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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
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0091消えたトロフィー事件08☆

 純架は気付いたか気付いてないのか、ごく冷静に返事した。


「いえ、ありがたいのですが、今は事件の捜査中ですので」


 海藤先輩は軽く舌打ちする。頬に血を上らせて純架を睨んだ。さすがに恥ずかしかったらしい。


「何だ、そうか。それなら先に言え」


 ばつが悪そうに山岸先輩の腕を掴んで引っ張る。物凄い力で、山岸先輩は人形のように引きずられた。


「よそ行こう、よそ」


「痛いよ、千春ちゃん。じゃあね、二人とも」


 彼女らは教室を出て行く。さして気にも留めず、純架は室内の人間に淡木先輩の居場所を聞き込んだ。


「淡木ちゃんなら囲碁将棋部にいるはずよ」


 このありがたい情報を胸に、俺たちは旧校舎2階の教室へ移動した。囲碁将棋部は普段は部室棟で活動しているが、白鷺祭では広い教室を割り当てられていたのだ。


 果たして淡木先輩はいた。ごく普通の平々凡々とした女子で、3年生と対局中だ。


「私に用? 何?」


 クラスメイトに呼ばれて座を外した淡木先輩は、純架の元まで歩み寄った。純架は自己紹介する。


「あなたが淡木先輩ですね。僕は桐木、こちらは人面猿の朱雀君です」


 何でだよ。


「僕らは『探偵部』で、今とある事件を追っています。参考までに、少しお話を(うかが)ってもよろしいでしょうか?」


 淡木先輩は合点がいったか微笑んだ。


「うん、どうぞ。……ちょっと待ってて」


 彼女は椅子に座る対局相手のところまで戻り、少し詫びた後、こちらへ早足で駆けてきた。


「いいわよ。お役に立てるかどうか分からないけど……」


 純架は「ありがとうございます」と一礼し、早速質問に移る。容姿端麗、眉目秀麗な彼だったが、奇行癖が知れ渡っているため、胸をときめかせる女生徒は皆無だった。


「水曜日の早朝、周防先輩と一緒に生徒会室へ行きましたよね?」


「うん、行ったわ」


「その日の朝に生徒会の会合でもあったからですか?」


「そうよ。生徒会の展示物である『樹の大門』の制作だとか配布物の確認だとか、色々用件があったから」


 純架はいたずらっぽい目をする。


「周防先輩が淡木先輩と一緒に登校したのはどういった理由からですか?」


「それは……」


 淡木先輩は顔を赤らめた。軽くうつむいて表情を隠す。


「周防先輩に誘われたから」


 純架はにやりと笑った。


「周防先輩と仲がよろしいようですね」


 淡木先輩は人差し指をつつき合わせる。純架の指摘にまんざらでもなさそうだった。


「やだ、仲がいいなんて、そんな……。ただの先輩後輩よ」


 いじらしく頬を染めている。俺は隠し事が下手なこの先輩に好感を抱いた。純架が質問を重ねる。


「確認しますが、生徒会室の鍵は完全に閉まっていたんですね?」


 淡木先輩は記憶を辿るように宙を見つめた。やがて口を開く。


「そうよ。周防先輩が私に開けさせたの」


 ん? どういうことだ? これには純架も同じ疑問を抱いたらしい。


「というと?」


「周防先輩と私は駅で落ち合って二人で登校したの。そのまま職員室へ行き先輩が鍵を借りたわ。でも先輩、生徒会室の前まで来ると、なぜか私に鍵を渡して『開けてくれ』と頼んできたの。何でそんな真似をしたのか分からなかったけど、私は素直に『はい』と答えてドアの鍵を開けたわ」


「鍵はかかっていたんですか? 何かおかしなところはありませんでしたか?」


「普通よ。きちんと施錠されているものを開けただけ。異常は見当たらなかったわ」


「そうですか。それで中に入り、戸棚から白鷺トロフィーがなくなっているのを目撃したわけですね」


「ええ。先輩が『トロフィーがない!』って叫んで……。私が慌てて見てみたら、確かにトロフィーが綺麗さっぱり消えていたの」


 純架はスマホをフリックし続ける。片手で凄い速度だった。


「それから?」


 淡木先輩は脳内の引き出しを開けるのに時間をかける。俺は彼女の記憶が薄れていないことを願った。


「そのときに限って、なぜか周防先輩は私に窓の鍵をチェックするようお願いしてきたの」


「ほう」


「トロフィーが盗まれたと気づいて、犯人の逃走路を調べようとしたのかしら。ともかく私は言われた通りに動いて、この部屋の窓が全部閉まっていて、鍵もちゃんとかかっていることを確認したわ。その後、私は周防先輩の指示で職員室の先生に盗難を知らせに行ったの。そして安田先生を連れて戻って、改めてトロフィーの消失を見てもらったわ」


「戸棚のガラス戸は閉まっていたんですよね?」


「そうよ」


 純架はしょげ返っていた。欲する答えは得られなかったらしい。


「聞きたいことは以上です。ありがとうございました。どうぞ対局を再開なさってください」




 純架と俺は部室へ帰還することにした。呼び込みの生徒たちに声をかけられ、かわすのに若干の苦労を要する。


「淡木先輩が嘘を言っていない限り、生徒会室は完全な密室だったわけだ。ドアも窓もね。窓から入って窓から出たの線も消えることになるね」


「お手上げか?」


「もう少し頑張ってみるよ。だいたい、水曜日の早朝に限って、なんで周防先輩は淡木先輩に生徒会室の鍵を開けさせたんだろう? なんで窓の鍵を点検するよう命じたんだろう? 怪しいじゃないか」


「まあ、確かにな。周防先輩を疑ってるのか?」


「そりゃそうさ。白鷺トロフィーの紛失直前と発覚直後、それぞれに居合わせるなんて怪し過ぎる。……でも彼が犯人だとしても、どうやって盗んだのか。方法は? これはいまだに五里霧中(ごりむちゅう)だね」


 初日の開催時間は終了した。ちょうどそのアナウンスと共に、旧棟3階1年5組に到着する。英二の警備担当だったはずの田中さんと福井さんが、『本日の営業は終了しました』と書かれた画用紙をドアに貼り付けていた。


 俺は「お疲れ様です」と声をかける。二人はサングラスの向こうから好意的な眼差しを返してきた。


「ええ、お疲れ様です」


 純架は専用の機械を懐から取り出し、モールス信号で「お疲れ様です」と発信する。


 普通に喋れ。てか、俺もよく解読できたな。


「お帰り」


 奈緒が衝立の奥からくたびれた顔を見せた。肉体的疲弊はそれほどでもなさそうで、精神的疲労の方が困憊(こんぱい)の様子だった。どこか思い詰めた表情をしている、と見るのは穿(うが)ち過ぎだろうか? 少なくとも、今朝の浮き浮きした様子は微塵もなくなっていた。


「まどかちゃんのおかげで盛況だったよ。『本当に肩凝りが取れる』って大評判だったわ……」


 100円玉が入った小型金庫を振り、多重の金属音を鳴らす。俺は微苦笑した。


「アンケートは? 俺たちしがない生徒には、最終的に回収されてしまう売り上げよりも、そっちの方が気になるけど」


「きっと皆いい評価をくれてると思う」


 アンケート用紙は鍵のかかった木箱に投じられている。明日の集計までその中を見ることはできなかった。


 まどかが自身の肩を揉む。長時間の施術はだいぶ(こた)えたようだった。


「ああ、疲れた。幽霊でも疲れるんやな」


 腕を回す彼女に純架が微笑む。


「ご苦労さん、白石さん。僕らが君の肩を叩ければいいんだけどね。でもまだ明日もあるから、頼んだよ」


「あ、忘れとった」


 まどかは白い歯を見せて大笑いした。こんな明るい地縛霊って、他にいるんだろうか?


 小型金庫を机に戻した奈緒は、何だか酷く寂しげだ。辛そうにぽつぽつと呟いた。


「それにしてもここまで人気になるとは思わなかった。噂を聞きつけて先生方まで来たし。改めて、最初のお客様だった校長に感謝だね。……それでも、あの人は……」


 言葉は消え入って、うつむいた奈緒ははかなげだ。何かあったのだろうか。


 俺は窓の外の喧騒を眺めた。斜陽の光を浴びながら、各売店チームが撤収を始めている。スマホで天気予報を見ると、明日も抜群の快晴であるらしい。渋山台高校は、これでなかなか強運に恵まれていた。


 そこへ英二と日向、結城の三人が戻ってくる。皆浮かない顔だ。学園祭を楽しんできた割に、そこには失望の色しかなかった。俺は気になって、茶化して尋ねる。


「どうした英二、敗戦処理の投手みたいな(つら)して」


 英二は俺の冗談にくすりともしなかった。代わりに衝撃的な台詞を叩きつけてくる。


「おいお前ら、残念だな。『探偵部』の肩叩き、明日は禁止になったぞ」


 この発言に、俺と純架、奈緒とまどかの4人が目を白黒させた。奈緒がいち早く立ち直る。


「ええっ? 何でよ。あんなに大評判だったのに!」


 結城が申し訳なさそうに返答した。別に彼女のせいではなさそうだったが。


「先生方の相談で、この『肩叩き』が風俗業に似通っているとの判断が出て、明日の一般客相手の開催を許可しないつもりらしいのです。もちろん英二様も私も辰野さんも一斉に抗議しました。でも私たちに知らせに来た田浦教頭は、一切応じなくて……」


 まどかがむっつりと膨れる。幽霊でも腹立たしいらしい。


「何やそれ? 単なる肩叩きやのに、反応が大げさすぎるわ」


 奈緒も悲哀から脱却して(いきどお)っている。ぶんぶんと拳をうち振るった。


「そんな、土台からひっくり返すようなことを急に言われても……。あれだけ賞賛浴びたのに、ここでやめるなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」


 英二の報告をぼんやり聞いていた純架は、奈緒のフレーズの一部を繰り返してもてあそんだ。


「土台からひっくり返す、か。土台から、ねえ。土台から……」


 純架の目が異様な輝きを発する。まるで目の前の虚空(こくう)に何かの答えを見出したかのようだった。


「土台から!」

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