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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話ノ四
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間章ノ四:王宮の姫君、臣下と語らう

 大変お待たせ致しました。若干短めの番外編になりますが、楽しんで頂けたのなら幸いです。

 セオミギア王国――その王城の片隅にある離宮の一つ、セレシア姫が暮らす離宮では先程までの賑やかさから一転、少しばかり寂しさが漂っていた。


 それは最終的に和気藹々とした雰囲気に包まれた茶会も終了し、招待客たる少年少女を見送ったばかりの所だったからだ。



 先程まで茶会の舞台となっていた卓に座したまま、王孫女――セレシア=ユロシア=オン・セオミギアはたった一人で茶杯を傾けつつ、その余韻を味わっていた。

 その周囲では、王孫女付きの侍女達が先程までの茶会の後片付けを行い始めている。


 そして、侍女の一人と護衛の女騎士の一人に見送らせた少年少女達は、今頃は家路に着いていることだろう。



 自らに仕える侍女達の仕事を横目に見ていた姫君に向けて声がかけられる。


「……姫殿下……」


「……何かしら、アイリス……?」


 そう答えつつ、姫君は自身の視線を斜め後方へとずらして、声の主の方へと首を巡らせる。

 そんな彼女の視線の先には、一人の女騎士が立っていた。長い紫色を帯びた長い銀髪を後頭部に丸く結い纏め、白地に蒼氷色の縁取りが施された“白牙騎士団”の騎士服を纏い、腰に細剣を佩いている。


 彼女の名は、アイリス=プリスティングと言う、王孫女セレシアの警護を務める一番隊騎士(近衛騎士)を取り纏める騎士である。


 そんな彼女は、少し険しい表情を浮かべて問いの言葉を紡ぐ。


「先程のお茶会でおっしゃったこと……本気ではございませんよね?」


「……先程のこと……?」


「……“碧玉の聖娼”殿とお会いする為に、下町に足を運びたい……と仰っていたことです」


 はっきりと口調で紡がれた問いの言葉を聞きながら、姫君は優雅な仕草で香茶を喫する。そして、香茶を一口、二口分を飲み下し、悪びれた様子もなく返事の言葉を紡ぎ出した。


「……あぁ、そのこと……本気で言ったことですよ……」


「……姫殿下……!」


 返された姫君の言葉に、女騎士が声を荒げる。だが、そんな彼女の剣幕に怯みも驚くこともなく姫君は言葉を続ける。


「そんなに心配しなくても、レイアさんは“虹の身”の二つ名で下町では知られている方ですからね。良い案内役を務めてくれると思いますよ」


「そうではありません!

 姫君ともあろう御方が、下町に向かうと言うことが問題だと申しているのです!」


 飄々と言葉を紡ぐ姫君に女騎士は再び激昂する。そんな彼女に向けて、別の方向より声がかかる。


「まぁまぁ、アイリスちゃん……そんなに大声を出すと他の娘が怯えるから、もう少し声を抑えてね」


「……ピュレイリア様……」


 その声に振り返った女騎士――アイリスは憮然とした呟きを漏らした。そんな彼女の眼前に立っていたのは、一人の侍女服を纏う女性であった。

 この女性は、先程まで茶会の後片付けをしていた侍女達の一人であり、その纏う侍女服は他の侍女達よりも襞襟等の装飾が幾分豪華になっている。それはこの場に立つ侍女達を統括する役割を担う人物であることを示していた。


 彼女の名はピュレイリア=セオヴィアと言い、王孫女セレシアの身辺の世話を預かる侍女達を統括する任に就いている人物であった。


 ピュレイリアの声に、我に返ったアイリスは咄嗟に周囲の様子に視線を走らす。そこには、彼女の発した激昂に怯えて身を竦める数人の年若い侍女の姿が見受けられた。

 そんな侍女達の姿を目にして、頭に血が上っていたアイリスは落ち着きを取り戻す。


「すみません、ピュレイリア様」


「いいのよ、アイリスちゃん……姫様が心配だから、声が出ちゃったのよね」


 頭を垂れる女騎士に向け、筆頭侍女たる女性は柔らかな声音で言葉を投げかける。そして、落ち着いた仕草で主君たるセレシア姫の方へとその身を向き直る。


「姫様……姫様が、好奇心の旺盛な方であることは承知しています。ですが、警護を務めるアイリスちゃん達の迷惑になることは、控えて頂かなくてはいけませんよ」


「……む~~……」


 嗜めるように紡がれたピュレイリアの言葉に、不貞腐れる様にセレシアは頬を膨らませた。そんな姫君に向けて彼女の言葉が続けられる。


「……と言う訳で、今度お忍びに出かけられる時には、アイリスちゃん達と一緒に出掛ける様にして下さいね」


「…………ピュ、ピュレイレリア様……?」


 彼女(ピュレイリア)の言葉に、感慨深く頷きを繰り返していたアイリスは、最後の一言を聞いて素っ頓狂な声が漏れる。

 しかし、そんな女騎士の反応に頓着した様子もなく、筆頭侍女は女騎士に向けて言葉を続けた。


「だって、アイリスちゃん……仕方がないじゃない。

 好奇心旺盛な姫様を引き留め様とすること自体に無理があるでしょう……?」


「………………」


 筆頭侍女に告げられた言葉に、女騎士は押し黙った。



  *  *  *



 一頻りの問答が一段落を終えた頃、姫君達のいる中庭へと一人の女騎士が戻って来た。


「……皆さんを見送って参りました」


「ご苦労様、カレミアちゃん」


 姫君に向けて報告を行う女騎士へ、筆頭侍女より労いの言葉が贈られる。


「ありがとう、姉さん……って、アイリス様が、何か不機嫌そうなのは、何で……?」


 その彼女の言葉を受けて微笑んだ女騎士であったが、元よりその場にいた上官の機嫌が芳しくないことを察して、思わず問いの言葉を漏らす。その問いかけに、何気ない素振りで筆頭侍女より返答の言葉が紡がれる。


「大したことではないわ。姫様が下町へお忍びに行ってみたいと仰って、それにアイリスちゃんが反対したってだけのことだから……」


「…………充分、大したことの気がするんだけど……」


 何処か暢気そうな様子で告げられた返答に、女騎士――カレミアは苦笑とともに言葉を返す。そして、呆れ混じりの溜息を吐いた後で、彼女は改めて言葉を紡いだ。


「それにしても、姫様や陛下って“虹の一族”への関心って深いよね~……」

「……それは、そうね……」


「…………」

「…………」


 彼女の告げた疑問の言葉に、上官たるアイリスも呟きを漏らした。そんな二人の騎士の姿を目にして、セレシア姫と筆頭侍女ピュレイリアは苦笑混じりで視線を交わした。



  *  †  *



 現国王イルアード=ユロシア=セイ・セオミギアは、白髪混じりの銀髪に銀眼白皙たる典型的なユロシア人の特徴を持つ、当年とって齢60を数える人物である。


 特段に英明な君主とは言えずとも、指して愚昧な君主とも言えない、ある意味で平凡な国主の一人と言える人物である。だが、臣民や近隣諸国に対して妬心を抱くことなく、虚心で向き合うその姿勢は、一部の識者から賢王・明君の資質を宿しているとも評されている。

 そんな現王イルアードが、私的に“虹の一族”――コアトリア家の人々に深い関心を持っていることは、広く知られていることであった。


 そんな国王の影響を受けて、その子たる王太子やその娘である王孫女セレシアもまた、同じく“虹の一族”――コアトリア家の人々に興味を抱くに至っていた。特に祖父王を慕うセレシア姫は彼等に深い興味を持っていたのだった。


 ただ、何故に王や王孫女が彼の家に関心を持つのか、と言う真の理由を知る者は、意外な程少ない。


 そんな中、姫君が幼少の頃より侍女として仕えているピュレイリアはその秘密を知る者の一人であった。

 とは言え、その事情を気軽に口外できる内容でもない以上、こうした疑問が上がっても苦笑を浮かべて沈黙を保つしかないのであった。



  *  †  *



 そうして苦笑混じりの面持ちで言葉を紡がぬ二人の姿に、事情を察した女騎士達は視線を交わして話題を逸らすことにする。

 そこで、筆頭侍女の妹でもある騎士カレミアより問いの言葉が投げかけられた。


「……っと、そう言えば、何で下町にお忍びって話になったの?」


 その問いかけに、騎士アイリスは半ば呆れ気味の嘆息が漏れる。一方で彼女の姉――ピュレイリアより穏やかな声が返される。


「先程のお茶会で“碧玉の聖娼”――イムラーダ様のお孫様と言う方がいたでしょう?」


「……“碧玉の聖娼”?……イムラーダ様……?」


 姉の言葉に疑問の言葉を漏らすカレミアへ、再びアイリスより嘆息混じりに呟く。


「先程の話を聞いていなかったのか……?」


「……“碧玉の聖娼”イムラーダ=フェイドル様とは、半世紀程昔に活躍していたと言われる高級娼婦のことですよ。

 彼女は、若き日の“黒き魔槍士”――レイン=ミレニアンの後見をなさっていた方なのですよ」


「……へぇ、そうなんだ…………なるほど、だから姫様の興味津々になる訳だ……」


 アイリスの溜息に微苦笑を漏らしつつも紡がれた姉の説明を聞き、カレミアは半ば憮然とした呟きを返すことになった。

 そんな呟きを漏らす妹に対して、姉であるピュレイリアより更なる言葉が続けられる。


「……と言う訳で、お忍びの時にはカレミアちゃんも一緒に行ってしっかり警護に務めるのですよ」

「あぁ、うん……分かった……じゃなかった、承知しました」


「…………な……!」


 唐突とも言える状況で飛び出したピュレイリアから宣言に対して、それを聞いたカレミアは至極あっさりとした様子で承諾の言葉を返した。

 そんな二人の掛け合いを、その場にいたアイリスや数人の侍女は唖然とした様子で見詰めていた。


「「……どうかしたの、皆んな……?」」


 そんな唖然とした空気が漂う中、それを察したピュレイリアとカレミアの姉妹が不思議そうに周囲へと問いかけたのだった。

 その問いかけに対して微妙な表情を見せる一同を見渡し、セレシア姫は面白そうに微笑を漏らしたのだった。



 やがてピュレイリアの主導の下、セレシア姫の下町へのお忍びの計画は進められて行くこととなるのだった。



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