても見なかった。
そんな戸惑いを見せているソウジに、イニティウムは話していく。
「お前は、出会った頃は確かにやんちゃだった。やんちゃだったが……それは無鉄砲に一人でなんでもやろうとする所があったって意味だ。なまじ人並みに色々とこなせてしまうから、人から頼られて、嬉しくなって。いつしかそれが、お前の誇りとなり、長所となった」
「……ティム、さん」
「これからも、そんなお前でいていいさ。皆が助かっているのは事実だし、お前に好感を抱いている者も多いのは、パクスさんから聞いている。だが、だがな、ソウジ。本当に疲れ切っちまって、悩んで、苦しい時は……俺や、皆がいるからな。忘れるんじゃ、ないぞ?」
緩やかに、優しく。イニティウムはソウジの背中を軽く叩いた。
触れ合う温度はいつにも増して温かく。ソウジはゆるく微笑み、耳をピルルと動かして。イニティウムの背中に腕を回して抱きしめ返していく。
「ほんっとに……分かってるよ、ティムさん。ありがとう」
静かな空間で、ただ柔らかな空気が辺りを包み込んでいく。
少しの間が空き、落ち着いたところで。
イニティウムは改めて、ソウジに問うていく。
「それで、だ。ソウジ、ヒノモトに帰郷したいんだったな? それについて、実は今困った事態が起きてしまっているんだよ」
「困った事態? ……それって、ヒノモトがピリピリしてるっていう話か? 『カンナギ組』と『アンギョウ組』が争ってるっつーやつ」
「むっ、知っていたのか。そう、その二つの勢力が睨み合っていてな。だから今、ヒノモトの入国は制限がかかっている状態だ。今のままでは、向かうことは難しいだろうな」
そう話すイニティウムに、ソウジは耳と尻尾を慌ただしく動かしながら食い気味に問いただしていく。
「マジかよ! どうにかなんねぇのかぁ!?」
「落ち着け。……時が来れば、また話す。それまではお前も、ゆっくり身体を休めておけ。まだ万全ではないのだろう?」
「うっ……はぁ、分かったよ。それじゃあ、今日はここらでお暇する。夜分遅くにありがとうございました、ティムさん」
物わかりよく、ソウジは部屋の扉まで歩いていき退出しようとする。
そんな蒼狼の背中へ、イニティウムは言葉をかけていく。
「ソウジ。お前らしいお前は、もう既に体現出来ている。自身を持てば、いい」
端的、かつ力強い一言に――――ソウジは振り返り、ニッカリとした笑顔で。
「応!」
力一杯、応え返していった。
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ソウジは部屋を退出していく。その背中を扉が閉まるまで見送った後……イニティウムはフーっと息を吐き出して、椅子にもたれかかっていく。
ギィ、と椅子が軋む音を耳に入れながら、イニティウムは深い思考の海に、沈んで。
————ソウジは、恐らく大丈夫だろう。帰ってきた時からある程度察してはいたが、どこか顔つきに変化があったから。
イニティウムはギルド長として、ギルド員の状態は逐一確認するようにしている。些細な変化から大きな変化まで様々あるが、それらをしっかりと解決に導き、手助けする。
そうして、イニティウムは今までギルド長として頑張ってきていると自負していた。
先代の『不滅の物語』ギルド長のやり方を参考にし、そして何よりは————自分自身のやり方で、ギルド員達と向き合おうとしている。
しかし。
————サイト・オウンズ。彼は帰ってきてからずっと……そう、ずっと鍛錬をし続けている。さっきガッツからも聞いたが、酷く抱え込んでいるときたもんだ。
支えてやりたいん、だが。アイツは一切話さないんだよな。聞き出そうにも、はぐらかしてしまう。何よりは、ヒトと打ち解け合うのが得意なガッツでさえ真意を聞くことが難しかった辺り……これは、難解だな。
こめかみに指をグリグリと当てながら、イニティウムは難しそうな表情をして黙々と一人、考えを巡らせていく。
堂々巡り。しかしイニティウムには一つ、確信に近い理解があった。
それは……サイトのような人物は、何かのきっかけがあるまでは全部の責任を一人で背負い込んでしまうのだということ。
否が応でも理解してしまうのは————他ならぬ自分自身が、そうであったからだ。
だからこそ、イニティウムはサイトを放置したくない、放置など到底出来ないと思っている。
————今度またどこかで、声をかけよう。アイツの負担を少しでも、軽くしなければ。
そう一旦決意し、イニティウムは机の上の書類にも目を通していく。
次の作戦、ヒノモトでの任務についても考えながら……彼の夜は、更けていく。
そうして、日常は過ぎていく――――。




