第一話 私、妹と王子をくっつけたいと思います
――やばいやばいやばい
エヴァの心の中で警鐘が鳴る。冷や汗が頬を伝う。庭先で目前を歩くハイベルン王子に話しかけようと口を開きかけるが、すぐに閉じてしまう。
彼は振り返り、笑顔を見せていた。どうしましたと首を傾げる。
その顔面を、拳で殴ってみたかった。絶対見下していると、今の自分なら分かる。しかし、そんなことをすれば一発で斬りつけられる。
「い、いえ……なんでもありません」
曖昧な笑顔を浮かべる。自分でもぎこちないと自覚していた。
「……?」
さてどうするかと、頭の中で考えた。
1、ハイベルン王子に媚を売って、好感度を上げる。
この方法は即否定する。彼の性格上、そんな女は嫌いな傾向がある。
2、妹のアリアを合わせないようにする。
この方法も却下。これではアリアを苛めていると変わらない。根本的な問題を解決するには、彼女に好かれないといけない。
3、妹の好感度をあげつつ、ハイベルン王子とくっつける。
「これだ!」
思わず声を上げて、ガッツポーズを作った。周りの人から視線が集まったので、失礼と咳払いをする。
タイミングが良いことに、妹のアリアは花壇を見ていた。屈んで、花を見つめている。
金色ボブカットの髪は、緩くウェーブを撒いている。唇は艶があり、鼻は小さい。赤色の瞳を持つ目は、嬉し気に細められていた。横顔を見るだけでもわかる。彼女はかなりの美少女だ。
己の妄想の塊が目の前にいると思うと、恥ずかしくなってくる。
「……あの娘は?」
ハイベルン王子は、エヴァの父親に訊ねる。
やはりというか、興味を持ったようだ。きっと心の中では黒いことを考えているのだろう。
こんな王子と自分の作ったキャラクターが引っ付くのは非常に嫌だ。嫌だけれども、命には代えられなかった。
「あの娘は、義理の娘です。亡くなった親戚の代わりに、私が育てております。名前はアリアと言います」
父が丁寧に説明していた。
そうだった。彼女は両親を亡くして、この家に引き取られたのだ。理由は確か、エヴァに姉として女性として節度を持たせるためだとか。直接の娘ではないからこそ、父にも母にもぞんざいに扱われ、意地の悪いエヴァには苛められていた。
――あぁ、なんで私そんな子を苛めていたんだろう。
胸の奥が痛む。拳を握り、かぶりを振った。
「おーい! アリアさんも一緒に見て回らない!?」
「お、王子様、しかし彼女は――」
「僕には義理だとか義理じゃないとか関係ない。彼女もここの娘なんだろ?」
「……わ、分かりました」
再びハイベルン王子が呼びかけると、アリアはこちらの存在に気がついた。
数秒固まって、アリアはこちらを見ていた。ゆっくりと立ち上がって、振り返る。
全力ダッシュ。思いっきり逃げたのであった。
置いてきぼりを食らった王子は、呆然としていた。父は王子に対して謝り倒している。
このままではまずいと、エヴァもダッシュで追いかける。
「え、エヴァ!?」
驚く父親の声を背中に受けて、走り続ける。正直な話、走るのは苦手であったが、この時だけは速く走れた気がした。
追いついたのは、数百メートル離れたところだった。全力ダッシュしたからか、膝に手をついて肩で息をする。ドレスで走って、よく転倒しなかったなと自分をほめたたえる。
目の前で、アリアは荒く息をついている。
「や、やっと……捕まえた……」
肩に手を伸ばすと、ビクリと震えていた。これは相当嫌われているなと、心の中で涙を流す。
「お、お姉様……な、何するんですか……?」
濡れた瞳が、こちらに向けられる。罪悪感に苛まれる。
こんなか弱い娘を今までイジメていたなんてと、心臓を掴まれるような思いだった。
「アリア……頼みがあるわ」
「……」
「……ハイベルン王子に、会っていただけないかしら」
「……なんで?」
理由は言えなかった。この期に及んで、自分の命のためだと言えるわけがなかった。
「貴女とお似合いだと思って」
嘘が口をついて出る。頭を深々と下げる。
そんなエヴァに、アリアは疑心暗鬼の視線を向けた。
「お姉様は、良いのですか?」
「……?」
「王子様と……その、仲良くする……機会ですよね?」
「私は彼は好みじゃないから」
「……そうですか」
しばらく考えて、彼女は首肯した。その手が震えていたことを、エヴァは見逃さなかった。
彼女は自分に心を許していない。きっと今回も、イジメられないためにお願いを聞いたに過ぎない。
心を開かせるのは、きっと困難だろう。いつか、自分と腹の底から話し合える仲になればいいのにな。
そんなエヴァの淡い想いは、体の奥底に消えた。