20:スケッチブック
・前回のあらすじです。
『和泉たちのまわりに、妖精らしきひかりがあらわれる』
ガイドの女性は白いてぶくろをはめた手で、あたまの横に飛んできた妖精をしめした。
「すでにお気づきのかたもいるかも知れませんが。これらは【幻覚】の一種であり、ほんものの【妖精】ではありません」
「へえー」
「はあー」
とおどろきと感心のまじった声が、団体客からあがる。
和泉はうしろのほうから耳を大きくして、彼女たちのやりとりを聞いていた。
(幻覚……。ってことは魔術か。これが?)
ふわふわとただよう翅のはえた小人をつつむ光を、また手ですくったりしながら、和泉はおずおずあるきだす。
昼の日光に全身を白く輝かせた荘厳な大建築物が、ぽっかりと門戸をあけて、茫漠とした前庭をさらしていた。
中央に大噴水があり、東西南北に舗装路がかよっている。
芝生のあちこちに東屋のような柱と天蓋の休憩所がある。
『宮殿』――プリンピンキアの校舎だ――までの通路には、和泉が【表】の『日本』で目にしたような、食べものやジュース、ゲーム、福引きなどの屋台が立ちならんでいた。
よくみてみれば、学校のいりぐちの『プリンピンキア学園祭』とかざりつけられた花のアーチから、橋のあたりで目にしたような『妖精』がふわりと出現して、飛んだりはねたりしている。
看板にえがかれた絵が、ホログラフのようになって飛び出しているらしい。
「なんか魔法らしい魔法だよなー」
学生や近隣の住民でごったがえす前庭を、和泉はクロとあるいていった。
店番をしているこの学校の生徒らしき青年のひとりが、屋台のすみに三脚を出して、スケッチブックにマーカーで絵をかいている。
彼がペンをはしらせたそばから、紙面からイラストタッチの【すずめ】が六羽飛び出して「おかいあげ、ありがとうございました」と声をそろえて礼を言う。
ひたいに書かれたしるしが名前だとすると、すずめは左から順に、『いーちゃん』、『ろーちゃん』、『はーちゃん』、『にーちゃん』、『ほーちゃん』、『へーちゃん』となる。
母親に手を引かれたちいさい子どもがふたり。めいめい買ってもらったばかりのタイ焼きをほおばりながら、【すずめ】の一座に手を振っていた。
「はーちゃんがあのなかで一番かわいかったね」
「えーっ。ろーちゃんだよお」
という声が遠ざかっていく。
「こーゆーのでいいんだよ。こーゆーので。うちんとこのはどーにも、殺伐としてて……」
和泉は腕組みをして、うんうんうなずいた。
和泉の所属している【学院】は、むりにカテゴリ分けするなら「攻撃型」の魔術の研究・開発がさかんである。その反面、医療面にも秀でているのはたしかだが。
【呪文】を媒介した、はやさを重視した魔術は、どういうわけか基本として、他者にダメージをあたえることを得意とする。
つかいかたによる――とも思わないではないのだが。
実際の利用頻度として、空を飛んだりする以外には、『戦い』や『侵入』において真価を発揮する技が多いのはいなめない。
「ボクたちあんまりみたことないよね。【学院】もさー。こーゆーはなやかなの研究してみればいいのに」
「それもそうだな」
クロがくすくすと言うので思い出した。
和泉はフィレンツォーネに、見聞をひろめるのも兼ねて来ているのだ。
すこし勇気を出して、スケッチブックをひらいている青年に、魔法の仕組みをたずねようと声をかける。