第13話 鍛冶屋ドゥワフ4・緑眼の竜ディノ戦
『ここで待ってろ』
リンドウはただならぬ気配を感じていた。今までの雑魚竜とは違い強者の気配。
「ああ、いるんだな? 緑眼が」
ドゥワフの問いにコクリと頷く。リンドウは口角を上げる。ゴミ共との戦いに飽きていたところだ。
すぐに開けた場所に出た。
正面に伸びる直道は馬車二台は通れるほどの横幅があり、先にはもうひとつの出入口。道の両側には迷宮サボテンが群生している。天井は竜が飛び回れるくらいには高く、突起状の鍾乳石が敷き詰められていた。さらには数十匹の迷宮コウモリがこちらのことを意に介することもなく、悠然とぶら下がっていた。
道の先に影が三つ。一つは緑眼の竜。
——鉤爪凶竜ディノ。二足歩行でリンドウと同程度の大きさの体躯。翠玉に似た緑眼と右足の一本だけ伸びた長い足爪が特徴——
あと二つは人間だった。一人は足を切断され眷属になりかけの男、もう一人はディノに踏みつけにされている顔の右側ほぼ半分にやけど跡のある女。やけどは昔のもので竜にやられたわけではないようだ。
(女はまだ無傷か。だが、助けるのは厳しいな)
今にも女に長い爪を振り降ろさんとしている。こちらを値踏みして止まっているが攻撃態勢を取れば爪を容赦なく振り下ろすだろう。
しかし、リンドウは諦めない。
(一か八か試してみるか)
相手の死角であるリンドウ自身の背後に尻尾で空中文字を書く。コバコはそれを見てリンドウの背中に『りょーかい』と書いた。
「ガゥ!」
緑眼が吠えた。
それと同時に脳をいじられるような違和感を覚える。識別信号を送って仲間かどうか確認したのだ。リンドウはそれを無視し、尻尾を地面に付けてその場でゆっくり、そして徐々に早く回転する。体の周りが土煙により見えづらくなっていく。
その不可解な行動にディノは警戒心を強める。
「ッ……!」
踏みつけにされている女は、ディノに体重をかけられ思わず声を上げる。
リンドウが動きを止める。すでに自身の体の周辺は土煙で覆われていた。煙の中から短い棒の形に変化したコバコを山なりに投げる。全員の視線が上に移った刹那。
ディノの頭へ鱗を二枚投擲。敵は別段焦る様子もなく平然と手裏剣を躱す。遅れてコバコが山なりに落下してくるが、竜に届くことなく手前の地面に刺さる。
ディノはリンドウを一瞥する。砂煙の隙間から体表を確認。動きがないことに奇妙さを覚えていた。緑眼を光らせ、とりあえず女を眷属にしようと足を振り上げる。女の柔肌へ鉤爪を落とそうとした、その時。
突如、真横のサボテン群から現れたリンドウの跳び蹴りが鉤爪竜の足と交錯する。
「グガッ!?」
驚いた鉤爪竜は、横目でリンドウが元居た場所を確認する。道の先の土煙が晴れていく。そこに佇む竜の形をしたものは【脱皮】した皮だった。
——両生類や爬虫類は、定期的に脱皮する——
リザードマンの皮は自立できるほど頑丈なので変わり身に使って、その隙に横のサボテン群を通り接敵したのだ。【脱皮】の欠点は一日に一回しか使えないということだ。ちなみに脱皮後は体が柔らかい。
虚をつかれたディノは防戦気味だった。一撃二撃と足と尻尾での攻防を繰り返し、ついには女との間に入られる。
自由になったヤケドの女はリンドウを一瞥し、背後の出入口へと消えていった。それを見たコバコがこっそり護衛がわりにくっついて行った。
リンドウとディノが対峙する。
(完全に仕留めに行ったのに防ぐとはな)
そうでなくてはつまらない。内心高揚していた。
ディノは足を出して戦闘態勢になる。足全体に緑色の風を纏う。
(風魔法か)
ディノは瞬時に距離を詰めた。前蹴り、回し蹴り、跳び蹴り、かかと落とし。多彩な足技でリンドウを翻弄する。一つ一つが魔法で強化されているので当たれば致命傷必至である。
さらに厄介なのは時折混ざる尻尾での攻撃。ディノ自身の体が壁となり軌道が読みづらい。鞭のように柔軟性があるため下手に防御すればそれを支点に尻尾の先が後頭部など急所に当たる可能性が高く危険だ。
それでも徐々に順応していくリンドウ。回避が小さくなり、やがて最小限に到達した。そして、次の横蹴りをかわそうとした瞬間。
ディノの右足爪が伸び、死神の鎌のごとくリンドウの首筋を狙う。緑眼の必勝戦術。相手が達人になればなるほど攻撃を紙一重でかわして反撃に移る傾向にある。その思考を突いた一撃。少し射程を伸ばすだけで容易に首をかっ切れるのだ。
(面白い……!)
リンドウは、すんでのところで相手の爪と自分の首の間に自身の爪を差し込んだ。そのまま力に逆らわず横に吹っ飛び、サボテン群に体が半分埋まる。
それでも相手から視線は外さず、追撃をさせまいと尻尾で一握の砂を飛ばしていた。
それを軽くいなすディノ。コツコツと鷲爪を鳴らし、愉悦の笑みを浮かべている。まだまだ余裕そうだ。
リンドウは思案する。自身の血が一滴でも流れ、敵に付着したら毒持ちが判明してしまい逃げられるかもしれない。となれば短期決戦しかない。
(奴は慢心している。飛ばれる前に一気に決めるべきだな)
サボテンの間は天井が高く、翼のある敵が有利である。飛ばずに殴り合いに応じている今が好機だろう。
リンドウは起き上がるとディノに突撃する。猪のように直線的に向かう。
ディノは平然と横蹴りを放った。
(よし)
リンドウはこれを狙っていた。爪がまっすぐにしか伸びないなら攻撃は横なぎになる公算が高いと踏んでいた。蹴り上げや、かかと落としの縦の攻撃は横にいなされたら隙が大きく生じるからだ。
横蹴りなら横には逃げられないし、上に飛べば魔法の餌食、下にしゃがめば一拍分攻撃を遅らせられるというわけだ。そんな絶望的な選択肢しかない中、リンドウは“下”にかわした。地面を削るように“滑る”。
能力【粘液】。
——アシナシイモリは、敵から逃れるため体から粘液をだす——
地面との摩擦を減らし、氷の上でも滑るように竜の足下へ潜り込む。そしてアッパーをする要領で手の爪を立てたまま斬り上げる。だが、完全に殺ったと思った一撃は外れていた。
ディノは、瞬間的に翼に魔力を集中して突風を起こし、下がりながら飛び上がったのだ。顔から余裕は消えていた。
敵の口内が光る。次の瞬間、風のブレスが吐き出された。鋭いそれは、当たれば硬い鱗を持つリンドウでさえ切り裂かれるだろう。
横にワンステップでかわす。
ブレスの直撃した地面は切り傷が刻まれていた。
(やっかいだな)
一撃で仕留められず飛ばれてしまった。
リンドウは新たな策を練る。飛ぶ敵を引きずり下ろす方法。思考は一瞬。敵の技量はある程度分かった。使える能力、物、地形。それらを脳内で組み合わせていく。
(よし、次で決める)
準備が整い、リンドウは駆け出した。




