第四十七節:午睡と夕餉と……
大変お待たせ致して申し訳ございません。
些か短い滑り出しとなりますが、これより第五章の開幕となります。
セレシア姫とのお茶会から数日が経過していた。
神殿の正面に鎮座した馬車や、そこへと乗り込む一団を目にした生徒達は少なからずおり、そのことについて生徒の間で噂となっていた。
とは言え、姫君のお茶会に参加した面々が、総じてそれを殊更に自慢・吹聴する性格ではなかったこともあり、憶測混じりの噂が静かな拡がりを見せていた。
そんなある日のこと、“セオミギア大神殿”の学院中等部の一室にて一人の少女が机に突っ伏していた。
その部屋は、この時間に使用されていない講義室の一つであり、当然のことながらそこには彼女一人しかいない。何処か閑散とした部屋のほぼ中央に位置する座席に座り、彼女は午睡を嗜んでいた。
要するに、授業を抜け出してさぼりを決め込んでいるのだ。
「……レイアさん……」
そんな午睡を貪る彼女の肩を何者かが叩いた。
「…………ん……?」
肩を叩かれた、“虹髪”の少女は閉ざしていた瞼を開く。そうして開いた瞳に映った姿を認めた時、少女の口から呻き声が漏れる。
「…………ゲェッ!」
「目覚めて早々その様な声を漏らすのは、失礼ではありませんか?」
レイアの目前に立っていたのは、高貴なる身分を持つ同級生の一人――セレシア=ユロシアであった。
さり気なく姫君と視線を逸らしつつ、レイアは机に伏せた身を起こす。そして、不貞腐れた様子で呟きを漏らした。
「姫様、何でこんな所にいるんだよ……?」
「何故って、レイア……貴女を探していたからよ」
「……って、今は授業中だろ?」
「フォルン君に代わって、貴女の捜索を申し出たのですよ。聞きたいこともありましたしね」
「……聞きたいこと……?」
姫君の台詞の最後に紛れていた言葉に、レイアは鸚鵡返しに聞き返す。その問いかけに喜色が含まれた優雅な笑みを浮かべて、セレシア姫が返答の言葉を紡ぎ上げる。
「えぇ……この間お願いしていたでしょう?
私が下町へと向かう日取りを確認したかったのですけれど……?」
「…………は……?」
「ですから、日取りです。下町を案内してくれるのでしょう……?」
微塵も疑っていないと言わんばかりの確信に満ちたセレシア姫の言葉に、それを耳にしたレイアの目は驚きに大きく見開かれる。
「……ちょ、ちょっと待て!……あたしが、何時、姫様を下町に案内するって言った?」
「あら?……この間のお茶会の時にお願いしたではありませんか」
無邪気な視線と共に返された言葉に、レイアの表情は唖然とした物へと変化して行く。
「え?…………って、あたしはやるなんて一言も言ってねえぞ!」
「でも、しないとも仰っていなかったじゃないですか……」
「……そんな屁理屈……」
渋い顔をして呻くレイアに対して、セレシア姫は何処か有無を言わさぬ威圧を宿した微笑を投げかける。
そんな姫君の姿を暫し見詰めて、根負けした様にレイアは項垂れる。
項垂れる少女の姿を目にした姫君は続いて更なる言葉を投げかける。
「それではお願いしますね。出来れば、早い内に“碧玉の聖娼”様とお会い出来るように頼みますよ」
そう語る姫君の笑みは晴れやかなものに見えた。
* * *
一頻り項垂れていたレイアが、ひとまず気を取り直した頃を見計らってセレシア姫は改めて言葉を紡いだ。
「それでは授業に戻りましょうか?」
「……え?」
セレシア姫の言葉に、レイアはキョトンとした面持ちで声を漏らす。そんな彼女の反応に、呆れ混じりと言った様子で姫君より言葉が続けられる。
「何を驚いているのです?
私は、貴女を、連れ戻す為に、授業を抜けて来たのですから……」
当然と言った風情で言葉を返す姫君に対し、レイアは渋い面持ちへと変化する。
「え~~……「見付からなかった」って言って、姫様だけ戻ってよ……」
「そんな訳にはいかないのは、分かっているでしょう?」
「んなこと言ったって……」
気怠げな態度で姫君との会話のやり取りを交わしていたレイアであったが、不意にその表情を強張らせてセレシア姫へと問いの言葉を呟いた。
「……姫様……どうやって、あたしがここにいるって分かったんだ……?
一応、簡単な『気配隠蔽』の術をかけていた筈なんだけど……?」
緊張の色を帯びた彼女の問いかけに、セイシア姫は何処か飄々と風情で問いの言葉を紡ぎ上げる。
「簡単なことです。丁度手隙だったラティル講師にお手伝いをお願いしたのです。
「“虹の瞳”に捉えられぬものは無し」と言う噂は、本当だったんですね……感激しましたよ」
嬉しそうにそう答えたセレシア姫から僅かに視線を逸らせたレイアは、講義室の出入り口の外側に佇む“虹の瞳”を持つ女神官――即ち自身の母の姿を捉えた。
「…………嘘だろ……」
「それでは、教室に戻りましょう」
憮然とした呟きを漏らす“虹髪”の少女に向けて、姫君はにこやかにトドメの一言を投げかけたのだった。
* * *
さて、時は過ぎて、その日の夕刻……
コアトリア家の夕餉の席で、レイアは再びラティルより御小言を貰う羽目になっていた。
「……まったく、姫殿下が講師控室を訪ねて来られた時には、何事かと思ったよ……」
夕餉の前に一頻りの説教をしてはいたが、親として講師として小言が口に出ていた。そんな母の姿に、レイアの表情は渋いものになっていた。
「……む~~」
膨れっ面のレイアの姿を目にして、ティアスより宥める様な言葉がかけられる。
「まぁまぁ、ラティル君……もう、それくらいにしておいたら如何ですか……?」
「そうそう……レイアちゃんも、多少は懲りてる筈だから……」
「あ、はい……ティアス師やメルテス君が仰るのなら……」
舅達のとりなしの言葉に、ラティルは娘への鋭い一瞥を与えた上で、それ以上の言葉を紡ぐことを取り止めた。
そうして会話が途切れた際に、呟く様に問いかけの言葉がフォルンより上がる。
「……そう言えば……父さんって、よく姉さんを見付けられたよね……」
少年の疑問の言葉に、レイアも弟と同様の怪訝な面持ちに変わる。
「……そうだよな……ああ言う時は、何時も簡単な『気配隠蔽』の術をかけてる筈なんだけど……?」
「たかだか授業をサボる為だけに、そんなことしてるんだ……」
そう言ってレイアは、母であるラティルと弟であるフォルンに問いかける様な視線を走らせる。そんなレイアの言葉の内容に、メルテスから呆れ混じりの声が漏れる。
ともあれ、彼女の問いかけに応じてか、フォルンが澄まし顔で答えを返す。
「……僕は姉さんの行動パターンは大体分かっているからね……」
その答えに些か憮然としたレイアであったが、そんな彼女に対してラティルより言葉が加えられる。
「私なら、貴女の使った『隠蔽』の術ぐらいなら簡単に見抜けますよ……
ああ言った『隠蔽』の術式は、魔力の流れを遮断することで、魔法の探査を逃れることが出来きているんです。だから、不自然に魔力の流れが遮られている場所に目を凝らせば、見抜けると言う訳ですよ」
「………………」
「要するに、貴女の『隠蔽』の術式は、まだまだ未熟と言うことです……」
続く母の言葉で、止めを刺された様にレイアは肩を落とす。そして、そんな母娘の姿を目にして、メルテスが感嘆の籠った言葉が溢れていた。
「……流石は、ラティルさんだよね……」
そんな母子の姿を横目に食事を進めていた一人――ラティルの配偶者でもあるレインより声が上がる。
「そう言えば……セレシア殿下がレイアの探していたのは、“例の件”の所為か……?」
「「「……“例の件”……?」」」
父たるレインの台詞に、娘レイアは一瞬訳が分からぬと言った様に首を傾げた。それ時を同じくメルテスやフォルンからも呟きが漏れる。
「姫君のお忍びで道案内することになっているのだろう?」
「え?……何で、そのことを……?」
続けて告げられた言葉に、レイアは素っ頓狂な声を上げる。その問いかけに、若干渋い顔となりながらもレインは返答の言葉を紡いだ。
「……王宮のセレシア姫付の侍女よりお忍びに関する打診が十番隊にあったからな……」
「……お忍び、ですか……?」
「……何故、そう言う話になったんだ……?」
「……ホントに何でそうなるんだろうね……」
レインの言葉に、ティアスやセイシア、それにメルテスより問いかけ半分呆れ半分な言葉が紡がれる。
「「………………」」
その問いかけに言い淀むレイア・フォルンの姉弟を目にして、ケルティスがおずおずとした様子で言葉を呟く。
「……それって……この間の姫君とのお茶会で出ていたお話ですか……?」
ケルティスの呟きを耳にして、疑問の言葉を紡いでいたティアス達から声が上がる。
「「「「……お茶会……?」」」」
その三重奏に観念したのか、フォルンより説明の言葉が紡がれる。
「……あのお茶会の時に、ケルティスの友達のカロネアさんのお祖母様に会ってみたいって姫様が言ったんだ。それで、下町のことに詳しい姉さんに、案内を頼みたいって……」
「……そう言う話になっていたのですか……」
「……何故、そう言う話になるんだ……」
「……何とも奇想天外な話になってるみたいだね……」
息子の返答にラティルとレインは軽く頭を抱えて言葉を漏らし、メルテスは何処か面白そうな面持ちで呟いていた。
「カロネアさんの祖母と言うと、イムラーダ様のことですね……」
「そうだな……物好きな姫様と言うべきか……」
一方で、ティアスとセイシアは半ば呆れ、半ば懐かしむ様な声を漏らしていたのだった。
ともあれ、そんな嘆きや感慨も一時のこと、一頻りそうした時を過ごした後でコアトリア家の大人達は一斉にレイアへと向き直る。
そんな彼等を代表する様に、少女の父たるレインより凛とした言葉が告げられる。
「そう言う事情がある以上、ちゃんとした日取りを決めて、きちんと姫殿下の案内役を務め上げろ……!」
「え~~……」
レインの言葉に抗議の声を上げるレイアに対し、母の姿をしたラティルより鋭い声が突き刺さる。
「既に王宮や騎士団が動いている以上、簡単に止めると言う訳にはいかないんですからね!
近い内の休日にでも、案内出来る様に準備を進めるようになさい」
「…………は~い……」
母ラティルの言葉に、レイアは頬を膨らませた後、視線を逸らして返事の言葉を吐く。
「気持ちは分からなくはないけど、そんな不貞腐れた顔をしなくてもいいんじゃないかな?」
そんな姉の姿に、フォルンから苦笑染みた言葉が漏れていた。そんな彼も、内心では自分も無関係を決め込むことは無理だろうなと、半ば諦観の念を抱いていたのだった。




