12.パーティ結成
日も落ちかけた夕方、私はザビメロと共にでも解明者が多く集うという商業地区の酒場街に来ている。
理由は簡単、「マイスターカードを探すならダンジョンなどの未知が跋扈する場所を探す必要がある、それ以外でマイスターカードと出会うのは奇跡に近い」と、ザビメロに言われたからだ。
このアルカネラ区域はカードプレイヤーの聖地らしいけど、そんなカードプレイヤーも一人でダンジョン調査が出来るわけじゃない、だから他の専門職と組む必要がある。そうザビメロは言ってたけど、私が初めて会った時はあの人一人でダンジョンにいたからはっきり言って説得力はない。
とは言え、私が持っているのはまだビギナーズデッキ、一人で戦うには少々不安が残る……というわけで一緒に戦ってくれる人を探しにきたのだ。
「でもこんなに店があるとさ、どこに入ればいいかわかんないね」
「安心しろ、先ずは俺のおすすめに案内してやる、初心者やフリーもよく集まるところだ」
そう言って、ザビメロは街の中でも特に大きくも小さくもない、普通くらいのサイズの酒場に入っていく。
私も後に続いて中に入る、中の様子は……まあ普通だった、金属製の脚と木製の台のテーブルに金属製の脚と合成革のイスが据えられていて、それが適当な間隔で置かれていた。
「ここの飯は安くて旨い、だからいろんな奴が来るんだ、ここならお前と組んでくれるのもいるだろう」
そう言って、ザビメロは空いてる席に座りテーブルに貼ってある定番メニューを眺めはじめた。
「まあ先ずは飯だ、食いながらめぼしい奴を探して声を掛ければいい、俺はいつもそうしている」
周りを見ていると、酒を片手に他人の席に行って気さくに話しかける同業者たちの姿が目に映る、あんな感じで距離感近く会話しないといけないのは正直抵抗感を感じる。
「まあいいや、動いたからお腹空いたし、おすすめ教えてよ」
「解明者になったお祝いも兼ねて俺の奢りだ、ここのは全部おすすめだから気になるやつはなんでも頼め」
「フフ、なにそれ」
考えても仕方ないのでさっさと席に座ってメニューを開きながら常連らしいザビメロにイチオシを聞くけど、答えになってない事を返しながら笑うザビメロに、私も少し笑って返した。
ザビメロには話してなかったけど、どうやら私は大食いらしく宿の食事では物足りなかった、だから目についたやつを頼みまくったらザビメロは「そんなに食えるのか?」と笑っていたけど、全部食べ終えてみせると今度は真顔で「次からは割り勘だな、あとお前には食事のマナーも教える必要がありそうだ……」と呟いていた。
「さてと、仲間探しか……ちょっと緊張」
「心配するな、よほどおかしい奴でも無い限り問題は……」
ザビメロが私にかけていた言葉を止めて表情を険しくしていく、急にどうしたんだろう?と思っていたら、私の背後から何か荒っぽい物音と怒号が押し寄せてきた。
「てめぇ!いきなりぶつかってきてどういうつもりだぁ!?」
遠目から見た感じ、どうやら三人組らしき男たちが少女にブチギレているみたいだ。
「え、なにあれ喧嘩?」
「どっちも見ない顔だな、余所者同士が揉めてるみたいだな」
そう言ってザビメロが立ち上がった、ここでの喧嘩は御法度なのだろう、他の人も彼らが手を出したら止める気なのか目つきが鋭くなってる。
「なんのつもりだか知らねえが、今なら謝れば許してやるよぶりっ子女」
「ええ!?そんなこと……うー存じ上げないですよ!何か勘違いしたんじゃないですか!?」
男たちの小物感たっぷりな態度に少女が困惑の表情を浮かべている。
ちなみにその少女の姿は、フリルのついたサーモンピンクのドレスに右が猫耳で左が兎耳を模したカチューシャを付けていて、丈の短いスカートからは白のガーターベルトが顔を覗かせている非常に可愛いを表現した服装だった。
正直言って私の理解出来ない姿で思わず「うっ……」と声が出てしまった。
「なんだテメェこの野郎!舐めんじゃねえぞこのアマ!」
先頭の男が怒りに任せて少女に掴みかかろうとした瞬間、男の手を何か赤いものが掴んだ。
「……ッ!なっ!?」
「そこまでにしとけ、この場にいる連中に袋叩きにされたくなかったらな……」
その赤いものは赤い鱗に覆われた手だった、いつの間にか少女と男たちの間には人型で人間よりちょっと大きいくらいのドラゴンが立っていて、喧嘩の仲裁に入ったようだ。
「え……なにあれ……」
「その通りだ、俺としてはボコボコにしてもよかったが……このドラゴンマンに感謝するんだな」
更にザビメロまで出てきて男たちに周囲を見るように促す、見れば店の客も店員も目に殺気を帯びており、男たちはそれを見てすくみ上がった。
「くっ……!くそっ!このクソ女覚えとけよ!」
男たちがコテッコテの捨て台詞を吐いて退散していく、最後まで小物すぎてもはや面白い。
やっと邪魔者も消えたからか、店のピリピリとした雰囲気も収まり、客も店員も普段の振る舞いに戻っていった。
「大丈夫か嬢ちゃん、とんでもないのに絡まれちまったな」
「あ……助かりました」
ドラゴンが少女を気遣う、そのゴツゴツとした風格ある姿に臆する様子でもなく少女が礼を言った。
「お前は初めて見るな、アルカネラに来たばかりだろ?」
「あ、はい」
今度はザビメロが少女に質問をする、それに素直に答える少女の前に私も出て行く。
「大丈夫だった?」
「えーと……誰ですか?」
「私はこれの連れで名前はリゼリア、ここに来ていきなりアレはしんどかったでしょ?あんた弱そうだし」
「こら、リゼリア」
ザビメロを指差しながら軽く自己紹介をしてついでに思ったことを口にした、するとザビメロが叱りながら教育的指導と言わんばかりに私の頭をこづいた。別にいいじゃん。
「うー全然大丈夫ですよ、これでもウチは解明者なので」
「え?あんたも解明者って……それで戦うの?」
私は彼女の全身を観察してもう一度彼女を見る、とても戦えるようには見えないけど、私と目が合った時にギザギザの歯をニッと出して笑う姿は妙に自信に溢れていて、どうやら嘘をついているわけではないという事はわかった。
「解明者なんだな、専門職はなにを?」
「剣聖……ええと正しくは剣聖と書いてソードダンサーと言うのをやってます」
剣聖ってこと?なんだがおかしな拗らせ方をした人が名付けたようにしか聞こえない。
「ほお、剣聖は手数と機動力で戦う職業だ、撹乱も行うからカードプレイヤーとは相性がいいぞ」
「ふーん、じゃあ私と組んでみる?あんたも来たばかりで仲間とかいなさそうだし」
「えっ!パーティ組んでくれるんですか!?嬉しい!ウチもちょうどメンバーを探してたんですよ!」
私の何気ない誘いに意外にも少女は食いついてきた、よほど嬉しいのか私の手を握るとぶんぶんと振ってくる、痛い。
「少し待ってくれ、おれを置いて話を進めるな」
パーティを組むことで意見が合致した私たちの間に入ってきたのは、先ほど男たちを止めたドラゴンだった。別に無視していたわけじゃないけど、話がトントン拍子で進んでしまったから注意を向けるタイミングがなかったのだ。
「そういえばあんたは何者?その見た目ってどう見てもドラゴンだよね?」
「おれはヴァーノミという種族だ、会話が出来るが頭部が竜で身体の80%を鱗や外殻が覆っている竜人をこう呼ぶんだ」
「なんか随分細かい規格があるのね」
「頭部が人間に近いやつや皮膚が剥き出しの身体をしているやつは男をドラゴンマン、女をドラゴンメイドと呼んでいる、なんでそんな規格があるのかは俺も知らん」
私が思わず溢した疑問にザビメロがレスポンスよく答えてくれる、こうやってすぐに私の質問に答えてくれるからザビメロと一緒にいるのはやりやすい。
「そんなことよりもだ、お前さんが例のアピナを倒したリゼリアとかいう新米なんだろ?期待のランカー候補のお手伝いをおれにもさせてくれないか?」
「え?そんなこと知ってるって、あんたもカードプレイヤーなの?というか噂になってる割には他の客は……」
「ここじゃさっきも見たとおり騒ぐのは御法度なんだ、だから誰も騒いでいないだけでこの街にいるやつならほとんどがアルカネラの事情については把握してるんだ」
「あ、そうなんだ……さっきアルカネラを知らない人にあったから盛り上がりの割に知名度は無いんだと思ってた」
そう言って私は店内を見回す、街の中を歩いていたら話しかけられることはあったけど、この店の中じゃなにも反応もされなかったから大して話題になってないか、他の専門職の間では知られていないと思っていた。
「それよりなんでウチとリゼリアさんの間に入りたいんですか?あんまり知らないおじさんを入れるのは怖いんですけどぉ……」
「おれは傭兵なんだ、戦利品は要らないから先に決めた報酬をメンバーから割り勘上で払って貰う形でパーティに入る解明者なんだ」
「へー、そういうのもいるんだ」
「だが今日の連中はそういうのは間に合っている、と言ってどこも受け入れてくれないくてな……頼む!宿代だけでも稼がせてくれ!」
ドラゴンが勢いよく頭を下げて赤黒い角が私の眼前に振り下ろされる、悪気はないのかもしれないけどびっくりしたからやめてほしい。
「うーん、でも……」
「いいじゃないか、メンバーは多い方が生存率が上がる。報酬は俺が支払うからこいつらの面倒を見てくれないか?」
私がどうするか考え、少女が言い淀んでいると、いきなりザビメロが勝手に話を進め出した。
「はい?ちょっとザビメロ、なんで勝手に……」
「お前は黙っていろ、まだ危険予測も碌に出来ないやつは経験者の後ろをついて回るのが定石だ、というわけでこいつらを頼む」
「はぁ〜?好き勝手しないでよ!」
なんのつもりなのか知らないけど、ザビメロは強引にでもこのドラゴンを同行させたいようだ、まだ私を子供扱いしているんだと思うと腹立たしい。
「悪いなリゼリアの嬢ちゃん、どうやらザビメロはギルドが登録しているあんたの保護員みたいだ、保護員の言うことは基本拒否できないし、おれもランカーを敵に回す気はない」
「だけど……!そうだ、あんたも何か言ってよ!別に私一人守るくらい問題ないでしょ!?」
「うー……全然問題無いですねー、私一人でも彼女を守るくらいは出来ますし、もう一人は必要ないですよ」
「ならお前がメインでダンジョン調査をやってくれ、こいつはカードを集めたくてダンジョンに行くつもりなんだ」
「それに一人で守るにも限度がある、二人なら前後をカバーできるからおれはついて行くぞ」
「うー……残念ですね」
「くっ……チッ、わかったよ」
言い負かされた少女が不服そうに引き下がる、こうなったら私からもこれ以上何も言えない、仕方なく黙って頷いた。
「よし、それじゃあ出発は明日だ、向かう場所はここから一番近いダンジョン『カダミアの洞窟』だ、まずはそこでお前の場慣らしとパーティの相性判断をしろ」
「…………」
全て決めていくザビメロに私は思わず眉間に皺を寄せるが、そんな様子を無視して彼は話を続ける。
「不服かもしれんが、実は明日俺はランカーの集会に出ないといけないんだ」
「え、ザビメロはついてきてくれないんだ」
「だからこの男を雇うんだ、お前は俺が戻ってくるまで待てと言っても勝手に外に飛び出していきそうだからな、俺の代わりに面倒を見てもらう」
「むー……」
「と、いうわけで連絡先の交換をして解散だ、連絡は俺から皆にする、お前らの名前はなんだ?」
「おれはノルガマードという、よろしくな」
「ウチは羽田原 ひまるって言います」
「よしじゃあ連絡先を……」
全て見透かされてしまい小さく唸ることしか出来ない私を放ってザビメロは勝手に話をまとめ出した。ちょっと距離を取って端末を弄り始める。
「うー……ザビメロさんってめちゃくちゃな人ですねー、ウチは雇われてないのに指示を聞くこと前提ですし」
「確かに新米がいるとはいえここまでは過保護だな、だがおれは金を出される立場だから何も言えん」
「ノルガマード、ちょっとこっちに来てくれ」
ザビメロの言葉にノルガマードが端末を取り出しながら彼に近づいていく。
「ウチもリゼリアさんと組みたいので従いますが……」
そう言って私に近づき……
「本当はあなたと二人だけで冒険に行きたいんですよね」
ひまるが突然周りに聞こえないように耳打ちしてくる、突然のことに私はバッと距離を取った。
「な、なんなの急に!?」
「まああのドラゴンを撒けば二人っきりになれますよね」
そう言って人差し指を前に出すひまる、その姿を見た私は背筋がゾッとするような、顔が赤くなるような不思議な感覚を体に感じた。
「ひまる、お前も連絡先を教えてくれ」
「はーい!」
そう言って離れていく彼女の後ろ姿を見ながら、私は自分の中に溢れる感覚を反芻していた。
本日のカード紹介コーナー
緑 ヘッドハント 5
スキル
デッキからユニットカード一枚を手札に加え、その後デッキをシャッフルする。
フレーバー:交渉人ってのは弁が立つだけじゃやっていけねえ、この世界じゃ口先だけで腹を膨らかす事は出来ねえからな。
〜ギルドの交渉人 アダーソン〜