笑顔
健は、もう十本目であろう煙草に火を付ける。
「氷室さん、よく分かった。話してくれて、ありがとう。しかし──こんなことを計画して実行するなんて、申し訳ないが、あなたも狂っている」
「ふふふ。それは否定しないわ」
健は、座り直す。
「俺がここに来た理由は分かっていると思うが、面と向かって言わせてもらおう」
両肘を机に置き、手を組む。じっと氷室を見据える。
「自首してくれ。それが、あなたの父親と、母親のためでもある」
氷室は、しばらく黙って健を見つめる。
それから、静かに頷いた。
「分かったわ」
氷室は、少しだけ笑みを浮かべた。
健には、その笑みの意味が分からなかったが、続けた。
「ああ。それが正しい行動だ。では早速だが、今から行くか?」
「今から? まだ母に何も話していないのよ。少し待って」
「まあ、それはそうだな」
「夕飯も、よかったら食べていって。久しぶりのお客さんで母が喜んでいるから」
健は少し考える。
「分かった。ではそうさせていただこう」
そう言い終えると同時に、夕陽が、優しく部屋に差し込んできた。
氷室が、その夕陽に目をやる。
照らし出された横顔を、健はふと見つめた。
──この女性は、五人の人間を、殺し合わせた。
その事実に、かすかな恐怖を覚えた。
そして、思わず、こう言った。
「しかし、とんでもない話だな。警察なら、あなたのことを殺人者と呼ぶだろうな」
「殺人者? それは心外ね」
氷室が健を見る。
「私は殺人者ではないわ。自分のシナリオ通りに皆が動くのを、見ていただけ。──ただの、観察者よ」
笑顔でそう言った氷室の表情は、背筋が凍るほど美しかった。
【完】
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