第五十四節:蛇達と蜥蜴達と……
老巫女――イムラーダが振り返った先には、デュナン達を撃退して戻って来た“虹髪”の少女――レイア=コアトリアが独特な笑みを浮かべて立っていた。
「“蛇”って……あたしのこと?
まぁ、あたしの曾祖父様は、“蛇”と言えば“蛇”だけどね……」
「ホホホ……何もその様な不敬な物言いをするつもりなぞありはせぬよ」
皮肉気な言葉を紡いだ少女に向けて、老巫女は優雅な微笑を浮かべて言葉を返す。そして、微笑みを浮かべた様子のまま、次なる言葉を紡いで行く。
「“虹の身”の異名で噂される其方であれば、あの者等のことを知る情報屋の類とも繋ぎを取ることも出来ように……」
紡がれる言葉に、レイアは少しばかりバツの悪い表情で自らの頭を掻く。
「まぁ、ねぇ……
心当たりがあるか、って聞かれたら……ない訳じゃないけどさ……」
歯切れの悪い返答ではあったが、少女の言葉が周囲の一同の許へと届いた数拍の後、何処か神妙に二人のやり取りを聞いていた者の一人が飛びかからんばかりにレイアに向かって詰め寄った。
「心当たりがあるとは、どう言うことですか?」
掴みかからんばかりのピュレイリアの剣幕に、咄嗟に半歩程後退ったレイアは、その姿に幾分腰が引けた様子を見せる。そんな女官と少女の様子を目にして、その面に微苦笑を浮かべたイムラーダより返答の言葉を紡ぎ上げる。
「その娘……“虹の身”のレイア殿は、彼の“暗風騎士団”の者と既知の間柄でありますからな……」
「……“暗風騎士団”ですって……」
その返答の言葉に紛れる不穏な単語に、ピュレイリアのみならず騎士達の一部の者も驚愕の表情を浮かべる。
* † *
暗風騎士団……それは“娯楽都市”――或いは、“盗賊都市”の異名を持つスコーティア王国が所有する騎士団の名であり、“ユロシアの盟約”に属する“盟約軍”の一翼を担う騎士団の一つでもある。
しかし、多くの“騎士団”とはその性質が異なることは広く知られることであった。
その異なる性質とは、即ち諜報部隊と言う性質である。“ユロシアの盟約”に所属する諸国家の為に、大陸西方域以外の地域に散って様々な諜報活動――時に暗殺や破壊工作等――を行っていることは大陸全体でも比較的良く知られている。
だが一方で、諸外国からの干渉に対する防諜の為に、大陸西方域の諸国家の内部にも点在していることは意外と知られていない。彼等の多くは、“暗風騎士団”としての身分を隠して潜伏しているからでもある。
裏世界の事情にある程度詳しい者なら、この様な話も耳にしたこともあるであろうが、実際に潜伏している“暗風騎士団”の騎士が何者かを知る者や、そうした“暗風騎士”と接触を図ることの出来る者は非常に稀なことであろうことは言うまでもないだろう。
更に言えば、未だ成年にも満たぬ少女にそれが可能と言うことは驚きに値する事実と言えた。
* † *
もっとも、“虹の友人”の異名を持つ“薬院”の客員薬師セスタスが、“北の翼”の異名を持つ“暗風騎士団”の上級騎士であると言う事情は、コアトリア家の面々は皆知っていることではあるのだが……
ともあれ、驚きを隠せぬ面々に対して、少しばかり照れくさそうに頭を掻きながら、レイアは返答の言葉を紡ぐ。
「……確かに、“暗風騎士”って呼ばれる奴とか、スコーティア・ギルドの連中とかの知り合いが、いない訳じゃないけどさ……
それを言うなら、婆さんの方がそう言う知り合い多そうに思うんだけど……?」
レイアの問いかけに、老巫女――イムラーダは優雅な微笑みを浮かべて言葉を返して見せる。
「ホホホ……妾の様な老いさらばえた身では、既に一線を外れた者共に声をかけるのが精々だからのぅ……」
「………………」
老境にありながらも何処か艶めいた雰囲気を纏う老巫女の笑みを、怪訝そうな目で眺めつつレイアは溜息と共に返答の言葉を漏らす。
「ハァ……結構ヤバめの奴等みたいだし、ちょっとひとっ走りしてくることにするよ……っと、その前に……」
返答の言葉と共に駆け出そうとしたレイアは、何かを思い出した様に立ち止まる。そして、懐に手を突っ込み、とある物を取り出した。
「デュナン達を伸していた後、彼奴等の懐を探ったらこんな物を持っていやがった……
その絡みかどうかは判んないけど、彼奴等伸してる時に襲って来た奴等がいやがったぜ。一応、撃退は出来たけどな……」
その言葉と共に掲げられていたのは、奇妙な意匠の首飾りであった。
掲げられた首飾りに、一同の視線が集まる。それは、瞑られた目を意匠化した円盤を吊るした形の簡素な物であった。その円盤の意匠に幾人かが眉を顰める。
「「「……それは……」」」
眉を顰めた者とは、老巫女――イムラーダ、その孫――カロネア、異国の神童たるヘルヴィス……そして、“虹髪”の少年――ケルティスと言った面々であった。
そうした面々に頷きを返し、訳の分からぬ様子の者達への説明の意味を含めて、レイアは言葉を続けた。
「……あぁ、コイツは“秘密の女王”エルレアナの護符さ……
どうやら、『姿隠し』か『気配隠蔽』の効果が付与されてるみたいだぜ……」
レイアによって投げ込まれた台詞に、一同はある種の得心と共に苦い表情を浮かべることになる。
* † *
“秘密の女王”エルレアナ……それは、“八大魔王”の一柱の名である。
神代において“知識神”ナエレアナの筆頭眷族とされた存在であり、“八大魔王”の筆頭――“邪知の魔王”ヤーングートの蜂起に逸早く賛同し、主神たる”知識神”ナエレアナ女神に反旗を翻した――ある意味で、女神にも数えられる――存在である。
その司る事象とは、その称号が示すが如く“秘密”である。知識や情報の秘匿、或いは秘された知識の暴露……そう言った事柄を司る魔王――或いは、女神として崇められている。
とは言え、“魔王”の一角に数えられる存在であるが故に、多くの地で禁教とされており、崇拝する者は非常に限られているのだが……
* † *
ともあれ、秘密を司る“魔王”の加護を与える護符と言う代物に、一同は眉を顰めざるを得ない。何と言っても、“魔王”に関わる祭器の類は、“神殿都市”セオミギア王国のみならず、“ユロシアの盟約”に加盟する諸王国の殆どが所持や作成、それに使用を禁じているのだ。
幾ら王国の上級貴族の子弟だからと言って、あの少年達が手軽に入手可能な代物とも思えない。
そんな代物を彼等が手にしていると言うことは、裏で何者かがこの品を流していたことが推し量れた。
そこまで一同の思考を巡らせた辺りで、老巫女の傍らにいた少年の一人より問いかけの言葉が浮かび上がった。
「あの……それで、デュナンさん達は……どうしたんですか?」
「「「……あ……!」」」
その投げかけられたケルティスの声に、主に少年少女達から唖然とした声が漏れる。
少年達が漏らした声を横に、レイアは幾分意地の悪い笑みを浮かべて返答の言葉を放り投げた。
「……まぁ、なんだ……気を失ってたから、適当に縛り上げて、表通りに近い片隅に捨てて来た」
「……捨てて来たって……」
「こんな場所で、縛り上げて放置って……無茶もいいとこだよ……」
レイアの返答に、ケルティスやフォルンから憮然とした声が漏れる。敢えて口にしないながらも少年少女や騎士の幾人かは同様のことを思っている様子であった。
そんな面々を一瞥したレイアは意地の悪い笑みとともに次なる言葉を紡いだ。
「心配しなくていいよ……表の大通りに程近い場所だし、性質の悪い輩はあの辺りにはいないから……
捜索に出てる騎士の人とかにでも、保護されてるんじゃないか……?」
「……じゃないか、って……そんないい加減な……」
幾分投げやりな調子を含んだ声に、フォルンから呆れた様子の声が漏れる。そこに責める色が薄いのは、相手の人徳故であろうか……
ともあれ、彼女の言葉に広場に集まった騎士の一部が確認の為の動きを見せた。
そうした騒動を背に、イムラーダよりレイアに向けて更なる言葉が投げかけられる。
「さて、姫君の捜索……お願い出来るかえ?」
「それじゃあ、知り合いの情報屋と繋ぎを取ってみるよ」
そう返答を口にして、改めてレイアは身を翻した。
* * *
さて、所は移り変わる。
そこは、都市の下町の片隅にある廃屋にも似た寂れた家屋の一つ――とある一団の為に用意された隠れ家である。
その一室では、破落戸達に対して一人の頭巾姿の男が静かな叱責の言葉を投げかけていた。
「私が依頼していたは、“虹の一族”の子供だった筈ですが……?」
苛立ちを窺わせる神経質そうな男の声を前にして、何処か暢気な調子で破落戸達から声が上がる
「まぁ、いいじゃねぇか!」
「そうそう!……こっちの方が値打ちがあるじゃねぇか!」
「おうよ!……何と言っても、こっちにはこの国の姫さんがいるんだからな」
口々にそう言った破落戸達は、一斉に呵々大笑とばかりに爆笑して見せる。
そんな一同を前にして、頭巾の男は軽い頭痛を覚えずにはいられなかった。
この荒くれ者達は、大陸北方域にて貴人の子女等を攫い、その身代金を巻き上げるなどして荒稼ぎをして来た者達である。
そうした荒稼ぎが祟って、大陸北方域の諸王国で追われる身となり、その居場所がなくなった者達であった筈なのだ。
その教訓をこの男達は一切得ていない様子であった。
この厄介な輩に対して、頭巾の男の一党が助力の手を差し出し、この都市へと連れて来たのは、何も彼等が好き勝手する場所を用意する為ではない。とある目的の為に、彼等が用意した筈の人材であった。
実の所、彼等は“虹の一族”の子女の誰かを攫う予定であった。
上級貴族とは言え、新興貴族の跡取りでもない人物であれば、その捜索に割かれる人手は限定される。そんな少数の人手を掻い潜る手段は、限られたものとは言え、彼等に用意出来ないものではない。
しかし、実際にこの隠れ家に連れて来られたのは、継承権こそ高くないものの、この国の王室に属する王族の一人である。
これは状況によっては国を挙げての、いや複数の国を巻き込んでの捜索の手が展開される可能性も否定出来ない。そうなれば、当初に想定された難易度から格段に跳ね上がる可能性が高いと思われた。
彼等一党の影を極力窺わせず、大陸西方域に大きな打撃を与える為に打たれた筈の策は、荒くれ者の野放図な行動によって大きな軌道修正を加えざるを得ない状況となっていた。
破落戸達はその手に酒杯を掲げて、この国の姫君――王孫女を用いて搾り取れる儲けを話題にして盛り上がりを見せていた。
(…………こいつ等を利用するのは、この辺りが限界かも知れんな…………)
荒くれ者を前にして、頭巾男は溜息を深く着いた後、その気配と姿をかき消し、幾つかの後始末を終えて、その場を立ち去ったのだった。
* * *
さて、時と場所を幾分か離れた所で話は移る。
老巫女イムラーダ達の元を離れた“虹髪の少女”レイアは、下町の路地を駆けていた。
下町を中心に遊び回る際にそれとなく聞き集めていた情報を元に、彼女は目的の人物が居そうな場所を巡り駆けて行く。
その目的の人物の名は、“蛇の目”と言う。彼は“娯楽都市”スコーティアに属する人間であり、“ユロシア盟約軍”の軍師を務める“仮面の軍師”ルギアスの命で動く“暗風騎士団”の一人でもある。
彼の人物は、“神殿都市”に住むセスタスへ“軍師”ルギアス等よりの依頼等を届ける為に、時折この都市を訪れている。
下町の路地を四半刻ばかり駆け回った頃、レイアは彼が潜む小屋の扉を叩いていた。
「……やっと見付けた……」
部屋の中を覗き込んで呟く少女を一瞥して、そこで一眠りしていたらしい男は、気だるげにその身を起こした。
「毎度毎度、不躾だなぁ、嬢ちゃんは……
こんな所に駆け込んで来るなんて……何かあったのかい?」
「あぁ……結構、性質の悪いのがな……」
苦虫を噛み潰す様に紡がれたその返答に、男の眼に鋭い光が宿る。
「それじゃあ、手早く話を聞かせて貰おうか……」
男――“蛇の目”に促され、レイアは今回遭遇した厄介な事態に関する事柄を説明し始めた。
一頻り喋り続けたレイアの説明を静かに聞いていた男は、その表情を若干渋いものへと変えて呟きを漏らした。
「確かに厄介なことになっているなぁ……」
「……やっぱり、何か心当たりがあったりすんのか……?」
彼の様子を目にして、レイアは訝しげな面持ちで問いの言葉を投げかける。
そんな少女の問いかけに、苦笑染みた男から言葉が返される。
「まぁね……大陸北方域のお尋ね者の一団が、何者かの手引きでこの都市に向かってる、って情報が入って来てね。
“北の翼”殿や“白牙騎士団”の方へ注意する様に情報を流して置いたんだけどね……」
「さっき襲って来た奴等ってのは、その一団って言う訳か……?」
「多分ね。ただ……」
「そいつ等は、“蜥蜴の尻尾”……?」
「……みたいだね……まぁ黒幕は、言わずもがな、だがね……」
そう言って男――“蛇の目”は肩を竦める。この様なことを仕掛けて来るのは、大抵が“帝国”の間者であると考えて間違いはないと思われた。
肩を竦める男に向かい、少女は問いの言葉を続ける。
「……で、奴等の潜伏場所の心当たりは……?」
その問いかけに、男はニヤリと笑みを返して見せた。その彼の笑みは、何処か鎌首をもたげる毒蛇に似た危険な雰囲気を纏っていた。
登場人物に、“聖蛇の曾孫”とか“蛇の目”とかが出て来たお蔭で、今回の副題は結構すんなり出て来てくれました。




