22:メイド喫茶
・前回のあらすじです。
『和泉たちが美術学校の生徒から、【美術魔法】についておしえてもらう』
〇
屋台で店番をしていた男子学生に、【美術魔法】についていろいろと教えてもらったお礼に、その店で焼いていたタイ焼きをふたつ買った。
使い魔のクロと、あんこたっぷりのタイ型お菓子を食べながら、校庭を校舎にむかってすすんでいく。
自作の水彩画を印刷したポストカードやアクセサリーを売っている露店や、不思議なデザインの陶器を売っている店もあった。どうやらこの学校、『造形学科』もあるようだ。
「コーヒー。お紅茶。グリーンティーはいかがですかー?」
ころりとした声が、まつりのにぎわいをくぐって聞こえてくる。
黒いメイド服を着こんだ学生たちが、ちいさな喫茶店をひらいていた。
オープンカフェスタイルで、いい天気の昼のもと、四つの円卓をひろげて、サンドイッチやおにぎり、カレーなどの軽食を奉仕している。
(め、メイド喫茶だ。はいりたい…………)
和泉は内心、ものすごくこの喫茶店で食事をしたかった。が、みずから率先してすすす……とメイド服の女性にちかづいていくのは抵抗がある。はずかしい。
「あっ。カレーだ。ねー、マスター。食べてこうよ~」
「良いよ」
一秒とかからずにクロにこたえて、和泉はテントしたのカウンターにいる女性に声をかけた。
「クロをつれてきてほんとうによかった」と、このときばかりは思った。
カウンターの横には、コーヒーミルを挽いている女の子がいた。奥には、スパイシーなかおりただよう寸胴をかきまぜている、がたいのいい男性もいる。もちろん、彼もここの店の制服であるメイド服を着ていた。
「いらっしゃいませー。何名さまですか?」
黒いロングヘアを近代的な髷にゆったわかい女性が、営業スマイルをそえて、やってきた客に対応する。
和泉は指を二本出して。
「ふたりです。ひとりは【使い魔】ですけど」
「かまいませんよー。あっ。でも、人のすがたでの飲食をおねがいしますね」
「わかりました」
一般の食堂や喫茶店では、【使い魔】の立ちいりを禁止しているところもある。
学校管理の、『学園祭』という制約のつよい状況で、そこでひらく飲食店が使い魔の同行をオーケーするというのは、かなり寛容だった。
「ご注文のほうは、こちらからおえらびください」
カウンターの女性は、ラミネート加工された一覧表をテーブルに立てた。
メニューはかなり限定的で、お茶類と、かぞえるほどの食べもののみだが、値段が格安なので異論はない。
クロはすぐに「カレー!」と手をあげて注文し、和泉もチーズサンドと、梅干しを散らしてまぜこんだおにぎりをたのんだ。ほんとうはツナのおにぎりが食べたかったが、そちらはすでに赤ペンで『完売しました』と書かれ、メニューのうえに二重線が引かれていた。
ちっちゃくえがかれたイラストのくまが、紙面のなかで動いて、もうしわけなさそうにペコペコあたまをさげている。
のみものは、クロも和泉も緑茶をたのんだ。
「かしこまりましたー。えー。そちらのお客さま、種族は『からす』とお見受けしますが」
女性はかんぺきなスマイルを、クロのほうに向けて。
「当店のカレーは『チキンカレー』となっております。お肉のほうはいかがなさいますか?」
「食べたい。入れたままにしておいて」
「かしこまりました。では、そちらのご主人さま。この番号札を持って、お好きな席でお待ちくださいませ」
ご主人さま。
という単語に、和泉は「ぱああああっ」と顔を輝かせかけたが、『使い魔の、ご主人さま』という意味だと気づき、くちもとをグッと引きむすんで感激を押しころす。
メイドの女性は、うしろの厨房に注文を伝えた。
和泉たちは、てきとうにテーブルをえらんですわる。
ほかの店から、たこ焼きやヤキトリ、ホットドッグ、フランクフルトなどのいいにおいがながれてくる。
鼻孔をヒクつかせつつ、注文の品がとどくのを待つ。
ちかくのテーブルで、ほかの客らが茶をすすりながら、「遼ちゃん。つぎどこ行く?」「透とくんが行きたいとこでいいよ。てかまず遥みつけないと」「だよねー」なんてパンフレットをみながら相談しているのをながし見る。
(入りぐち以外はわりとふつーな感じなんだな)
美術系の『魔法学校』とはいえ、おまつりのようすは和泉がよく知る【トリス】の町でひらかれる縁日とそう変わらない。メイド喫茶はないが。
【悪魔崇拝】はおろか、魔法的な要素をみつけるのさえ、学園祭の客引きやこまごまとした点をべつにすればむずかしい……。
と。和泉が白い椅子のせもたれに体重をあずけ、のびをしたときだった。
「あらあら。これはこれは。だれかと思えば和泉教授じゃありませんの」
うしろのテーブルから声が飛んできた。
肩ごしに見やると、金髪にブラウンの眼の少女が、おにぎり片手にひらひらと手を振っている。
ほっぺにごはんつぶがついている。