序 王子様、ツケの清算です
一歩進むごとに空が、海が、大地が螺旋を描きながら混ざり合っていく。
前に進んでいるというよりは落下しているような気分だった。
「……大丈夫かにゃ、要?」
私の前を歩く白黒二匹の猫の内、白猫が気遣うように声をかけて来る。
名前はクロとシロ。まんまだが私的にはそれが良いという感じだが今は置いていく。
平気だともと強がりを言いつつ私は問う。
「それより、ここは何なんだい?」
この先にあるのが魔法界であることはもう知っている。
でもイメージとは大きく異なっていた。
「私はてっきり負界みたいにところかと」
けど、違う。隔絶というよりは核心。
世界の中心に近付いているような気がしてならないのだ。
(何だって三人はこんなところに)
寝ていたら二匹が部屋を訪れ今直ぐ着いて来て欲しいと乞われた。
ただならぬ様子だったから変身して着いて行くことにしたのだが……。
「……つくづく要の感性は鋭いな」
ぽつりと黒猫が呟く。
「ここは、魔法界とは三界を繋ぎ止める楔なのだよ」
「楔?」
「私たちも詳しく知っているわけではないにゃ」
そう前置きし二匹はゆっくりと語り始める。
「かつて地球という惑星は存在していなかったんだにゃ」
「空と海、大地。これらは別々の世界だったのだ」
三界は交流こそあれど決して一つではなかった。
空には空の、海には海の、大地には大地だけの暮らしがあったという。
「だがある時、三界の女王――後に三人の始祖と呼ばれる魔女たちね」
「彼女らが三界を一つにすると決めたのだ」
臣民は当然、理由を問うたが女王たちは黙して語らず。
武力を伴う反発も起こったが超越者をどうこう出来るはずもない。
反乱はあっさりと鎮圧され三人の始祖により世界の統合は成された。
「その際に三界を繋ぎ止める楔として創造されたのが魔法界にゃの」
当時の人類は今私たちが生活している外側に追いやられ暮らすようになったという。
それなりに歴史を築いたがどこかで滅び、別の種が地球を支配しそれもまた滅ぶ。
そのサイクルを繰り返していく内に現行人類が誕生したそうな。
「女王たちは何故、世界を一つに?」
「分からない……一説によると遥か未来、恐怖の大王の来訪を予見したがゆえとも言われているな」
「魔女が完全に滅びたっていう?」
「そうにゃ。その推測の裏付けとなるのが始祖に続く魔女たち」
曰く、世界がバラバラだった頃は女王たち以外に魔女はいなかったらしい。
だが現行人類の歴史が始まってから同じような力を持つ存在が生まれ始めたという。
黎明の魔女たちは始祖に招かれ魔法界を訪れその歴史を知らされた。
まあ何故世界を統合したかについては教えてくれなかったらしいが。
「歴史を伝え終えると同時に始祖は世界に溶けこの世を去ったそうだ。
残された魔女たちは楔の空間を現世で生まれる魔女たちを保護する場と定め魔法界の歴史は始まった」
それで色々あって今に至る、と。
背景や成り立ちは理解したがどうしても解せない。
どうにも聞き難い空気だったから向こうが話すのを待っていたがそろそろ限界だ。
「そんなところに何故、三人は向かったんだい?」
「「……」」
「シロ、クロ」
私が促すと二匹は少し憔悴した様子で答えてくれた。
「……世界をかつての形に戻そうとしているのだ」
「かつての形にって」
空の世界。海の世界。大地の世界。
地球が生まれるより前の状態にということか?
「可能かどうかは私にも分からん」
だがそのために動いているのは間違いないとクロは言う。
続いてあの子たちを魔女見習いにしたシロが見解を述べる。
「天音も乙姫も咲耶も優れた素養を持つ子たちではあるにゃ。
それこそいずれは御主人たちを超えるぐらいに。でも伝説に語られる三人の始祖に並ぶほどか言われると」
そうではないと。
ならこの主なき魔法界に遺された遺産的なものを使って足りない分を補うとか?
いやでもそもそもの話、
「三人はどこでその話を聞いたんだ? そしてどんな理由で世界をバラバラに?」
ここが疑問だ。
だがそれを聞いている時間はもうないらしい。
目の前に突然、白亜の城が現れたからだ。
「居るんだな。あそこに」
深呼吸を一つ。
「行こう」
城内に突入。
導かれるように廊下を進み辿り着いた城の奥に、あの子たちは居た。
「要!」
「カナちゃん!」
「要さん」
赤みがかった茶髪の活発そうな女の子、美空 天音。
暗く沈んだ青い髪の小悪魔風な女の子、深海 乙姫。
毛先だけ薄桃色の白い髪をした大人しそうな女の子、花園 咲耶。
女児向け変身ヒロインアニメに出て来るメイン三人と言った感じの子たちなのだけれど、
「こんばんは。こんな夜更けに何をしようとしているのかな?」
目的は聞いた。けど信じたくない。
それゆえの問いだが、
「あたしたちが何をやってるかって?」
「世界をバラバラにしようと思ってさ」
「不自然な状態から在るべき姿に戻すんです」
そして、
「「「やり直す。最初から」」」
ぶるると背筋に寒気が走った。
私を見る目は好意的なのに、どうしてか恐ろしくてしょうがないのだ。
「あたしと要で」
「私とカナちゃんで」
「咲耶と要さんで」
そこまで言って三人は私から視線を外し互いを見つめ……違う。
顔は笑っているが目は笑ってない。睨み合いだこれは。
「だっからさあ要を巻き込まないでくれる? もう約束してるの。あたしをお嫁さんにしてくれるって」
いや、まあ、言った。けどニュアンスが違う。
初恋ブレイクして凹んでた時のことだ。
もう一生独り身だとか小学生が何をみたいなことを愚痴ってる時に言った。
気立ての良い天音ならきっと世の男もほっとかない。何時か素敵な人が現れる。
それでも、もし誰も現れないなら私がお嫁さんにみたいな感じで慰めた。
「出たよ天音の痛い勘違い。あのさ、それで恥ずかしい振られ方したのもう忘れたの?
私のカナちゃんに付き纏わないで。カナちゃんは私のカナちゃんなの。
だって言ってくれたよね? どんな私でも受け入れて愛してくれるって」
いや、まあ、言った。けどニュアンスが違う。
仮面を被り続けることが辛くなって本音を吐露した時のことだ。
無理をしなくたって良い。君は君だ。素顔のままでも十分に素敵な女の子で私は好きだよと。
そんな感じの慰めをした。
「違います。要さんは一生咲耶の傍に居てくれるって約束してくれたんです」
いや、まあ、言った。けどニュアンスが違う。
自分が望まれて生まれたわけではないと知ってしまった時のことだ。
確かに父君や母君は咲耶が生まれて来ることを望まなかった。
それはもう、どうしようもない事実だ。けど君が今日まで懸命に生きて来たのも事実。
その道の上で絆を紡いだ人たちは生まれて来てくれたことを感謝しているし笑顔であって欲しいと祈っている。
それは私も同じだ。出会えて良かった。これからも一緒だよみたいに慰めはした。
「「……」」
二匹は猫なのにチベスナのような顔で私を見上げている。
えーっと、つまりは、あれか?
この子たちは、
(――――私と新しい世界でアダム(♀)とイヴ(♀)になろうとしてるってこと?)
確認の意味も込めシロクロに視線を落とす。
まるでようやく気付いたのかお前と言わんばかりに溜息を吐いた。
え、いや、だって、そんな……。
(ち、ちが……わ、私そんなつもりじゃ……)




