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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第三章:“大書庫”と“悪魔”と……
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第三十一節:炎剣と氷鱗と……

 召喚陣より顕現した“炎の悪魔”と“狐面の聖霊”は互いに睨み合う。

 眼光鋭く輝かせて“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と対峙する聖霊に向けて、彼女の庇護者より問いかけの言葉が紡がれる。


「……チンチュア様……アレを……あの者をご存知なのですか……?」


 青髪の少女からの問いかけに、狐面の聖霊(チンチュア)はその面を一切動かすことなく返答の言葉を紡いだ。


彼奴(あやつ)か……彼奴(あやつ)は、神代の昔、妾の首を刎ねた魔王軍の……無名の将じゃ!』


『……無名……無名カ……言ッテクレルナ……!

 貴様モいつぃあニ仕エル無名ノ酌婦デアロウ……』


 “炎の悪魔”と“狐面の聖霊”の二柱による言葉の応酬は、一方が霊体であることに加えて、神代に用いられた古の言葉(神人語)によって交わされていたこともあって、これを理解していたのは、『霊視』の能力を持ち、“聖霊魔法”の心得を有するティアスとカロネアだけであった。


 だが、虚空を見上げるカロネアの様子に、彼女の事情を知るニケイラやヘルヴィスは何かしら察することが出来たが、事情に気付かぬルベルトとデュナンは困惑して目を泳がせていた。



 その様子を横目に見下ろしていたチンチュアは、その身を幾分か後ろへと下がって庇護者たる少女の肩にその手を置いた。


「……チンチュア様……?」


『……カロネア……(かか)るが、構わぬか……?』


「!……は、はい……」


 神妙な面持ちで、カロネアは手を組んで目蓋を閉ざし、祈祷や瞑想に入る様な姿を取る。その祈りの姿を取る青髪の美少女(カロネア)に向かい、狐面の聖霊(チンチュア)はその身を少女の中へ沈ませんと動く。



  *  †  *



 それは神憑りの一種――守護聖霊をその身に憑依させることで、守護聖霊が持つ能力を行使するものである。“聖霊魔法”にある『聖霊顕現』や『聖霊降臨』よりも比較的容易に、聖霊自身が地上世界へと直接的に干渉することが可能な手段と言えた。


 だが、それは“聖霊魔法”の使い手が頻繁に用いる手段と言う訳ではなかった……



  *  †  *



 自らの庇護者へと憑依を遂げようとチンチュアが動こうとする中、ケルティスより声が飛ぶ。


「……待って下さい、チンチュア様!」


「『……何故じゃ、ケルティス?』」


 ケルティスからの声に、幾分か苛立たしげな声音でカロネアの口より言葉が漏れる。それは、普段の彼女の口調とは異なり、むしろ彼女の守護聖霊たるチンチュアのものと言えた。


 普段の彼女とは異なる鋭い眼光で睨まれ、それと共に殺気に似た気迫を投げかけられたケルティスだったが、そんな彼女に振り返ることも怯むことも無く言葉を返した。


「ここは僕に任せて欲しいからです。それに、貴女の能力を振るって頂くのは危険ではないかと思うのですが……」


「『…………』」



 彼の言葉に少女に(かか)る聖霊から言葉が途切れる。



  *  †  *



 彼女(チンチュア)は、“夢幻神”の眷属にして、“夢幻神”に仕えた上級聖霊イツィアの眷属である。それは、夢幻――即ち幻術やそこから派生する隠行の類や、歌舞音曲の類に通じる様々な芸事に精通しているとは言え、戦事・戦闘を得意とする系統の聖霊ではないことを示している。

 とは言え、彼女等が全く戦闘・荒事の類が出来ないと言う訳ではない。むしろ、下手な戦闘能力よりも危険な能力を秘めていると言えた。


 彼の聖霊(チンチュア)が仕える上級聖霊イツィアにはその絶命の際、魔王軍の主将の一柱でもあった“真なる妖魔王”の称号を持つヴァーラグの始祖イヴリグも含む数多の魔王軍の将帥を生死の境に至る程に苦悶させ、兵に至っては致命的となる毒霧を自らの肉体を媒介に生み出したと言う伝説が残されている。これは、“夢幻神”の対立神格である“病毒の魔王”がその称号の通りに様々な毒や病を振り撒く存在であることと関連があるとも言えよう。



 しかし、ケルティスやカロネアが陥っている現状で、もし聖霊イツィアのそれに倣った能力なり魔法なりを発揮すれば、現状を打開するよりも皆の危険を高める可能性があると言えるだろう。



  *  †  *



「それに……今、チンチュア様がカロネアさんに(かか)ったまま全力で力を振るわれたら、カロネアさんの身体に負担がかかり過ぎます」



 “聖霊魔法”の使い手であれば、聖霊にその身体を暫し預けることもある。とは言え、高位の神格を有する聖霊・神霊を憑依させる為には、自身の霊格を相応に高める――“聖霊魔法”の使い手としての技量を高める――必要が本来ならあるのだ。


 それを踏まえれば、未だ“聖霊魔法”の使い手として未熟なカロネアが、中位聖霊――それも神代の聖霊をその身に憑依させることで生じる心身にかかる負担は、尋常なものではない筈なのだ。



 紡ぎ上げられたケルティスの言葉に、チンチュアが(かか)るカロネアの瞳に宿る鋭い眼光が幾分か和らぐ。


「『……確かにな…………だが、任せて良いのか……?』」


「……大丈夫です。何とかします」


 そう答えたケルティスは、構える右腕を軽く振った後、大きく深呼吸をする。その姿を目前で見下ろす“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”より声が漏れる。


『…………本当ニ何トカ出来ルト思ッテイルノカ……?』


 何処か嘲弄する様な揶揄する様な調子で紡がれるその言葉を耳にしながらも、ケルティスは相対する“悪魔”を怯えることなく見据えた上で言葉を返してみせた。


「……勝てずとも、負けねば良いだけです!……ウォオオオォォ……!」


 その言葉と共に、“虹髪”の少年の姿は大きく変貌を遂げた。



  *  *  *



 最初の変化……それは彼の首筋や手首から見受けられた。首筋から頬にかけてと、手首から手全体へと拡がる変化だった。それは、半透明な白色の鱗が彼の表皮を覆い尽くしていたのだ。

 だが、(ケルティス)に生じた変化はそれだけで終わらなかった


 次に生じた変化は、表皮が鱗に覆われたそれに比べれば、或いは些細なものと言えたかもしれない。

 その変化とは、鱗に覆われた彼の手の指――そこに生える爪に生じたものであった。鱗に覆い尽くされた指に生える彼の爪は、人間が持つ“平爪”と呼ばれる形状のものから、相対する“炎の悪魔”のそれに似た――或いは(ドラゴン)のそれに似た“鉤爪”と呼ばれる形状へと変化を遂げていた。


 そして次に現れた変化は、見る者に最初の変化と同等以上の衝撃を与えたかも知れない。

 それは彼が纏う長衣(ローブ)の背面の裾を切り裂き伸びたのは、半透明な白色の鱗に覆われた長くしなやかな竜の尻尾であった。



  *  *  *



 ティアスの身に起こった変化を目にして、彼の背後に庇われた少年少女達の目は驚きに見開かれる。


「……あれは……何なの……?」


「……まさか……“神竜魔法”を、使ったのか……?」


 驚きにただ絶句するニケイラ達に対して、その変化の正体に気付いたヘルヴィスは、他の者達と異なる種類の驚きによる声が漏れる。


 しかし、だからこそ彼――ヘルヴィスが少年少女達の中で逸早く正気に戻ったのかも知れない。眼鏡の少年は、周囲に集まる少年少女の面子を見回した。次いで、振り返って一人の少年へ囁く様に声をかける。


「ルベルト……だったな?」


「……は、はい……」


 声を落とした呼びかけに、思いがけぬ出来事に身を縮めていた小太りの少年は呼びかけと同様に小声の返事を漏らした。

 返事をした少年に対して、ヘルヴィスは鋭い視線を向けたまま言葉を続けた


「……お前は、すぐにこの場を離れて上へ向かえ……神官の誰かに、この事を報せるんだ」


「え!……そんな無……」


 無茶だと続けようとしたルベルトの言葉に被せる様にヘルヴィスの言葉は続く。


「……ケルティスは、あの“悪魔”――“アーク・ヴァーラグ”に負けねば良いと言ったが、正直無理な話だ。奴一人では遠からず押し切られる。そうなったら、僕等は終わりだ。

 詳しくは知らないがカロネアは、自らの聖霊が憑依しようとした影響で消耗している。カロネアが動けない以上、ニケイラはこの場を離れることはないだろう。

 そこに座り込んでいる馬鹿者(デュナン)は、腰が抜けて使い物にならん。残ったのは、お前しかいない」


「……無茶言わないで下さい。それに貴方が行ったら良いじゃありませんか……」


 ヘルヴィスが畳み掛ける様に述べた内容に、即座にルベルトが言い返しの言葉を紡ぎ出す。だが、その言葉を耳にしたヘルヴィスは、その面に皮肉染みた苦笑を浮かべる。


「……生憎と、僕は知恵の周りと、知識の多さは自慢出来ても、体力や身の軽さには一切自信がない……お前の方が、適任だ。

 それに、ここで言い争っている時間が惜しい」


 そう言って、彼はその視線を前方で異形の姿に変じた知人――或いは友人へと移して見せた。その視線に促されたルベルトは、その目に映った情景に絶句する羽目になる。



  *  *  *



 全身を“白鱗”で鎧い、その手には鋭い鉤爪を生やし、長い尾をしならせて、ケルティスは眼前の“炎の悪魔”に相対する。それらは、“神竜魔法”の『竜鱗形成(ドラゴン・スケイル)』・『竜爪形成(ドラゴン・クロー)』・『竜尾形成(ドラゴン・テイル)』の三呪文を連続で発動した結果である。

 そして、この三呪文の効果を発動させたことで、彼と相対する“悪魔”は僅かに身動ぎを見せる。それはケルティスの構えが、先程までよりも強い威圧を放ってみせたからだ。



 それはある意味で当然のことと言えるだろう。


 彼――ケルティスが身に付けている体術の名は“竜闘術”と言う。これは本来、竜人族に伝えられる彼等(竜人族)の為の体術である。言い換えるなら、硬い鱗で身を鎧い、鋭い爪としなやかな尾を備える竜人族の為の体術だと言うことでもある。

 翻れば、人間の身で“竜闘術”を扱うには若干の無理が生じる。それは、人間の身では“竜闘術”を完全な形や威力で振るうことはまず不可能であることを示していた。


 だが、堅牢な鱗で身を鎧い、鋭い爪としなやかな尻尾を得たケルティスに、前述した無理が生じよう筈もない。故にこそ、彼から醸し出される威圧が増加することは必然と言うべきであろう。



 そして、それら威圧感の正体を、相対する“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は正しく認識する。


『……ナルホド……タダノ大言壮語デハナイト言ウ訳ダ……クククッ……面白イ、面白イナ……!』


 鋭い牙を剥き出しにして、“悪魔”は不気味な笑みを浮かべる。


『……契約ニ括ラレタ身デハ為セル自由ハサシテナイ……コレハ血沸キ肉躍ル戦イヲ楽シメソウデ嬉シイゾ……!』


 そう口にした“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は、その右腕を掲げる。次の瞬間、彼の“悪魔”の腕や脚、髪や翼と言った身体の各所より、紅蓮の炎が噴き上がった。


 噴き上がる炎は“悪魔”の全身を巡り、“炎の悪魔”の名の通りにその身に纏う鎧や衣の如き形を取る。

 そうして巡る炎より一際凄まじい熱と光を放つ揺らめきが、掲げられた右手に向けて駆け上がる。駆け上がった炎は、開かれた右手の中に煌々とした紅蓮の火球と化した。


 そして“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は、生じた“紅蓮の火球”を掲げた右手で握り潰さんばかりに握り締めた。その握力によって潰された様に、拳の両側面より紅蓮の炎がほとばしる。その噴出した炎は、見る間に鋭利な刃を持つ棒状の得物――長剣の形状へと変化して行った。


 揺らめく炎でありながら、鋭利な刃を持つ長剣と言う何処か矛盾する要素を抱えた得物を手にした“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は、その得物を振り被った。


「…………!」


 その炎剣を目にしたケルティスは、驚きに大きく目を見開く。しかし、彼は自らの身体を硬直したままで済ますことはなかった。


 大きく目を見開いたまま、自らの魔力を高速で練り上げる。そして、その結果は即座に顕れた。彼の全身を包む半透明な白色の鱗は、その厚みと透明度を増し、その周囲に冷気を纏わせる。

 彼が発動させた呪文の名を、『白氷の鎧鱗』と言った。



 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”によって振り上げられた炎剣は、狙い過たず“虹髪”の少年(ケルティス)を両断せんと振り下ろされる。回避不能な鋭さと速さ秘めた剣閃に対して、少年は分厚い氷鱗に鎧われた右手を掲げて、その一撃を受け止めんと身を構える。


 次の瞬間、振り下ろされた炎剣と構えられた氷鱗は激突する。

 激突した両者の周囲には、轟音と共に紅蓮の炎と純白の氷霧が吹き荒れ、入り混じったことで生じた蒸気が爆発的に充満して行く。



 その蒸気は、その場にいた全員の視界を埋め尽くした。



 戦闘回となる予定が……まともに戦闘が始まっていません……(苦笑)

 次回は丁々発止の殺陣が描けると良いのですが……

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