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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
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0094消えたトロフィー事件11☆

「へえ……」


 俺が感心していると、周防先輩は吐き捨てるように言った。


「しかし、最近の……特に今回の白鷺祭はどうかね。生徒は自主性もなくありきたりな出し物に取り掛かり、何ら情熱を抱くことなく教師陣の言いなりだ。そこに進取(しんしゅ)の気風はなく、退嬰(たいえい)と堕落の心持ちしか見出せない。もしこれが絵画展なら、どの絵も小学生が描いたような三文の値打ちもない代物ばかりとなるだろうな。僕はね、朱雀君」


 両手を組み合わせ、俺の目をまっすぐ見つめる。改めて総括する語調だった。


「失望しているんだよ。このちゃちな学園祭にね」


 俺はスパゲッティが来ても手をつけられない。


「そんなこと言われても……。一応うちのクラスもダーツ喫茶を頑張ってますし、俺は俺で『探偵部』の肩叩きに奮闘してますよ。他の教室だって、それほど悪い評判は聞きませんし」


 周防先輩は鼻笑(びしょう)した。嘲るように言葉をひねり出す。


「僕もそれは最高責任者だ、色々見て回ったよ。君のクラスのダーツ喫茶もね。まあ確かに頑張ってはいる。頑張ってはいるが……ほとばしるような熱意や主張は感じられないな。この程度でいいや、という、来場者を舐めた態度が見え隠れして気分が悪かったよ。君はそう思わないかい?」


「…………」


「朱雀君、僕はね……白鷺祭の象徴たる白鷺トロフィーが失われたと聞いて、もっと怒る生徒が出てきてもおかしくないと思っていたんだ。先生方は何をしていたんだ、生徒たちの宝を守り切れないなんて……といった具合にね」


 まつ毛を伏せる。つくづく悔しそうだ。


「だが現実はどうだ。シンボルを盗難されても誰も声を上げない。そうですか、と了解しておしまいだ。むしろ先生方の方が危機感を持っていた。だから猫の手も借りたいと、君たちに依頼までした。そうだろう?」


「いや、トロフィー紛失は俺や『探偵部』、生徒会とか、一部の生徒しか知らされていないはずですよ」


「その一部の生徒のことを言っているんだよ。なぜもっと嘆かない? なぜもっと(いきどお)らない? ……それは熱がないからだ。自分たちの采配で物事を左右できる学園祭という行事を、自主独立を養うこの大事なイベントを、羽毛のように軽んじているからだ」


 握り拳で机を叩く。凄い音がして、周囲の視線が集まるのが肌で実感できた。


 周防先輩はもはや笑顔などどこかに置き忘れたまま突っ走る。


「トロフィーを盗んだのは僕ではない。ただ、僕には犯人の気持ちが分かる。犯人は天誅を下したのだよ。やる気のない自堕落な、腐り切った生徒たちを嘲笑うために。『ここまでされても、何の行動も起こさないんだろう?』……そんな問いかけをするために」


 重々しく舌を動かした。


「犯人の行動は白鷺祭を混乱させるものではない。実際、薄汚れた白鷺トロフィーが消え失せても、祭りは無関係に流れていっている。犯人は白鷺祭をぶち壊したりはしない。ただ笑殺するのだ。頭をもがれたまま動き回る手足を。その滑稽(こっけい)な姿を、な。犯人の狙いは、まさにそれだ」


 そこまで一気に述べると、自分の弁舌に満足したのか、周防先輩はスプーンを手にしてオムライスを食べ始めた。俺はしばしその様を眺めてから、思い出したようにスパゲッティに手をつける。


 周防先輩が俺を呼び出したのは、『探偵部』の、というより純架の捜査状況を確認するためだけではない。今の演説をぶつ相手――聞き役がほしかったのだ。


 もちろんこれは、トロフィーを盗む有力な動機となる。それを百も承知で周防先輩はがなり立てた。自分が犯人と断定されないことを確信しての行動だろう。


 情熱が見当たらない学園祭、か。俺は濃厚であるはずの料理をほとんど楽しめぬまま、フォークを動かして機械的に口へと運び続けた。そうしながら我が身、我がクラス、我が部活動を(かえり)みる。


 俺の飯田奈緒に対する恋心はどうか。ダーツ喫茶への意気込みはどうか。肩叩きへの勤勉さはどうか。どれも周防先輩の眼前に開陳(かいちん)すれば、鼻で笑われて終わるような気がする。


 確かに俺は今まで生きてきて、全身が燃え(たぎ)るような、あらゆる思考を埋め尽くされるような、そこまでの情熱を傾けたことがない。近くでそうしている人間を見れば、鼻で笑ってよそを向き、それは幼稚な者のやるお寒いお遊戯(ゆうぎ)ですよとはねつけてきた。それが格好いい大人の態度であると、自分を(あざむ)いてきたのだ。


 本当はそんな情熱のまばゆいまでの輝きに、心底(しんてい)では憧れていたにもかかわらず……


 でも言い訳したかった。奈緒は宮古先生が大好きだし、ダーツ喫茶は久川が強引に押し切って開催が決まったし、肩叩きは結局まどかの独壇場だ。俺は、俺はまだ心を最大限まで加熱させるような、そんな巡り合いに恵まれていないだけなんだ。


 そんなことを考えていると、ちょうどスパゲッティがなくなった。俺はティッシュで口元を拭うと、アイスコーヒーの残りをあおる。苦々しい味がした。


 俺と先輩は黙々とした食事を終えて、確かに先輩のおごりで店を出た。二人とも、別れて帰っていくまで二言三言しか喋らなかった。




 白鷺祭は二日目、最終日を迎えた。一般客にも広く解放して楽しんでもらう、贅沢な一日だ。


 青柳先生が頑張ってくれたらしく、部室を訪問してきた田浦教頭は「男子だけで来客の肩を叩くなら許可する」という決定を伝えてきた。俺も純架も、他のメンバーもひとまず安心する。


 さてそうなると男子の活動順番の決定となった。俺も英二も純架が真っ先に一時間半をこなすべきだと訴える。純架は頭の上に煙でハテナマークを作った。


 漫画かよ。


「なんで僕をトップバッターにするんだい?」


 英二は腰の左右に両手を当てる。愚者を見るような目つきだ。


「決まってるだろ、白鷺トロフィーの捜索があるからだ。俺と楼路も一応頑張るが、お前ほど切れ者じゃないんでな。閉会式まで悪あがきするにはこうするしかない」


「そこまで卑下(ひげ)するもんじゃないよ」


 しかし、結局純架、英二、俺の順に当番をこなすことに決まった。女子は奈緒、結城、日向の順番で受付を担当する。


 奈緒はどこかおかしかった。心ここにあらずといった感じで、(うつつ)を遊離して考え事に(ふけ)る風だった。おかしいな、何だか白鷺祭が始まってからというもの、いつもの奈緒ではない。その傾向は昨日より今日の方が酷かった。熱でもあるのだろうか。


「飯田さん、どうしたの?」


 とりあえず聞いてみる。受付用のボールペンを手にして椅子に座ったまま、彼女はあらぬ方向を眺めていた。俺の声に気付いてもいない。俺は息を吸い込んだ。


「飯田さん!」


「えっ、はい」


 俺の大声に意識を引き戻されたか、奈緒はようやくこちらを見上げた。俺はなるべく優しく問いかける。


「どうしたの? 何かあったのか?」


 奈緒は一瞬絶望染みた表情を閃かせた。しかしそれは笑顔でかき消される。あからさまな作り笑いをして、彼女は俺に応じた。


「ううん、何でもない。ちょっと、ね」


「ちょっと……? 受付業務が無理そうなら俺が代わろうか?」


 奈緒は引きつった笑みで首を振る。弱々しく、頼りなかった。


「大丈夫。任せといて」


 こんなあからさまな嘘をつかれると、信頼されてないのかな、との冷たい感触が俺の後頭部に集中する。彼女は何かとんでもない精神的ダメージを受けて、そこから立ち直れていないのではないか。そんな推測が脳内に構築された。


「それならいいけど」


 俺はせいぜいそう受け答えることしか出来ない。無力である。


 さて、俺は英二と共に白鷺トロフィー探しに出かけることになった。純架が俺たちの背中に声をかけてくる。


「じゃ、『チームエロじじい』、頑張ってきたまえ」


 英二が振り向いて口を尖らせた。ぶすっとした表情だ。


「何だ、そのふざけた名前は」


 俺は奇行慣れしているためか、冷静に分析できた。


「英二と楼路で『エロじじい』か」


 もちろんそれで怒らないわけもない。


「ふざけんな!」


 午前10時。昨日肩叩き――というか、まどかの治療術――に(あずか)れなかった人や、二度目三度目の施術を楽しもうとするリピーターで、早くも部室前の廊下には行列が出来ていた。


 俺と英二が気を使って廊下の壁際を歩いていくと、背後から聞き慣れた声が追いかけてきた。日向と結城だ。日向は全身からやる気を発散させていた。


「トロフィー捜索なら私たちも手伝いますよ! 私たちも『探偵部』のメンバーなんですから」


 英二がいつになくだらしない態度で日向を見つめている。しょうがない奴だ。俺は一肌脱ごうと女子二人に話しかけた。


「なら英二と辰野さんでペアを組んで捜査してくれ。俺は菅野さんと回るよ」


 英二はこの案に一も二もなく飛びついた。腕まくりをしてやる気があるところを見せ付けてくる。


「よし分かった。行くぞ、辰野」


「えっ、はい、分かりました!」


 背の低い二人が階段へ消え去ると、結城は長い息を吐いた。諦念が露見している。


「私が英二様のメイドなのに……」


「まあいいじゃない。俺たちも行こう、菅野さん」

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