第50話 祝勝会
爆樹竜討伐が終わり、フラズグズル姉妹を中心にギフトへ帰還した面々。
「ただいまー!」
酒を飲んでいた大男ヴェステンが目を丸くする。
「うっそだろ? 爆樹竜の巣をたった二人でやっちまったのか……?」
「そゆこと」
アガウェーは親指を立ててキメ顔をした。その瞬間、周りの野次馬が一斉に集まってくる。
「す、すげぇぇぇぇぇぇぇ!」
「どんな魔法使った!?」
「お前達は不死身の化け物か!?」
「いや、勝利の女神だ!」
アガウェーはにっこりと笑うと椅子の上に立ち上がる。
「聞いて驚くがいい! この魔弾の射手アガウェー様の武勇伝をっ!」
調子に乗って大袈裟に語り出した。
いつもなら注意する姉アップルだが、今宵は許すことにした。命を懸けて戦い、生還したのだ。それぐらいの些事、神ですら許すだろう。
賑やかに騒ぐ中、ギフトの扉がゆっくりと開いた。現れたのは白髪を後ろに撫で付けた迷宮の王デァトート。
相変わらずの威圧感で、盛り上がっていた場は一瞬で静まり返る。そして、アップルの前で立ち止まる。
「デァトート……!」
「まさか本当に成し遂げるとはな。私の目も衰えたか」
「……約束だ、私の容疑を撤回してもらおう」
「案ずるな。山羊はすでに葬った」
面子を保つための“真犯人”は仕立て終わったということだ。
「…………」
アップルはそのシコリが残るやり方に歯噛みし、睨みつける。
「そう怖い顔をするな。美人が台無しだぞ。それより祝いに私の秘蔵の葡萄酒を存分に楽しみたまえ」
年代物の葡萄酒を机に置き、踵を返す。デァトートと取り巻きは周囲の威圧を意にも介さず悠然と去っていった。
静寂の中、アップルが口を開く。
「自分勝手な奴だな。おまけに酒って……飲めないんだが」
「まぁ、モヤモヤすんのも分かるが今は生還できたことを祝おうぜ」
と、ヴェステンが酒を奪い取った。
「……そうだな。みんな悪い、また祝ってもらえるか?」
アップルが申し訳なさそうに嘆願する。
「もちろんだぜっっ!」
周りはにこやかに肯定して、徐々に熱気が戻る。
「よっしゃ! そうと決まれば宴再開だぁぁぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
その盛り上がりがアップルを安心させた。
ああ、無事に帰ってきたのだ、と。
◇
アガウェーは一旦、用を足しに奥に行っていた。帰り道、雑務をしているギフト職員レフティに会う。
「あれ? ハーンさんは?」
「裏じゃないかしら? 見てきていいわよ」
「ありがとうございますっ!」
ギフトの奥から通路を抜けて裏に出ると、花に水をあげている彼がいた。
「ハーンさん!」
「やぁ、アガウェー。もう宴はいいのかい?」
「うん、みんな酔い潰れちゃったし。……この花って全部ハーンさんが育てたの?」
目の前には色とりどりの花。花畑というには小さいが、どれも鮮やかな発色をしていて煌やかだ。
「そうだよ。花は良い。こんな薄暗い場所でも懸命に咲くんだからね」
日光の変わりに“光茸竜鱗”を使って光合成をさせている。植物達は光を求めるようにしっかりと上へ背伸びしていた。
「スゴイね。まるで人間みたい」
「ハハッ、確かに。人も竜が現れても負けずに抗っているからね。早く敵を倒して自由に光を浴びられる日が来るといいな」
「きっと神様がやってくれるよ!」
「……アガウェーはどうしてそんなに神様を信じられるんだい?」
彼女はその場でしゃがみ、花を見つめ、ゆっくりと語り出した。
「……昔ね、まだ竜が来る前の話なんだけど、ある日、お母さんが馬車に轢かれてしまったの。それで意識不明になって生死の境をさまよっていたんだ。それを見たお姉ちゃんもあたしも泣きじゃくってた」
ハーンは黙って聞いていた。
「何日も危篤状態が続いて、家族みんな疲弊してた。もう限界だって思ったから藁にもすがる思いであたしは、教会に行って神様にお願いしたんだ。お母さんを助けてください。いい子にしますからって。毎日毎日祈ったの。そしたら数日もせずに目を覚ましたんだ。怪我も体調もみるみるうちに良くなっていったの」
振り返り、にこりと笑う。
「それで今回もお父さんを助けてくださいってお祈りしたんだ。あと、竜を倒せますようにって。そしたら凄いんだよ! 次の日、神様みたいな方に出会って助けてくれたんだもん! 二回も奇跡が起きたらさっ、信じてみたくなるよっ!」
淡い光に照らされ楽しそうに話すアガウェーは、さながら天使のようだった。
「アガウェーは本当に純粋だね。羨ましいよ」
「えへへ」
ハーンは彼女の頭を撫でた。
アガウェーは、なんだかフワフワした気持ちになった。彼といると落ち着くし、もっとお喋りしたいと思うのだ。ああ、それはきっと——。
その甘い空間を打ち破るようにギフトの職員レフティが現れる。
「ハーン大変よ! 黒狼団が来たの! 勝手に下層に降りていっちゃって大変なの! すぐに来て!」




