第52話 合同討伐
合同討伐の話を聞いたリンドウは、一足先に天樹竜がいるという“東”にある棘地帯へと向かっていた。姉妹にとって必要な最後の素材なので先に倒しても構わないという判断だ。
(さっさと片付けて翼と薬を作らせてやる)
たどり着いた先、事前に聞いていたいくつかの目印を見つけ、目的の巣だと確信する。
周りに眷属竜すらいない。衛竜スナップドラゴンとの初戦闘が頭をよぎる。
また不意を突かれないよう、上空を警戒しながら急いで巣へ近づく。が、中はもぬけの殻だった。周囲にも反応はない。
(……まさか!)
嫌な予感がした彼は、踵を返してケイオスへ急いで戻った。
◇
同刻、天樹竜討伐のためケイオス第四出入口に三勢力が結集していた。
真っ赤な鎧のヴェステンが部隊長を集めて指示を出す。
「衛竜の巣は“南”だ。行くぞ」
最後にそう言って行軍を開始した。移動中、ヴェステンの後ろに付いていたアガウェーが話し掛ける。
「出発直前にレフティさんに言われていきなり場所変更とはビックリしたねぇ。でも、こんな近くに衛竜が出るなんてついてるね」
「……偶然じゃねぇかもな」
「……それって、罠ってこと?」
「それもあるが……いや、いい」
「あー自分の中だけで答え出してズルい!」
「うるせぇ。なんだろうと俺達はぶら下がった餌に食いつくしかねぇんだよ。黙って動け」
どうあれ、みな家族を助けるためにやらなければならないのだ。これで諸々の方がつく。ヴェステンとリンクスは家族を治してケイオス脱出。フラズグズル姉妹は父親の病の根治。
(何も、何もねぇはずだ。俺達は勝利して新天地に行くんだ)
胸騒ぎがするものの、早く功を挙げたい気持ちがそれを抑え込み、足を早める。ほぼ全員が同様に一抹の不安を抱えていたが、誰も辞めようとは言いださなかった。
そして、日が天辺まで登った頃、ついに衛竜がいるであろう巣にたどり着いた。湿地帯にあるそれは、今までの樹竜の巣と変わらず、ツルと骨で形成され、蟻塚のように聳え立っていた。
「すべての出入口から同時に突入。上は俺の隊が行く。速攻で巣の中に入って飛ばれる前に決着を付けるぞ」
ヴェステンが部隊長に指示を出した。全員頷き、巣を囲むように配置につく。
ヴェステンが手を上げて突撃を開始しようとした——その時だった。巣全体が膨らみ始める。
「なんだ!? 様子がおかしい! 退避しろ!」
ヴェステンの指示は間に合わず、巣にヒビが入り、それはやがて全体に及び、ついに耐えきれなくなり爆発。
「くそったれ!」
轟音、突風、破片が部隊を襲う。
砂塵舞い散る巣の残骸から姿を現わす一頭の竜。禍々しいドクロ模様の巨躯、腕や顔から生える無数の触手、そして四枚の翼。それは——
「が、骸樹竜だぁぁぁぁぁぁ!」
骸樹竜スナップドラゴン。リンドウを追い込み、東の迷宮都市を壊滅させた凶悪な衛竜。
「グォォォォォォ!!」
森も大地も大気も揺るがす咆哮。その場の生物すべてを震え上がらせる。
「うわァァ!」
「無理だ逃げろ!」
「隊長ぉどうするんすかぁ!」
周囲がパニックに陥る。誰も彼も脳の処理が追いつかない。
「チィィ! あせんじゃねぇ敵が変わっただけだ! 粘着網撃ちやがれ!!」
が、それは愚策。正気を保っている何人かが命令通りクロスボウで網を飛ばすが、敵の“捻転魔法”により“捻られ”無効化される。それは奇襲だから効く戦法なのだ。
焦燥するヴェステンにリンクスが近づく。
「ダメです。ヴェステンさん逃げましょう」
「バカ言え! まだやられてねぇぞ!」
「上を見て下さい」
言われたまま上空に視線をやると、赤い薔薇に包まれた四枚の翼を持つ竜と、その取り巻きの黒い鉤爪に覆われた竜がいた。
——薔薇樹竜ロズ。衛竜。四枚の翼を持ち、荊の触手と薔薇の花が体中を覆っている——
——爪樹竜デビルズクロウ。徒竜。体中を悪魔の爪のような鉤爪で覆われており、接触するだけで肌ごと抉られる——
「もう一頭いやがったのか……!」
衛竜二頭。誰も倒したことのない前人未到の領域。
「やっぱり罠かよ! くそがっ……全員撤退! ケイオスに全力で逃げろっっ!!」
ヴェステンの号令に一斉に退却を開始する。
その最中、品定めをする骸樹竜とヴェステンは目が合ってしまう。狙いを付け、閃光のごとく飛翔。一瞬で肉薄する。
「ちぃ、早ぇ!」
辛うじて致命傷は回避するが、鎧の一部が布切れのように裂かれた。
「けっ、俺から狙うたぁ分かってんじゃねぇか!」
すぐに体勢を立て直し、骸樹竜に向き直る。しかし、敵は視線を右にやると、急に方向転換して違う竜狩りがいる方へ。
「あ? どこ行きやがる!」
敵は突風を巻き起こしながら低空移動し、狩人達をすれ違いざまに屠っていく。
「ぐあっ!」
「ひ、助け——」
「嫌だ死にたくナィィ!!」
強固なはずの竜鎧も意味をなさず、パンでも切るように簡単に両断されていく。
「てめぇ! 待ちやがれ!」
ヴェステンが追いかけようと足に力を込めた。
「待ってください!」
リンクスが声を張り上げて止める。
「んだよ!?」
「敵は他の人間に夢中です。今の内に遠回りして逃げましょう」
「お前……!」
「家族が大切でしょう? 無駄死にしてどうするんです」
狡い言葉だが、正論だった。勝つ希望は薄く、必要な薬の材料でもない竜と戦って死ぬ必要はない。自分達は正義の味方や英雄などではなく利己的に動く悪党なのだから。
「……チッ、帰るぞ」
二人はケイオスへは大回りになるが西へと向かった。
◇
ヴェステンのいる場所から少し北東の位置でも戦闘が起きていた。薔薇樹竜ロズの棘の付いたツルが逃げ惑う竜狩り達を襲う。
「ウアァァァ!」
「く、クルナァ!」
竜鎧をチーズでも削るように破壊していく。衛竜の血は濃いのか、人々はすぐに眷属化していった。
薔薇樹竜は慎重な性格で空から降りることなく、ツルを使うのみ。木で見えない場所は取り巻きの爪樹竜に確認に行かせる徹底ぶりだ。
「い、嫌だ! 死にたくないぃ!」
また一人、爪樹竜に見つかり、その命を摘まれようとしていた。しかし、突如として青い剣閃が走り、竜の首が飛ぶ。
「ここは私が抑えるから、みんな焦らずにケイオスへ行くんだよん」
ヒサメは、ここが戦場であるかを忘れさせるかのように、静謐な泉のごとく静かに佇んでいた。
「あ、ありがとうございますヒサメさん!」
かろうじて助かった男は、頭を下げてケイオスのある北側へ走っていった。
残った彼女は、薔薇樹竜を見上げる。
かつて衛竜を単独で狩れた人間は居ない。黒狼団団長ジャンヌでさえ団を率い、搦め手を使わなければ勝てなかった。
ましてヒサメは策もない。絶望的でも立ち向かえるのは、仲間を守るため。ただそれだけだ。
「さぁて、ヒサメさん本気出しちゃうよん」
切っ先を敵に向ける。
死なんて怖くない、勝てばいいのだから。




