第18話 白獅子団4・赤眼の竜ティラノ戦
一区にある中央溶岩帯の広場で雑魚竜に囲まれながら対峙するリンドウと赤眼の竜。
——暴食凶竜ティラノ。徒竜。基本は二足歩行で、二枚の翼、赤い鱗、強靭な顎、紅玉のような緋色の瞳を持つ。生物を眷属竜にはせず、生のまま食べるのが好み。瞬間移動魔法を使う——
雑魚に興味はない。とでも言うようにリンドウは一足飛びでティラノの懐へ飛び込む。雑魚竜には消えたように見えただろう。それぐらいリンドウは速かった。
雷のような左爪の一撃がティラノの胸を貫いた——と思われたが、瞬間移動魔法でリンドウの真後ろへ移動していた。
反撃するように敵の爪撃が来る。
リンドウは焦ることもなく体をひねり、漆黒に染まった鉤爪で防御した。事前にリダから能力を聞いていなければ危なかったかもしれない。
火花が散り、撃ち合わされた爪は、赤眼の方だけ欠けていた。
ティラノは遥か後方へ瞬間移動。リンドウと距離をとった。
(あれを見切るか)
一撃で仕留めるつもりだったが瞬間移動で容易にかわされた。さすがにこの量の竜を従えるだけはある。
(ただ闇雲に突っ込むだけでは勝てない。何か策がいるな)
リンドウの持つ“竜殺しの血液”は周りに竜が多過ぎて使いづらい。さらに副団長率いる白獅子団が来て目撃される可能性も高い。なにより瞬間移動魔法相手に血を当てられる気もせず、魔法をかき消すビジョンも見えない。
思考の最中、目の前に大人の顔くらいの小岩が出現する。
(……!)
辛うじて回避するが、間髪容れず上下左右前後あらゆる方向から瞬間移動してきた岩が襲う。ほぼ全方位見えるリンドウだが怒涛の攻撃に回避で手一杯になる。それでも持ち前の観察眼で隙を見つけては一歩ずつ進んでいく。
さらに、終わりの見えない攻撃の中でリンドウは瞬間移動の二つの特徴を見つけた。
一つ、自分以外の生物は移動できない。また、体内に物を移動もできない。
リンドウ自身を移動させたり岩を埋め込んだりしないところから間違いない。リンドウの装備品も移動してないところから生物に付属する物も動かせない。
二つ、魔法は目に依存している。
瞬きの度に瞬間移動した岩の動きが一瞬ブレておかしくなっているからだ。
これらの特徴から攻略の糸口を探る。
が、敵は次の一手に移行。脳が痒くなる感覚の後、周りの火竜が一斉に火球ブレスを放つ。どうやら攻撃命令を下したようだ。
流星のごとく降り注ぐそれらにギリギリ対応する。爆音。地面に着弾した火球が破裂して砂礫が飛び散り、降り注ぐ。
(クッ……!)
懸命に横へ転がる。焦れて飛び上がれば瞬間移動魔法のいい的だろう。策を練るまでは三次元的戦闘を捨てなければならない。
リンドウは【体色変化】で土色に変わり、舞い上がっていた砂煙に隠れた。しかし、砂煙の外から岩が飛来。的確にリンドウを狙う。それを躱しながら思考する。
(狙いが正確すぎる。別の能力か?)
一番怪しいのはリンドウのように獣の身体能力を強化した“両爬の力”のような能力。熱や電気を感知、などだ。相手も竜。似たような力があってもおかしくない。
砂煙の隙間からティラノを捉えると鼻が小刻みに動いているのが一瞬見てとれた。
(匂いを嗅ぎ分けているのか)
それで位置を特定しているのだろう。白獅子達の居場所を把握できていたのもこれで合点がいく。
思考の間隙を突くように敵は次の行動に移った。赤い大蛇が現れる。正確には溶岩の塊。リダ相手にも使った技だ。連続で瞬間移動させることで浮遊能力に見せかけていたのである。
溶岩の大蛇がデタラメな軌道を描きながらリンドウを焼き殺しにくる。
(耐えろ、策を練れ)
頭をフル回転させながらひたすら回避。追撃するように、煙の外から“竜の死体”が飛来してくる。
(クソッ、死体は瞬間移動できるのか……!)
横に転がって躱す。しかし、巨大な死体を避けるのは難しい。死体の尻尾がリンドウの足を掠めた。さらに横なぎの軌道で溶岩大蛇が襲ってくる。
(クッ……!)
仕方なく跳躍。ついに跳び上がってしまったリンドウに容赦なく岩が飛来。背中に直撃。血を吐く。
(……チッ、案外脆い体だな)
致命傷には至らなかったが受け続ければ行き着く先は死だ。岩を捌き、何とか着地する。
だが、物量は正義。とでも言わんばかりの波状攻撃が続く。赤眼を始めとしてどの竜も一定の距離を取りブレスや魔法で攻撃するのみ。
さらに今も湧き続ける竜。無傷のティラノ。絶望。誰もがそう思うだろう。
しかし、リンドウの眼光は鋭いままだった。
(見えた。勝利の道筋が)
追い詰められるほど頭が冴える。生存本能が正解を導き出す。
砂煙が空間の半分近くを埋めたところで敵の攻撃が止んだ。
(ここだ!)
機を見てリンドウは走りだした。ここを逃せば次はないだろう。
再びあらゆるブレスがリンドウに雨あられと降り注ぐ。それを感知能力と歴戦の勘で器用にかわして距離を詰めていく。
刹那、瞬間移動してきた岩が背中に直撃。それは避けきれなかったわけではなく、敢えて受けたのだ。岩が背中にめり込む。
能力【体質変化】。
——ピパピパというカエルは背中の皮膚を柔らかくし、そこに卵を埋め込んで子供を育てる——
背中を緩衝材として岩を受けることで瞬間移動を止め、一瞬できた隙を突いて一足飛びでティラノの首元へ。喉骨を食いちぎらんと大口を開ける。が、当然のように瞬間移動でリンドウの真逆へ移動して回避された。
(かかったな)
リンドウは、瞬間移動で逃げるとすれば対角線上だと読んでいた。位置が入れ替わったようになり、砂煙を背に立つティラノ。
その中には——“コバコ”がいた。
コバコはなぜか気配も匂いもない。迷子の子供達を助けた時に確認済みだ。とっさに思い付いた策で打ち合わせる時間はなかったが、ここまで共に行動してきた相棒は的確に意図を汲み取り、赤眼へと飛びかかる。ティラノの意識の外から張り付くと、触手を研いで紅玉色の右眼を切り裂く。
「グガァァァァァ!」
ティラノは血を撒き散らせながら初めて焦りの表情を浮かべた。瞬間移動で距離を取ろうと図る。が、発動しない。
生物が距離感を掴むためには両目で見なければならないからだ。今のティラノは片目を潰されていて的確な座標を導き出せない。さらに周りには砂煙。
“目に依存するティラノの魔法は、砂煙の外からしか瞬間移動できない”。
それは自身も中に入れないことを示していた。加えて、周りには自分の仲間の竜が空間を埋め尽くすように大勢いる。
“瞬間移動は、生物の中に移動できない”。
仲間が多過ぎたのが逆に足枷となり、巨体を上手く移動できないのだ。
ティラノは慌てて手下に退くよう命令を出すが、その判断の遅れは戦闘狂相手の戦いでは致命的。
リンドウはすでに眼前へ迫っていた。
敵は急いで脚を動かして移動しようと試みるが、時すでに遅し。
(終わりだ)
獲物を狩る獅子のごとく襲いくる爪撃が頭に食い込み、縦に裂いていく。
「ガアアアアアアア!!」
断末魔の叫びも虚しくティラノは真っ二つになった。空間を染めんばかりの血の雨が降る。
リンドウは血煙舞う中に見えなくなった。その光景に時が止まったかのように他の竜達は動かなくなる。
数秒後、地獄の沼から這い出た悪魔のごとく血濡れで立つリンドウが不敵に笑う。その禍々しい笑みに竜達は初めて“恐怖”を覚えた。
「グゥン!」
腑抜けた叫びを上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
(逃がしはしない。お前達が奪った命の対価を払わせてやる)
こうして一方的な虐殺が始まった。




