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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
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0093消えたトロフィー事件10☆

「神様ぁ! ぜひお恵みの雨を、降らしてくだせぇっ!」


 両手を合わせて祈祷(きとう)すると、息を切らし、汗だくになりながら本題に戻る。


「犯人はこれだけの壁をどう乗り越えたんだろうね? 全く不思議な事件だよ」


 室内に色んな意味での沈黙が下りた。ややあって、奈緒が細い指で顎をなぞる。


「それにしてもトロフィー、何で盗んだんだろ。周防先輩が犯人だとしても分からないよ。家に持ち帰りたかったのかな、飾りたくて……」


「そんなすぐ疑われるような行動は取らないと思うけど。……でもそうだね、動機の面も平行して追及していかないとね」


 結城が自分の左手首の腕時計に目を落とした。


「英二様、そろそろご帰宅のお時間です。下校しましょう」


 英二は両腕を万歳するように軽く伸ばす。白いシャツが肩の辺りで皺をこしらえた。


「もうそんな時間か。明日のフル回転に備えて俺はもう帰るぞ、純架」


「そうしたまえ。僕もいい加減お腹が空いたし、帰るとするよ」


 幽霊のまどかが悲しそうに不満を吐き出す。


「何や、もう帰るんか? もうちょっと話していこうや。一人は嫌や」


 俺は、もうすっかり怖くなくなった彼女をさとした。『探偵部』メンバーの欠かせない一員として邪険には扱わない。


「白石さんも明日はぶっ続けで治癒能力を発揮してもらうから、今日はもう休んでくれよ。白石さんが元気でないと――幽霊に元気かどうかの違いがあるのか知らないけど――うちの出し物はそもそも成り立たないんだから」


「とほほ、地縛霊は辛いのう……」




 雑事を終えて帰宅の途に()く頃には、辺り一面とっぷりと暮れていた。山の稜線が不明瞭な視界は、漸次(ぜんじ)夜色に染め上げられていく。闇に(あらが)うように店や車は照明をつけて、街道というキャンバスに光の絵画を描いていた。


 俺と純架は並んで歩いている。家が隣同士という親友らしく、特に用事がなければこれがいつものパターンだった。


 純架は高校で配られた日程表を、乏しい明かりの中で読み上げる。


「明日は午前10時から午後2時半まで白鷺祭か。で、各クラスの顧客満足度アンケートを集計しつつ、午後3時半に体育館で閉会式。いよいよ時間がなくなってきたね」


 そう言われると俺もなんだか焦ってくる。といって、俺の頭脳でこの難事件を解決するのは不可能のように思えた。自然、最も頭の冴える純架に比重をかけてしまう。


「明日はどうする? 何なら俺と英二の二人で肩叩きをやって、純架は捜査に専念してもらっても構わないけど」


「それは助かるね。……でも、僕も肩を叩く。一時間半程度なら別に構わないし、捜査の息抜きにはちょうどいいから」


 そんな悠長(ゆうちょう)なことで構わないのだろうか。俺はますます不安になった。


「おい、大丈夫なんだよな?」


 純架は街灯の明かりの下、くるりと一回転してポーズを決める。悪びれず返した。


「さあ。今回ばっかりは僕もお手上げ状態だからね。ともかく明日も頑張ろう、楼路君」




 俺は純架と別れて我が家に帰ってきた。色々疲れた。早く飯食って風呂入って寝よう。


 そう考えていたときだった。俺のスマホから着信音が流れてきたのは。


 表示された相手の名前は周防生徒会長だ。そういえば電話番号を交換したんだっけ。俺は通話ボタンを押した。


「もしもし」


「やあ、夜分悪い。どうやら電話番号、間違えてなかったようだ」


「周防先輩、俺に何か用ですか。トロフィーの件なら『探偵部』の部長である純架に尋ねた方が早いと思いますが」


 周防先輩は苦笑しながら意外なことを言った。


「いや、僕は君に用があるんだ」


「俺に?」


「電話じゃなくて、ちょっと会って話したいんだ。君の家の近くにある公園なり喫茶店なり教えてくれたら、僕がそこへ出向くんだが」


 俺は少し考えた。公園なり喫茶店なり……。そうだ、いい店舗があるじゃないか。


「じゃあ喫茶『シャポー』にしましょう。電話を切った後にメールで場所を教えますね」


「済まないね。ああそうそう、桐木君や他の『探偵部』部員は抜きで。サシで話したいんだ」


 何を語り合うというのだろう? 俺は好奇心を刺激され、快諾(かいだく)した。


「分かりました。うちの隣が純架の家ですが、それなら何も言わずに向かいます」


「ありがとう」




 時刻は夜の8時を回っていた。俺は私服に着替えると出発し、一人夜道を歩き出した。『シャポー』は徒歩で行ける範囲内にある。そこに(おもむ)くのはゴールデンウィーク、あの『変わった客事件』以来のことだった。


 到着してドアを開ける。すると音に気づいた店員が大きな声で「いらっしゃいませ」と愛想を振りまいた。髭もじゃの(かぶら)マスター、その奥さんの春恵(はるえ)さん、ウェイトレスの剣崎(けんざき)さんが、4ヶ月前と変わらぬ姿で――いや、春恵さんは無事出産したのか、胴が細くなっていた――出迎えてくれた。


「おうい、ここだ、朱雀君」


 椅子から立ち上がって呼びかけてきたのは、太った周防先輩その人だった。先に着いていたのか。俺はテーブルを挟んで相対して座った。恰幅(かっぷく)のいい生徒会長が、両手を組んで穏やかに笑う。


「悪いな、急に呼び出したりして」


 シャツにジーンズと軽装だった。この冷房では体が冷えてしまうのでは、と俺は余計なことを考える。


「いいえ。それで、話ってのは」


「おごるよ。何でも頼むといい」


「それじゃ遠慮なく……すいません」


 俺は挙手してウェイトレスの剣崎さんを呼び寄せた。彼女は懐かしそうに目を細める。


「何だ、朱雀じゃないか。5月のバイト以来だな」


 俺も自然に頬をほころばせた。


「お久しぶりです。春恵さんは子供を産んだんですか?」


「おう。元気な男の子だったらしいよ。今は家でおじいちゃんとおばあちゃんがあやしていることだろうよ」


「何よりです。……イタリアンスパゲッティとアイスコーヒーひとつ」


 剣崎さんは復唱して去っていった。


 周防先輩がメニューに目を通しつつ聞いてくる。


「君はここでアルバイトをしていたんだな。お(すす)めはあるかい?」


 俺は前に身を乗り出すと、彼の持つ料理表の一点を指差した。


「ここはオムライスが美味(うま)いんです。値段もお手頃ですし。ぜひ食べてみてください」


「そうしよう」


 周防先輩が注文する間、俺は窓外を眺めていた。道路は空いていて、車のライトが高速で流れていく。照明が街路樹を照らし出し、歩道を通り過ぎていく若いカップルを殊更(ことさら)あぶり出していた。


 剣崎さんが離れ、周防先輩はメニューを閉じる。俺は話をうながした。


「それで……」


「話は簡単だ」


 お冷で喉を湿らす。グラスの傾きで氷がぶつかり合った。


「いったい『探偵部』はどこまで捜査を進めているのか、ということだ」


 俺は半ば予期していたこの質問に、別段隠す必要もないと、明け透けに答えた。


「全然です。少なくとも俺はまるで五里霧中です。……というか、そんなこと純架に聞いてくださいよ。俺は学校の成績はともかく、こと推理にかけては純架の遥か後ろを追走する体たらくですから」


 周防先輩はおしぼりで手を拭きながら断定した。


「桐木君は教えてくれないだろう」


「何でそう決め付けるんです?」


「いや、何、彼が僕を疑っているのではないかと思ってな。淡木君から聞いたところじゃ、どうも僕が彼女に生徒会室の鍵を開けさせたり、窓の鍵を確認させたりしたことまで知ったようだし。それなら僕に猜疑(さいぎ)の目を向けるのも仕方がない、ってな」


 淡木先輩は俺と純架が聞き込みに来たことを周防会長に告げ口したらしい。恋する女は盲目なんだろう。まあ別にいいけど。


「ええ、確かに純架は周防先輩を疑っているとはっきり言ってました」


 周防先輩は腕組みして首肯した。


「やっぱりな。それで、どこまで調べてる? 桐木君の相棒である君なら知っているはずだ」


「いや別に。ただ純架の奴、周防先輩はトロフィーを盗んだ人間ではないとも言ってました。やっぱり昼も夜も白鷺トロフィーを運び出すことが出来ない点に着目したようです」


「そうか……」


 周防先輩はあからさまに安堵している。俺は純架の意見――「周防先輩が犯人である」という部分を信じたくなってきた。


「明日の閉会式がタイムリミットですが、もしトロフィーを取り戻せなかった場合、式はどうなるんですか?」


 周防会長が答えようとするまさにそのとき、先に出来上がったオムライスを、今度は春恵さんが持ってくる。先輩は口をつぐんだ。春恵さんは俺に笑いかけてくる。


「5ヶ月ぶりだね、朱雀君」


「その節はお世話になりました。長男が誕生したそうで、おめでとうございます」


「馬鹿ね、次男よ」


 春恵さんが去ると、周防会長はオムライスに手をつけずに語り直した。


「トロフィー授与は(はぶ)かれ、当然賞状の受け渡しだけとなるな。まあ今の腐った生徒たちには、トロフィーの有無なんてどうでもいい話だろうがな」


 生徒会長らしからぬ陰気な発言だ。俺はとりあえず反駁(はんばく)した。


「別に腐っちゃいないと思いますが……」


 周防先輩の両目が危険な光彩を得る。声音は低く、侮蔑の感情が露わにされた。毒々しい息が、彼の口から漏れる。


「いや、腐ってるな。根元から、な」


 俺は会長の体が一回り大きくなったような錯覚に捉われた。彼は語気を強める。


「白鷺祭は渋山台高校創立直後より始められた、四十年もの伝統ある学園祭だ。僕の父もこの渋山台高校出身でな。二十年前に僕同様に生徒会で汗を流し、白鷺祭を実りあるものにしようと、仲間たちと切磋琢磨した。そうして出来上がった催し物は、大勢の来客で大変に賑わい、華やかに進められたという。生徒も来場者も笑顔に溢れた、いい時代だった」


 そうなのか。改めて歴史の重みを感じる。しかし親子揃って渋山台高校生徒会に在籍とは……なかなかいないぞ、そんな家族。

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