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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第五章
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第四十八節:決定と連絡と……

 さて、“姫君のお忍び”と言う案件は、セレシア姫付筆頭侍女であるピュレイリアを中心として、王宮等関係各所への根回しが急速に進んで行った。

 姫君警護の役目を負った第一番隊(親衛騎士隊)騎士たるアイリスを中心とした数名が傍を堅め、“お忍び”で出向く一帯を第十番隊(市中警備隊)の騎士達によって密かに警戒態勢を敷くと言った警備計画や、セレシア姫が出席する予定であった公務の類での調整も行われていた。


 とは言え、これらの計画や調整を行うに当たって重要な一点が未だ判然とはなっていなかった。

 その一点とは即ち、“お忍び”が決行される期日である。



  *  *  *



 姫君自ら宣言されたとは言え、レイア本人は承諾した訳でもない事柄に何処か割り切れない想いを抱えていたこともあり、セレシア姫への返答をこの数日保留にしていた。


 だが、そんなことを何時までも悠長に構って貰える訳もなかった。


 その日、授業の合間の休み時間に教室の机に突っ伏していたレイアに、セレシア姫より声がかけられた。


「レイアさん、そろそろ返答を頂けないかしら……?」


「姫様……やっぱり、ヤメにしない?」


 机の上に突っ伏していたレイアを見下ろす姫君に向かい、“虹髪”の少女より気怠げな声が漏れる。


「…………出来ると思いますか……?」


「………………」


 だが、そんな少女の呟きを姫君が斟酌する筈もなかった。そして、そんな姫君に更なる言葉を重ねることの無意味さをレイアはこれまでの経験から理解して――いや、理解させられていた。

 そうして、黙したまま項垂れるレイアに向けて、セレシア姫は言葉を続けた。


「そんなに決められないと言うなら、私が決めた方が良いのでしょうか……?

 そうね……それなら、来週、いえ再来週の夢幻神の日と言うのは如何ですか?」


「…………分かった……」


 顎の辺りに指を添え、少し考える素振りを見せた後に告げられた内容に、レイアは憮然として返事の言葉を呟いた。


「それは良かった。それでは、ピュレイリア達にこのことを知らせておくことにしますね。

 それでは再来週のこと、楽しみにさせて貰いますね」


 項垂れた様子のレイアとは対照的に、セレシア姫は嬉しそうに言葉を紡ぐと彼女の席から離れて行ったのだった。



 そうして(姫君)の去った少女の許へ一人の少年が近付き、項垂れる少女の肩に手を置いた。


「……大変だけど、頑張ってね、姉さん」


「…………お前も手伝えよ、フォルン……」


「そのつもりだけど……やっぱり、矢面に立つのは姉さんでないとね……」


 幾分愉快そうな少年(フォルン)と渋い顔をした少女(レイア)と言う、普段とは逆の立場となって言葉を交わす“虹髪”の姉弟の姿を、その場に居合わせた生徒達は目にすることとなった。


 その衝撃的な情景と、その前に繰り広げられた会話のあれこれは、「ここだけの話」という形で学院中に密やかに拡がって行くことになるのだった。



  *  *  *



 何はともあれ、“お忍び”に関する日取りが確定したことで、この“お忍び”に関わる様々な計画の詳細が詰められて行った。


 当然のことながら、こうした日程に関する情報は宮中だけではなく、関係部署へも連絡が行われていた。

 そうした連絡先の一つが、市中警備を主任務とする白牙騎士団第十番隊隊舎であった。



 その日、白牙騎士団第十番隊隊舎の隊長執務室では、珍しく隊長であるレインが机に向かっていた。


 普段の彼女は、練兵場での訓練や市街の警備等で飛び回っている為、必要最低限のものを除いて、副隊長であるボルフォート老にその殆どを任せているのが現状だった。

 とは言え、騎士隊の長を務める彼女が抱える“最低限”の事務仕事とされるものの数は決して少ない訳ではない。


 そう言う訳で、騎士隊長レインは執務室での執務をこなしていた。その執務室の扉を叩く音がした。


「……入れ」


 レインの声に応じて、執務室の扉が開いた。その扉を開き、部屋の中へと入ってきた人物は、この部屋のもう一人の主とも言える灰髪の老境に差し掛かった騎士――十番隊副隊長たるボルフォート=フロザイドであった。


「ボルフォート卿か……」


 手に書類の束を持った老騎士を横目にレインは呟きを漏らす。そんな彼女に向けて、老騎士は微苦笑に見える面持ちで手にした書類を掲げて言葉を紡ぐ。


「王城から呼び出しがありましてな。セレシア殿下の“お忍び”の日取りが決まったと言うことで、警備計画の為の資料を預かって参りましたぞ」


「あぁ、そうか……わざわざすまないな」


「いえいえ、この様な雑事をこなすことも貴女の副官たる儂の仕事の内ですよ」


 隊長(レイン)からの呼びかけに、老副官は大したことはないと微笑みを返した。そして、手にした書類をレインの机の上へと差し出す。


 その書類を受け取ったレインは、その内容に目を通す。そこには、再来週の夢幻神の日――来月(風竜の月)の10日に決定した“姫君のお忍び”に関する宮城側の予定や行程表と言った事柄が記載されていた。


「……来月の、10日か……」


 その書類に記載されていた日付を読み上げたレインの表情は、微妙に困惑の色合いが入り混じる。


「そうですな……月番の回りから言えば、九番隊の受け持ちになりますからなぁ……」



  *  †  *



 “白牙騎士団第十番隊”は、その異名である“市中警備隊”の異名からも判る通り“神殿都市”セオミギア市街の警邏・巡察、即ち都市の治安維持を主任務としている。


 だが、セオミギア王国の治安維持の全てを第十番隊が担っていると言う訳ではない。

 “大神殿”及びその周辺、それに王宮や貴族の居住域の警護はそれぞれ第一大隊に属する第二・第三番隊の任務であり、王国内に点在する幾つもの村落を巡回警備しているのは第二大隊の騎士達である。即ち第十番隊が担っているのは、王国の王都(中枢)である都市セオミギアにおける一般市民の居住域、及び都市周辺域の治安維持活動を行っていると表現することが出来る。


 しかし、王国唯一と言える都市にして、北方大陸各地よりの巡礼を受け入れている聖地でもある“神殿都市”セオミギアの市街全域の治安維持を騎士隊一つで行われている訳ではなかった。

 それは第三大隊の統括も務める第九番隊と第十番隊の二隊が、月毎に入れ替わりながら市中の警備を務めていた。



 年初めである“光竜の月”には、原則として宮中の儀礼・行事の多い第九番隊に代わって、第十番隊が市中警備の主導することになっている。翻って言うならば、翌月である“風竜の月”に替われば、第十番隊に替わって第九番隊が市中警備の主導役に就くと言うことを意味していた。


 別段、第九番隊と第十番隊の間が不仲と言う訳ではないものの、月替わりに伴う引き継ぎ事項の一つとして“厄介事”を押し付ける格好になるのは、余り気持ちの良いものではないと言うものだった。



  *  †  *



「一応、“お忍び”の件は九番隊の方にも連絡は行っている様ですし、このまま警備計画を九番隊に丸投げしても、問題がないと言えば、無いとは言えますが……?」


 書類に目を落とすレインに向けて、副官たるボルフォート老は幾分軽めの口調で言葉を紡ぐ。そんな副官へと視線を映しつつ、騎士隊長――レインは言葉を返す。


「そうだな……とは言え、丸投げと言う訳も行くまい。こちらとあちらで協力して警備態勢を整える必要があるな」


「そうですな……警備計画に若干の修正を加えて、第九番隊への協力を打診すると言うことで宜しいですかな?」


「……そんな所だろうな」


 幾分憮然とした色合いを帯びた声を返すレインに向けて、揶揄い混じりの声音で老騎士より声がかけられる。


「閣下の仕事が、また増えましたかな……?」


「……言わないでくれ、気が滅入る」


 そう言って書類を手に項垂れる騎士隊長は、項垂れた姿勢のまま藪睨み気味に副官を見上げる。


「……当然、手伝ってくれるよな……?」


「勿論、それが儂の仕事ですからな……」


 上官の言葉に、老騎士ボルフォートは微苦笑を浮かべて彼女の隣に置かれた机に腰を下ろした。そして、思い出したかの様に老騎士より声が上がった。


「まぁ……今晩は、連合い(配偶者)殿の夕餉に遅れぬ程度の時間で帰れそうですな」


「……余計なことは言うな……!」


 副官の軽口に叱責の言葉を投げかけるレインの頬は僅かに赤味を帯びていた。



  *  *  *



 そんな騎士隊長と副隊長のやり取りが交わされていた時から幾分時の過ぎた夕暮れの頃、都市セオミギアの下町の一角にある場末の酒場に、時と所を移す。



 その酒場の一隅に置かれた席に座り注文した酒食を口にする一人の人物があった。その人物とは、灰色髪のトート族の男性――“虹の友人”の異名を持つセスタスである。“大神殿薬院”において客分薬師を務める彼は、“大神殿”での診療を終えた後、この酒場で軽い夕餉を取ることを日課としていた。


 たった独りで夕餉の時を寛いでいた彼の前に、一つの人影が差す。その影に気付いたセスタスは、眼光鋭くその人影を睨み付ける。


「……何用だ?」


 殺気混じりにも感じられる眼光を前にして、彼の眼前に立つ男は飄々とした笑みを浮かべたまま、睨み付ける彼の対面の席に座る。


「いつものこととは言え、何用とは、酷い言われようだな……」


 軽妙な口調で男は、近くにいた女給へと軽い食事と酒を注文する。


 この男は、“蛇の目”の二つ名で呼ばれる盗賊ギルド(スコーティア・ギルド)に属する人物であり、“北の翼”セスタスと盗賊ギルド(スコーティア・ギルド)ルギアス(ユロシア盟約軍軍師)との連絡役を務めている人物でもある。


 注文が卓に届き、軽食と安酒を幾らか口にした後で男は彼に向けて言葉を投げかけた。


「……スコーティア(盗賊ギルド)からの通達だ。この都市(まち)に“余所者”が紛れ込んで来たらしい」


「…………“余所者”、か……」


 呟く様に告げられたその内容に、セスタスの眉間に深い皺が刻まれる。



  *  †  *



 “神殿都市”セオミギアは、かつて“知識神”ナエレアナが鎮座していた地にして、歴史上最初に建立された神殿――“セオミギア大神殿”を擁する都市として、主に“知識神”ナエレアナ女神を奉ずる人々から最大級の聖地とされている場所である。


 故に、“セオミギア大神殿”は、連日の様に大陸西方域(ユロシア地域)の各地から多く巡礼者を受け入れている。それに加えて、“ユロシアの盟約”に連なる諸都市国家と比較的友好な関係を構築している大陸北方域(ヤヌガリア地域)の諸国や、現在は和平に限りなく近い停戦条約が成立しているロミナル帝国からも、そうした巡礼の列に加わる者は少なくない。

 更に言えば、決して数は多くはないものの、海を越え、ユロシア河を遡って巡礼の訪れる西方大陸(アティス大陸)東方大陸(チュルク大陸)南方大陸(フェルン大陸)の者等も存在している。中には、北方大陸(ユロシア大陸)東方大陸(チュルク大陸)を繋ぐ“フィヴレジ地峡”を越え、北方大陸(ユロシア大陸)を横断して巡礼に訪れる剛の者も存在する。


 そうした事情を抱えている為、“神殿都市”セオミギアには、一定数以上の他国人――余所者が存在している。



 だからこそ、敢えて“余所者”と呼ぶことには、何らかの含みを込めた言い回しとなっていた。



  *  †  *



 普段から鋭い目を更に険しくして、セスタスは酒杯に口を付けて唇を湿らす。


 そんな彼に向けて、“蛇の目”は言葉を続ける。


「ガリシア王国やエルゼア王国と言った大陸北方域(ヤヌガリア地域)の西部諸国で手荒な真似を続けていた奴等らしい」


 そこまで言った男は、運ばれてきた酒杯で口を湿らせる。

 そして、一息吐いた所で“蛇の目”は、その“奴等”が行ったと言う悪行の幾つかを列挙して行く。


「……やめろ!……飯が不味くなる……」


 何処か軽薄な調子で喋る男に向けて、セスタスより鋭い視線と共にドスの利いた呟きが漏れる。

 そんな彼の様子に、男は肩を竦めて言葉を一旦途切れさせる。そして、半拍ばかりの間を置いて男は言葉を紡ぎ直す。


「まぁ、そう言うあれこれのお蔭で……あちら(ヤヌガリア)の官憲に追われて、こっち(ユロシア)に流れて来たようだ。

 ランギア(狩猟都市)からセオミギア(神聖都市)への街道に向かったと言う話を聞いている」


「そいつらの抑えをしろ、と言うことか……?」


 酒杯の中身を二口三口と飲みながら、セスタスより声が漏れる。


「そう出来れば御の字だが、無理は言わないと言った所かな……?

 一応、北部諸国の騎士団には、それとなく情報を流しているらしいしな。そっちで何とかしてくれるかも知れんしな……」


 そう言ってから、男――“蛇の目”は皿に盛られた食事を掻き込みにかかった。

 そんな男の姿を目にしながら、“北の翼”――セスタスの脳裏に嫌な予感が過ぎった。



 やがて、注文した酒と肴を平らげた男――“蛇の目”は、席を立ち上がる。そして、その身を翻そうとして、その動きを停めた。


「……あ!……いけねぇ、言い忘れる所だった。軍師(ルギアス)殿からの伝言だ。

 “虹の魔槍士”に、連合いの“虹の瞳”を連れ出す準備をしておいた方が良いと伝えておけ、だそうだ……」


「………………」


 男の台詞を耳にして、彼の目は怪訝そうに細められる。そして、この台詞を記憶に留めることにした。



 大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。筆が進まず、発表が遅れてしまいました。

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