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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第三章:“大書庫”と“悪魔”と……
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第三十二節:詠唱と蹴撃と……

 書棚に挟まれたやや狭い空間に濃密な蒸気が充満する。それは、この場にいた皆の視界を真っ白に染め上げた。

 だが、それも数瞬ばかりの間の出来事だった。充満した蒸気は再度振り上げられた炎剣によって切り裂かれ、その炎熱で文字通り霧散して行った。


 炎剣によって濃密な蒸気が斬り払われたことで、ケルティスと“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”――両者の激突後の情景が、ケルティスの背後にいた少年少女達の目にまざまざと映し出されることとなった。


「「「…………!」」」


 その情景を目にして、一同は言葉を失った。


 彼等の目に映し出されたのは、炎剣から(ほとばし)った紅蓮の炎と、“氷鱗”より飛び散った純白の氷霧に反応したのか、彼等の周囲に聳え立つ本棚は“不可視の障壁”を生み出し、紅蓮の炎や純白の氷霧、そして両者が入り混じった濃密な蒸気に書籍が曝されることを防いでいた。

 そして、そんな“障壁”を生じた書棚を背景として再度振り上げられた炎剣の間合いから一歩下がったケルティスの後ろ姿だった。先程掲げられていた右腕が力なく下げられている以外、怪我を負った様子は見られなかった。


 ただし、その右前腕は無残な有様を晒していた。先程の炎剣との交錯による影響か、右前腕を覆っていた氷鱗の殆どが削り融かされており、一部では皮膚が裂け、若干の血が滲んでいたのだった。



  †  *  †



 先程の炎剣との激突の際、ケルティスは掲げられた右腕でその一撃を受け止めようとした。

 並の剣撃であれば、『竜鱗』に覆われた右手一本で十分に受け止められるだけの技量を有している自覚はあった。しかも、より堅牢な防御力を誇る『氷鱗』で身を鎧った状態なら、大抵の剣撃を受け止められる筈であった。


 だが、この時相対しているのは、魔導書により召喚された伝説の“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”が振るう魔炎を凝縮させた剣である。この様な代物が、並大抵の剣と同様に扱って良い物である筈がない。

 更に言えば、(ケルティス)が扱える“白鱗の神竜魔法”は、氷雪を操る魔法系統である。それは“炎の精霊魔法”扱う“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”に対して痛撃を与え得る一方で、炎熱に対して脆弱で致命的な一撃を被る可能性が高い。


 それらの事柄をケルティスは激突する前に承知しており、恐らく“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”もそのことを承知しているだろうとも推測していた。だからこそ、彼は炎剣をただ無策に受け止めようとしているかに見せた。



 だが激突の刹那、彼の右腕は素早く炎剣の太刀筋に合せる様に傾斜させ、炎剣を“氷鱗”の表層で滑らせ、その太刀筋の軌道を僅かに逸らせた。そして、空かさず剣の平に該当する箇所を裏拳で強打して、炎剣を弾き飛ばしたのだった。



  †  *  †



 その刹那の攻防に、相対する者の技量を感じ取ったのか“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の顔が愉悦によって歪む。


『……クククッ……面白イコトニナッテ来タナ……!』


「…………」


 愉悦に歪む“炎の悪魔”に対して、ケルティスの表情は曇っていた。僅かな小細工まで弄しての懸命な受け流しが、不十分な結果となってしまったことに不安を感じすにはいられなかったのだ。

 何と言っても、この負傷は、“炎の悪魔”が振るった炎剣の一撃を受けた割には軽微なものと言えるだろうが、それでも無視出来る程に軽微とは言えぬ代物であったからだ。



 それは彼の背後で身を寄せ合っていた少年少女の目にもそう映った。


 そんな不安そうな視線が集まっていることを知ってか知らずか、ケルティスは自らの右腕を持ち上げ、祈りの言葉を紡ぎ始める。


『我を見守り下さる偉大なる御方――“虹翼の聖蛇”エルコアトルよ……我が傷を癒す力を与え賜え……』


 彼の祈りに応えるかの様に、持ち上げられた彼の右腕は“虹色”の光に包まれる。次の瞬間、彼の右腕に生じていた裂傷は見る間に塞がり、腕を覆う“白鱗”も同様に修復されて行く。



『……ホォ……ナカナカ面白イ手を持ッテイル様ダナ……』


「……ラティルさん……」

「……ラティル様……」


 見事右腕を治癒させて構えを取り直した彼の姿に、相対する“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は愉快そうに口元を歪め、彼の背後に立つ者達――ニケイラやルベルトより喜色や安堵の混じった声が漏れた。だが、それだけの感慨で済まぬ者達も存在していた。


「……ラティルさん、それは……?」

「……これは、“聖霊魔法”の、癒しか……?」


 そんな驚愕の呟きを漏らしたのは、カロネアとヘルヴィスの二人だった。だが、彼等が驚愕の意味を充分に言葉に紡ぎ上げるだけ余裕は無かった。



 最初の激突の後に生じた僅かな間隙の内に、ケルティスは素早く数歩の距離を後退る。

 そして、背後により集まる友人達に向けて右手を向けつつ呪文を唱えた。


『……万物の原初にして万能なる魔力に命ずる……我が朋友を守る障壁となれ……』


 その呪文とともに、彼の右手より“虹色”の魔力光が発せられ、それがニケイラ達五人の少年少女達を包み込む。


「「「……これは……?」」」


「……『防護壁(プロテクション)』の呪文だな……?」


 驚きに目を見張る一同の中で、魔法――“編纂魔法”への知識が深いヘルヴィスから問いの言葉が漏れる。その問いかけに、一時だけ眼鏡の友人へと振り返ったケルティスは言葉を返す。


「はい、そうです……今の内に、お願いします」


「……分かった」


 ヘルヴィスが返した言葉に小さく頷き、ケルティスは再び“炎の悪魔”に向けて駆け出して行った。

 そんな彼を見送ったヘルヴィスは、素早く振り返ってルベルトへと声と放つ。


「急げ、ルベルト!」

「は、はい……!」


 ヘルヴィスの声に打たれる様に、ルベルトは立ち上がり、身を翻して階段に向かって走り出した。



  *  *  *



 炎剣を振りかぶる“炎の悪魔”は、自らの許に駆け寄る“虹髪”の少年へと視線を向ける。

 総身を“氷鱗”で鎧うこの少年が、この場にいる者達の中で最も脅威となりうる存在であると、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は認識していた。だが、最大の脅威と言っても、警戒を怠らねば身に危険が生ずる程に危険な存在等ではないとも感じていた。


 そんな中にあって、駆け寄る“虹髪”の少年の背後で、その反対方向に駆ける――この戦場から離脱しようとする者の存在を視界に捉えた。その不埒な行いを見せる者に向けて、彼の“悪魔”は声ならざる声を紡ぎ上げる。



 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”へと駆け寄るケルティスは、彼の“悪魔”が炎剣を振りかぶったままで何らかの詠唱を始めたことに気付く。紡がれる呪文の音韻から“精霊魔法”が放たれることを察知して、走りながら右腕を掲げて守勢の構えを取る。


 だが、構えを取った直後、その標的が自身ではないことに気付いた。


 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は、振りかぶった炎剣の切先をケルティスの背後――階段へ向けて駆け去ろうとするルベルトの背中へと突き付ける。その切先より、一条の紅蓮の火線――『炎の箭(フレイム・アロー)』が放たれた。


「……!…………カァッ!」


 放たれた『炎の箭(フレイム・アロー)』を目で追いつつ、即座に足を止めたケルティスは、ルベルトの背に迫らんとするそれ(火線)に向けて顎門(あぎと)を開いた。その顎門(あぎと)より、彼は『氷雪の息吹(アイス・ブレス)』を放つ。


 駆け去ろうとするルベルトの背後で、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”が放った『炎の箭(フレイム・アロー)』とケルティスの放った『氷雪の息吹(アイス・ブレス)』が交錯する。

 火炎と氷雪が接触したことによる小爆発を起こしつつも、“悪魔”の放った『炎の箭(フレイム・アロー)』はその威力を減じ、その軌道が微かに逸らされる。


 逸らされた火線はルベルトの右肩を掠めて行った。


「……熱ッ……!」


「……ルベルト!……構わず走れ……!」


 肩を掠めた火線の熱さに悲鳴を上げるルベルトに向けて、ヘルヴィスより叫びが上がる。

 その声に打たれる様に、ルベルトは再び駆け出す。



 そんな背後のやり取りを耳で聞きながら、ケルティスは再度“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”へと振り返って跳躍する。


「ハァァッ……!」


 跳躍したケルティスは、裂帛の気合いと共にその身を捻って回し蹴りを繰り出す。狙いは、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の右手――恐るべき炎剣を保持するその手へと一撃を加えんと、ケルティスの蹴撃が襲う。

 その蹴撃に、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は咄嗟に右腕を引き、ケルティスの右足を避ける。だが、少年の蹴撃を避けた次の瞬間、“炎の悪魔”の右手を“氷鱗”に鎧われた長い尻尾が風切りの音を鳴らして襲いかかった。


「……何ダト……!」


 この二連撃は、流石の“炎の悪魔”にも予想外であったらしい。その尾による一撃は強かに“炎の悪魔”の右手を打ち据えた。


「…………グッ……!」


 “氷鱗”に鎧われた尾によって強かに打ち据えられた“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の右手は、打ち据えられた痛みによって開かれる。

 握り締められていた右手が不意に開かれたことで、彼の“悪魔”が手にしていた炎剣は瞬く間に雲散霧消する。


「……チッ!……貴様、ヤッテクレルナ……!」


 右手より消え去った炎剣の名残である火の粉に視線を走らせつつ、“炎の悪魔”は舌打ちと罵声を漏らす。

 だが、そんな素振りを見せたのは些細な一時に過ぎなかった。“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”は、その身体の各所を覆う炎の揺らめきを、一際大きく噴き上げさせる。その炎は、やがて全身を伝って右手に向けて這い上がって行く。


 その様子をケルティスは、先の二連撃で焙られ溶けた“氷鱗”の修復しようと集中を始めた際、目にすることになった。それを目にした彼は、即座に一つの“呪文”を発動させるべく改めて集中を始める。



  *  *  *



「「「………………!」」」


 ほんの数瞬の間に行われた交錯に、背後に寄り集まっていた少年少女達は驚きに息を呑んでいた。

 だが、その交錯の後で再び“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の総身より炎が噴き上がる様に、一同は慄きその身を強張らせた。


「……ハァァァッ……!」


 しかし次の瞬間、一同の視線は別の事柄に集まることになる。それは先程の蹴撃と同様の裂帛の気合いを上げるケルティスの姿であった。

 それは、先程の“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と類似する様に、身を覆う“虹髪”の合間や長衣(ローブ)の袖や裾より、純白の煌きを放つ濃密な氷霧が溢れ出して来たのだった。


「な?……何なんです?」

「何だ!……どうなっているんだ?」


 見たことも聞いたこともない情景に、ニケイラやデュナンより狼狽えた声が漏れる。

 だが、そんな狼狽えた声を遮る様な鋭い声がヘルヴィスより放たれる。


「お前達、ここから下がるぞ!

 ニケイラ、お前はカロネアを引いてやれ!……早く行くぞ!」


 そう言うと、ヘルヴィスはデュナンの襟首を掴み、覚束ない足取りながらケルティス達から距離を取ろうと後退さる。


「……は、はい……カロネアさん、大丈夫ですか……?」


「……えぇ、大丈夫……ありがとう、ニケイラさん……」


「……こら……おい、引っ張るな……」


 ヘルヴィスの気迫に引き摺られる様に、ニケイラ達も“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と対峙するケルティスより距離を取る。



 その間にあっても、ケルティスより濃密な氷霧の湧出は続き、見る間に対峙する両者の周囲は氷霧に包み込まれて行った。そして、氷霧が周囲を覆い尽くして行く中で、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の総身より噴き上がっていた炎の勢いが瞬く間に衰えて行ったのだった。


 その情景を目にしたニケイラ達は、再び驚きに目を見開く。


「……これは……!」

「……な、何だ……?」


「…………ヘルヴィスさん……何か、ご存知では、ないのですか……?」


 驚く一同の中で、神憑りの影響から回復しつつあった青髪の美少女(カロネア)より眼鏡の少年(ヘルヴィス)へ向けて問いの言葉が投げかけられる。

 その問いかけに、“悪魔”と対峙するケルティスへと視線を留めたまま、ヘルヴィスより答えの言葉が紡ぎ出される。


「……おそらく、“神竜魔法”の一つ……『白鱗の領域』と言う呪文だろう……」


「「……『白鱗の領域』……?」」


 ヘルヴィスの紡ぎ出した言葉を、カロネア達は鸚鵡返しに呟く。



 予定より若干遅くなってしまってすみません。楽しんで頂けると幸いです。

 殺陣(たて)の描写が巧く描けていると良いのですが……

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